或る騎士たちの初体験事情

shino

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或る騎士たちの恋愛事情(完結)

4話(R18表現あり)

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 寮で出た汚れ物は、部屋の外に専用の袋を入れて出しておけば洗濯婦が回収して、二日後洗濯されたものが部屋の前に置かれる、というシステムだった。
 しかしリカルドのハンカチを他の者に洗わせるのはなんだか嫌で、ノクスは早起きをすると、まだ誰もいない洗面所で、いつも自分の体を洗うのに使っている石鹸でハンカチを洗った。
 母が気に入っていたほのかにバラの香りがする石鹸で、家にいた頃からこれを使っていたせいか、これでないとなんだか落ち着かず、ノクスは寮でも愛用していた。
 家ではメイドが洗濯していたので、ノクスは初めての洗濯に要領が分からず、とにかくゴシゴシと石鹸を擦り付けて泡立てる。水でざっと洗うと力を入れてぎゅうぎゅうと絞る。薄い布だし、この季節だから窓辺に干しておけば夜までには乾くだろうと紐につるして部屋を出た。
 
 授業を終え部屋に戻ると、小さくて薄いハンカチは乾いていたが、ちゃんと皴をのばさずに干したせいでかなり皴になっていた。
 流石にこれを渡すのは恥ずかしい。
 今日渡すのはあきらめ、ノクスはリネン室にいた洗濯婦にそれとなく皴にならない洗い方を尋ねた。
 老齢の洗濯婦は不思議そうな顔をしつつも「干すときにしっかり叩いて皴を伸ばしてから干せばいい」と教えてくれた。
 その日の夜、再び洗面所で人に見られないように洗濯した後、紐につるすとしっかりと叩いて皴を伸ばす。
 翌朝にはほぼ皴もなくピンと張って乾いていたので、ノクスはそれを丁寧に畳み、ポケットに忍ばせた。



「なんだかそわそわしているな、ノクス。何か楽しい事でもあるのか?」
 
 食堂での朝食時、正面に座るベルナールがニヤニヤと笑いながらノクスに問いかける。ノクスは一瞬ドキリとしたがすぐにいつものポーカーフェイスを装う。

「いえ、別に何もありませんが……そわそわして見えますか?」
「ああ、そう見えるな。いつもだったら砂利を食べているかのように渋い顔をして食べているエンドウ豆を普通に食べている。何か他に気を取られている証拠だ。なあ、ジーク?」

 ベルナールが隣に座っているジークフリードに同意を求めるが、男は無表情で黙々とエンドウ豆のスープを口に運んでいる。

「ベルナール様はおしゃべりばかりしてないで、さっさと食べてください。せっかくのスープが冷めてしまいます」
「やれやれ、わが親友殿はうるさい母親のようだ」
 
 冷たく言い放つ親友にベルナールは肩をすくめるとスープに口をつけ始める。
 
 いつ見てもこちらがひやひやする様な対応だなとノクスは信じられない気持ちでジークフリードを見る。
 幼馴染と聞いていたが、王族にこんな態度をとって大丈夫なのかと最初は心配していたが、ベルナールも気にした様子はないのでこれがこの二人の普通なのだろうと段々分かってきた。

 スープを飲み終えるとジークフリードはナプキンで口を拭き、無表情でノクスを見る。何を考えているが表情からは全く読みとれないがこの顔が通常だという事をこの数か月で学んだ。
 
「楽しみなことがあるのはいいと思うが、注意力散漫だと怪我をするぞ、ヴァレンシュタイン」
「はい、気を付けます」
 
 特に意識していなかったが、そんなに浮ついて見えたとは不覚だった。もっと気を引き締めなければとノクスは思った。


 浮つく気持ちを抑え込み、授業を終えた放課後。ノクスは一人リカルドを探しに第五寮に向かった。
 この前の発言をきっかけに取り巻きたちに嫌気がさしたノクスは彼らが傍にいることを拒み、最近では一人で行動
することが多かった。元々1人でいるのが好きだったのでやっと解放された気分だった。

