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或る騎士たちの恋愛事情(完結)
9話
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第四騎士団に配属された士官候補生は14人。
第五寮の出身はリカルドだけだったが騎士団では同階級であれば貴族も庶民も身分は関係はなく、同じデュランを守る騎士として平等だった。
また、第四騎士団の将軍は庶民出身で団員の半分が庶民出身、半分が貴族出身と騎士団の中では比較的中道的な騎士団であった。
21歳になったリカルドは見た目はすっかり大人の男になっており、歴戦の先輩騎士たちの中に居ても遜色ないほどだったが、相変わらず喋るとどこか子供っぽく、明るく気さくな性格で、別寮出身の同期とも先輩や上官ともすぐに打ち解けた。
一方ノクスは士官学校を首席で卒業した期待のルーキーとして、先輩からは一目置かれ、上官からは期待されていた。
騎士団に入隊した独身の士官候補生たちは、城の東にある騎士団の独身寮で生活することになる。
独身寮は四階建ての建物で一階が大浴場と食堂、下士官の二人部屋、二階が見習士官と少尉の二人部屋、三階が中尉以上の個室、四階はほとんど使っている者はいなかったが佐官と将官の個室の階となっていた。
寮を出るには結婚するか、少将以上に出世し、外に自分の邸宅を持つかの二択だった。
とはいえほとんどの騎士団士官は結婚適齢期の20代半ばにもなれば結婚し、寮を出ていた。
寮の二人部屋は8畳程の部屋の真ん中に衝立を立て、二つに分けただけの空間で、自分のスペースにあるものと言えばシングルベッドと小さなキャビネット付の書き物机、最小限の衣類を入れる小さなクローゼットくらいでプライバシーはほぼゼロと言っても過言ではない。
物心ついてから今まで一人部屋でしか過ごしたことのないノクスにとって、常に人がいるという状況になかなか慣れずいつも落ち着かなかった。しかもそれが片思いをしている相手となるとなおさらだ。
そわそわとしているノクスの様子を察してか、リカルドがこんな提案してきた。
「お前さ、誰かと同室って初めてなんだろ?」
「ああ……」
「じゃあさ、最初にルールを決めておこうぜ。その方がトラブルにならなくて済むだろ?」
「なるほど。一理ある」
「俺からのルールは、そうだな……お互いなんでも我慢せずに話し合う事、かな?」
「なんだ、そんなことか」
もっと無理難題を言われるのかと身構えていたが、意外と常識的なことでノクスは肩透かしを食らった気分だった。
「いや、これが結構大事なのよ。どんなに気が合う仲が良い相手でもさ、やっぱり価値観ってそれぞれだろ?それを押し付けるのは良くないけど、我慢してるといつか無理が出て喧嘩することになる。寮の部屋で喧嘩すると最悪だぞ。逃げ場なんてどこにもないからな。ピリピリした中で寝たくないだろ?」
「そうだな」
「だからさ、俺で嫌なところがあれば言ってくれればできるだけ直すし、無理なら相談して解決方法を探そうぜ。俺もお前で気になることがあれば遠慮なく言わせてもらう」
「ふん、まあ、悪くない提案だな」
リカルドは3年間寮で二人部屋だったようだから、ここは経験者のリカルドの提案を聞くべきだろうとノクスは納得する。
「俺からはそれだけだ。ノクスからは?何かあるか?」
「そうだな………………私が本を読んでいる時は静かにして欲しい、できる限り普段から清潔にしていて欲しいくらいか」
「へ?そんなんでいいの?もっと細かく言われるのかと思った」
「ああ、まだ誰かと一緒に生活するという想像ができていないからな。追々増えるかもしれん」
「ん、了解。まあ、じゃあさっきの俺のルールにのっとって話し合っていこうぜ」
「分かった」
「じゃ、改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
リカルドが差し出した手をノクスが握るとリカルドがはっとして大声を出す。
「あ!あともう一個忘れてた!」
「なんだ?」
「ほら……、俺、生き物だからさ、出るものは出るのよ」
「ん?何がだ?」
リカルドが神妙な顔をして言葉を濁す。何が言いたいのか分からずノクスは首を傾げた。
