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或る騎士たちの恋愛事情(完結)
3話
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学校での生活にも慣れてきたある夏の夕方。
授業を終えたリカルドは夕食までの短い自由時間に友人たちとラグビーを楽しんだ。
夕食の時間になり食堂に向かう途中、尿意もよおしたリカルドは友人たちに先に行っていてくれと告げると一番近くにあるトイレへと向かった。
その途中、通りかかった教室の中から悲鳴のような声が聞こえてきた。
この時間、もう授業は終わっているはずだ。何事だろうとリカルドはそっとドアを開けて隙間からのぞく。
隙間から見えたのは、薄暗い教室の奥で3人の体の大きな生徒が何かを床に押さえつけている姿だった。
入口からだとはっきりとは見えないが、正面の男の脇から見える靴下を履いた白い素足だけがぽっかりと薄闇に浮かんで見えた。
「うるさいな、黙らせろ!」
正面の男が命令すると右側の男が押さえつけていたものに布を丸めて押し付ける。無理やりねじ込んだのだろう、苦しそうなくぐもった声が聞こえた。
「暴れんなよ、暴れるとケガするぜ」
「そうそう、おとなしくしてたら気持ちよくさせてやるからよ」
「可哀そうに、怖くてこんなに縮こまっちゃって。すぐ元気にしてやるからな」
男の太い指が白い足をいやらしく撫でまわす。足は必死に抵抗してバタバタと宙を掻くが両脇の男たちがそれを押さえつける。
下卑た笑いを浮かべ、男がベルトを外す金属音を聞いた瞬間、リカルドの頭にかっと血が上る。考えるより先に体が動き、大きな音を立ててドアを開ける。
「やめろ!そいつ嫌がってるじゃねえか!」
男たちが一斉に振り返る。
鬼のような形相で睨みつけるリカルドに一瞬身構えたが、リカルドが1人であることが分かると、こちらが優勢だとばかりに男たちは薄ら笑いを浮かべる。
「なんだてめえ、邪魔するんじゃねえ」
「もしかして、お前も一緒にかわいがって欲しいのか?」
「やめとけ、やめとけ。こんな黒くてでかいの好みじゃねえよ」
「その肌の色、お前ザラ人だろ?貧乏人が貴族様に逆らおうなんて生意気な野郎だ」
「痛い思いしたくなけりゃ、黙って帰んな」
ペラペラとしゃべる男たちの隙間から押さえつけられていた人物が見える。それは入学式で挨拶をしていた、学年首席のノクス・ヴァレンシュタインだった。
口に布をねじ込まれ、腕は制服で後ろ手に縛られており、シャツは乱暴に開かれ、胸が丸見えで、下半身は靴下以外の衣服をすべて剝ぎ取られていた。
ノクスと目が合う。見られたくないとでも言うように悔しそうに顔をゆがめて目線をそらす。一瞬見たノクスは目元にはうっすら涙が浮かんでいた。
それを見たリカルドの頭はさらに怒りで煮え立つ。
リカルドは理不尽な暴力が大嫌いだった。特に力の強いものが弱いものに振う暴力は許せなかった。子供のころ母親や娼婦たちが客から暴力を受け、怪我をしてしたのを見ていたからだ。
正面の男にとびかかり思いっきり拳で頬を殴りつける。不意を突かれた男は倒れこむ。
「ぐっ!こ、こいつ!」
「やめろ!」
脇にいた二人がリカルドの腕を押さえつけようとするが、腕を振り回し、ひるんだところで顔面に肘を入れる。
「ぐぅっ……!」
一人は床に転がり、もう一人は壁にぶつかる。
正面にいた男に馬乗りになると、左右から顔を容赦なく殴りつける。
口から血が飛び散り、顔がどんどんはれ上がっていく。飛び散った血がリカルドの拳を汚す。
「くっ……この野郎……!」
さきほど吹っ飛ばした男が襲い掛かってくる。
リカルドは立ち上がりその男にタックルするとそのまま壁に打ち付け、顎に頭突きを食らわせる。
脳天を揺さぶられた男は気を失い、壁に倒れこむ。
もう一人の男は戦意を喪失している様で壁を背に座り込んで震えている。
男の顔の横にガンッと蹴りを入れると男がひいっと悲鳴を上げる。
リカルドは顔を近づけ憤怒の形相で怒鳴る。
「暴力ってのは痛えんだよ!特に心への暴力はな!今度やったらお前らにも同じことをしてやる!縛ってお前らより体のでかいおっさんたちにレイプさせてやるからな!覚えておけ‼」
「ひいっ……」
男は悲鳴を上げると、這いつくばりながら気絶した仲間を引きずるようにして教室から出ていく。
顔がパンパンに腫れた男もヨロヨロとその後を追う。
「お、お前覚えてろよ……」
そう言い残すとドアの外に消えてく。
男たちが遠ざかるのを確認すると、床に倒れたノクスを見る。青ざめた顔でリカルドを見て、肩が少し震えている。
体の大きな自分は先ほどの男たちとあまり変わらず、恐怖の対象でしかないのかもしれない。そう思うとリカルドはノクスを怯えさせないようになるべく距離を取りつつ、しゃがみ込み穏やかに声をかける。
