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孤独な王子は道化師と出会う
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男は眉間にシワを寄せ、じっとオレを見上げている。そして、この鉄の塊と血の臭いに満たされた空間ではひどく場違いな笑みを浮かべて困った様子で首を傾げた。
「ここ、暗くって顔がよく見えないんですよね。あんたは……王様……じゃなさそう」
オレは少し迷って、そいつの前に膝を付いて目線を合わせた。男は嬉しそうに微笑むと返り血で濡れたオレの顔に構うことなく両手で触れて、知らない人っすねと生命力に満ちた声を響かせた。
「……お前さ、この国の王がどこに逃げたか知ってるか?」
「奥の部屋で死んでるんじゃない? 薬飲んでたの見ましたよ」
奥の部屋と言って男が指差した先に明かりを掲げれば、二人で眠るには狭いであろう寝台が一つ置かれただけの部屋が炎に照らされ、寝台の上に投げ出された人の両足が目に入った。
目の前の男の足元には少し溶けた錠剤の薬が転がっているのが見えた。それが何を意味するのかは考えるまでもない。
繋がれた男がげっそりとして見えるのも、きっとオレの想像通りなのだろう。
「この国、滅ぶんだ?」
「え? あぁ……まぁ、そうなるな」
ふうん、と溢した男は明かりに照らされた部屋の方など一切目を向けることなく、オレの腕を掴むとその場で思い切り頭を下げた。
「お願いします、騎士のお兄さん! 俺もそっちに国に連れてってくれませんか? このままだと俺、住むとこなくなっちゃうんです。昔は旅芸人の一座にいたし、この国でも色々芸は見せてたからお祭りの時とか役に立てるはずですよ!」
暗い部屋には似合わない活気に溢れた声に、驚いて反応が遅れてしまう。それをこいつは拒否と受け取ったのか、泣きそうな顔でオレにしがみついてきた。
「ダメっすか? 俺、確かに王様の近くにいましたけどこの国の出身でもないから情もないし、敵討ちとか考えません! 話せって言うなら俺の知ってることなんでも教えるし!」
「お、落ち着けって。ダメとは言ってないだろ」
ぐいぐいと近付いてくる体を押し返し、その足に嵌められた枷に目を向ける。足首に滲む赤い跡が痛々しい。似合わぬ傷で汚れた少年のことを、助けてやりたいと、思う。
「……それさ、鍵は?」
「多分王様が持ってると思う」
「わかった、ちょっと待ってろ」
オレはそいつの頭を軽く撫でると、明かりを手に隣の部屋へと足音を殺して移動する。本当に寝台しか置かれていない石壁に囲まれた冷たい部屋で、一人の男がその上に横たわっていた。
そっと近付き、胸が上下していないことを確認してから手首に触れる。脈は止まっていた。
「……これか?」
王が首から下げている鍵を紐から引きちぎって彼の元に戻る。足枷の小さな鍵穴にそれを差し込めば、カチャッと音がして枷は外れた。
思わず、痛々しく変色した男の足首を撫でていた。そんなことをしたところで何も変わらないとわかってはいるけれど、そうせずにはいられなかった。
「……お兄さんって良い人ですね」
「え?」
「さっきから、悲しそうな顔してくれてる」
それが特別なことのように口にするから、何故か無性に腹が立ってしまう。目の前で酷い扱いを受けている者がいれば助けてやりたいと思うのは当然のことだ。
「暗いとよく見えないんじゃないのか?」
「これだけ近ければ見えるっすよ」
男はぐっとオレに顔を近付けて、両手でオレの頬を包み嬉しそうに笑った。
けれど、すぐにその表情は曇りオレから顔を隠すように俯いてしまう。オレは小さく息を吐いて、俯いてしまった男の体を抱き抱えると立ち上がった。
「うわっ!」
「お前さ、名前は?」
「え? ウル……」
「わかった。ウル、お前のこと、オレの国に連れてく」
ウルは一瞬驚いたような顔でオレを見つめたけれど、すぐに嬉しさを顔中に押し出して笑ってみせた。
「オレはユリウス」
「ユリウス……ユリーっすね! このご恩は忘れません!」
「ユリーってなんだよそれ」
「イヤですか?」
離れて暮らす母ちゃんが、オレをそう呼んでいたことを思い出す。そんなに昔の話じゃないのに、戻れない日々は遠すぎて、懐かしさにその呼び名を咎めることができなかった。
「……いいよ、それで」
距離感のおかしいやつだなと思ったけれど、城に来てからずっとこんな風に気さくに声を掛けてくれる者はいなかった。
誰もがオレを時期国王として敬意のある振りをしながらも、平民育ちであることを影で笑っていることは知っている。それ自体に思うことはないけれど、ウルのオレを何一つ特別扱いせずに接してくれる空気は有り難かった。
それもきっと、オレの正体がバレるまでの話なんだろうけれど。
