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【1】
9.やっぱりお前は好みじゃないけど
しおりを挟む今更ながら、やましい気持ちがないとはいえ大学生を部屋に上げるのはどうなんだろうと不安になる。
高瀬も未成年ではないし、オレが気にし過ぎてるだけなんだろうか。
「夕飯までご馳走になっちゃってすみません……」
「別にいいよ。一人で食うよりずっといい」
普段から陸人さんのとこでまかないを出してもらっている高瀬からしたら、オレの作ったものなんて大したものじゃないだろうけど。
それでも、ぱくぱくと手を止めずに食ってもらえたからほっとした。
「このまま泊まってくなら着替え貸すけど?」
「泊まってもいいんですか?」
「お前が気にしないならな」
一晩一緒いたら、必ず何かなければいけないなんて決まりはない。相手が女でも、ゲイでも、一緒に過ごしたいと思える相手と安心していられないのは寂しすぎる。
高瀬は頷いて、そのまま黙ってしまう。
話し出すのを待っていたけど中々顔を上げようとせず、先に着替えを持って来ようかと立ち上がったら高瀬に腕を掴まれた。
高瀬が顔を上げてオレを見上げていたから、オレはその場に座り直した。
ホッとした様子で小さく息を吐いた高瀬は、オレから手を離すとゆっくりと口を開いていく。
「恭ちゃん先輩も知ってると思いますけど、俺、来るもの拒まず去る者追わずなんですね」
「そうだな」
「そんな俺だから、恭ちゃん先輩は何で追ってくるんだろうって疑問になるというか……俺のこと信用出来ないのもよく考えれば当然なんですよね」
信用出来ないとまでは言わないが、もし今高瀬に好きだと言われても男同士でのセックスに興味があるだけなんだろうなとしか思わないだろう。
「……俺の両親が離婚したってのは話したことありましたよね」
「兄貴がゲイだったからって話の時にちょろっと聞いたな」
「原因は不倫なんですけど……父親も母親もどっちも不倫してて。離婚の直前はどっちのほうがマシだとか悪いだとか、そんな話をずっとしてたんですよね。その時、俺もう小四ですよ?」
なんの話をしてるかわかっちゃいますよね、と高瀬は目を伏せて笑っていた。オレは、笑うことなんて出来なかった。
「もしかしたら兄と父親違うかも……て話が出るくらいには母の男癖は悪かったみたいです。でも、俺と兄は顔似てたんで半分違う遺伝子ってことないと思うんですけどね」
「高瀬だけが父親に引き取られたのって、それが原因か?」
「らしいです。知らない間に検査でもやったんですかね? その辺は俺も全然知らないです」
小学生の頃の話なら、詳細を知らないのは当たり前だろう。大人になったからといって教えてもらえるものでもない。
なんて言葉を掛ければいいかはわからなくて、高瀬の背中に手を添える。
ゆっくりとその背を撫でれば、高瀬はオレの顔を見て微かに微笑んだ。
「そんな両親の子なんで、俺は自分の好きって気持ちを信じてないんです。どうせ、すぐ好きじゃなくなる。そう思ってるから自分からは追わないし、でも断る理由もないから誘われたら付き合うだけで」
「……高瀬は断ることってしなかったのか?」
オレと目を合わせ、高瀬は頷いた。
「昔は断ってたんですよ。友達として好きだった女の子に告白された時とか、恋愛感情じゃないからって。でも、そうしたらその子ともう友達にすらなれなくなっちゃって。……難しいですよね。これからも仲良くしたいって思うから断ったのに、友情まで壊れちゃうんですもん」
作り笑いを浮かべた高瀬に、気付けばオレは頷いていた。高瀬の言いたいこと、わかる気がする。
友達でいたかった相手だって、オレがゲイと知った途端に離れていった。オレは友情を求めていたのに、向こうはそこに恋愛感情が混ざる可能性があるなら受け入れられなかったんだろう。
それに気付いてからは、人付き合いが怖くなった。同じゲイ同士ならまだいいけれど、そうでない相手とはどうやって仲良くなればいいかわからなかった。
そうやって、勝手に自分で壁を作って生きてきたんだ。
「試しに一度オーケーしてみたら……今度は結局付き合ってるのに友達の時と変わらないって振られたんですよね。ただ、向こうがそういうオレを知ったからなのか、別れた後は元彼と元彼女ではありましたけど、友達に戻れたんです」
嬉しかった、と高瀬は弱々しくそっと零した。
オレは高瀬のこと、いつでも人に囲まれている人気者なんだと思っていた。言い換えるなら遊び人。オレとは正反対だったけど、その人懐っこさは羨ましくも感じていた。