「あ~、えっと……大丈夫か?いや、大丈夫じゃねえよな……」
リカルドはそっとノクスに近づくと口に押し込まれた布を取り、腕を縛っていた上着を解く。
靴下だけの下半身が寒そうでリカルドは自分の制服の上着を脱ぎ、その上にかける。
「服、着れるか?」
そう尋ねるとノクスが小さく頷く。
周りを見回すと部屋の隅の方に下着とズボン、ベルトがぐしゃぐしゃに丸められていた。リカルドはそれを拾い上げ、丁寧にほこりを払ってノクスに渡す。
「あいつら、最低だな……。あの肩章、3年か?後で教官に報告して」
「やめろ!」
受け取った服をぎゅっと抱きしめノクスが怒鳴る。
先ほどの弱弱しさからは考えられないほどの強い声にリカルドが目を丸くする。
「……やめてくれ……こんなこと、人に知られたくない……」
ノクスが悔し気に表情をゆがませる。
男が男に襲われたなんて屈辱でしかないだろうとリカルドも納得した。
「そうか……まあ、お前がそういうなら言わねえけど……」
何を話したらいいかわからなくてしばらく沈黙が流れる。
「あ~~……その……こういう事、初めてか?」
「……ああ。たまに絡んでは来ていたが、特に何かされることはなかった。いつもは誰かしらが一緒にいたからな……。今日はたまたま一人で歩いていたら、いきなり腕をつかまれて……」
思い出したのか、ノクスはぶるっと体を震わせると自分の肩を抱く。蒼白になった顔が痛々しい。
「そうか、怖かったよな……。お前小さくて美人だからそういう目で見てくる奴もいるんだろうけど……。これからはなるべく一人で行動しないように気を付けた方がいい」
「…………私は……無力だ…………。こんな侮辱……最低だっ……!お、男なのに……」
ぐっと唇を噛み締め、大きな目からポロポロと涙を流す。
涙で滲んだ青い目が宝石のように輝いていて、その美しさにリカルドは一瞬見とれた。しかしすぐにこんな時に何を考えているんだと自分を叱咤して、何とかノクスを慰める言葉を探す。
「まあ、ほら、男でも怖い時は怖いし。泣きたい時は泣いていいと思うぞ。俺だって昔牛に追いかけられてから牛が怖くて近づけねえし……」
リカルドなりに精一杯のフォローをすると、何か涙を拭うものがないかとズボンのポケットを探る。ハンカチがあったので差し出すと、ノクスは素直に受け取りそれで涙を拭おうと顔に近づける。
「ん?」
ノクスが顔をゆがめ、ハンカチの匂いを嗅ぐ。
「これ、ものすごく汗臭いんだが……」
「あ、わるい。それでさっき汗拭いたんだった……」
「はあ?!馬鹿!!なんて物を渡すんだ!」
慌ててノクスがハンカチを指で摘まみ、汚い物のように自身から遠ざける。
「だから悪かったって。わざとじゃねえよ」
「最低だ……最低な気分がさらに最低になった……」
ぶつぶつ不満げにいうノクスの目にはもう涙はなかった。
それを見てリカルドは少し安心する。泣いているよりかは怒っている方がずっと接しやすい。
「まあ、でもちょっと元気になったじゃねえか。よかったよかった」
「全然よくない!」
「ほら、さっさと服を着ろ。俺は外で見張っててやるからさ」
そういって立ち上がるとリカルドは教室から出ていく。
今はほとんどの生徒が寮で食事をとっている時間だ。誰も来ることはないとは思うが念のためリカルドはドアを閉め横に腰を下ろす。
男だらけの寮生活、自分には縁はないだろうが、ノクスくらい美形だと女代わりにしようとする不届きな奴も出てもおかしくないのかもしれない。
でも、無理やりは絶対許せない。美形ってのも大変だなとリカルドが気の毒に思っていると、教室のドアが開き、きっちりと制服を着こんだノクスが出てくる。
髪もきれいに整えられ、シャツのボタンは飛んでいたが上着は無事だったようで上着を着てしまえば、まだ少し目が赤い事以外は普段と変わりない学年首席の姿だ。
「大丈夫か?」
「ああ、世話をかけたな」
リカルドが心配そうな声をかけると、ノクスはいつもの人形のような表情で、綺麗に畳んだリカルドの制服の上着を差し出す。
それを受け取り着込みつつ、リカルドはノクスの落ち着いた様子にホッとする。
「もし、またなんかあったら言えよ。その、同級生なんだしさ……」
「そうなのか?お前なんて見たことないが」
ノクスがキョトンとした顔でリカルドを見て首を傾げる。
リカルドはショックで開いた口が塞がらなかった。
「まじで?!いや~ショックだわ~。まあ、一寮と五寮じゃなかなか絡む機会もないしな……」
「第五寮の寮生なのか。どおりで見たことがないはずだ」
「いやいや、合同授業の時とかで会ってるはずだから!」
「興味がないからな」
「ひでえ~~!」
リカルドが大げさにがっかりして見せるとノクスがふふ、と笑みをこぼす。
その顔が可愛らしくてリカルドはドキッとする。
