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1.望まれぬ婚姻
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「レオン! 無事だったかい!?」
アカネース王国の用意した宿に戻ったレオナルドは、扉を開くと同時に真っ青な顔をしたアレクシスとシェリーに出迎えられた。
「レオナルドお兄様! お怪我がないようで何よりです……」
「本当だよ。市場の方で騒ぎがあったと聞いたからみんな心配していたんだ」
すがるように抱きついたシェリーの頭を撫でながら、レオナルドはアレクシスへと頭を下げた。
「すみません……心配をかけてしまって」
「まあ、無事だったからいいけれど。それにイヴァンが付いていたから大事には至らないと思っていたよ」
アレクシスはほっと息を吐くと、ロビーに備え付けられていたソファに腰を下ろした。
そこにはヴァインスの姿もあり、彼は尊大な態度で足を組み、にやにやと笑みを浮かべていた。
「ところで、そのイヴァンはどこに行ったんだよ?」
「少し調べものを頼みました」
無愛想に答えると、レオナルドは二人の座るソファへと近寄る。一人分の空席にシェリーを座らせ、自分は肘掛けに寄り掛かった。
「それで……アカネースとの婚約の話は僕に来たんですよね?」
確信めいたレオナルドの問いかけを受けて、アレクシスとヴァインスは互いに顔を見合わせた。
「お兄様、そのお話なら……」
「いいや、俺だ」
シェリーの言葉を遮って、ヴァインスが笑みを深めた。レオナルドが寄りかかるのとは反対側の肘掛けを使って頬杖を付く隣で、アレクシスも俯きがちに頷いている。
レオナルドの眉がぴくりと動いた。ヴァインスにこの国を、この国の姫を任せることなどできない。国の情勢にも興味を示さず、女遊びを繰り返すようなヴァインスを信用することはできなかった。
しかし、これが例えアレクシス相手であってもレオナルドは同じことを思っただろう。
国同士の生け贄で構わない。両国の和平に貢献できるのなら、何も惜しくはない。レオナルドの胸に燃える炎は、紛れもなく先ほどの娘から贈られた心だ。
「……その役目、僕に任せてもらえませんか?」
「ほう」
にやにやと意地の悪い笑みを見せるヴァインスの隣で、益々アレクシスは顔を俯けた。さらにはシェリーが狼狽えながら兄たちの顔を見比べている。
首だけで振り返っていたレオナルドは寄り掛かっていた体を起こすと、ヴァインスたちに正面から向き合った。
ヴァインスの探るような視線が煩わしい。だが、レオナルドは構わずその視線を真っ向から受ける。
「相手の姫でも見てきたか? それで惚れたとか?」
「僕はヴァインス兄様ではありません」
「それなら、なぜお前は食い下がってくる? 貧乏くじだと思っているのは俺もお前も同じだろう?」
「だから言っているでしょう? 僕は、兄様とは違う」
はっきりと首を降ると、レオナルドは辺りを見渡しそこにいるアカネース国の人々をその目に写した。
アカネース王家の用意した宿のため、レオナルドたちが来ることは知らされているのだろう。他に客らしきものの姿はなく、少人数の従業員たちがこちらの様子を伺いながら業務をこなしているようだった。
彼らの目に浮かぶのは恐怖や怒り。露店で出会ったあの男と変わらない色だった。
何故と問われれば、それらを背負う覚悟を決めた。それだけのこと。
「っふふ……」
突然、気分が悪そうに俯いていたアレクシスが吹き出した。それに合わせて、ヴァインスはつまらなさそうに両手を頭の後ろで組むと息を吐き出した。
「ちっ。結局兄上の言う通りか」
「だから言っただろう? レオンは必ず自ら進んで受けるよって」
二人の言葉の意味がわからずにぽかんとしているレオナルドの袖を、シェリーが控えめに引っ張った。
「あの、初めから婚約の話はレオナルド兄様に来ていたんです」
「え?」
シェリーの言葉で、レオナルドは責めるような視線を兄たちへと送る。しかし、彼らは微塵も気にすることなく笑顔を浮かべていた。
「折角だから少しからかってやろうと思ってな」
「すまなかったね」
反対の言葉を口にしていながら、全く反省の色の見えない二人。母親は違えど、このようなところはちゃんと兄弟である。
文句を言おうと開きかけた口を閉じ、レオナルドは盛大な溜め息を吐いた。彼らには何を言っても無駄だろう。
「お前は本当につまらない。自分でなくて良かったと口にする姿が見たかったんだがな」
「それはあり得ないよ、ヴァン。一人で街を見に行った時点で、レオンは心を決めていたんだから」
鮮やかな碧眼に見上げられ、レオナルドはきつく唇を引き結んだ。穏やかな表情の裏に隠されたアレクシスの第一王子としての顔が、レオナルドの全てを見透かしているようだった。
「この国の姫のこと任せたよ、レオン」
「……はい」
喜んで、国のための生け贄となろう。
言葉は飲み込み、レオナルドは頷いた。
──必ず、レイノアールという国ごと、愛してみせます!