「だから、おならとか鼾とかオナニーとか」
「ばっ……な、何を言っている!!」
突然の下ネタに顔を真っ赤にして慌てるノクスにリカルドは大真面目な顔で説明する。
「いやいや、これが結構大切なんだって!生理現象ばっかりは努力だけじゃどうしようもない時もあるだろ?」
「ま、まあ、それはそうだが……」
「我慢するのは体に良くないからさ、もちろん、できる限り部屋ではしないようにはするけど、どうしても出ちゃったときはさ、見ない聞かない振りしてくれよ。俺もそうするし」
「わ、私は人前ではしない!!」
「はは、そんな感じするわ。でも、先に言っとくとお互い気まずい感じにならなくて済むだろ?」
「……他は一過性だから我慢するが、鼾は睡眠妨害レベルになるなら注意するからな」
「分かった分かった。じゃあ、そういうことで。よろしくな」
そうしてノクスとリカルドの共同生活が始まった。
5つある騎士団は基本パレシアの東西南北に1団づつ、王都に1団配置されている。現在西以外は交戦状態ではないので、他に配属された団はその土地の警備や監視などが主な仕事で比較的のんびりとしていた。
もちろん、戦闘が拡大する様であれば直ちに召集がかかるので鍛錬は怠らない。
また、西での戦いは断続的に続いており、1団だけでは疲弊してしまうので、約1年に一度他の団との交代があった。
現在ノクスたちの所属する第四騎士団は王都勤務であり、週に2回、交代で非番があり、それ以外は出兵要請がない限りは訓練所での軍事訓練、武器などの手入れや管理、城や城下町の警備や見回りが主な仕事であった。
リカルドと一緒に生活してみると、予想通りリカルドはだらしなくおおざっぱで、その度に几帳面で真面目なノクスは小言や嫌味を言った。
「おい、また靴下が脱ぎっぱなしだ。ちゃんと片付けろ」
「ああ、ごめんごめん」
ノクスが眉を吊り上げて言うとリカルドは靴下をランドリーボックスに放り込む。
「おい、ランドリーボックスに入れるときは裏に返せ。洗濯係の手間を増やすな」
「ああ、そうだった。悪い。ホント細かいよな、お前」
「お前が大雑把すぎるんだ」
「細かい事苦手でさ~。でもお前が細かいから助かるよ」
「いい加減学習しろ。子供じゃあるまいし」
リカルドはその時は反省してしばらくは改めるが、気づいたらいつも通りという事をこの1か月でノクスは何度も経験した。人の本質を変えるのはなかなか難しい。
しかし、改善しようと一応の努力はしているのでどこか憎めず、外出をした際には「いつも世話になっている礼に」とちょっとした焼き菓子をお土産に買ってきたりして、大雑把なようで気遣いもできる。
子供のころから大勢の大人たちの中で育ってきたリカルドなりの処世術なのだろうとノクスは思った。
一緒に生活することでノクスはリカルドの新たな一面を知り、嫌いになるどころか、ますますリカルドという男に惹かれていった。
小さな言い争いもあったが、最初に決めたルールに則り、その都度二人で相談して解決した。性格も育った環境も真逆の二人だったが、なんだかんだ上手くやっていた。
そんな生活が続いた、2か月ほど経ったある日。
「なあ、お前今度の土曜の夜、暇?」
リカルドが部屋の真ん中の衝立の向こうから顔を出してノクスに尋ねる。やっとリカルドがずっとそばにいる環境に慣れてきたノクスは、冷静な表情で読んでいた本にを栞挟みリカルドの方を向く。
「……暇かと言われれば暇ではない。読みたい本がある」
「それって、絶対その日に読まないと駄目なやつ?」
「そういう訳ではないが……なぜそんなことを聞く?」
「いや、たまにはさ、息抜きに一緒に飯に行かねえ?」
思ってもみない誘いにノクスは動揺しポーカーフェイスが崩れる。
「な、なぜだ?いつも同じ食堂で食べているだろ」
「そうだけどさ、まだなーんかお前と壁があるっていうか。ほら、環境が変わると新しい一面が見えたりするだろ?それに前言った、お前に食わせてやりたい超美味いボロネーゼがあるんだよ」
あんな数年前の話を覚えているのは自分だけだと思っていた。ノクスの心は喜びで波打ったが、目を閉じて気持ちを落ち着けると、ポーカーフェイスの仮面を被り直して答える。