人形みたいな奴だと思っていたがこういう表情もできるんだな。これがギャップ萌えってやつか。なるほど、こんな顔ができるなら、出来心を起こす者が出てもおかしくないのかもしれない。
そんなリカルドの思考を遮るようにノクスが真面目な顔で自分のポケットからリカルドのハンカチを取り出す。
「今度この汗臭いハンカチを洗って返してやる。お前、名前は?」
「リカルドだ。リカルド・ノア。別に洗わなくてもいいぜ。結局使ってないんだろ?」
リカルドが苦笑いしながら手を差し出してくるが、ノクスはそれをやんわりと拒否する。
「いや、これくらいの礼はさせてくれ。第五寮のノアだな。私は……」
「ノクス・ヴァレンシュタインだろ?学年首席の。お前は有名人だからな」
「そうか」
「じゃあ、頼んだ。そうだ、ついでだから一寮の近くまで送ってやるよ」
「いや、結構だ」
「さっきの奴らがまた来るかもしれねえだろ。どうせ五寮までの通り道だし」
「……じゃあ、たまたま、同じ方向に向かうのならいいだろう」
「ちぇっ、素直じゃねえな~」
ノクスが寮に向かって歩き出す。
減らず愚痴をたたけるならもう大丈夫そうだな、とリカルドは安心すると急いでその後を追いかけた。
歩きながら改めてノクスを見てみると、本当に整った顔立ちをしているなとリカルドは思った。
肌はすべすべで、金色の髪はさらさらだし、なんだかいい匂いもする。
いつも取り巻きを従えていて、守られているか弱いお姫様みたいなやつなのかと思っていたのだが、意外と立ち直りが早いし、気が強い。
100人近くいる同級生の中、首席で第一寮生のノクスとは何かきっかけがない限りしゃべることもないのだろうと思っていたのに、人生何が起きるか分からない。
そんなことを考えながらリカルドが見ていると、ノクスが立ち止まり勢いよく振り返る。
「ジロジロ見るな」
「わっ、危ねえ!」
急に立ち止まったせいで二人の体がぶつかる。
その衝撃で倒れそうになるノクスを間一髪、リカルドが抱きとめる。
思いがけずノクスの小さな体をリカルドが抱きしめる形になり、腕の中でノクスが体を強張らせる。その様子を見てまずいとリカルドが慌てて体を離す。
「あ、わりぃ……」
「いや、今のは私の落ち度だ。すまん……」
二人の間に気まずい沈黙が流れ、しばらくしてからノクスが重い口を開く。
「……そういえばちゃんと礼を言っていなかったな」
さっきは気が動転していて礼どころではなかったが、自分の危ないところを助けてくれたのだ。礼くらいは言うべきだとノクスが改めてリカルドを見る。
「ん?まあ、別に俺がやりたくてやっただけだし、気にすんな」
「いや、それじゃ私の気が済まない。それに借りを作るのは嫌いだ」
「そういうもんかね」
「さっきは、ありがとう。助かった」
言い方はぶっきらぼうだが、ノクスが丁寧に頭を下げる。
そんな素直に礼を言われるとは思っていなかったのでリカルドは少し驚いた。
「いや、まあ、大事無くてよかったよ。って、いや、大事か……?大事かどうかは俺が決めることじゃないよな……」
真剣に頭を悩ませているリカルドを見て、この男は優しい人間なんだなとノクスは表情が緩ませた。
「もう大丈夫だ。心配かけたな」
「その、なんだ。偶然とはいえ関わっちまったからさ、これも何かの縁だ。もしなんか困ったことあれば何でも相談しろよ」
リカルドが優しく微笑み二人の間に穏やかな空気が流れる。それ壊すように、第一寮の方からドヤドヤとノクスの取り巻きたちがやってきた。
「おい、貴様、何をしている」
「ノクスから離れろ!」
リカルドとノクスの間に割って入ると、姫を守る騎士のように下からリカルドを睨みつける。
第一寮の寮生たちのほとんどは貴族の子弟で、上流意識が高く、殆どの者が庶民出身の第四、第五寮生を見下していた。
面倒くさいことになったなとリカルドはこっそりため息を付いた。
「その肌の色……おまえ、第五寮のノアだろ。なんだ、ノクスにたかりでもしていたのか、この貧乏人め!」
「大丈夫かノクス。夕食に来ないから探していたんだ。ベルナール様も心配していたぞ」
これ以上絡まれるのは面倒だし、事情を聴かれて困るのはノクスだ。
さっさと退散する方がよさそうだとリカルドは第五寮の方へ足を向ける。
「いや、別に。たまたまここでぶつかったから謝ってただけだ。じゃあな」
「あ……」
歩き出すリカルドの背中をノクスが寂し気に見送る。
もう少しあの男と話してみたかった……。
「ノクス、あいつとはかかわらない方がいい。なんでもザラの娼婦の息子だって噂だぜ」
「うわ……なんでそんな奴がこの学校に入れたんだか……。学校の品格が落ちる」
汚らわしいものを見るような顔で口々に言う取り巻き達にノクスは怒りを覚える。
リカルドがどんなやつかも知らないくせに、好き勝手言う級友たちが許せなかった。
「くだらない。人の価値を決めるのは生まれではなく、そいつが何を成すかだろう。そんなことも分からない馬鹿どもに付き合う暇はない」
