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1.片翼の小鳥
⑧
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「……ねぇ……音斗、起きて!」
体を揺さぶられる感覚に目を開けた音斗は、自分が寝てしまっていたことに驚き、そして目の前に自分を心配そうに覗き込むのどかの顔を見てしまい、更に驚きで体を起こした。
「うわっ、の、のどかさん……?」
「やっぱり調子悪いじゃん……」
ため息を吐いたのどかは皿の乗せられたトレーをベッド脇のテーブルに置いた。
「米いる?」
「食べます!」
皿の上にはスープカレーと小盛りのご飯が用意されていた。空のコップと五百ミリのペットボトルの水もあり、その隣には薬も添えられていた。
「……のどかさん、その、迷惑かけてすいません」
スープカレーの皿とスプーンを手に取った音斗は、食べる前に謝罪の言葉を口にした。
必死にやらなければ追い付かない程にのどかは遠い存在だというのに、体調管理も満足に出来ず、その上迷惑まで掛けてしまってる。
そんな自分が情けなく、肩を下ろす音斗。
のどかはじっと音斗を見つめ、黙ってベッドに腰を下ろした。
「……あんたさ、昨日何時に寝た?」
「え? 昨日は……三時くらい……」
「最近はずっとそんな感じ? 何でそんな遅いの?」
「それは、その……レッスンのない日でもやれることはやりたくて」
「何やってんの? 全部話して」
部活に所属していない音斗は学校が終わると放課後は体力作りも兼ねての倉庫バイトに向かい、家に帰る前に近所の公園で一、二時間ほどダンスの練習をする。帰宅後は自宅で出来る筋トレと鷺坂から借りた事務所のアーティストの過去のライブ映像を見て勉強をしており、加えて本来の学生生活のための勉強も行っているため、日々睡眠時間が削られていく一方であった。
音斗にとってそれは当たり前の努力であり、のどかに知ってほしいことではなかった。けれど、真っ直ぐに自分を見つめる鋭い眼差しは誤魔化すことを許しはしなかったため、目を合わせることはせず、おずおずと一日のスケジュールを口にしていった。
黙って聞いていたのどかは、音斗が話し終えると肩を落とした。続いて吐き出された溜め息には呆れが色濃く乗せられており、音斗は目を逸らしたままスープカレーを口へと運んだ。
「無茶過ぎ。いきなりそんなに詰め込んで効果あるわけない。ちゃんと考えなよ」
「う、はい……」
のどかはそれ以上何も言わず、目を伏せて黙り込んでしまった。音斗も掛けるべき言葉がわからず、黙々と夕食を食べ進めた。
熱があるとは思えぬ食欲を見せ、出された皿を綺麗に空にした音斗は、薬も飲み終えると両手を合わせた。
「ごちそうさまでした。……のどかさん、本当にありがとうございます」
「ん。……あのさ、そんなに芸能界入りたいの?」
「え?」
音斗の手からトレーを受け取ったのどかは、ベッド脇に腰掛けたまま音斗に問い掛けた。
短い時間の中、無理をしてでも前に進もうとしなければ何も掴めないだろう気持ちになってしまうことはのどかにもよくわかる。けれど、目の前にいる音斗という人間は何かへの執着の強いタイプには見えず、のどかが今まで業界で見てきたどの人間とも違った姿に映っていた。
「……歌で仕事ができたらって、昔から夢だったんです。凄く、憧れてて。だから今回、ここのオーディションを見つけた時、夢に挑戦してみてもいいんじゃないかって思ったんです」
憧れだけで生きていけるほど、楽しさだけが存在する仕事ではない。
そのことを痛いくらいに知っているのどかだったが、憧れを追いかける気持ちはのどかにとって馬鹿にすることの出来ない感情で、熱に浮かされながらも瞳を輝かせる音斗を切り捨てることは出来なかった。
「……それなら、尚更がむしゃらにやればいいってわけじゃないこともわかるよね。明日トレーナーに会った時、あんたの平日のトレーニングの相談しておくから、来週からはその通りにやるようにして」
以前も鷺坂がのどかと事務所の後輩でユニットを組んで売り出そうとして、上手くいかなかった。売れたくて必死な、よく言えば向上心の高いその後輩は、自分よりものどかの知名度に乗っかった売り出し戦略が納得いかず、喧嘩別れに近い形で事務所を去っていった。
音斗だって、きっとそうだろう。のどかとセットで売り出されてしまえば、どうしたって話題性のある元天才子役という肩書に全て持っていかれる。売れたいと願う同世代の若者からすれば、メリットよりもデメリットが勝る。