「……そこまで言うなら付き合ってやらんこともない……」
「やった!じゃあ今週の土曜日な。楽しみだな~」
リカルドは嬉しそうに笑うとウキウキと衝立の向こうに引っ込んでいった。
ノクスは再び本を開いて読書を再開するが、リカルドとの初めての外出に胸は期待で踊って、本の内容など1行も頭に入ってこなかった。
土曜日の夕方、訓練を終えた二人は私服に着替えるとパレシアの町に出た。
ノクスが町に出るのは、消耗品の補充や、備品の修理、本を探しに本屋に行く時くらいで、どうしても外食しなければならない場合はいつも決まったレストランで食事を取っていた。
リカルドに案内された店はいわゆる大衆食堂で、夕食の時間だったせいもあり、かなりにぎわっていた。見た感じ労働者が多そうだったが騎士団の制服姿の若者もいて、どのテーブルも賑やかだった。
ノクスはこういう店を外から眺めたことはあったが、入ったのは初めてで、興味津々に店内を眺める。すると若い女性の店員がやってきて親し気にリカルドに声をかけてくる。
「いらっしゃい!あら、リカルド、今日は随分綺麗な人連れてるのね」
「よう、リンダ。こいつにここのボロネーゼの美味さを教えてやろうと思ってさ」
「あら、嬉しい!初めてなのね!じゃあ、ゆっくりできるよう奥のテーブルに案内するわね」
「お、サンキュ」
何度も通っている店なのだろう、随分と親し気な雰囲気にノクスの胸にモヤモヤと黒い靄がかかる。
女性に連れられ店の奥のテーブル席に案内されると周りに席が少ない分、他の席より幾分静かで、ここでなら落ち着いて話も出来そうだった。席に座ると店員の女性がポケットから伝票を取り出し、リカルドに尋ねる。
「じゃあ、注文はボロネーゼ?」
「ああ。ノクスもそれでいいか?」
「ああ。お前がそこまで絶賛するなら食べてみよう」
「んじゃ、ボロネーゼ二つと、赤ワインボトルで。お前も飲むだろ?」
リカルドが当たり前のようにノクスに確認してくる。
実はノクスはそんなに酒に強くない。しかしここで断るのも無粋だなと思い、ノクスはああとポーカーフェイスで返事をした。
しばらくするとボトルワインとグラスが運ばれてきてテーブルに置かれる。
ソムリエが来るものだとノクスが待っていると、リカルドがおもむろにボトルを手に取りコルクを抜くとグラスにワインを注ぎ始める。ノクスが慌ててたしなめる。
「おい、そういうのはソムリエが……」
「へ?ここにはそんなのいないぜ?つうか、そんなにいいワインでもないしな。水の代わりみたいなもんだ」
そう言う内に2つのグラスになみなみとワインが注がれた。1つをノクスに差し出してくる。
「ほら、乾杯しようぜ」
いつもの店ではソムリエがワインの説明しつつサーブしてくれるので、ノクスは引っかかりつつも、郷に入りては郷に従えと言う奴か、と自分を納得させグラスを手に取る。
「乾杯」
「かんぱーい!」
グラスを軽く合わせると、ノクスは一口ワインを含む。
なるほど、味がボンヤリとしていていいワインとは言えなかったがその分飲みやすそうだ。
しばらくすると牛肉とトマトのいい香りが漂い、皿に山盛りになったタリアテッレにたっぷりのソースがかかったボロネーゼが運ばれてきた。
「チーズはお好みでね」
席に案内してくれた女性がパルメザンチーズとチーズグレーターを置いてウインクして去っていく。
「チーズはたっぷりかけた方が美味いんだ。お前、チーズ大丈夫?」
「ああ」
実はノクスはボロネーゼを食べるのも初めてで知識としては知っていたが、こんな香りがするのかとしげしげとボロネーゼ観察する。すると自分の皿にチーズをかけ終わったリカルドがノクスの皿にも山盛りチーズを削り、見る見るうちにソースが見えなくなった。
「馬鹿、いくらなんでもかけすぎだろ?!」
「いやいや、これくらいが美味いんだって!だまされたと思って食ってみろ」
自信満々に言うリカルドに、呆れつつノクスが一口ボロネーゼを口に運ぶ。
すると口の中で肉の旨味とトマトの酸味、濃厚なチーズのクリーミーさが絡み合い、絶妙なバランスのハーモニーが口中に広がる。タリアテッレももちもちとして小麦の味を感じる。
「美味い……」
「だろ?よかった、口に合って」
「こんな美味いもの生まれて初めて食べた……」