冷たく言い放つとノクスは一人、第一寮に向かって歩き出す。
残された取り巻きたちは何も言い返せず、ぽかんと口を開くのみだった。
ザラ人だからってなんだ。娼婦の息子だからなんだ。あいつはすごくいいやつだった。知り合いでもない自分を助けて気遣ってくれた。陰口を叩くあいつらよりよっぽど価値がある人間だ。
ノクスはイライラする気持ちを抑えて、まずは四階のベルナールの部屋に向かう。
本来ならばファグマスターであるベルナールの食事の世話をするのがファグの仕事である。しかし、ベルナールは「自分の世話はいいから一緒に食べて話をしろ」といって食事中、話をしたり、ベルナールの出す難問に答えるのがノクスの仕事だった。不可抗力とはいえその仕事を放棄してしまったことを謝罪しなければ。
部屋の扉をノックすると、ゆったりとした部屋着に着替えたベルナールが気だるげに出て来る。今日は彼のお目付け役であるジークフリードはいないようだ。
「ああ、ノクス、夕食の時はどうした?時間に正確なお前が珍しい」
「申し訳ございません。ひどい腹痛に襲われて、トイレに籠っておりました。連絡できず申し訳ありませんでした。」
「ほう?」
ベルナールは顎に手を当てるとノクスの頭からつま先までゆっくりと観察する。
先に着替えてからくるべきだったなとノクスは後悔した。上着をきっちりと着込んでいても、この聡明なファグマスターには自分に起こったことを察知されたかもしれない。
「そう言われてみれば少し顔色が悪い。もう大丈夫なのか?」
「はい。まだ本調子ではありませんが、どうにか落ち着きました」
「そうか。お前は賢いが少し自分に無頓着なところがある。明日の朝食も無理をする必要はないぞ。今日はゆっくり休め」
「はい。お心遣い感謝いたします。では失礼いたします。お休みなさい」
そう言ってノクスは部屋を出る。
一刻も早く謝罪に行かなければという気持ちが強すぎて、判断を誤ってしまった。
ベルナールは聡い人だ。きっと自分に何かが起こったことを察しただろう。それでも無理に聞き出さないところが彼の厳しさであり優しさだ。
ベルナールの気遣いに感謝しつつ、もっと注意深く行動しなけばとノクスは気を引き締めた。
自室に戻るとやっとノクスの体から力が抜ける。
食欲もなかったし、今は食事よりも一秒でも早く、男たちに触られた体を洗いたかった。しかし、浴場で他のものと一緒に入る気にもなれず、桶に水を汲んできて自室で体を拭いく。一人部屋であったことにこんなに感謝したことはない。
冷たい水で体を拭いていると、じわじわと先ほどの恐怖がよみがえってきて体の震えが止まらなかった。
しかし、自分を助けた男、リカルドの事を考えると不思議と震えが収まる。
現れた時はまさに神の助けだと思った。
男たちを殴り倒す姿は鬼のようだったが、その後は自分を気遣って、言葉を選んでくれた。その時の困ったような眉が下がった顔がなんだか怒られた大型犬のようで、ちょっと可愛かった。
自分に向けられた優しい微笑みを思い出すとなんだか胸がざわめく。
抱きとめられた体は、襲ってきた男たちと同じくらい大きかったが、恐怖は感じなかった。むしろ暖かくて安心できた。
第一寮と第五寮ではなかなか接点がなくて話す機会もなさそうだが、もっとあの男と話してみたい、もっと知りたいとノクスは思った。
体を拭き終え、寝間着に着替えるとやっと少し気分も体も落ち着いた。
とりあえず、ハンカチを返す時に会えるかと、リカルドから借りたハンカチを手に取る。
汗臭いと騒いだが、実はそんなに嫌な臭いではなかった。もう一度確かめる為にハンカチを鼻に近づけてみるが、やはり嫌ではない……。
ハンカチの匂いを嗅ぎながらリカルドの事を思い出す。
褐色の肌に柔らかそうなウェーブのかかったこげ茶色の髪、彫りの深い顔立ちに、大きな口に厚めの唇。少したれ気味の深緑色の瞳はとても優しくて、男らしい色気も感じた。
背は自分より頭一つ分高かったが、まだそんなに厚みはなく、成長途中といった感じで若さであふれていた。抱きしめられた時も自分とは違う体臭がしたがやはり嫌な臭いではなかった。
服の下はどんなのだろうか、と想像していたらなんだか下腹部がモヤモヤしてきてノクスは真っ赤になって我に返る。
何を考えているんだ、私は……!今日は色々なことがあって、頭がおかしくなっているんだ。こんな日は早く寝た方がいい。
そう自分に言い聞かせるとベットの布団にもぐり込み体を丸める。目を閉じると今日の事がフラッシュバックして恐怖が体を襲った。ノクスはそのたびにリカルドの優しい笑顔を思い出して、気が付けばいつの間にか眠りについていた。
授業を終えたリカルドは夕食までの短い自由時間に友人たちとラグビーを楽しんだ。
夕食の時間になり食堂に向かう途中、尿意もよおしたリカルドは友人たちに先に行っていてくれと告げると一番近くにあるトイレへと向かった。
