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幕間 俳諧之連歌

ハロウィン かぼちゃスープ

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 十月も下旬。
 そろそろ世間がハロウィン一色に染められる頃。
 ……なんて言いたかったが、生憎と今夜は、外で暴風と豪雨が無遠慮に吹き荒れている。

 文化の日を一週間以内に控えたこの季節。

 それは、そろそろ面白可笑しい仮装に身を包んだ子どもたちが玄関の戸を叩き、菓子を強請ねだるなりまた各家々を回りまくる時宜である。

 だがしかし一方で、熱帯低気圧も子どもたちに便乗するかのようにその回転を速め、こちらは各家々のありとあらゆる戸・・・・・・・・を叩きつける時期でもあるのだ。
 今年も例に漏れず、大型の台風が直撃しているせいで、正直ハロウィンどころではない。

「……みさとやい、今宵は易く眠られぬ————」
 じいさんの布団を座敷に敷き、即席の寝床の上で脚を伸ばし、やや微睡んでいたおれの許に、一段と声を震わせた若紫が姿を見せた。

 /////

 若紫の飯を作るために、おれはまた、じいさんのいたこの家に入り浸るようになった。……とは言っても、ここに住むわけにはいかないため、泊まることは滅多にない。

 学校でのホームルームを終え、完全下校時刻を迎えるなり、おれは毎日この家に直行する。
 そして二人分の夕飯を作り、翌日の若紫の朝食も仕込み、そのあとは、実家の門限が許すギリギリの時間まで若紫と雑談を交えながら憩い、いつも渋々、実家への帰路につくのだ。
 実家に漂う剣呑な空気は、季節を問うことなく、現在いまも、荒れ狂う波濤のように渦巻き続けており、一向に落ち着くことを知らない。
 それ故実際のところ、おれにとっては、若紫に癒され、和み寛げるこの家の方にこそ、我が家・・・と呼べる暖かさ・・・を感じている。

 さて、今夜ここに泊まることとなった理由はただ一つ。
 夕立の前触れと思っていた小雨を降らせる雨雲の正体が、実は台風の一端の積乱雲だったからである。
 テレビやインターネットで料理関連の情報は観ても、天気予報を知ろうとする習慣がおれになかったことが災いした。
 おかげで、玄関先に野晒しの状態で置いていた自転車は、いまや嵐により書庫蔵の扉の前まで吹き飛ばされ、見事にタイヤがパンクしてしまっている有り様だ。

 雷がやけに轟々と鳴り響き始めたと思った直後に、たらいの水を丸ごとひっくり返したような土砂降りの雨に見舞われたのだ。
 おれは即座に、実家に帰る術を失ったことを察し、
「実家に帰れないから今夜はこの家に泊まる」
 といった旨のメールを両親に送りつけた。
 それから数分と経たず双方から返信が届く。
「件名とメッセージを入力してください。」
 二人のメールにはいつも通り・・・・・、まるで示し合わせたかのように機械的な文章が記されているだけだった。
 ……両親とおれとの間では、こんなメールが彼らから送られてきた場合、「了解」と同義の代物に成り果てる。おれとしては、もうとっくに慣れてしまっていることとはいえ、些か侘しい話である————。

 ///

 全く……。わちしのごとき、未だ年端もいかぬ女子おなごは概ね、地を揺らさんばかりのいかずちに臆するものと、みさとのやつは知らなんだか……? 
 いまやわちしは、面映ゆいことこの上ないが、こやつのことを料理の師の座に留まらず、想ひ人おもいびととしても慕うようになっている。
 しかしこれほど、心の機微に無頓着であるならば、わちしの方から、安らぎを求めに行かねばなるまいて。
 それに……————、
「……みさとやい、今宵は易く眠られぬ。口に出でし、腫れものの痛むるところも相まって……」