「いやいや、それはちょっと言いすぎだろ」
ノクスが感動して言うと、リカルドが大げさだと苦笑する。
「いや、本当だ。正直オーエンベルクの食事は味気ないからな。私が今まで食べた中で一番美味いと感じたのは士官学校の寮で食べたサーモンのキッシュだ」
「……それは、お前……ちょっと可哀想だな……。世の中にはもっと美味いものがいくらでもあるぞ」
本当に哀れなものを見るような目でリカルドがノクスを見つめる。
少し恥ずかしくなって誤魔化すようにノクスはグラスを煽る。
「あまり食事に興味がなかったからな。栄養バランスが良く、健康な体を維持できれば十分だと思っていたが」
「いやいやいや!それも大事だけど食事の楽しみってそれだけじゃないから!」
「そういうものか」
「そう言うものです!よし!俺が美味いもの色々教えてやる!つうか、お前何年パレシアにいるんだよ?パレシアは食の宝庫だぞ!」
「何を食べていいか分からないから、いつも同じ店で食べていた。まあ、基本は寮で食事も出るしな」
「まあ、寮の食事も悪くないけどな~。でも町の店は客を呼べるように切磋琢磨して、同じ料理でも店によって全然味が違ったりして楽しいぞ」
「なるほど。お前非番の日はほぼ外出していたが、そういうところに通っていたのか」
「まあ、それだけじゃねえけどな。市場ブラブラしたり、釣りをしに川に行ったりもしてるぞ」
「それは楽しいのか?何かの役に立つのか?」
目的もなく歩き回ったり、魚が欲しければ市場に行けばいいだろうに、無駄な時間を使うのに何の意味があるのかとノクスは理解できず首を傾げる。
「う~ん、役には立たないけど、いろんな人や物を見たりするのは楽しいし、川はなんか流れ見てると癒されるっつーか、時間を忘れられるっつーか。魚捕れたらそれはそれで嬉しいし」
「……何が楽しいのかさっぱり分からん」
「なんだよ~。やって見なきゃわかんねえだろ?今度一緒にやろうぜ」
リカルドの言うとおり、経験したこともないのに否定するのは浅はかかもしれないとノクスは少し反省した。やってみればもっとリカルドの事も理解できるかもしれない。
「……まあ、一度くらいやってみてもいい」
「じゃあ、来週の日曜日!予定空けておけよ!」
「分かった、分かった」
嬉しそうに言うリカルドを見ているとノクスまで楽しくなってきた。
リカルドとの会話は楽しく、普段滅多に飲まないノクスは、リカルドのハイペースにつられて自分の酒量を忘れて飲んでしまい、段々と頭がぼーっとしてくる。
「おーい、ノクス!こんなところで寝るな~。弱いんなら無理して飲まなくてよかったのに」
「……弱くない……」
顔を真っ赤にして半分寝ているような状態でノクスが答える。
「いやいや、もう半分寝かけてるだろ。もう帰ろうぜ」
「やだ……まだ帰りたくない……」
酔っぱらったノクスが子供のようにテーブルに縋り付く。
普段では絶対見ないようなノクスの姿に驚きつつも、こんな可愛い一面があったんだなとリカルドの胸がドキッとときめく。
「お前酔うとキャラ違うくね?」
「うるさい、いつも通りだ!」
呂律の回らない口で怒鳴るノクスにいつもの迫力はなかった。
子供をあやすようにリカルドがその頭を優しく撫でる。
「また、来ようぜ。な?」
「絶対だな」
テーブルに縋り付いたまま下から少しうるんだ目で上目づかいで睨んでくる。その、可愛いのにどこか色っぽい表情にリカルドの胸は撃ち抜かれドキドキと早鐘を打った。
いやいや、いくら美人でもこいつは男だぞ。
リカルドはそう自分に言い聞かせて落ち着くと、ノクスの頭をポンポンと軽く叩く。
「ああ、またいつでも来れるって」
「絶対一緒に来るって約束しろ……」
「ああ、約束するよ。この酔っ払い」
「ん、ならいい……」
困った顔で笑うリカルドにノクスは満足そうにっこりと笑うとそのまま寝息を立て始めた。
「…………マジか…」
その夜リカルドは、酒臭い成人男性一人を担いで寮まで帰るという苦行をする破目になった。
第五寮の出身はリカルドだけだったが騎士団では同階級であれば貴族も庶民も身分は関係はなく、同じデュランを守る騎士として平等だった。
また、第四騎士団の将軍は庶民出身で団員の半分が庶民出身、半分が貴族出身と騎士団の中では比較的中道的な騎士団であった。
