ゾンビパウダー

ろぶすた

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第一部 神殺しの陰謀 第二章 氷の国の王

新たなる疑問

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 あの受肉事件から1週間の時間がたとうとしていた。本格的に日出も家に住み始め、にぎやかで平和な日々が続いていた。

 「東雲さん、お世話になりました。何から何までありがとうございます。すっかり元気になりました。」
 「いえいえ、よかったです。今回の件のお陰で私も色々と勉強になりました。」

 大人の社交辞令の様にお互いペコペコと頭を下げ合い、たわいのない言葉を交わした。

 「東雲さん、お願いがあるんですが…。」
 「千暁さんどうしましたか?」
 「私もお手伝いさせてもらえないでしょうか?」
 「え?お手伝いも何も、私たち日がな一日ゴロゴロしたり…討論したり…。」
 「私知っているんです…。夜な夜な、東雲さんと日出さんがあちらの世界に行ってる事を。」
 「っ…。」

 バレない様に日出と共に死後の世界へ行っていたのだ…、ゾンビパウダーの供給が増え、向こうの世界もどんどんと悪い方向へ進んでいる。それは危険に暴露する確率が上がることを意味している。私たちは開発者としてそれを見守り、事前に阻止する必要がある。

 「千暁さん、もう大人なのでわかると思うのですが…、死ぬ危険性もあるんですよ?お母さんからも何か言ってください。」
 「千暁が決めたことですから…、私は口出しできません。今までこの子には辛抱ばかりさせてきましたので…。」
 「千暁ちゃん、これから本当に何が起こるかわからないよ?」

 千暁の意思は固く、断固として譲らなかった。しかし、私たちも断固として譲らなかった…、これから起こり得る事象に巻き込むわけにはいかない…、そんな思いからであった。
 
 「千暁さん…。」
 「私、やれます!もうコンシェルジュさんに頼みましたから!」

 千暁がその言葉を発した時に待っていましたと言わんばかりに玄関のインターホンが鳴り響いた。

 「東雲様、頼まれたものをお持ちいたしました。」

 コンシェルジュさんの後ろにはあの装置…幽世ベッドが堂々と鎮座していた。

 「はぁぁ…。わかりました…負けです。お母さん、千暁さんはこちらで預からせてもらいます…。」
 「娘をよろしくお願いいたします。」

 大きなため息をつきコンシェルジュさんが運び込んできたベッドを横目に見ながら、千暁の顔を見た。千暁はしてやったいう顔つきで、こちらの顔を見て微笑んでいた。

 「コンシェルジュさん、いつもありがとうございます。」
 「いえいえ、東雲様も良い人材を手に入れられた事で。千暁様はアストラル体、エーテル体共に東雲様と日出様をはるかに上回っております故、向こうの世界でも力強い存在になるでしょう。」
 「コンシェルジュさん、アストラル体とエーテル体が見えるんですか?」
 「コンシェルジュたるものそれくらいできなくては務まりませんからね。これも古き主人に鍛えられたおかげでございます。」

 やはりこのコンシェルジュさんが一番謎多き人物である。通常のコンシェルジュとは全く比べ物にならない、人なのかも疑わしくなってきた。人であるのであれば、高名な霊能力者なのかもしれない。

 「長い10日間だったなぁ…。居候も二人増えて、まるで家族だなぁ…。」
 「東雲さん、何言っているんですが、満更でも無い癖に。」

 日出はお見通しであった様だ、怠惰を貪っていた時とは違い今は生き生きしていると感じられる。人間らしいというのか、それとも研究者としての血が騒いでいるのか…、【ゾンビパウダー】が導くあの世界…未知の連続に心が躍っている、怠惰な生活では感じられなかった活力だ。
 わからないから楽しい…そんな子どもの時に感じた気持ちがこの歳でも再燃するとは思ってもいなかった。

 「あぁ、楽しいよ。本当に楽しい、生きているって感じがする。」
 「それはそうでしょ、幽世に行っているんですから!」
 「今度から私も連れて行ってもらいますからね!」

 仕事での関係とはまた違った、なんとも言えない充実感が私を包み込む。

 「よし、今日は寿司にでもするか。その前に、日出、千暁さん、一度家に帰ってちゃんと荷物を引っ張ってこい、それからだ。」

 私がそういうと、コンシェルジュさんは微笑み、部屋を後にした。

 ーー次の日

 「東雲様、もしよろしければ東雲様の下の部屋も購入されませんか?ちょうど空きが出た様でして。」
 「口座との相談だなぁ…。コンシェルジュさん今どれくらい入ってる?」