 今日、みさとが山ほど仕入れてきた利宇古宇りんごを、わちしが全て齧ってたいらげてしまったがために、みさとの云うところの”こうないえん・・・・・・”なる小粒の病が、わちしの口の内側にできてしまったらしい。
「若紫さーん……。たったいま貴女のお腹の中に入っていった林檎たちは、本当なら”アップル・ボビング”っていう遊びに使われる予定だったんですよ……?」
 などとみさとは言っていたが、あの赤い果実からの誘惑を前に、そんな遊戯の名目なんぞわちしに通じるはずもなかった。
 ……わちしの時代、此処より遡ること千年ほどの前に栄えた平安京みやこにも、利宇古宇りうこうという名で、その樹とる実が在りはした。
 されどその樹の枝に垂れるは、二寸ほどの小ぶりな実であり、またこれは、所詮”見世物”でしかなく、たとえその実を食らうくろうたところで、ただただいだけのものだった。
 しかし、此度みさとが持ち帰った”りんご”と呼ばれるそれは、利宇古宇よりも、ひと回りもふた回りも大きく、とてもじゃないが、わちしの知る利宇古宇の有り様とは明らかにかけ離れた果実だった。
 それになにより、瑞々しく涼しげでありながら、確かに感じる蜜の甘みを秘めし豊潤な香りが、その身を十全に纏っていた。
 似た名を持ちながら、ここまで違いが出ずるものかと驚きを隠せないわちしに向け、みさとは、
「水で洗ったら、そのまま齧って食ってもいいぞ」
 と教えてきた。
 言われた通り、そのままこの時代の”利宇古宇りんご”を手に取り一口食らったが最後……————。
 気付いたときにはその果実の芯だけが、わちしの眼前に散乱していた。

 しばらくして、わちしは己が口のなかの痛みと違和感に気付き、それをみさとに知らせてみたところ、”こうないえん”という腫れ物ができてしまっているらしかった。
「じ、自業自得としか言えねぇよ……」

 わちしの報告に苦笑いを浮かべるみさとだったが、その直後、まるで道真のもたらす天災のごとき雨と風と雷とが地を叩き始めたため、みさとは急遽此処に泊まることとなり、蔵前まで飛ばされてしまった普段乗っている車輪の付いた絡繰りじてんしゃをこの雨の降るなか拾いに行ったこともあってか、みさとは、満身創痍となったそのからだを、じじ様の布団の上で休ませるに至るのであった。

 /////

————浅い眠りに入っていたおれは、この家に住まう座敷わらし若紫に揺り起こされた。
 昔から興味があったアップル・ボビングをメインに据えて、夕飯そのものは手抜き気味に作ろうと思っていたのだが、あまりの疲労具合に、どうにも、夕飯のレシピを考えながら眠ってしまっていたらしい。
 ………………————というかいま何時だ!? 
 すかさず時計に目を配る。
 ……時間はとうに夕飯時を過ぎていて、なんなら時計の二つの針が、ちょうど十二のところで重なりそうになっていた。
「あ…………っ、すまん若紫! お腹空かせてるよな……」
 咄嗟に謝るも、若紫はそのことを特に咎めることはなく、
「それはよい、みさとの苦労は見て取れた。わちしの腹も、その虫も、みさとのいうほど鳴いてはおらぬ」
 これは……、大量の林檎が若紫の腹の中に収まってくれていたおかげだな……。
 「そ、そうかぁ……」と生返事を繰り出すおれの目は、泳ぎまくっているに違いない。