21歳になったリカルドは見た目はすっかり大人の男になっており、歴戦の先輩騎士たちの中に居ても遜色ないほどだったが、相変わらず喋るとどこか子供っぽく、明るく気さくな性格で、別寮出身の同期とも先輩や上官ともすぐに打ち解けた。
一方ノクスは士官学校を首席で卒業した期待のルーキーとして、先輩からは一目置かれ、上官からは期待されていた。
騎士団に入隊した独身の士官候補生たちは、城の東にある騎士団の独身寮で生活することになる。
独身寮は四階建ての建物で一階が大浴場と食堂、下士官の二人部屋、二階が見習士官と少尉の二人部屋、三階が中尉以上の個室、四階はほとんど使っている者はいなかったが佐官と将官の個室の階となっていた。
寮を出るには結婚するか、少将以上に出世し、外に自分の邸宅を持つかの二択だった。
とはいえほとんどの騎士団士官は結婚適齢期の20代半ばにもなれば結婚し、寮を出ていた。
寮の二人部屋は8畳程の部屋の真ん中に衝立を立て、二つに分けただけの空間で、自分のスペースにあるものと言えばシングルベッドと小さなキャビネット付の書き物机、最小限の衣類を入れる小さなクローゼットくらいでプライバシーはほぼゼロと言っても過言ではない。
物心ついてから今まで一人部屋でしか過ごしたことのないノクスにとって、常に人がいるという状況になかなか慣れずいつも落ち着かなかった。しかもそれが片思いをしている相手となるとなおさらだ。
そわそわとしているノクスの様子を察してか、リカルドがこんな提案してきた。
「お前さ、誰かと同室って初めてなんだろ?」
「ああ……」
「じゃあさ、最初にルールを決めておこうぜ。その方がトラブルにならなくて済むだろ?」
「なるほど。一理ある」
「俺からのルールは、そうだな……お互いなんでも我慢せずに話し合う事、かな?」
「なんだ、そんなことか」
もっと無理難題を言われるのかと身構えていたが、意外と常識的なことでノクスは肩透かしを食らった気分だった。
「いや、これが結構大事なのよ。どんなに気が合う仲が良い相手でもさ、やっぱり価値観ってそれぞれだろ?それを押し付けるのは良くないけど、我慢してるといつか無理が出て喧嘩することになる。寮の部屋で喧嘩すると最悪だぞ。逃げ場なんてどこにもないからな。ピリピリした中で寝たくないだろ?」
「そうだな」
「だからさ、俺で嫌なところがあれば言ってくれればできるだけ直すし、無理なら相談して解決方法を探そうぜ。俺もお前で気になることがあれば遠慮なく言わせてもらう」
「ふん、まあ、悪くない提案だな」
リカルドは3年間寮で二人部屋だったようだから、ここは経験者のリカルドの提案を聞くべきだろうとノクスは納得する。
「俺からはそれだけだ。ノクスからは?何かあるか?」
「そうだな………………私が本を読んでいる時は静かにして欲しい、できる限り普段から清潔にしていて欲しいくらいか」
「へ?そんなんでいいの?もっと細かく言われるのかと思った」
「ああ、まだ誰かと一緒に生活するという想像ができていないからな。追々増えるかもしれん」
「ん、了解。まあ、じゃあさっきの俺のルールにのっとって話し合っていこうぜ」
「分かった」
「じゃ、改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
リカルドが差し出した手をノクスが握るとリカルドがはっとして大声を出す。
「あ!あともう一個忘れてた!」
「なんだ?」
「ほら……、俺、生き物だからさ、出るものは出るのよ」
「ん?何がだ?」
リカルドが神妙な顔をして言葉を濁す。何が言いたいのか分からずノクスは首を傾げた。
「だから、おならとか鼾とかオナニーとか」
「ばっ……な、何を言っている!!」
突然の下ネタに顔を真っ赤にして慌てるノクスにリカルドは大真面目な顔で説明する。
「いやいや、これが結構大切なんだって!生理現象ばっかりは努力だけじゃどうしようもない時もあるだろ?」
「ま、まあ、それはそうだが……」
「我慢するのは体に良くないからさ、もちろん、できる限り部屋ではしないようにはするけど、どうしても出ちゃったときはさ、見ない聞かない振りしてくれよ。俺もそうするし」
「わ、私は人前ではしない!!」