その途中、通りかかった教室の中から悲鳴のような声が聞こえてきた。
この時間、もう授業は終わっているはずだ。何事だろうとリカルドはそっとドアを開けて隙間からのぞく。
隙間から見えたのは、薄暗い教室の奥で3人の体の大きな生徒が何かを床に押さえつけている姿だった。
入口からだとはっきりとは見えないが、正面の男の脇から見える靴下を履いた白い素足だけがぽっかりと薄闇に浮かんで見えた。
「うるさいな、黙らせろ!」
正面の男が命令すると右側の男が押さえつけていたものに布を丸めて押し付ける。無理やりねじ込んだのだろう、苦しそうなくぐもった声が聞こえた。
「暴れんなよ、暴れるとケガするぜ」
「そうそう、おとなしくしてたら気持ちよくさせてやるからよ」
「可哀そうに、怖くてこんなに縮こまっちゃって。すぐ元気にしてやるからな」
男の太い指が白い足をいやらしく撫でまわす。足は必死に抵抗してバタバタと宙を掻くが両脇の男たちがそれを押さえつける。
下卑た笑いを浮かべ、男がベルトを外す金属音を聞いた瞬間、リカルドの頭にかっと血が上る。考えるより先に体が動き、大きな音を立ててドアを開ける。
「やめろ!そいつ嫌がってるじゃねえか!」
男たちが一斉に振り返る。
鬼のような形相で睨みつけるリカルドに一瞬身構えたが、リカルドが1人であることが分かると、こちらが優勢だとばかりに男たちは薄ら笑いを浮かべる。
「なんだてめえ、邪魔するんじゃねえ」
「もしかして、お前も一緒にかわいがって欲しいのか?」
「やめとけ、やめとけ。こんな黒くてでかいの好みじゃねえよ」
「その肌の色、お前ザラ人だろ?貧乏人が貴族様に逆らおうなんて生意気な野郎だ」
「痛い思いしたくなけりゃ、黙って帰んな」
ペラペラとしゃべる男たちの隙間から押さえつけられていた人物が見える。それは入学式で挨拶をしていた、学年首席のノクス・ヴァレンシュタインだった。
口に布をねじ込まれ、腕は制服で後ろ手に縛られており、シャツは乱暴に開かれ、胸が丸見えで、下半身は靴下以外の衣服をすべて剝ぎ取られていた。
ノクスと目が合う。見られたくないとでも言うように悔しそうに顔をゆがめて目線をそらす。一瞬見たノクスは目元にはうっすら涙が浮かんでいた。
それを見たリカルドの頭はさらに怒りで煮え立つ。
リカルドは理不尽な暴力が大嫌いだった。特に力の強いものが弱いものに振う暴力は許せなかった。子供のころ母親や娼婦たちが客から暴力を受け、怪我をしてしたのを見ていたからだ。
正面の男にとびかかり思いっきり拳で頬を殴りつける。不意を突かれた男は倒れこむ。
「ぐっ!こ、こいつ!」
「やめろ!」
脇にいた二人がリカルドの腕を押さえつけようとするが、腕を振り回し、ひるんだところで顔面に肘を入れる。
「ぐぅっ……!」
一人は床に転がり、もう一人は壁にぶつかる。
正面にいた男に馬乗りになると、左右から顔を容赦なく殴りつける。
口から血が飛び散り、顔がどんどんはれ上がっていく。飛び散った血がリカルドの拳を汚す。
「くっ……この野郎……!」
さきほど吹っ飛ばした男が襲い掛かってくる。
リカルドは立ち上がりその男にタックルするとそのまま壁に打ち付け、顎に頭突きを食らわせる。
脳天を揺さぶられた男は気を失い、壁に倒れこむ。
もう一人の男は戦意を喪失している様で壁を背に座り込んで震えている。
男の顔の横にガンッと蹴りを入れると男がひいっと悲鳴を上げる。
リカルドは顔を近づけ憤怒の形相で怒鳴る。
「暴力ってのは痛えんだよ!特に心への暴力はな!今度やったらお前らにも同じことをしてやる!縛ってお前らより体のでかいおっさんたちにレイプさせてやるからな!覚えておけ‼」
「ひいっ……」
男は悲鳴を上げると、這いつくばりながら気絶した仲間を引きずるようにして教室から出ていく。
顔がパンパンに腫れた男もヨロヨロとその後を追う。
「お、お前覚えてろよ……」
そう言い残すとドアの外に消えてく。
男たちが遠ざかるのを確認すると、床に倒れたノクスを見る。青ざめた顔でリカルドを見て、肩が少し震えている。
体の大きな自分は先ほどの男たちとあまり変わらず、恐怖の対象でしかないのかもしれない。そう思うとリカルドはノクスを怯えさせないようになるべく距離を取りつつ、しゃがみ込み穏やかに声をかける。
「あ~、えっと……大丈夫か?いや、大丈夫じゃねえよな……」
リカルドはそっとノクスに近づくと口に押し込まれた布を取り、腕を縛っていた上着を解く。
靴下だけの下半身が寒そうでリカルドは自分の制服の上着を脱ぎ、その上にかける。
「服、着れるか?」
そう尋ねるとノクスが小さく頷く。
周りを見回すと部屋の隅の方に下着とズボン、ベルトがぐしゃぐしゃに丸められていた。リカルドはそれを拾い上げ、丁寧にほこりを払ってノクスに渡す。
「あいつら、最低だな……。あの肩章、3年か?後で教官に報告して」
