爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青

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1.望まれぬ婚姻

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 先程まで兄弟で街を見物していたレイノアールの王子たちであったが、今はレオナルド一人とその従者のみとなっていた。
 アカネースとレイノアール間での会議が終了した旨を受けアレクシス達は城下の宿へと戻ったが、レオナルドだけはもう少し街を見たいと別行動を願い出て今に至る。
「戻らなくて良いのですか?」
 護衛騎士達はアレクシスと共に宿へ帰っている。レオナルドの隣に並ぶのは、彼の従者であり今回の訪問に同行していたイヴァンという名の端整な顔立ちの青年だった。
 年はレオナルドより上の二十四歳。光に透ける金色の髪と緑の瞳はレイノアールよりもアカネース国に近い色合いのため、レオナルドよりも街の風景に馴染んでいた。
 眉よりも短く切られた前髪と後ろに一つで結ばれた髪が彼の整った顔立ちを際立たせている。レオナルドも周囲から可愛らしい顔立ちだと言われることがあるが、イヴァンは美人という評価を受けることが多い。その評価は男性に対しては正しくはないだろうが、イヴァンは特に気にする様子は見せていない。
 レオナルドはイヴァンを見上げると、兄弟達に見せるよりも子供らしい年相応の表情で悪戯っぽく苦笑してみせた。
「大丈夫だよ。どうせ戻れば婚約の話を聞かされるんだから、少しくらいの我が儘は許されるんじゃないかな」
「婚約ですか……。どちらになったのでしょう」
「僕だよ、たぶん。会議の終了を伝えに来たあの騎士、ちらちらとこっち見ていたからね」
 ため息を吐きつつも、覚悟はしていたため嘆くことはない。しかし、少しくらいの抵抗は許してもらえないとレオナルドも気が晴れない。
「今日だけだよ。今日だけ、少し我が儘を言いたいんだ。明日からは、聞き分けの良い無害な第三王子に戻るからさ」
 イヴァンに向けられた弱々しい微笑みは、十五歳の少年には似合わない諦めと悲しさを纏わせていた。イヴァンはレオナルドに仕えてまだ五年と日は浅いが、彼の諦めの良さを常に目の当たりにしてきた。それは第三王子として生まれてきたレオナルドが、三番手という高さで物事を見続けた結果なのだろう。
「ほら見てよ、イヴァン。あの装飾店、うちの国とは全然違う」
 話を変えるようにレオナルドは声を弾ませ、イヴァンの腕を掴むと装飾品を並べる露店に足を運んだ。
 太陽の光を浴びて輝く装飾品達は、アカネース特産の彩り鮮やかな宝石を散りばめられ、自ら光を放っているのではないかと錯覚する美しさでそこに佇んでいた。
「やはり金額も違うね……」
「本当ですね。レイノアールでは宝石の付いた装飾品は最高級品ですから、どうしたって値が張ってしまうものです……」
 レイノアールでは革や麻などの紐を編み作る装飾品が多く、金属や宝石は貴族の間でも高価な品として扱われている。
 それがアカネースでは、高価ではあるものの庶民でも努力次第で手が届く金額で販売されていた。
 些細なことからも国の違いを感じ、レオナルドは関心した様子で値札を眺める。
 レオナルドの指には、王族の証である指輪が嵌められていた。この指輪には過度な装飾はなく、目の前に並ぶ商品のように宝石も飾られていない。王家の紋が掘られているということで価値は高いが、それを差し引けば露店で並ぶ商品よりも安値となるだろうことは詳しくないレオナルドにも見て取れた。
「どうしよう、ジョルジュに何かお土産でも買っていこうか? 自分も行きたいって煩かったからね……」
 ここにはいないもう一人の従者の名を挙げて、レオナルドは彼の好みに近そうな腕輪や首輪を手に取り眺める。しかし、イヴァンは首を振り、レオナルドが手にした装飾品達をテーブルに戻してしまった。
「ジョルジュのことはお気になさらず。あれを連れてこないのは日頃の行いの悪さが理由ですからいいのです」
「でも、何か土産くらいはいいんじゃないかな?」
「いいのです。あの男、この間もレオナルド様の名前を出して街の女性を引っかけていましたから、優しくなどしなくて良いです」
「それはちょっと困るな……」
 自分の従者が女遊びをすることに対して咎めるつもりはなかったが、第三王子の従者であることを誘いの口実にされるのはレオナルドも見逃すわけにはいかなかった。今さら何をされても三番手の自分の評価が上下することはないと思うが、厄介事を持ってこられては困るのだ。
「……ああ、それならこれを贈ろうかな」
 腕輪などよりもずっとジョルジュに適した装飾品を見付けたレオナルドは、子供のように笑みを浮かべて一つの装飾品を指差した。レオナルドが示した先に目をやり、イヴァンは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……それはいいですね。これがあればしばらくは女遊びもできないでしょう」
 二人の視線の先には、細身な革製の首輪。値札の横にはチョーカーと書かれており、この装飾品の名前なのだと二人にもわかった。
 首輪には拘束具としてのイメージが強かったが、目の前に並ぶチョーカーはデザイン性が高く、お洒落なものばかりであった。レイノアールで付けれいればお洒落な見た目と拘束具としての印象が重なって、軽い戒め程度にはなるだろう。
 イヴァンと顔を見合わせ笑っていると、レオナルドの肩を誰かがそっと叩いた。
「……あの」
 背後から声を掛けられ、レオナルドとイヴァンはびくりと肩を震わせた。忘れていたわけではないが、ここは元敵国。厄介事が起きても何ら不思議はない。
 予想以上に驚いた二人に、声を掛けた張本人は驚いた様子で挙げた片手をさ迷わせる。
「えっと、驚かせてしまったようですみません」
「貴方は先ほどの……」
 見覚えのある女性の姿に、レオナルドはほっと息を吐く。
 そして、隣で懐に忍ばせた短剣に手を伸ばしていたイヴァンの腕を掴むと黙って首を振った。
「お知り合いですか?」
「知り合いってほどでもないけど、さっきの喫茶店でね」
 イヴァンは娘に視線を向け、そっと短剣から手を離す。娘はイヴァンの様子の変化には気付かず、にこにことレオナルドへ笑顔を向けていた。
 二人の態度に安堵した様子を見せると、娘は微笑と共に軽く会釈をする。
 そして娘はレオナルドの隣へ並ぶと、彼が目にしていたチョーカーを指差した。
「こちらですか?」
「え? ああ、はい……」
 購入までは決めていなかったが、目を付けていた商品ではある。レオナルドが曖昧に頷くと、娘は軽く口角を吊り上げると奥で荷出し作業中の店主が背中を向けていることを確認し、並べられたチョーカーの一つを手に取った。
「これは……少し高価過ぎますね」
 レオナルドたちだけに聞こえる声でそう告げると、娘はチョーカーを戻してため息を吐いた。
「初めて王都での出店を許可されたのでしょう。周辺の街でしたらこの価格でも売れるかもしれませんが、ここにはオズマン家直営の装飾品店があります。露店であそこより高価な品では商売にならないでしょう」
 言われてみると確かに、大通りに面した人通りも多い立地だというのに、並べられた商品は数が減っていないように見える。
「どうしますか? オズマン家の装飾品店をご案内してもよろしいですが……」
 オズマン家と言えば、レイノアールにも名が届く有名な商家であった。戦争が激しくなる前には、輸入品の売買の関係で城内にいる姿を見かけたことがある。
 もしかしたら、レオナルドも顔を合わせたことのある者がいるかもしれない。今、街中で自分の身元がバレてしまう真似は避けたい。
「お気遣いありがとうございます。ですが、僕は露店の雰囲気を楽しみたいのでこちらで大丈夫です」
 そうですか、と微笑んで娘は両手を後ろで組むとレオナルドの隣から立ち去ることなく、隣で露店を眺めていた。
 その場に残った娘に不信感を抱きながら、イヴァンは横目で娘の様子を窺った。レオナルドは気にする様子なくチョーカーを選んでいるようだったので、娘に何か怪しい動きがあればすぐにでも取り押さえるよう準備だけは整えておく。
 娘は装飾品だけでなく、隣の露店にも目を向け、隣のレオナルドを盗み見る。白銀の髪はアカネースでは見慣れないのだろう。しかし、それだけではないようで 、一度だけではなく何度もレオナルドの横顔に視線を落としている。
「……うち坊っちゃんに何かご用でしょうか?」
 使用人を装ったイヴァンの言葉で、レオナルドは手を止めて娘を見上げる。娘の蒼い瞳が驚いたように丸くなり、両手を胸の前で組むと申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません、不躾な視線を送ってしまって。……あの、少しレイノアール王国について教えていただくことは可能でしょうか?」
 親とはぐれた子供のような心細さをまとって、娘はレオナルドに懇願した。レオナルドには特に断る理由はないが、彼女が何を目的でレイノアール国を知りたいのかがわからない今は簡単には頷けない。
「レイノアール国に興味がおありで?」
 探りを入れるレオナルドの視線に気付かぬ顔で、娘は苦笑を浮かべながら頬を掻いた。
「国そのものにも個人的に興味はありますが、アカネース国の王女がレイノアール国に嫁ぐことになっておりまして……。入り用のものがあればと買い出しに出たものの、そもそも何が必要なのか検討もつかず……」
「アカネースの……貴方は城仕えの方なのですか?」
 レイノアール国に嫁ぐ姫君。レオナルドにとっては聞き流せる話ではなく、思わず娘の顔を見上げた。
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