「はは、そんな感じするわ。でも、先に言っとくとお互い気まずい感じにならなくて済むだろ?」
「……他は一過性だから我慢するが、鼾は睡眠妨害レベルになるなら注意するからな」
「分かった分かった。じゃあ、そういうことで。よろしくな」
そうしてノクスとリカルドの共同生活が始まった。
5つある騎士団は基本パレシアの東西南北に1団づつ、王都に1団配置されている。現在西以外は交戦状態ではないので、他に配属された団はその土地の警備や監視などが主な仕事で比較的のんびりとしていた。
もちろん、戦闘が拡大する様であれば直ちに召集がかかるので鍛錬は怠らない。
また、西での戦いは断続的に続いており、1団だけでは疲弊してしまうので、約1年に一度他の団との交代があった。
現在ノクスたちの所属する第四騎士団は王都勤務であり、週に2回、交代で非番があり、それ以外は出兵要請がない限りは訓練所での軍事訓練、武器などの手入れや管理、城や城下町の警備や見回りが主な仕事であった。
リカルドと一緒に生活してみると、予想通りリカルドはだらしなくおおざっぱで、その度に几帳面で真面目なノクスは小言や嫌味を言った。
「おい、また靴下が脱ぎっぱなしだ。ちゃんと片付けろ」
「ああ、ごめんごめん」
ノクスが眉を吊り上げて言うとリカルドは靴下をランドリーボックスに放り込む。
「おい、ランドリーボックスに入れるときは裏に返せ。洗濯係の手間を増やすな」
「ああ、そうだった。悪い。ホント細かいよな、お前」
「お前が大雑把すぎるんだ」
「細かい事苦手でさ~。でもお前が細かいから助かるよ」
「いい加減学習しろ。子供じゃあるまいし」
リカルドはその時は反省してしばらくは改めるが、気づいたらいつも通りという事をこの1か月でノクスは何度も経験した。人の本質を変えるのはなかなか難しい。
しかし、改善しようと一応の努力はしているのでどこか憎めず、外出をした際には「いつも世話になっている礼に」とちょっとした焼き菓子をお土産に買ってきたりして、大雑把なようで気遣いもできる。
子供のころから大勢の大人たちの中で育ってきたリカルドなりの処世術なのだろうとノクスは思った。
一緒に生活することでノクスはリカルドの新たな一面を知り、嫌いになるどころか、ますますリカルドという男に惹かれていった。
小さな言い争いもあったが、最初に決めたルールに則り、その都度二人で相談して解決した。性格も育った環境も真逆の二人だったが、なんだかんだ上手くやっていた。
そんな生活が続いた、2か月ほど経ったある日。
「なあ、お前今度の土曜の夜、暇?」
リカルドが部屋の真ん中の衝立の向こうから顔を出してノクスに尋ねる。やっとリカルドがずっとそばにいる環境に慣れてきたノクスは、冷静な表情で読んでいた本にを栞挟みリカルドの方を向く。
「……暇かと言われれば暇ではない。読みたい本がある」
「それって、絶対その日に読まないと駄目なやつ?」
「そういう訳ではないが……なぜそんなことを聞く?」
「いや、たまにはさ、息抜きに一緒に飯に行かねえ?」
思ってもみない誘いにノクスは動揺しポーカーフェイスが崩れる。
「な、なぜだ?いつも同じ食堂で食べているだろ」
「そうだけどさ、まだなーんかお前と壁があるっていうか。ほら、環境が変わると新しい一面が見えたりするだろ?それに前言った、お前に食わせてやりたい超美味いボロネーゼがあるんだよ」
あんな数年前の話を覚えているのは自分だけだと思っていた。ノクスの心は喜びで波打ったが、目を閉じて気持ちを落ち着けると、ポーカーフェイスの仮面を被り直して答える。
「……そこまで言うなら付き合ってやらんこともない……」
「やった!じゃあ今週の土曜日な。楽しみだな~」
リカルドは嬉しそうに笑うとウキウキと衝立の向こうに引っ込んでいった。
ノクスは再び本を開いて読書を再開するが、リカルドとの初めての外出に胸は期待で踊って、本の内容など1行も頭に入ってこなかった。
土曜日の夕方、訓練を終えた二人は私服に着替えるとパレシアの町に出た。
ノクスが町に出るのは、消耗品の補充や、備品の修理、本を探しに本屋に行く時くらいで、どうしても外食しなければならない場合はいつも決まったレストランで食事を取っていた。