限られた時間だとはわかっていながらも、オレは抱えられながら楽しそうにユリーの国はどんな国なんですかと質問を繰り返すウルに一つ一つ答えていった。
「ここ、暗くって顔がよく見えないんですよね。あんたは……王様……じゃなさそう」
オレは少し迷って、そいつの前に膝を付いて目線を合わせた。男は嬉しそうに微笑むと返り血で濡れたオレの顔に構うことなく両手で触れて、知らない人っすねと生命力に満ちた声を響かせた。
「……お前さ、この国の王がどこに逃げたか知ってるか?」
「奥の部屋で死んでるんじゃない? 薬飲んでたの見ましたよ」
奥の部屋と言って男が指差した先に明かりを掲げれば、二人で眠るには狭いであろう寝台が一つ置かれただけの部屋が炎に照らされ、寝台の上に投げ出された人の両足が目に入った。
目の前の男の足元には少し溶けた錠剤の薬が転がっているのが見えた。それが何を意味するのかは考えるまでもない。
繋がれた男がげっそりとして見えるのも、きっとオレの想像通りなのだろう。
「この国、滅ぶんだ?」
「え? あぁ……まぁ、そうなるな」
ふうん、と溢した男は明かりに照らされた部屋の方など一切目を向けることなく、オレの腕を掴むとその場で思い切り頭を下げた。
「お願いします、騎士のお兄さん! 俺もそっちに国に連れてってくれませんか? このままだと俺、住むとこなくなっちゃうんです。昔は旅芸人の一座にいたし、この国でも色々芸は見せてたからお祭りの時とか役に立てるはずですよ!」
暗い部屋には似合わない活気に溢れた声に、驚いて反応が遅れてしまう。それをこいつは拒否と受け取ったのか、泣きそうな顔でオレにしがみついてきた。
「ダメっすか? 俺、確かに王様の近くにいましたけどこの国の出身でもないから情もないし、敵討ちとか考えません! 話せって言うなら俺の知ってることなんでも教えるし!」
「お、落ち着けって。ダメとは言ってないだろ」
ぐいぐいと近付いてくる体を押し返し、その足に嵌められた枷に目を向ける。足首に滲む赤い跡が痛々しい。似合わぬ傷で汚れた少年のことを、助けてやりたいと、思う。
「……それさ、鍵は?」
「多分王様が持ってると思う」
「わかった、ちょっと待ってろ」
オレはそいつの頭を軽く撫でると、明かりを手に隣の部屋へと足音を殺して移動する。本当に寝台しか置かれていない石壁に囲まれた冷たい部屋で、一人の男がその上に横たわっていた。
そっと近付き、胸が上下していないことを確認してから手首に触れる。脈は止まっていた。
「……これか?」
王が首から下げている鍵を紐から引きちぎって彼の元に戻る。足枷の小さな鍵穴にそれを差し込めば、カチャッと音がして枷は外れた。
思わず、痛々しく変色した男の足首を撫でていた。そんなことをしたところで何も変わらないとわかってはいるけれど、そうせずにはいられなかった。
「……お兄さんって良い人ですね」
「え?」
「さっきから、悲しそうな顔してくれてる」
それが特別なことのように口にするから、何故か無性に腹が立ってしまう。目の前で酷い扱いを受けている者がいれば助けてやりたいと思うのは当然のことだ。
「暗いとよく見えないんじゃないのか?」
「これだけ近ければ見えるっすよ」
男はぐっとオレに顔を近付けて、両手でオレの頬を包み嬉しそうに笑った。
けれど、すぐにその表情は曇りオレから顔を隠すように俯いてしまう。オレは小さく息を吐いて、俯いてしまった男の体を抱き抱えると立ち上がった。
「うわっ!」
「お前さ、名前は?」
「え? ウル……」
「わかった。ウル、お前のこと、オレの国に連れてく」
ウルは一瞬驚いたような顔でオレを見つめたけれど、すぐに嬉しさを顔中に押し出して笑ってみせた。
「オレはユリウス」
「ユリウス……ユリーっすね! このご恩は忘れません!」
「ユリーってなんだよそれ」
「イヤですか?」
離れて暮らす母ちゃんが、オレをそう呼んでいたことを思い出す。そんなに昔の話じゃないのに、戻れない日々は遠すぎて、懐かしさにその呼び名を咎めることができなかった。
「……いいよ、それで」
距離感のおかしいやつだなと思ったけれど、城に来てからずっとこんな風に気さくに声を掛けてくれる者はいなかった。
誰もがオレを時期国王として敬意のある振りをしながらも、平民育ちであることを影で笑っていることは知っている。それ自体に思うことはないけれど、ウルのオレを何一つ特別扱いせずに接してくれる空気は有り難かった。
それもきっと、オレの正体がバレるまでの話なんだろうけれど。
限られた時間だとはわかっていながらも、オレは抱えられながら楽しそうにユリーの国はどんな国なんですかと質問を繰り返すウルに一つ一つ答えていった。
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