14 / 56
【1】
14.忘れられない初恋を
しおりを挟む
恋人候補と口にしてからも、オレたちの関係は特別変わることはなかった。
「そういえば恭ちゃんって、昔はどんな人と付き合ってたんですか?」
一つだけ、変わったことといえば、高瀬からのオレの呼び名だ。
恭ちゃんという呼び名はなんだか子どものようで気恥ずかしいけど、高瀬に呼ばれるのは案外悪くはなかった。
明日の講義が一限からだからという理由で泊まりに来た高瀬。
泊まらせてもらう代わりに、明日の朝食は高瀬が用意してくれるという。更には弁当まで作ってくれるとか。
そこまでしてくれるのなら、オレも断る理由はない。
「昔の恋人の話なんて知りたいのかよ」
「何が理由で別れちゃったのかは知っときたいじゃないですか。あ、もちろん話したくないならいいです」
高瀬は慣れた様子で空いているスペースに客用布団を敷いている。客用といいつつも、もうほとんど高瀬用になってしまった。
オレはベッドに腰掛けたまま、鼻歌交じりの高瀬を眺める。
聞きたいと言った割にはガツガツした様子もなく、本当に不思議なやつだなぁと肩の力が抜けてしまい、自然と口から言葉が流れ出ていった。
「付き合った人数はそんないない。高校の時に一人、大学で二人。社会人になってからはないな」
俺と全然違いますね、と高瀬が笑うからどう返していいか分からずに口ごもる。付き合うまではいかなかった相手だって何人かいたけど、そういうのも段々止めていった。
当の本人は気にする様子もなく、布団を敷き終えるとオレの隣へドカッと腰を下ろした。
「大学入ってから付き合ったヤツは誘われて……て感じだったけど、なんか違うなって思って長続きしなかったんだよ」
「そうなんですね。前にあんまりいい思い出ないって言ってましたけど……恭ちゃんってそんなに男運悪かったんですか?」
「全員がそうじゃねーよ。……最初の恋人が、最悪だった」
高校生の時、初めて付き合った男の顔を思い出す。
毒気のない穏やかな微笑みが、あの時はとても美しく見えたことは今でもイヤというほどに胸に焼き付いている。
「……すごく、好きだったんですね」
「え?」
「だって、見たこと無い顔してますもん」
高瀬の言葉に顔を上げれば、そっとあたたかな指先がオレの頬に触れた。笑おうとして、でも不満が隠しきれていない高瀬の複雑そうな顔。
昔の話だ、と笑い飛ばせるほど、オレも割り切れているわけではなかった。
だからだろうか。無性に高瀬に聞いてほしくなって、高瀬の傷付いたような表情にも構うこと無く話を続けた。
「高校生の時の先輩だったんだよ。見た目はお前みたいに優等生顔だったけど……校内外構わず男を取っ替え引っ替えって噂のある人で」
「中身も俺みたいですね」
「……確かにな」
あの自由奔放さは、似たところがあるかもしれない。だけどアイツは高瀬と違って、一度結んだ縁が崩れることに一切心を痛めないヤツだった。
高瀬は空気が重くならないように気を遣っているんだろう。自分の頬に触れていた高瀬の手を取り、オレは小さく首を振る。
「でも高瀬とは全然違う。お前はすごくあったかい」
一瞬目を丸くした高瀬は、照れ臭そうに微笑むと両手でオレの手を包む。
続きをせがむ眼差しに、オレは小さく溜め息を吐いた。
「オレは自分がゲイだってこと隠してたから、堂々としている先輩のことが眩しかった。だからあの人に声を掛けられた時……初めて誰かに自分を理解してもらえたみたいで嬉しかったんだ」
今になれば、世の中にはもっと多くの人がいて、自分を理解してくれる人だっていることくらいわかる。だけど高校生の時のオレに見えていた世界はとても狭くて、あの人だけが特別なんだって本気で信じていたんだ。
「付き合い出したのは先輩が卒業してから……オレが高二の時だったな。それから、オレが卒業して上京するまでは付き合ってんのか遊ばれてんのかよくわかんない感じだったよ」
好かれてはいたと思う。でも、大事にはされていなかった。それでも、オレだけを見てほしいと縋り付くほどに蠱惑的な人だった。
「……今でも好きですか?」
高瀬の問いに、オレは迷わず首を振る。忘れられない相手だけど、もう一度出会ったとしてもオレはアイツは選ばない。
「苦い思い出だよ」
ほっと息を吐き出した高瀬は、両手をオレの背中へと回すとぎゅっと抱き着いた。
子供っぽい抱擁に、つい苦笑が溢れる。丸まってる高瀬の背中をぽんぽんと撫でてみれば、ますますぎゅっと高瀬はオレを抱きしめてきた。