リカルドに案内された店はいわゆる大衆食堂で、夕食の時間だったせいもあり、かなりにぎわっていた。見た感じ労働者が多そうだったが騎士団の制服姿の若者もいて、どのテーブルも賑やかだった。
ノクスはこういう店を外から眺めたことはあったが、入ったのは初めてで、興味津々に店内を眺める。すると若い女性の店員がやってきて親し気にリカルドに声をかけてくる。
「いらっしゃい!あら、リカルド、今日は随分綺麗な人連れてるのね」
「よう、リンダ。こいつにここのボロネーゼの美味さを教えてやろうと思ってさ」
「あら、嬉しい!初めてなのね!じゃあ、ゆっくりできるよう奥のテーブルに案内するわね」
「お、サンキュ」
何度も通っている店なのだろう、随分と親し気な雰囲気にノクスの胸にモヤモヤと黒い靄がかかる。
女性に連れられ店の奥のテーブル席に案内されると周りに席が少ない分、他の席より幾分静かで、ここでなら落ち着いて話も出来そうだった。席に座ると店員の女性がポケットから伝票を取り出し、リカルドに尋ねる。
「じゃあ、注文はボロネーゼ?」
「ああ。ノクスもそれでいいか?」
「ああ。お前がそこまで絶賛するなら食べてみよう」
「んじゃ、ボロネーゼ二つと、赤ワインボトルで。お前も飲むだろ?」
リカルドが当たり前のようにノクスに確認してくる。
実はノクスはそんなに酒に強くない。しかしここで断るのも無粋だなと思い、ノクスはああとポーカーフェイスで返事をした。
しばらくするとボトルワインとグラスが運ばれてきてテーブルに置かれる。
ソムリエが来るものだとノクスが待っていると、リカルドがおもむろにボトルを手に取りコルクを抜くとグラスにワインを注ぎ始める。ノクスが慌ててたしなめる。
「おい、そういうのはソムリエが……」
「へ?ここにはそんなのいないぜ?つうか、そんなにいいワインでもないしな。水の代わりみたいなもんだ」
そう言う内に2つのグラスになみなみとワインが注がれた。1つをノクスに差し出してくる。
「ほら、乾杯しようぜ」
いつもの店ではソムリエがワインの説明しつつサーブしてくれるので、ノクスは引っかかりつつも、郷に入りては郷に従えと言う奴か、と自分を納得させグラスを手に取る。
「乾杯」
「かんぱーい!」
グラスを軽く合わせると、ノクスは一口ワインを含む。
なるほど、味がボンヤリとしていていいワインとは言えなかったがその分飲みやすそうだ。
しばらくすると牛肉とトマトのいい香りが漂い、皿に山盛りになったタリアテッレにたっぷりのソースがかかったボロネーゼが運ばれてきた。
「チーズはお好みでね」
席に案内してくれた女性がパルメザンチーズとチーズグレーターを置いてウインクして去っていく。
「チーズはたっぷりかけた方が美味いんだ。お前、チーズ大丈夫?」
「ああ」
実はノクスはボロネーゼを食べるのも初めてで知識としては知っていたが、こんな香りがするのかとしげしげとボロネーゼ観察する。すると自分の皿にチーズをかけ終わったリカルドがノクスの皿にも山盛りチーズを削り、見る見るうちにソースが見えなくなった。
「馬鹿、いくらなんでもかけすぎだろ?!」
「いやいや、これくらいが美味いんだって!だまされたと思って食ってみろ」
自信満々に言うリカルドに、呆れつつノクスが一口ボロネーゼを口に運ぶ。
すると口の中で肉の旨味とトマトの酸味、濃厚なチーズのクリーミーさが絡み合い、絶妙なバランスのハーモニーが口中に広がる。タリアテッレももちもちとして小麦の味を感じる。
「美味い……」
「だろ?よかった、口に合って」
「こんな美味いもの生まれて初めて食べた……」
「いやいや、それはちょっと言いすぎだろ」
ノクスが感動して言うと、リカルドが大げさだと苦笑する。
「いや、本当だ。正直オーエンベルクの食事は味気ないからな。私が今まで食べた中で一番美味いと感じたのは士官学校の寮で食べたサーモンのキッシュだ」
「……それは、お前……ちょっと可哀想だな……。世の中にはもっと美味いものがいくらでもあるぞ」
本当に哀れなものを見るような目でリカルドがノクスを見つめる。
少し恥ずかしくなって誤魔化すようにノクスはグラスを煽る。
「あまり食事に興味がなかったからな。栄養バランスが良く、健康な体を維持できれば十分だと思っていたが」