 でも、こいつがそれでもおれを起こした理由って確か……。

「……まだ、口のなか痛むのか?」
 口を結び、やや不満げな表情を浮かばせながら若紫は頷いた。
「食うことをなによりの楽しみにしてるお前にしてみれば、”口内炎”は致命的だよな……」
「……わちしにも、尊厳くらいはあるのじゃぞ? 否定はせぬが、わちしも女子おなご。”親しき仲にも礼儀あり”と、云うものよ」
 僅かに眉間に皺を寄せ若紫は言葉を紡ぐも、「あいた……っ」と最後に溢してしまっている辺り、まだ全然治ってはいないみたいだ。
「わ、悪い……」
 ふーむ、口内炎を治すことに効果的な料理のレシピとその材料はいくつか脳内に出揃っているのだけれど……。ただ、この時間帯に彼女の腹を満腹にさせてしまうのはやや気が引ける。
 ……もしかして、若紫は、外の雨音と落雷のせいで眠れない、なんてこともあって、わざわざおれを起こしたのか? 
 だとするなら……、パンプキンスープ辺りがベストか。
「よし、ちょっと待ってろ。いまのお前に合ったスープ作ってくるから」
 寝起きにも関わらず、袖を捲り気合いを入れるおれの姿を、若紫はどこかきょとんとした眸《ひとみ》で眺めていた。

 さて、と。かなり遅くなっちゃったけど始めるとしますか。
 今日の料理を。

 ワタと種をむしり取った300グラムのかぼちゃをいまから蒸し始めるとなると、時間が押してしまうため、入眠効果も求めている今回のような場合、本末転倒になる。
 こういうときは、やはり電子レンジを使うに限る。
 一口大に切ったかぼちゃを深めの陶器に移し替え、ラップをかけて電子レンジに放り込む。
 玉ねぎを半玉、みじん切りにし、バターを溶かした鍋に入れ中火で炒めつつ、電子レンジの様子を窺う。
 時折レンジを開き、つまようじを刺し抵抗を確認する。かぼちゃの抵抗力がなくなったら、電子レンジからかぼちゃを取り出す。
 そして、かぼちゃと水を200cc、それからコンソメスープの素を二個、色づき始めた玉ねぎが控える鍋の中へ投入する。更に強火に切り換え、ふつふつと音が鳴るまで煮立たせる。
 強火で煮え立ったら、今度は火力を弱火まで落とし、アクを掬い、また10分ほど煮る。
 粗熱がとれ次第、電動泡立て器を使い、鍋の中身をしっかりと混ぜていく。
 よく混ざったら、その鍋に牛乳100ccを注ぎ足し温める。
 あとは、塩、胡椒で味を整えれば、パンプキンスープの完成だ。

 今回加えた牛乳には、入眠効果だけでなく、ストレス緩和の作用もある。悪天候でこうも外が騒がしいようでは、ストレスも少なからずかかってしまうというものだろう。

 ……おれからのもてなしトリートこれかぼちゃスープでは、天からもたらされているいたずらトリック染みた雷雨が、当分止みそうにないことにも頷けるか。
 今年の若紫とのハロウィンは、とんだ災難混じりのものになっちまった。
 来年こそは、本格的なパンプキンパイでも焼いて、若紫のやつに、食わせてやろうかな。

————ひとまず今夜は、二人でこれを啜って、静かな眠りにつくとしよう。

 ///

 台所から、黄色い汁物の入った碗を盆に乗せ、みさとは姿を現した。
「わ、わちしにも、膳運びくらい、手伝わせたも……っ?」
「おう、助かる。ありがとう」
 「ちょっと重たいから落とさないようになー」などと気遣われながら、わちしは、みさとから盆を受け取り、抱えさせてもらった。
 碗のなかから、だけではない。みさとからも、心の奥底まで、緩め、和らげ、癒し暖めてしまうような、いとかぐわしき薫りが、鼻梁はなみねを伝い感じ取れる。
 このお吸い物も、きっとまた、みさとがわちしの身を案じ、わちしのことを思い、わちしの想像もつかぬような工夫が施された料理なのだろう————。

 ……————こんなことを思ふおもうのは、わちしらしく・・・・・・ないのかもしれない。
 若紫わちしらしく、ないのかもしれない。

 されどこの想ひおもいだけは、したためずにも、いられない————。

(甘い匂いに包まれて……、このままみさとに、抱き寄せられてしまいたい。)

————————なんてことでも……っ。
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