耳に張り付いたあの娘の言葉は、大勢から望まれない婚姻の中の唯一の希望。
その声も、顔も、きっと忘れてしまうだろう。
しかし言葉は、言葉を受けた時にレオナルドの胸を燃やした熱だけは、きっと失われずに光り続けるだろう。
アカネース王国の用意した宿に戻ったレオナルドは、扉を開くと同時に真っ青な顔をしたアレクシスとシェリーに出迎えられた。
「レオナルドお兄様! お怪我がないようで何よりです……」
「本当だよ。市場の方で騒ぎがあったと聞いたからみんな心配していたんだ」
すがるように抱きついたシェリーの頭を撫でながら、レオナルドはアレクシスへと頭を下げた。
「すみません……心配をかけてしまって」
「まあ、無事だったからいいけれど。それにイヴァンが付いていたから大事には至らないと思っていたよ」
アレクシスはほっと息を吐くと、ロビーに備え付けられていたソファに腰を下ろした。
そこにはヴァインスの姿もあり、彼は尊大な態度で足を組み、にやにやと笑みを浮かべていた。
「ところで、そのイヴァンはどこに行ったんだよ?」
「少し調べものを頼みました」
無愛想に答えると、レオナルドは二人の座るソファへと近寄る。一人分の空席にシェリーを座らせ、自分は肘掛けに寄り掛かった。
「それで……アカネースとの婚約の話は僕に来たんですよね?」
確信めいたレオナルドの問いかけを受けて、アレクシスとヴァインスは互いに顔を見合わせた。
「お兄様、そのお話なら……」
「いいや、俺だ」
シェリーの言葉を遮って、ヴァインスが笑みを深めた。レオナルドが寄りかかるのとは反対側の肘掛けを使って頬杖を付く隣で、アレクシスも俯きがちに頷いている。
レオナルドの眉がぴくりと動いた。ヴァインスにこの国を、この国の姫を任せることなどできない。国の情勢にも興味を示さず、女遊びを繰り返すようなヴァインスを信用することはできなかった。
しかし、これが例えアレクシス相手であってもレオナルドは同じことを思っただろう。
国同士の生け贄で構わない。両国の和平に貢献できるのなら、何も惜しくはない。レオナルドの胸に燃える炎は、紛れもなく先ほどの娘から贈られた心だ。
「……その役目、僕に任せてもらえませんか?」
「ほう」
にやにやと意地の悪い笑みを見せるヴァインスの隣で、益々アレクシスは顔を俯けた。さらにはシェリーが狼狽えながら兄たちの顔を見比べている。
首だけで振り返っていたレオナルドは寄り掛かっていた体を起こすと、ヴァインスたちに正面から向き合った。
ヴァインスの探るような視線が煩わしい。だが、レオナルドは構わずその視線を真っ向から受ける。
「相手の姫でも見てきたか? それで惚れたとか?」
「僕はヴァインス兄様ではありません」
「それなら、なぜお前は食い下がってくる? 貧乏くじだと思っているのは俺もお前も同じだろう?」
「だから言っているでしょう? 僕は、兄様とは違う」
はっきりと首を降ると、レオナルドは辺りを見渡しそこにいるアカネース国の人々をその目に写した。
アカネース王家の用意した宿のため、レオナルドたちが来ることは知らされているのだろう。他に客らしきものの姿はなく、少人数の従業員たちがこちらの様子を伺いながら業務をこなしているようだった。
彼らの目に浮かぶのは恐怖や怒り。露店で出会ったあの男と変わらない色だった。
何故と問われれば、それらを背負う覚悟を決めた。それだけのこと。
「っふふ……」
突然、気分が悪そうに俯いていたアレクシスが吹き出した。それに合わせて、ヴァインスはつまらなさそうに両手を頭の後ろで組むと息を吐き出した。
「ちっ。結局兄上の言う通りか」
「だから言っただろう? レオンは必ず自ら進んで受けるよって」
二人の言葉の意味がわからずにぽかんとしているレオナルドの袖を、シェリーが控えめに引っ張った。
「あの、初めから婚約の話はレオナルド兄様に来ていたんです」
「え?」
シェリーの言葉で、レオナルドは責めるような視線を兄たちへと送る。しかし、彼らは微塵も気にすることなく笑顔を浮かべていた。
「折角だから少しからかってやろうと思ってな」
「すまなかったね」
反対の言葉を口にしていながら、全く反省の色の見えない二人。母親は違えど、このようなところはちゃんと兄弟である。
文句を言おうと開きかけた口を閉じ、レオナルドは盛大な溜め息を吐いた。彼らには何を言っても無駄だろう。
「お前は本当につまらない。自分でなくて良かったと口にする姿が見たかったんだがな」
「それはあり得ないよ、ヴァン。一人で街を見に行った時点で、レオンは心を決めていたんだから」
鮮やかな碧眼に見上げられ、レオナルドはきつく唇を引き結んだ。穏やかな表情の裏に隠されたアレクシスの第一王子としての顔が、レオナルドの全てを見透かしているようだった。
「この国の姫のこと任せたよ、レオン」
「……はい」
喜んで、国のための生け贄となろう。
言葉は飲み込み、レオナルドは頷いた。
──必ず、レイノアールという国ごと、愛してみせます!
耳に張り付いたあの娘の言葉は、大勢から望まれない婚姻の中の唯一の希望。
その声も、顔も、きっと忘れてしまうだろう。
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