ゾンビパウダー

ろぶすた

文字の大きさ
上 下
10 / 54
第一部 神殺しの陰謀 第一章 受肉

危険な賭け

しおりを挟む
 気持ちの悪い浮遊感が終わり、いつも通りの場所に降り立ったと思っていたが、幽世の様相が変わっていることに気がついた。

 「どうなってるんだ…。」
 色とりどりの大地は荒れ果て、生い茂っていた草木は無惨にも踏み荒らされ、刈り取られている。その原因はすぐにわかった…、常世からの訪問者だ…、観光気分でこちらの世界に来ているのであろう。
 ゾンビパウダーを服用しこの世界のルールを守らずに荒らしているのだ…。故意ではないにしろ私たちのようなイレギュラーな存在は幽世に大きな影響を及ぼしてしまう。しかし、明らかに通常の処方される流通量に比べて常世からの来訪者が多いように見えるのは気になる。そんなことを考えていた時に田口さんの母親がこの地に降り立った。

 「田口さんのお母さん、リリーを感じる事はできますか?」
 「はい、しっかりと感じられます。こちらの世界では別々な感じがしますね。」
 私は目の前に広がる光景に目をつぶり、目の前の問題に集中した。よく目を凝らして見ると、リリーのアストラル体は完全に結合しているわけではなく各々の存在が見て取れた。

 「お母さん、リリーと結合した時の事を教えてもらえますか?」
 「はい…。リリーを連れて帰ってきてから、私には漠然とリリーを感じる事ができる様になりました。」
 「はっきりと見えていたわけでは無いんですね。」
 「はい…こう、力場と言いますか、そういった物が感じられるといった感じです。」
 「ふむ…。」
 この事象は一度、新薬開発の時に経験している。私が誤ってこちらの草花を現実に持ち帰ってきてしまった時と同じだ。霊的な何かが見えるといったような心霊番組であるようなことはなかなかない、見えるということはその幽世の住人はよほど強大なアストラル体を持っているものだと思っている。

 「リリーは何か話しかけてきましたか?」
 「いいえ。何らか力を感じるだけでした。でも、その力場もどんどん小さくなっていく感じがして、このままでは消えてしまうと思った私はリリーとまだ一緒にいたいと願いました。」
 自らが望んで死者の世界の住人のアストラル体を取り込んでしまった様だ。

 「わかりました。酷なことを言うかも知れませんが、あなたとリリーを完全に切り離したいと思っております。」
 「はい…。私も申し訳無いことをしたなと思っています。こちらで楽しそうにしていたリリーを現世に連れ帰ってしまって…。」
 「はい…、あなたの行動は間違いだらけでした。私の言いつけを守らなかった事が今回の事を引き起こしたと言うことを心に留めておいてください。」
 「はい。大変申し訳ございません。」
 私は強めの口調で田口さんのお母さんを叱責した。しかし、事は私が【ゾンビパウダー】を開発していた時にこういったトラブルが起こった際の対応に関して、安全性も含めてしっかりと詰めておくべきだったのだ。この叱責は自分への戒めの意味もこもっている。

 「でも、よかったです、まだ間に合います。ここからは、お母さんの力もお借りしますよ。」
 「何をすれば良いでしょうか?」
 「ここからは私でもぶっつけ本番です。あなたのアストラル体の中にあるリリーのアストラル体と話したいと思っています。そのため、あなたの意識を一旦リリーに預ける事はできますか?」
 「どうすれば…。」
 「これも私の仮説の域は出ないのですが、エーテル体を使って一時的にリリーのアストラル体にエネルギーを供給してもらえないでしょうか?簡単に言うと、リリーに力を渡す想像をしてもらえればと思います。」
 突拍子もない話に田口さんの母親は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしているが、私の真剣な顔を見てやりますといった顔で頷いた。

 私と日出で導き出した仮説としてはこうだ。

 今は田口さんの母親のアストラル体の方が大きいため、結合してしまったリリーの意識が出てこられないのであろう。そして、幽世の住人はアストラル体しか持たないと考えている。

 そうなると、大きなアストラル体に飲み込まれた小さなアストラル体は表に出てくることは不可能だと考えたのだ。しかし、受肉した場合は肉体を持つことになるのでこの結合した方のアストラル体にもエーテル体でエネルギーを送ることが可能になると仮説づけたのだ。

 そうすることで、犬の方のアストラル体を一時的に田口さんの母親より大きくし、リリーの意識を引っ張り出すそれが今回の実験…解決案だ。しかし、リリーにそのままアストラル体を奪われるという最悪の事態も想定できる。

 その一方で逆のやり方も考えたが、それは危険なので今回は止めた…、田口さんの母親のアストラル体を犬のアストラル体より小さくするという方法だ…。この方法であれば、もしアストラル体を犬のリリーに乗っ取られたとしても、犬のサイズのアストラル体なら簡単に私でも制圧できる…。
 問題は制圧=消滅させるとなる可能性がある…ことだ。

 実際に幽世の住人がアストラル体だけしか持たないかはわからないが、我々は肉体により作られたエネルギーがエーテル体として蓄積される。

 エーテル体はいわば取り出し可能な蓄えられたエネルギーであり、アストラル体のエネルギーとして還元できる。そのため、我々は幽世でアストラル体の消費は無いに等しい。

 実際はアストラル体を消費しているのであろうが、それをエーテル体が逐次補給しているので、プラスマイナスゼロといった様に打ち消していると思っている。これは日出のアストラル体欠損事件からわかったことだ。

 こんな仮説を頭の中で押し黙ってぐるぐると試行していた私とは相対的に田口さんのお母さんは一心不乱に目を瞑り、何かをぶつぶつと呟いている。そして、田口さんのお母さんの中にあったリリーのアストラル体が次第に大きく反応し、田口さんのお母さんの半分を占めた時に急に様子が変わった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~

卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。 この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。 エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。 魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。 アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

心地いい場所

咲良ミルク
ファンタジー
自分の居場所を探す話

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

処理中です...