 金の管理も全てコンシェルジュさんに任せている。あまり世間的には良く無いのであろうが…、一度楽を覚えてしまった人間はもう戻れない。

 「今は…ゾンビパウダーの売り上げ…、資産運用…、その他雑費、生活費でのマイナスがあったとしても、このマンション一棟買える金額は口座にありますね。」
 「コンシェルジュさん…、今なんて言いましたか?そして、資産運用なんてした覚えはないんだが。」
 「資産を一任されております故、私の方で対応させていただいております。」
 「そうでしたか…。買えるだけの金額はありそうなんですね…。でも、ここを買った時と同じような手続きをしないといけないんですね…。」

 物件を購入するとなるといろいろと面倒なのだ…手続き的な側面もさることながら、電気やガスのこまごまとした対応もしなければならない。そんな過去の思い出が頭によぎり、それが顔に出ていた。

 「全てこちらで対応しますね。この書類にサインだけお願いできればと…。」

 その顔を見たコンシェルジュはカバンからサッと紙を取り出して、委任状と委任状では対応できない部分の必要事項への記入とサインを求めた。
 サインをしたものの、物件の諸々の手続きのため2、3日後には私の物となるとの話で、少しお時間を頂戴して申し訳ないと、深々と頭を下げた。内覧はいつでも可能ということで鍵だけは渡された。
 2、3日は破格の速さであるものの、このコンシェルジュさんにとってはとても長い時間なのであろう。

 「ん、東雲さん、なんか買ったんですか?」
 「あぁ、コンシェルジュさんの勧めでこの下の階の部屋も購入したんだ。」
 「ぇえ…、金があるところにはあるんですね。この部屋も最上階だし…、このマンション階に一室しかないでしょ…、いくらしたんですか?」
 「わからん…。金の管理はコンシェルジュさんに任せている。」
 「東雲さん…、どれだけ怠惰なんですか…。」
 「おいおい、衣食住を見てもらっている人間に対してそれはないだろう!」

 実際に千暁がこの家に住んでから、少し気を使っていたところもあった。やはり女性というのもあり、いつものようにガウン一枚その下は裸という様な格好は謹んでいた。
 千暁の方は気にはしていない様ではあるが、やはり若い女性が…という事もあり、この話は渡りに船であった。千暁は下の階に住んでもらうということを考えた。

 「日出さん、どうしたんですか?」
 「千暁ちゃん、おはよう。いやね、東雲さんこの下の階の部屋買っちゃったらしいんだよ。」
 「東雲さん、そんな、即断で買ったんですか!?」
 「いや、その、あぁ。買った…。」
 「持っている人は持っているんですねぇ…。」

 千暁も日出と同じ反応であった…。君たちが引っ越してきたから買ったんだ!と言いたい思いもあったが、なんだかバカらしくなって笑えてきた。
 
 「下の階のすぐに内覧はできるみたいだから一緒に行くか?」
 「是非!」
 「行きましょ、行きましょ!」

 コンシェルジュさんから渡されていた電子キーをポケットに入れ玄関のエレベーターに乗り込んだ。

 「そうだ、お前たちにもこの部屋の電子キー渡しとかないとな…。このエレベーターが玄関の様なものだから、電子キーをかざせばここまでこられるよ。そして、何かあればコンシェルジュさんに相談すればいい。」

 私は電子キーを二人に渡して、下の階の電子キーをエレベーターにかざした。

 エレベーターは浮遊感を私たちに感じさせた後、目的の階層に私たちを導いた。
 真っ先に飛び出して行ったのは日出だった。一緒に仕事をしている時から思っていたが少し子どもっぽいところがある。

 「日出、まだ俺の家になってないんだ、あまり暴れるなよ。日出?おい、日出?」

 飛び出して行った日出が立ち止まり、急に喋らなくなってしまった。

 「東雲さん、前の住人は何していたんですか…。この部屋…。」

 目の前に広がる部屋は私の暮らしていた部屋の様な生活感が全くなく、常世とは違いまるで幽世のようなあの独特のぼんやりとした雰囲気を漂わせている。

 「ここは幽世か?しかし、アストラル体になってない…変化も…できないようだな。なんなんだこの部屋は…常世に幽世を作ったということか?」
 「仮説的には可能でしょうが…。向こうの環境をこちらに再現…、そんな事今の技術でできるはずが無い。アストラル体やエーテル体といった理論を解明できていないので、できるとするならば神かそれに近しい存在だけでしょう。」

 全くわからなかった、誰がなんの目的でこの部屋を用意したのか…、まるでこの部屋の住人は幽世の住人が常世で住まうように作った部屋のようである。

 「一旦帰ろう…、コンシェルジュさんに確認したい。」

 その奇妙な部屋を後にした…。
 こちらの世界にいながら幽世の環境を作り出す…そんな事ができるとなると、受肉だけの話ではなくなる…。こちらの世界で向こうの住人が生活できる事になる…。まるで部屋自体が肉体であるかのようなそんな感じがした。

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