 授業終了から夕食までの1時間と夕食後の3時間が生徒に与えられた自由時間だった。夜はベルナールとチェスをする約束をしている。何とかこの時間の間にリカルドを見つけたかった。
 途中、運動場の前を通りかかると数人の生徒たちがラグビーをしていた。その中に楽しそうに笑うリカルドの姿を見つける。
 授業と訓練で疲れているだろうに理解しがたいなと、ノクスは運動場の隅の木陰に腰を下ろし、その様子を眺めた。
 
 こうして見ると今まで目につかなかったのが不思議なくらい、リカルドはとても目立つ男だった。他の生徒たちよりも頭一つ飛びぬけているし、体も大きい。それに何よりも楽しそうにプレイする表情は太陽のように眩しく輝いて見えた。
 ラグビーの事は全く分からないが、センターで指示を出しているリカルドはチームのリーダー的役割なのだろう。周りの生徒たちもリカルドを信頼しているのが分かってとても楽しそうだった。ああいうのをカリスマ、というのだろうか?
 気づけばノクスはずっとリカルドを目で追いかけていた。

 しばらくゲームを見守っていると勝敗のルールはわからないが、歓声が上がり、リカルドたちのチームが喜びで抱き合う。どうやらリカルドたちのチームが勝ったようだ。
 ああいう暑苦しいのは嫌いだから混じりたいとは思わないが、あまりに楽しそうなので少しうらやましいとノクスは思った。ふとリカルドがこちらを向き、目が合う。

 「おーい!ノクス!」

 リカルドが大きく手を振るので周りの生徒たちもその先のノクスを見る。
 こんなに注目されたら渡しにくい。また別の機会にしようと立ち上がり踵を返すとタックルをする勢いでリカルドが駆け寄ってくる。すぐに追いつかれ正面に回り込まれた。
 
「おいおい、無視すんなよ~。さみしいじゃねえか」
 
 リカルドが寂しそうな情けない顔する。こうなったら今渡すしかないとノクスは観念した。
 他の生徒たちをちらりと伺うと、もうノクスに興味はなくなったようでボールや道具の片づけを始めていた。
 
「なになに?ノクスもラグビーやりたいのか?」
「馬鹿、誰があんな暑苦しいスポーツやるか」
「ええ~?結構鍛錬にもなるし、楽しいぞ」
「そんな時間があるなら、私は勉強に使う」
「まあ、そういうタイプだよな~」

 全身汗だくのリカルドから汗の匂いがしてノクスの胸が少しざわめく。
 リカルドは残念そうに笑うと、表情を引き締め、言いにくそうに口を開く。
 
「それで、その……調子どうだ?」
 
 会うのはあの日から二日ぶりだ。
 一応心配してくれているらしい。見た目に似合わず本当に優しい男だとノクスは感心する。 
 
「ああ、もう大丈夫だ。あれから特に何もしてこないし、人気のないところに一人ではいかないよう注意している」

 もしかしたらベルナールが何か手を回してくれたのかもしれないとノクスは考えていた。
 以前は手を出してこないながらも、冷やかしたり何かしらちょっかいは掛けられていたのだが、それもなくなっていた。
 
「それにもう力負けしないように筋トレを始めたんだ」
「へえ、そういえば少し筋肉が付いたような……」
「馬鹿、二日やそこいらで成果が出るか!」
「はは、元気そうでよかったよ」
 
 ノクスの突っこみにリカルドが明るく笑う。
 渡すなら今しかないと、ノクスはポケットからハンカチを取り出した。
 
「そうだ、これ……洗濯しておいた。ありがとう」
「お、本当に洗ってくれたんだな。サンキュ」
 
 リカルドが手を伸ばしハンカチを受け取る。手放すのが何だか名残惜しくて、ノクスはギリギリまで指を離せなかった。
 ハンカチを受け取るとリカルドは鼻先に当てクンクンと匂いを嗅ぐ。