「いやいやいや!それも大事だけど食事の楽しみってそれだけじゃないから!」
「そういうものか」
「そう言うものです!よし!俺が美味いもの色々教えてやる!つうか、お前何年パレシアにいるんだよ?パレシアは食の宝庫だぞ!」
「何を食べていいか分からないから、いつも同じ店で食べていた。まあ、基本は寮で食事も出るしな」
「まあ、寮の食事も悪くないけどな~。でも町の店は客を呼べるように切磋琢磨して、同じ料理でも店によって全然味が違ったりして楽しいぞ」
「なるほど。お前非番の日はほぼ外出していたが、そういうところに通っていたのか」
「まあ、それだけじゃねえけどな。市場ブラブラしたり、釣りをしに川に行ったりもしてるぞ」
「それは楽しいのか?何かの役に立つのか?」
目的もなく歩き回ったり、魚が欲しければ市場に行けばいいだろうに、無駄な時間を使うのに何の意味があるのかとノクスは理解できず首を傾げる。
「う~ん、役には立たないけど、いろんな人や物を見たりするのは楽しいし、川はなんか流れ見てると癒されるっつーか、時間を忘れられるっつーか。魚捕れたらそれはそれで嬉しいし」
「……何が楽しいのかさっぱり分からん」
「なんだよ~。やって見なきゃわかんねえだろ?今度一緒にやろうぜ」
リカルドの言うとおり、経験したこともないのに否定するのは浅はかかもしれないとノクスは少し反省した。やってみればもっとリカルドの事も理解できるかもしれない。
「……まあ、一度くらいやってみてもいい」
「じゃあ、来週の日曜日!予定空けておけよ!」
「分かった、分かった」
嬉しそうに言うリカルドを見ているとノクスまで楽しくなってきた。
リカルドとの会話は楽しく、普段滅多に飲まないノクスは、リカルドのハイペースにつられて自分の酒量を忘れて飲んでしまい、段々と頭がぼーっとしてくる。
「おーい、ノクス!こんなところで寝るな~。弱いんなら無理して飲まなくてよかったのに」
「……弱くない……」
顔を真っ赤にして半分寝ているような状態でノクスが答える。
「いやいや、もう半分寝かけてるだろ。もう帰ろうぜ」
「やだ……まだ帰りたくない……」
酔っぱらったノクスが子供のようにテーブルに縋り付く。
普段では絶対見ないようなノクスの姿に驚きつつも、こんな可愛い一面があったんだなとリカルドの胸がドキッとときめく。
「お前酔うとキャラ違うくね?」
「うるさい、いつも通りだ!」
呂律の回らない口で怒鳴るノクスにいつもの迫力はなかった。
子供をあやすようにリカルドがその頭を優しく撫でる。
「また、来ようぜ。な?」
「絶対だな」
テーブルに縋り付いたまま下から少しうるんだ目で上目づかいで睨んでくる。その、可愛いのにどこか色っぽい表情にリカルドの胸は撃ち抜かれドキドキと早鐘を打った。
いやいや、いくら美人でもこいつは男だぞ。
リカルドはそう自分に言い聞かせて落ち着くと、ノクスの頭をポンポンと軽く叩く。
「ああ、またいつでも来れるって」
「絶対一緒に来るって約束しろ……」
「ああ、約束するよ。この酔っ払い」
「ん、ならいい……」
困った顔で笑うリカルドにノクスは満足そうにっこりと笑うとそのまま寝息を立て始めた。
「…………マジか…」
その夜リカルドは、酒臭い成人男性一人を担いで寮まで帰るという苦行をする破目になった。
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もっとこの二人を見てみたい!と思っていただけたら、下記にオチャ様(@0_cha3)にリクエストボックスで描いていただいた、二人のイラストがありますので是非ご覧ください!めちゃくちゃ素晴らしいです!!最高です…!https://www.pixiv.net/artworks/105048584*https://www.pixiv.net/artworks/106772929また、匿名での感想などはこちらでも受け付けております!どうぞよろしくお願いいたします!https://marshmallow-qa.com/shinom773
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