「……俺はゲイじゃないから、恭ちゃんの寂しい気持ちを全部わかってあげられないのが悔しいです」
「それは別にいいよ。わかってほしいって思ってたら、最初から高瀬なんて相手にしてないし」
「そりゃ、そうかもですけど」
不満げな声を漏らした高瀬の髪を撫でてやる。オレが高瀬に求めているのは、そんなことじゃなかった。
「最初の頃とか、俺色々失礼なこと言ってたよなーとか、今になって思うんです」
「まぁ、知らないってそういうことだろ」
「それでも、恭ちゃんにだったら抱かれてもいいって思ったのも、この人となら楽しいセックスが出来そうだって思ったのも嘘じゃないですから」
それはきっと、本当に心からの言葉だっただろう。オレは高瀬の髪を撫でながら、男同士は面倒だぞと茶化すように笑った。
「女の体と違って気持ちいいからって濡れたりしないし、使うとこ尻だからヤる前に綺麗にしないとだしな。……そもそもオレは女とのセックスは知らないから比べよう無いけど、そもそも交わるように出来てないんだから大変なのは間違いないぞ」
「わかってますよ。それも含めて、恭ちゃんとなら楽しいだろうなって思うんです」
「……それは高瀬が抱く側でも、抱かれる側でもか?」
高瀬ははっきりと頷いた。
それなら、オレのことを抱いてくれよ。
そう口にすればいいだけなのに、さっきの会話で思い出してしまった初めての恋人の言葉を思い出して、オレは口を閉じると高瀬の髪へと頬を寄せた。
『恭一って面倒くさいよね。そんなんだと誰にも相手してもらえないよ』
初めてキスをするよりも先に服を脱がそうとしてきたアイツに抵抗をしたら、心底厄介そうにため息を吐かれた。
今思えばアイツのほうが自分勝手だったけど、それでもアイツに掛けられた言葉は一つ一つがオレの中に重く沈み込んでいて、ふとした瞬間にオレの足首を掴み、暗い心の奥底へとオレを引き戻そうとする。
「……恭ちゃん、キスしてもいいですか?」
オレのことを抱き締めたまま尋ねる高瀬に、オレは少しだけ悩んでからくっついていた体を離した。
嬉しそうに微笑む高瀬の側にいると、少しずつだけど昔の影が遠ざかっていくような気がした。
瞼を閉じ、高瀬の唇を待つ。優しい口付けを繰り返していけば、抱いてほしいの一言だって何気なく口にできる時が来るのだろうか。
「そういえば恭ちゃんって、昔はどんな人と付き合ってたんですか?」
一つだけ、変わったことといえば、高瀬からのオレの呼び名だ。
恭ちゃんという呼び名はなんだか子どものようで気恥ずかしいけど、高瀬に呼ばれるのは案外悪くはなかった。
明日の講義が一限からだからという理由で泊まりに来た高瀬。
泊まらせてもらう代わりに、明日の朝食は高瀬が用意してくれるという。更には弁当まで作ってくれるとか。
そこまでしてくれるのなら、オレも断る理由はない。
「昔の恋人の話なんて知りたいのかよ」
「何が理由で別れちゃったのかは知っときたいじゃないですか。あ、もちろん話したくないならいいです」
高瀬は慣れた様子で空いているスペースに客用布団を敷いている。客用といいつつも、もうほとんど高瀬用になってしまった。
オレはベッドに腰掛けたまま、鼻歌交じりの高瀬を眺める。
聞きたいと言った割にはガツガツした様子もなく、本当に不思議なやつだなぁと肩の力が抜けてしまい、自然と口から言葉が流れ出ていった。
「付き合った人数はそんないない。高校の時に一人、大学で二人。社会人になってからはないな」
俺と全然違いますね、と高瀬が笑うからどう返していいか分からずに口ごもる。付き合うまではいかなかった相手だって何人かいたけど、そういうのも段々止めていった。
当の本人は気にする様子もなく、布団を敷き終えるとオレの隣へドカッと腰を下ろした。
「大学入ってから付き合ったヤツは誘われて……て感じだったけど、なんか違うなって思って長続きしなかったんだよ」
「そうなんですね。前にあんまりいい思い出ないって言ってましたけど……恭ちゃんってそんなに男運悪かったんですか?」
「全員がそうじゃねーよ。……最初の恋人が、最悪だった」
高校生の時、初めて付き合った男の顔を思い出す。
毒気のない穏やかな微笑みが、あの時はとても美しく見えたことは今でもイヤというほどに胸に焼き付いている。
「……すごく、好きだったんですね」
「え?」
「だって、見たこと無い顔してますもん」
高瀬の言葉に顔を上げれば、そっとあたたかな指先がオレの頬に触れた。笑おうとして、でも不満が隠しきれていない高瀬の複雑そうな顔。
昔の話だ、と笑い飛ばせるほど、オレも割り切れているわけではなかった。