「ん、なんか良い匂いするな。リネン室の洗剤と違う気が……」
「ああ、自分の石鹸で洗ったんだ。苦手な臭いだったらすまん」
「いや、嫌いじゃねえよ。好きな匂いだ」
 
 リカルドはもう一度ハンカチの匂いを吸い込むと、すっとノクスの首元に顔を寄せる。
 
「ああ、やっぱりお前と同じ匂いだな」

 首筋にリカルドの息がかかり、ノクスの体にぞくっと何かが走った。リカルドの体臭がふわんと香ってきて自分の石鹸の匂いと交じり合う。その匂いを嗅いだ瞬間、ノクスの顔がカッと赤くなり、思いがけずリカルドを突き飛ばす。
 
「じゃあ、要件はそれだけだ!」

 そう言って捨てるとノクスはその場から逃げ出すように駆け出した。
 
  

 自室に駆け込み、扉を閉めるとはぁと大きな息をつく。
 まだ顔が熱い。ドキドキと鳴る心臓の音がうるさい。
 落ち着こうと目を閉じると先ほどのリカルドの声や匂いを思い出してしまう。
 こんな気持ちは初めてで自分でも自分が分からなかった。
 もしかして自分はあの男に惹かれているのだろうか?
 
 母親がきつい人だったせいか、小さいころから女性が苦手だった。かといって男性が好きかと聞かれたら、今まで何度か男性からアプローチされたことはあったが男に対してそういう気持ちを抱いたこともなかったので丁重にお断りしていた。
 そう言えば子供のころ初めてプロポーズされたのも男だったな。とノクスはふと思いだす。
 あの頃は女の子の格好をさせられていたから女の子と勘違いしたのだろうが、それでもちょっと嬉しかったのを今でも覚えている。今考えるとあれが初恋だったのかもしれない。
 それ以降、誰かに強い興味を持つことはなく、自分はこのまま誰も愛さずに一人で生きていくのだろうと漠然と思っていた。それに騎士になるのに愛なんてものは邪魔になるだけだ。
 

 そう思っていたはずなのに。

 出会った時の状況が特殊だったから、脳が勘違いしてるだけかもしれない。
 少し時間がたてばきっと忘れる。
 ノクスは騒めく胸を押さえつけ、そう思うことにした。


 


 その夜、ノクスは夢を見た。
 リカルドがベッドで誰かを抱いている夢だった。
 逞しい裸体に汗を滲ませ息を荒げて夢中で腰を振っている。

「あ……っああ……ん!は……ぅん……!」
 
 その動きに合わせて相手が甲高い嬌声を上げる。
 それに答えるようにリカルドの動きがさらに激しくなる。

「ああ……もう……、もうダメ……」

 相手が息も絶え絶えにリカルドの腰に白い足を絡ませる。
 リカルドは嬉しそうに、愛しいものを見るように優しく微笑むと相手の手に手を重ね、キスをしようと相手に顔を寄せる。リカルドの体臭とほのかなバラの香りが交じり合う。
 その相手の顔は――――――――

 そこで下半身に違和感を感じてノクスが目を覚まし飛び起きる。
 
 「……最悪……最悪だ………………」

 ノクスは自分が信じられなくて頭を抱えた。
 確認をするまでもなく下着は精液で汚れているだろう。
 元々、そんなに性欲は強くなく、自慰も生理現象的に1,2週間に一度処理すれば問題なかったはずだ。
 ノクス自身まだ性交をした経験はなかったが、以前母と愛人の性交を見てしまったことがあったので性交がどんなものかは想像はできた。あの時は本当に気持ちが悪くて吐きそうだった。それ以降性的なものが苦手で猥談にすら嫌悪感を持っていた。なのに。

「本当に最悪だ……」

 ノクスは死にたい気分で目の前が真っ暗になった。
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