「やめろ!」
受け取った服をぎゅっと抱きしめノクスが怒鳴る。
先ほどの弱弱しさからは考えられないほどの強い声にリカルドが目を丸くする。
「……やめてくれ……こんなこと、人に知られたくない……」
ノクスが悔し気に表情をゆがませる。
男が男に襲われたなんて屈辱でしかないだろうとリカルドも納得した。
「そうか……まあ、お前がそういうなら言わねえけど……」
何を話したらいいかわからなくてしばらく沈黙が流れる。
「あ~~……その……こういう事、初めてか?」
「……ああ。たまに絡んでは来ていたが、特に何かされることはなかった。いつもは誰かしらが一緒にいたからな……。今日はたまたま一人で歩いていたら、いきなり腕をつかまれて……」
思い出したのか、ノクスはぶるっと体を震わせると自分の肩を抱く。蒼白になった顔が痛々しい。
「そうか、怖かったよな……。お前小さくて美人だからそういう目で見てくる奴もいるんだろうけど……。これからはなるべく一人で行動しないように気を付けた方がいい」
「…………私は……無力だ…………。こんな侮辱……最低だっ……!お、男なのに……」
ぐっと唇を噛み締め、大きな目からポロポロと涙を流す。
涙で滲んだ青い目が宝石のように輝いていて、その美しさにリカルドは一瞬見とれた。しかしすぐにこんな時に何を考えているんだと自分を叱咤して、何とかノクスを慰める言葉を探す。
「まあ、ほら、男でも怖い時は怖いし。泣きたい時は泣いていいと思うぞ。俺だって昔牛に追いかけられてから牛が怖くて近づけねえし……」
リカルドなりに精一杯のフォローをすると、何か涙を拭うものがないかとズボンのポケットを探る。ハンカチがあったので差し出すと、ノクスは素直に受け取りそれで涙を拭おうと顔に近づける。
「ん?」
ノクスが顔をゆがめ、ハンカチの匂いを嗅ぐ。
「これ、ものすごく汗臭いんだが……」
「あ、わるい。それでさっき汗拭いたんだった……」
「はあ?!馬鹿!!なんて物を渡すんだ!」
慌ててノクスがハンカチを指で摘まみ、汚い物のように自身から遠ざける。
「だから悪かったって。わざとじゃねえよ」
「最低だ……最低な気分がさらに最低になった……」
ぶつぶつ不満げにいうノクスの目にはもう涙はなかった。
それを見てリカルドは少し安心する。泣いているよりかは怒っている方がずっと接しやすい。
「まあ、でもちょっと元気になったじゃねえか。よかったよかった」
「全然よくない!」
「ほら、さっさと服を着ろ。俺は外で見張っててやるからさ」
そういって立ち上がるとリカルドは教室から出ていく。
今はほとんどの生徒が寮で食事をとっている時間だ。誰も来ることはないとは思うが念のためリカルドはドアを閉め横に腰を下ろす。
男だらけの寮生活、自分には縁はないだろうが、ノクスくらい美形だと女代わりにしようとする不届きな奴も出てもおかしくないのかもしれない。
でも、無理やりは絶対許せない。美形ってのも大変だなとリカルドが気の毒に思っていると、教室のドアが開き、きっちりと制服を着こんだノクスが出てくる。
髪もきれいに整えられ、シャツのボタンは飛んでいたが上着は無事だったようで上着を着てしまえば、まだ少し目が赤い事以外は普段と変わりない学年首席の姿だ。
「大丈夫か?」
「ああ、世話をかけたな」
リカルドが心配そうな声をかけると、ノクスはいつもの人形のような表情で、綺麗に畳んだリカルドの制服の上着を差し出す。
それを受け取り着込みつつ、リカルドはノクスの落ち着いた様子にホッとする。
「もし、またなんかあったら言えよ。その、同級生なんだしさ……」
「そうなのか?お前なんて見たことないが」
ノクスがキョトンとした顔でリカルドを見て首を傾げる。
リカルドはショックで開いた口が塞がらなかった。
「まじで?!いや~ショックだわ~。まあ、一寮と五寮じゃなかなか絡む機会もないしな……」
「第五寮の寮生なのか。どおりで見たことがないはずだ」
「いやいや、合同授業の時とかで会ってるはずだから!」
「興味がないからな」
「ひでえ~~!」
リカルドが大げさにがっかりして見せるとノクスがふふ、と笑みをこぼす。
その顔が可愛らしくてリカルドはドキッとする。
人形みたいな奴だと思っていたがこういう表情もできるんだな。これがギャップ萌えってやつか。なるほど、こんな顔ができるなら、出来心を起こす者が出てもおかしくないのかもしれない。
そんなリカルドの思考を遮るようにノクスが真面目な顔で自分のポケットからリカルドのハンカチを取り出す。
「今度この汗臭いハンカチを洗って返してやる。お前、名前は?」
「リカルドだ。リカルド・ノア。別に洗わなくてもいいぜ。結局使ってないんだろ?」
リカルドが苦笑いしながら手を差し出してくるが、ノクスはそれをやんわりと拒否する。
「いや、これくらいの礼はさせてくれ。第五寮のノアだな。私は……」