どうせいつか、一人で活動したほうが良いと気付く時が来る。そう思うのどかだったが、音斗の計算の感じられない言動を見ていると突き放しきることが出来ずにいた。
体を揺さぶられる感覚に目を開けた音斗は、自分が寝てしまっていたことに驚き、そして目の前に自分を心配そうに覗き込むのどかの顔を見てしまい、更に驚きで体を起こした。
「うわっ、の、のどかさん……?」
「やっぱり調子悪いじゃん……」
ため息を吐いたのどかは皿の乗せられたトレーをベッド脇のテーブルに置いた。
「米いる?」
「食べます!」
皿の上にはスープカレーと小盛りのご飯が用意されていた。空のコップと五百ミリのペットボトルの水もあり、その隣には薬も添えられていた。
「……のどかさん、その、迷惑かけてすいません」
スープカレーの皿とスプーンを手に取った音斗は、食べる前に謝罪の言葉を口にした。
必死にやらなければ追い付かない程にのどかは遠い存在だというのに、体調管理も満足に出来ず、その上迷惑まで掛けてしまってる。
そんな自分が情けなく、肩を下ろす音斗。
のどかはじっと音斗を見つめ、黙ってベッドに腰を下ろした。
「……あんたさ、昨日何時に寝た?」
「え? 昨日は……三時くらい……」
「最近はずっとそんな感じ? 何でそんな遅いの?」
「それは、その……レッスンのない日でもやれることはやりたくて」
「何やってんの? 全部話して」
部活に所属していない音斗は学校が終わると放課後は体力作りも兼ねての倉庫バイトに向かい、家に帰る前に近所の公園で一、二時間ほどダンスの練習をする。帰宅後は自宅で出来る筋トレと鷺坂から借りた事務所のアーティストの過去のライブ映像を見て勉強をしており、加えて本来の学生生活のための勉強も行っているため、日々睡眠時間が削られていく一方であった。
音斗にとってそれは当たり前の努力であり、のどかに知ってほしいことではなかった。けれど、真っ直ぐに自分を見つめる鋭い眼差しは誤魔化すことを許しはしなかったため、目を合わせることはせず、おずおずと一日のスケジュールを口にしていった。
黙って聞いていたのどかは、音斗が話し終えると肩を落とした。続いて吐き出された溜め息には呆れが色濃く乗せられており、音斗は目を逸らしたままスープカレーを口へと運んだ。
「無茶過ぎ。いきなりそんなに詰め込んで効果あるわけない。ちゃんと考えなよ」
「う、はい……」
のどかはそれ以上何も言わず、目を伏せて黙り込んでしまった。音斗も掛けるべき言葉がわからず、黙々と夕食を食べ進めた。
熱があるとは思えぬ食欲を見せ、出された皿を綺麗に空にした音斗は、薬も飲み終えると両手を合わせた。
「ごちそうさまでした。……のどかさん、本当にありがとうございます」
「ん。……あのさ、そんなに芸能界入りたいの?」
「え?」
音斗の手からトレーを受け取ったのどかは、ベッド脇に腰掛けたまま音斗に問い掛けた。
短い時間の中、無理をしてでも前に進もうとしなければ何も掴めないだろう気持ちになってしまうことはのどかにもよくわかる。けれど、目の前にいる音斗という人間は何かへの執着の強いタイプには見えず、のどかが今まで業界で見てきたどの人間とも違った姿に映っていた。
「……歌で仕事ができたらって、昔から夢だったんです。凄く、憧れてて。だから今回、ここのオーディションを見つけた時、夢に挑戦してみてもいいんじゃないかって思ったんです」
憧れだけで生きていけるほど、楽しさだけが存在する仕事ではない。
そのことを痛いくらいに知っているのどかだったが、憧れを追いかける気持ちはのどかにとって馬鹿にすることの出来ない感情で、熱に浮かされながらも瞳を輝かせる音斗を切り捨てることは出来なかった。
「……それなら、尚更がむしゃらにやればいいってわけじゃないこともわかるよね。明日トレーナーに会った時、あんたの平日のトレーニングの相談しておくから、来週からはその通りにやるようにして」
以前も鷺坂がのどかと事務所の後輩でユニットを組んで売り出そうとして、上手くいかなかった。売れたくて必死な、よく言えば向上心の高いその後輩は、自分よりものどかの知名度に乗っかった売り出し戦略が納得いかず、喧嘩別れに近い形で事務所を去っていった。
音斗だって、きっとそうだろう。のどかとセットで売り出されてしまえば、どうしたって話題性のある元天才子役という肩書に全て持っていかれる。売れたいと願う同世代の若者からすれば、メリットよりもデメリットが勝る。
どうせいつか、一人で活動したほうが良いと気付く時が来る。そう思うのどかだったが、音斗の計算の感じられない言動を見ていると突き放しきることが出来ずにいた。
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