だから、意外だった。高瀬がオレと同じように人付き合いに不安を抱えていたなんて。
「恭ちゃん先輩がゲイだって知った時はびっくりしましたけど、同時に思ったんです。仲良くなりたいって思っていた同性のことも、好きになっていいものなんだって。俺にとってはその考え方が目からウロコだったというか……知ってはいたはずなのにその発想って無かったんですよね」
「それが一般的な感覚だろ。もし仮に高瀬が大学の男友達に片想いしてもいいんだ、なんて思ったとしても、相手がそれを受け入れられない可能性のほうが高いんだし」
「でも、恭ちゃん先輩となら恋が出来るかもしれない」
さっきまでの作られた笑みは消え去って、高瀬はオレを真っ直ぐに見つめていた。目を逸らすことが出来ず、オレも高瀬を見つめ返す。
高瀬は、ふざけてなんていなかった。
「俺、本当はずっと誰かを真剣に好きになりたかったんです。だから……恭ちゃん先輩のこと、利用しました。俺の中にあった好意が恋心に変われば良いと思っていたんです」
ごめんなさいと、高瀬は頭を下げる。
本当にコイツは、今まで誰かを好きになったことがないんだろうなと溜め息が溢れた。
オレからしたら、そんな理由で迫られたら、もう十分恋をしているようにしか見えないというのに。
その態度が、オレを期待させているんだ。
「高瀬がオレのこと利用してたんなら、オレだってそうだよ」
「え?」
「オレはさ、そんなに愛想も良くないし、人付き合いも上手くない。ショーコママのバーみたいなゲイが集まるところならまだいいけど、そうじゃない場所じゃ怖くて恋愛の相手なんか絶対探せない」
俯いてしまった高瀬は、そっと顔を上げた。オレの次の言葉を待つように、小さく息を呑んだのがわかった。
「だから高瀬が気にせず接してくれたことが凄く嬉しかったし……そういうヤツのこと好きになれたら、何か変わるんじゃないかって期待もしてた」
「俺が好みのタイプじゃなくてもですか?」
随分と深刻そうに高瀬が尋ねるものだから、つい吹き出してしまう。それ、気にしてたのは意外だったな。
「好みのタイプじゃなくてもだよ。好きになる相手なんて、全部が全部そうじゃないんだからさ」
恋なんてそんなもんだろ、と臆病なオレには言われたくないだろうけど。それでも、多分高瀬の方がオレよりもずっと下手くそだと思うから。
「高瀬のことは全然タイプじゃないけど、それでもお前と一緒の時間は悪くないって思ってるよ」
僅かに目を見張った高瀬は笑おうとして失敗した。
ごめんなさいと小さく溢したと思ったら、オレの肩へと両手を伸ばし、オレの体を抱き寄せていた。
拒むことも、逃げることも、難しくはなかった。
だけど、しなかった。
高瀬に、触れてみたかったから。
「……恭ちゃん先輩は、嫌じゃないですか?」
「別に、イヤじゃない」
「俺もです。……なんか、安心する」
オレの肩を掴んでいた高瀬の指先に力が籠った。高瀬の細い髪がオレの頬を擽っていた。
整髪料の匂いの中に、高瀬自身の熱っぽい匂いが混ざっていた。
「あの、俺……また恭ちゃん先輩の部屋に遊びに来てもいいですか?」
変なことしないので、とすぐに付け加えた高瀬にオレは苦笑を溢し快く頷いてやった。
「いいよ。また誘う」
「嬉しいです。今日買ってくれたマグカップも、ここに置いておいてくれませんか?」
「うちに?」
「俺が遊びに来たときに使わせてください」
断る理由もなくて頷けば、高瀬は声にならない笑い声を溢してオレに抱き付く力を強くした。
「……高瀬、痛いよ」
「えっ! あ、ごめんなさい」
「腕じゃなくてさ」
高瀬がオレの肩に額を擦り寄せた拍子に、耳に付けられていた沢山のピアスがオレの髪に絡まって引っ張られた。慌てて体を離した高瀬に向けて自分の耳を指差してみれば、はっとした顔をして高瀬は自分の耳たぶに手を伸ばす。
「いいよ、そのままで。似合ってんだし」
ピアスを外そうとした高瀬の手に自分の手を重ねる。ほっと息を吐いた高瀬は、柔らかく笑うともう一度オレのことを抱き締めた。
「俺、恭ちゃん先輩になら抱かれたいですよ」
「……ばーか。だから、タイプじゃないって」
「タイプじゃなくても良いって言ったじゃないですか」
「それとこれとは別」
ひどいと溢して笑う高瀬の声が鼓膜を静かに揺らしていく。
くつくつと揺れる高瀬の背中へと触れてみる。
抱き締められる感触も、自分で触れた感触も、思っていたよりもずっと悪くない。もう少し高瀬の内面に触れてみたいと思うには、十分すぎるくらいだった。
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