「ノクス・ヴァレンシュタインだろ?学年首席の。お前は有名人だからな」
「そうか」
「じゃあ、頼んだ。そうだ、ついでだから一寮の近くまで送ってやるよ」
「いや、結構だ」
「さっきの奴らがまた来るかもしれねえだろ。どうせ五寮までの通り道だし」
「……じゃあ、たまたま、同じ方向に向かうのならいいだろう」
「ちぇっ、素直じゃねえな~」
ノクスが寮に向かって歩き出す。
減らず愚痴をたたけるならもう大丈夫そうだな、とリカルドは安心すると急いでその後を追いかけた。
歩きながら改めてノクスを見てみると、本当に整った顔立ちをしているなとリカルドは思った。
肌はすべすべで、金色の髪はさらさらだし、なんだかいい匂いもする。
いつも取り巻きを従えていて、守られているか弱いお姫様みたいなやつなのかと思っていたのだが、意外と立ち直りが早いし、気が強い。
100人近くいる同級生の中、首席で第一寮生のノクスとは何かきっかけがない限りしゃべることもないのだろうと思っていたのに、人生何が起きるか分からない。
そんなことを考えながらリカルドが見ていると、ノクスが立ち止まり勢いよく振り返る。
「ジロジロ見るな」
「わっ、危ねえ!」
急に立ち止まったせいで二人の体がぶつかる。
その衝撃で倒れそうになるノクスを間一髪、リカルドが抱きとめる。
思いがけずノクスの小さな体をリカルドが抱きしめる形になり、腕の中でノクスが体を強張らせる。その様子を見てまずいとリカルドが慌てて体を離す。
「あ、わりぃ……」
「いや、今のは私の落ち度だ。すまん……」
二人の間に気まずい沈黙が流れ、しばらくしてからノクスが重い口を開く。
「……そういえばちゃんと礼を言っていなかったな」
さっきは気が動転していて礼どころではなかったが、自分の危ないところを助けてくれたのだ。礼くらいは言うべきだとノクスが改めてリカルドを見る。
「ん?まあ、別に俺がやりたくてやっただけだし、気にすんな」
「いや、それじゃ私の気が済まない。それに借りを作るのは嫌いだ」
「そういうもんかね」
「さっきは、ありがとう。助かった」
言い方はぶっきらぼうだが、ノクスが丁寧に頭を下げる。
そんな素直に礼を言われるとは思っていなかったのでリカルドは少し驚いた。
「いや、まあ、大事無くてよかったよ。って、いや、大事か……?大事かどうかは俺が決めることじゃないよな……」
真剣に頭を悩ませているリカルドを見て、この男は優しい人間なんだなとノクスは表情が緩ませた。
「もう大丈夫だ。心配かけたな」
「その、なんだ。偶然とはいえ関わっちまったからさ、これも何かの縁だ。もしなんか困ったことあれば何でも相談しろよ」
リカルドが優しく微笑み二人の間に穏やかな空気が流れる。それ壊すように、第一寮の方からドヤドヤとノクスの取り巻きたちがやってきた。
「おい、貴様、何をしている」
「ノクスから離れろ!」
リカルドとノクスの間に割って入ると、姫を守る騎士のように下からリカルドを睨みつける。
第一寮の寮生たちのほとんどは貴族の子弟で、上流意識が高く、殆どの者が庶民出身の第四、第五寮生を見下していた。
面倒くさいことになったなとリカルドはこっそりため息を付いた。
「その肌の色……おまえ、第五寮のノアだろ。なんだ、ノクスにたかりでもしていたのか、この貧乏人め!」
「大丈夫かノクス。夕食に来ないから探していたんだ。ベルナール様も心配していたぞ」
これ以上絡まれるのは面倒だし、事情を聴かれて困るのはノクスだ。
さっさと退散する方がよさそうだとリカルドは第五寮の方へ足を向ける。
「いや、別に。たまたまここでぶつかったから謝ってただけだ。じゃあな」
「あ……」
歩き出すリカルドの背中をノクスが寂し気に見送る。
もう少しあの男と話してみたかった……。
「ノクス、あいつとはかかわらない方がいい。なんでもザラの娼婦の息子だって噂だぜ」
「うわ……なんでそんな奴がこの学校に入れたんだか……。学校の品格が落ちる」
汚らわしいものを見るような顔で口々に言う取り巻き達にノクスは怒りを覚える。
リカルドがどんなやつかも知らないくせに、好き勝手言う級友たちが許せなかった。
「くだらない。人の価値を決めるのは生まれではなく、そいつが何を成すかだろう。そんなことも分からない馬鹿どもに付き合う暇はない」
冷たく言い放つとノクスは一人、第一寮に向かって歩き出す。
残された取り巻きたちは何も言い返せず、ぽかんと口を開くのみだった。
ザラ人だからってなんだ。娼婦の息子だからなんだ。あいつはすごくいいやつだった。知り合いでもない自分を助けて気遣ってくれた。陰口を叩くあいつらよりよっぽど価値がある人間だ。
ノクスはイライラする気持ちを抑えて、まずは四階のベルナールの部屋に向かう。
本来ならばファグマスターであるベルナールの食事の世話をするのがファグの仕事である。しかし、ベルナールは「自分の世話はいいから一緒に食べて話をしろ」といって食事中、話をしたり、ベルナールの出す難問に答えるのがノクスの仕事だった。不可抗力とはいえその仕事を放棄してしまったことを謝罪しなければ。
部屋の扉をノックすると、ゆったりとした部屋着に着替えたベルナールが気だるげに出て来る。今日は彼のお目付け役であるジークフリードはいないようだ。
「ああ、ノクス、夕食の時はどうした?時間に正確なお前が珍しい」
「申し訳ございません。ひどい腹痛に襲われて、トイレに籠っておりました。連絡できず申し訳ありませんでした。」
「ほう?」
ベルナールは顎に手を当てるとノクスの頭からつま先までゆっくりと観察する。
先に着替えてからくるべきだったなとノクスは後悔した。上着をきっちりと着込んでいても、この聡明なファグマスターには自分に起こったことを察知されたかもしれない。
「そう言われてみれば少し顔色が悪い。もう大丈夫なのか?」
「はい。まだ本調子ではありませんが、どうにか落ち着きました」
「そうか。お前は賢いが少し自分に無頓着なところがある。明日の朝食も無理をする必要はないぞ。今日はゆっくり休め」
「はい。お心遣い感謝いたします。では失礼いたします。お休みなさい」
そう言ってノクスは部屋を出る。
一刻も早く謝罪に行かなければという気持ちが強すぎて、判断を誤ってしまった。
ベルナールは聡い人だ。きっと自分に何かが起こったことを察しただろう。それでも無理に聞き出さないところが彼の厳しさであり優しさだ。
ベルナールの気遣いに感謝しつつ、もっと注意深く行動しなけばとノクスは気を引き締めた。
自室に戻るとやっとノクスの体から力が抜ける。
食欲もなかったし、今は食事よりも一秒でも早く、男たちに触られた体を洗いたかった。しかし、浴場で他のものと一緒に入る気にもなれず、桶に水を汲んできて自室で体を拭いく。一人部屋であったことにこんなに感謝したことはない。
冷たい水で体を拭いていると、じわじわと先ほどの恐怖がよみがえってきて体の震えが止まらなかった。
しかし、自分を助けた男、リカルドの事を考えると不思議と震えが収まる。
現れた時はまさに神の助けだと思った。
男たちを殴り倒す姿は鬼のようだったが、その後は自分を気遣って、言葉を選んでくれた。その時の困ったような眉が下がった顔がなんだか怒られた大型犬のようで、ちょっと可愛かった。
自分に向けられた優しい微笑みを思い出すとなんだか胸がざわめく。
抱きとめられた体は、襲ってきた男たちと同じくらい大きかったが、恐怖は感じなかった。むしろ暖かくて安心できた。
第一寮と第五寮ではなかなか接点がなくて話す機会もなさそうだが、もっとあの男と話してみたい、もっと知りたいとノクスは思った。
体を拭き終え、寝間着に着替えるとやっと少し気分も体も落ち着いた。
とりあえず、ハンカチを返す時に会えるかと、リカルドから借りたハンカチを手に取る。
汗臭いと騒いだが、実はそんなに嫌な臭いではなかった。もう一度確かめる為にハンカチを鼻に近づけてみるが、やはり嫌ではない……。
ハンカチの匂いを嗅ぎながらリカルドの事を思い出す。
褐色の肌に柔らかそうなウェーブのかかったこげ茶色の髪、彫りの深い顔立ちに、大きな口に厚めの唇。少したれ気味の深緑色の瞳はとても優しくて、男らしい色気も感じた。
背は自分より頭一つ分高かったが、まだそんなに厚みはなく、成長途中といった感じで若さであふれていた。抱きしめられた時も自分とは違う体臭がしたがやはり嫌な臭いではなかった。
服の下はどんなのだろうか、と想像していたらなんだか下腹部がモヤモヤしてきてノクスは真っ赤になって我に返る。
何を考えているんだ、私は……!今日は色々なことがあって、頭がおかしくなっているんだ。こんな日は早く寝た方がいい。
そう自分に言い聞かせるとベットの布団にもぐり込み体を丸める。目を閉じると今日の事がフラッシュバックして恐怖が体を襲った。ノクスはそのたびにリカルドの優しい笑顔を思い出して、気が付けばいつの間にか眠りについていた。
2
もっとこの二人を見てみたい!と思っていただけたら、下記にオチャ様(@0_cha3)にリクエストボックスで描いていただいた、二人のイラストがありますので是非ご覧ください!めちゃくちゃ素晴らしいです!!最高です…!https://www.pixiv.net/artworks/105048584*https://www.pixiv.net/artworks/106772929また、匿名での感想などはこちらでも受け付けております!どうぞよろしくお願いいたします!https://marshmallow-qa.com/shinom773
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