だからだろうか。無性に高瀬に聞いてほしくなって、高瀬の傷付いたような表情にも構うこと無く話を続けた。
「高校生の時の先輩だったんだよ。見た目はお前みたいに優等生顔だったけど……校内外構わず男を取っ替え引っ替えって噂のある人で」
「中身も俺みたいですね」
「……確かにな」
あの自由奔放さは、似たところがあるかもしれない。だけどアイツは高瀬と違って、一度結んだ縁が崩れることに一切心を痛めないヤツだった。
高瀬は空気が重くならないように気を遣っているんだろう。自分の頬に触れていた高瀬の手を取り、オレは小さく首を振る。
「でも高瀬とは全然違う。お前はすごくあったかい」
一瞬目を丸くした高瀬は、照れ臭そうに微笑むと両手でオレの手を包む。
続きをせがむ眼差しに、オレは小さく溜め息を吐いた。
「オレは自分がゲイだってこと隠してたから、堂々としている先輩のことが眩しかった。だからあの人に声を掛けられた時……初めて誰かに自分を理解してもらえたみたいで嬉しかったんだ」
今になれば、世の中にはもっと多くの人がいて、自分を理解してくれる人だっていることくらいわかる。だけど高校生の時のオレに見えていた世界はとても狭くて、あの人だけが特別なんだって本気で信じていたんだ。
「付き合い出したのは先輩が卒業してから……オレが高二の時だったな。それから、オレが卒業して上京するまでは付き合ってんのか遊ばれてんのかよくわかんない感じだったよ」
好かれてはいたと思う。でも、大事にはされていなかった。それでも、オレだけを見てほしいと縋り付くほどに蠱惑的な人だった。
「……今でも好きですか?」
高瀬の問いに、オレは迷わず首を振る。忘れられない相手だけど、もう一度出会ったとしてもオレはアイツは選ばない。
「苦い思い出だよ」
ほっと息を吐き出した高瀬は、両手をオレの背中へと回すとぎゅっと抱き着いた。
子供っぽい抱擁に、つい苦笑が溢れる。丸まってる高瀬の背中をぽんぽんと撫でてみれば、ますますぎゅっと高瀬はオレを抱きしめてきた。
「……俺はゲイじゃないから、恭ちゃんの寂しい気持ちを全部わかってあげられないのが悔しいです」
「それは別にいいよ。わかってほしいって思ってたら、最初から高瀬なんて相手にしてないし」
「そりゃ、そうかもですけど」
不満げな声を漏らした高瀬の髪を撫でてやる。オレが高瀬に求めているのは、そんなことじゃなかった。
「最初の頃とか、俺色々失礼なこと言ってたよなーとか、今になって思うんです」
「まぁ、知らないってそういうことだろ」
「それでも、恭ちゃんにだったら抱かれてもいいって思ったのも、この人となら楽しいセックスが出来そうだって思ったのも嘘じゃないですから」
それはきっと、本当に心からの言葉だっただろう。オレは高瀬の髪を撫でながら、男同士は面倒だぞと茶化すように笑った。
「女の体と違って気持ちいいからって濡れたりしないし、使うとこ尻だからヤる前に綺麗にしないとだしな。……そもそもオレは女とのセックスは知らないから比べよう無いけど、そもそも交わるように出来てないんだから大変なのは間違いないぞ」
「わかってますよ。それも含めて、恭ちゃんとなら楽しいだろうなって思うんです」
「……それは高瀬が抱く側でも、抱かれる側でもか?」
高瀬ははっきりと頷いた。
それなら、オレのことを抱いてくれよ。
そう口にすればいいだけなのに、さっきの会話で思い出してしまった初めての恋人の言葉を思い出して、オレは口を閉じると高瀬の髪へと頬を寄せた。
『恭一って面倒くさいよね。そんなんだと誰にも相手してもらえないよ』
初めてキスをするよりも先に服を脱がそうとしてきたアイツに抵抗をしたら、心底厄介そうにため息を吐かれた。
今思えばアイツのほうが自分勝手だったけど、それでもアイツに掛けられた言葉は一つ一つがオレの中に重く沈み込んでいて、ふとした瞬間にオレの足首を掴み、暗い心の奥底へとオレを引き戻そうとする。
「……恭ちゃん、キスしてもいいですか?」
オレのことを抱き締めたまま尋ねる高瀬に、オレは少しだけ悩んでからくっついていた体を離した。
嬉しそうに微笑む高瀬の側にいると、少しずつだけど昔の影が遠ざかっていくような気がした。
瞼を閉じ、高瀬の唇を待つ。優しい口付けを繰り返していけば、抱いてほしいの一言だって何気なく口にできる時が来るのだろうか。
31
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる