或る騎士たちの初体験事情

shino

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或る騎士たちの結婚事情(完結)

1話(R18表現あり)

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デュラン王国――――
 
 スピルツァー大陸の中心部にあるその国は、始祖ロナン1世が起こした王都パレシアを中心としている。
元々は20万平方キロメートルほどの小国であったが、屈強な騎士団を有し、その兵力を持って次々に近隣の国を侵攻していった。
ロナン歴500年代には周辺諸国の約30の国を占領し、大陸の約40%を占めるまでに拡大する。
 
 西の隣国イヴサールとは実に50年にも及ぶ戦争を繰り広げていたが、ロナン歴589年、ある一人の英雄の働きにより、デュランはこの戦いに勝利し、長きにわたる戦争に終止符を打つ。
 
 その英雄とは30歳の若き騎士、猛将リカルド・ノア大佐である。
 189㎝の長身に、筋肉質の逞しい体、パレシアの東にあるザラ地方特有の褐色の肌、少し癖のある長めのこげ茶色の髪と、何もかもが勇ましい。少したれ目の深緑の瞳、左目は若い頃に失明しており、黒皮の眼帯がトレードマークであった。
 意志の強そうな濃い眉毛に、何物をも食らってしまいそうな大きな口。黙っていると山賊のような恐ろしい容貌をしていたが一度口を開くと気さくで陽気な性格で、部下からも慕われていた。
 
 国境ダルジュでの戦闘中、第四騎士団通称『シュヴァルツレーヴェ(黒獅子)』の団長が急死。急遽副官であったリカルドが指揮を執ることとなる。
指揮官を失い混乱する兵たちをまとめ上げ、敵大将イルファン・ムタ・マクトゥームを打ち取り味方を勝利へと導いた。
 その姿は、まさに黒獅子と呼ぶにふさわしい勇猛さで、この活躍により、のちに50年戦争と呼ばれたイヴサールとの戦争は終結。リカルドは『ダルジュの英雄』と呼ばれることとなる。その功績をたたえられ将軍に昇進、第四騎士団の騎士団長となった。
 
その陰で活躍したもう一人の若き英雄がいる。
 第二騎士団、通称『ヴァイスファルケ(白鷹)』の騎士団長、知将ノクス・ヴァレンシュタイン将軍、当時30歳である。
 177㎝の細身ながらもしなやかな体に、北のオーエンベルク地方特有の白い肌、背中まで延びた美しい金髪に、釣り目気味のアイスブルーの瞳、通った鼻筋に薄い桜色の唇と、芸術品のような整った顔立ちで、『デュランの白薔薇』と評されるほどの美貌を持っていた。しかし、その性格は完璧主義の皮肉屋で、彼に口で勝てるのは殆どおらず、近寄りがたい雰囲気を放っていた。
 彼は28歳というデュラン史上最年少で将軍になった天才で、自ら援軍を率いて第四騎士団の窮地を救い、ともに勝利に導いた影の立役者であった。
 
 ノクスとリカルドは士官学校での同期であり、二人の出世が異様に早いのはお互いという良きライバルの存在があったからだ。
 しかし、二人の関係はそれだけではなかった。知るものは二人に近しいごく一部の人間だけである。
 
これは、その終戦から二年後、リカルド、ノクス32歳の時の物語。
 
 
ロナン歴591年
 
 侵略王と呼ばれた国王オーギュスト・ロワ・メドヴェデットは50年続いたイヴサールとの終戦後、それまでの無理が祟ったのか翌年崩御、新国王として王太子ベルナール・ロワ・メドヴェデット当時34歳が即位することとなる。
 ベルナールは長年の戦争で疲弊した国を立て直すため、国政を優先し、国の防衛に力を入れた。
 彼の在位30年は『デュランの春』と呼ばれる安定した時代となる。
 
そんな平和な日常のある日――――
 
 王都パレシアの中央にそびえ立つパレシア城。広い廊下の中央を憂鬱そうに男が歩いていた。
 
 日焼けした肌に、黒い短髪、茶色の瞳。175㎝の中肉中背の30代くらいの、口の悪い友人曰く「10年以上の付き合いでもぼんやりとしか顔が思い出せないほどこれといった特徴がない、まさに平凡が擬人化したような男」
 第二騎士団の白い制服に身を包んだ補給部隊の隊長、アレックス・ミュラー少佐は次回の遠征の補給物資の相談をするべく、第二騎士団長であるノクス・ヴァレンシュタインの執務室を目指していた。
 
 アレックスとノクスは士官学校の同期で同い年ではあったが、士官学校時代、ノクスは貴族の子弟が集まる第一寮所属、アレックスは庶民の出身が集まる第五寮の所属であり、基本授業は寮単位であったことからほぼ接点はなかった。在学中の4年間、首席であったノクスを別世界の人間のように遠くから見るくらいの関係であった。
 
 しかし、卒業後21歳で騎士団に配属されてから、親友のリカルドを通して友人となり、それから10年以上の付き合いとなる。
 3年前、何の因果か、ノクスが指揮する第二騎士団の補給部隊の隊長に配属された。
  
 アレックスにとってノクスは階級上の上司ではあるが、10年来の友人であり、ノクスからも第三者がいない空間では堅苦しくする必要はないと言われている。なのでそこまで緊張する必要はなかったが、単純にノクスという人間が苦手であった。
 
ノクス・ヴァレンシュタインーーー
 28歳の若さで将軍になった天才で、幼いころから神童と呼ばれ、士官学校を首席で入学、卒業、まさにエリート街道まっしぐらの男だ。
 『デュランの白薔薇』と呼ばれるほどの美貌を持ち、国内に男女問わずファンが多いが、この男、とにかく口が悪い上にサディスト気質がある。
  頭の回転が速く、理論立てて捲くしたてるため、言い返すことも出来ず、特に機嫌が悪いときは立ち方や服の着方にまで文句をつけだす。
 
 この10年間でかなり慣れてきた方だと思うが、新兵などは、その冷たい美貌から発せられる氷の刃のような言葉に縮み上がる者も多い。
 白薔薇とはよく言ったものだ。この薔薇の棘はかなり鋭利で、触れれば必ず傷を負う。
 
 そんなわけで少し憂鬱な気分でノクスの執務室に歩を進めていたアレックスだが、部屋の入口の少し手前で、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢で立っている、自分と同じ白い制服姿の少年が目に入る。
 少年はアレックスに気が付くと微笑んで挨拶をする。
 
「ミュラー少佐、お疲れ様です」
「おお、マルセル、ご苦労さん」
 
 彼の名前はマルセル・クロフォード。
 ノクスの従騎士(エスクワイア)を務める15歳の少年である。
 首の上あたりで切り揃えられた少しウェーブのかかったやわらかそうな金髪に、深い海のような大きな碧眼、頬は丸みを帯びていて、まだ少年の幼さを残している。
 彼とはノクスの部屋に来た時に数回会っただけだったが、素直で真面目な愛想のいい少年だった。
 ノクスとは顔かたちは似ていないが遠縁にあたるらしい。
 
 デュラン騎士団は名前の通り、今でも『騎士』の体裁をとっているが、長引く戦争で低下した軍事力を強化するため、30年ほど前からオーエンベルク式の将軍を頂点とした細分化された軍組織へと編成を変えていた。
 現在は士官学校や兵卒から騎士団に入団するものが多かったが、貴族の中には昔からの従士制度を求めるものもいて、特例としてマルセルのように、主人である騎士について、騎士としての振る舞いや作法を学びながら騎士団に入団するものも少数ながらいた。
 
 ノクスのような現実主義者は、自分につくよりも士官学校に入った方が騎士への近道だと考えていたが、どうやら親に頼みこまれて断れなかったらしい。
 しかし、なんだかんだ言ってまじめでよく気が付くこの少年を気に入っているようだった。
 
「ノクス……いや、ヴァレンシュタイン将軍は在室かな?」
 
 15㎝ほど下にある彼の顔を見つつ尋ねる。マルセルは少し言いにくそうにして口を開く。
 
 「……すみません、今ノア将軍がいらっしゃっていて、ノクス様より『国家を揺るがす大事でない限り1時間は人を通すな』と言付かっております」
「ああ、リカルドが帰ってきたのか。ちょうどいい。俺も久々に会いたかったんだ」
 
 
アレックスがドアの方に近づくと、慌てふためいたマルセルが両手を広げて間に入る。

  「だ、だめです!!国家を揺るがす大事でない限り通すなと言われております!お通しできません!」
 
 いくら言い付けられたからといって、いつもは礼儀正しい彼がこうも声を荒げるのは珍しい。彼がノクスに忠実なのはいつもの事だがなんだか変だ。
 
 「なんだ?ノクスとリカルドと俺は旧知の仲だ。問題ないだろう」
 
  無理やりドアに近づくと……
 
「……あ…………んっ……」
 
ドア越しに部屋の中からくぐもった声が聞こえてきた。
この声は多分ノクスのようだが、アレックスが聞いたことのない鼻にかかったような甲高い声だった。
自分に向けて発せられる声はいつもは地獄の底から響くような低い声だというのに。
 
「ははあ~。なるほど。そういう事か」
 
 ようやく合点がいった。
 マルセルもその声を聴いてしまったらしく、顔を真っ赤にして俯いている。
 
「まったく、あいつらこんな真昼間の、しかも勤務中に……。こんな青少年の前で……」
 
 アレックスがあきれて頭を掻く。
 
 「ちょっと俺が注意してきてやろう」
 
 にやりと笑ってドアに近づくと慌ててマルセルがアレックスの体を押す。
 小柄にもかかわらず存外強い力で驚いた。
 
「ダメです!!3か月ぶりの逢瀬なんですよ!ノクス様はこの日を1週間も前からそれは楽しみになさっていたんです!緊急の御用でないなら全力で阻止させていただきます!」
 
 大きな目で精一杯下からアレックスを睨みつけてくる。
 なんだかその様子が子猫が一生懸命威嚇しているように見えて、小動物をいじめている気分になってきた。
 アレックスは両手を上げて一歩退がる。
 
「分かった分かった。まあ、そんなに急ぎの要件でもないからな。また改めるとするよ」
 
 それを聞くとようやくマルセルの警戒態勢が解けた。穏やかな表情に戻り、ほっと胸を撫で下ろしている。
 
「それにしてもあいつら、もうデキてから10年以上たつのに……相変わらずお熱いこって……」
 
 これ以上声を聴くのも気まずい。少し扉から離れつつアレックスがぼやく。
 マルセルもそれに続きながらアレックスに尋ねる。
 
「ミュラー少佐はノクス様とノア将軍と同級生なんですよね。お二人は士官学校の時から仲がよろしかったんですか?」
「あ~、士官学校時代はほぼ接点はなかったはずだ。そういう仲になったのは確か卒業してから見習士官の時とか言ってたっけな」
「そうだったんですね。どんな馴れ初めだったんでしょう? お二人、本当に仲がよろしいですよね。ノクス様、ノア将軍が帰還される報告を聞いてからずっとソワソワされていて、新しい服を新調なさったり、髪や肌の手入れを念入りにされたりと、とても楽しみになさっていたんです」
 
 主人の喜びは自分の喜びだと言わんばかりにニコニコと嬉しそうに話す。
 
「あ~、それ、あんまり他の奴に言わない方がいいぞ。多分めちゃくちゃブチ切れるから……」
 
 プライドの高いノクスの事だ、浮かれた自分の姿など広まれば、知ってる人間を端から始末しかねない。
 それにしてもあの冷徹なドSにそんな可愛い一面があったとは。
 リカルドが良くノクスの事を可愛い可愛いとのろけてくるが、いつも冷笑を浴びせられている自分には何一つも同意できなかった。なるほど、彼の言う可愛いとはそういうところなのかもしれない。
 
「さて、これ以上ここにいると馬に……いや、ノクスに蹴り殺されそうだ。また1時間後出直す」
「分かりました。お伝えしておきます」
「あ、あとリカルドにも後で自室を訪ねるって伝えておいてくれ」
「了解しました」
「じゃ、苦労かけるな」
 
 アレックスがマルセルの肩をたたく。こんな場面で労われて少年も気まずそうだ。
 こうして無駄足を踏まされたアレックスは、ため息を付きながら、元来た廊下を戻っていった。
 
 少し時間を巻き戻して、30分ほど前――――
 
 ノクスの執務室を一人の大男が訪ねてきた。
 『ダルジュの英雄』リカルド・ノア将軍。
 三ヶ月ほど前イヴサール軍の残党を討伐するために出兵し、無事鎮圧。
 本日パレシアに帰還したところであった。
 
 初めて会った時はその熊のような迫力に震え上がり、まともにしゃべれなかったマルセルだったが、やさしく、気さくな人間だと知ってからは普通に喋れるようになっていた。
 
「ノア将軍、お帰りなさいませ。遠征お疲れ様でした」
「おお、マルセル!久しぶりだな。少し背が伸びたか?元気そうで何よりだ」
 リカルドの大きな手がマルセルの柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でる。
 前回会ったのは出兵の前日、ノクスに挨拶をしに訪ねてきた時だから三ヶ月ほど前になる。
 最近身長は測っていないのでマルセルにその自覚はない。久しぶりなのでそう見えるだけかもしれない。それでも、リカルドが自分のことを気にかけてくれたことが嬉しかった。
 
「背が伸びていたとしたら嬉しいです。いつか僕もノア将軍のような強く逞しい騎士になれるでしょうか?」
 「ああ、しっかり鍛錬すればきっとなれるさ。それと肉を食え、肉を!後は牛乳かな」
 リカルドが明るく笑う。太陽のような暖かい笑顔でマルセルまで明るい気持ちになる。
 
「なるほど、肉と牛乳ですね。アドバイス、ありがとうございます」
「あ、後野菜もな。バランスよくしっかり食べるのが大切だ」
「なるほど、野菜も、バランスよく……と」
 
 マルセルがポケットから取り出した紙にメモしていると部屋のドアがガチャリと開き、長い金髪の男が顔を出す。不機嫌を絵にかいたような表情は、その整った顔立ちによって迫力を倍増させる。

「おい、何無駄口叩いている?私に用があるんだろう。油売ってないでさっさと入ってこい」
「悪い悪い、久しぶりだったからつい……わっ」

 リカルドが言い終わる前に胸ぐらをつかみ部屋の中に引きずり込むと、ノクスが無表情でマルセルに指示を出す。

「マルセル、これから1時間休憩する。国家を揺るがすくらいの緊急時以外は誰も中に通さないように」
「は、はい……!」
 
怯えたマルセルが返事をし終える前に勢いよく扉が閉められた。

「おいおい、乱暴だな、久しぶりの再会なんだからもう少し優しく……」
 
 リカルドが言い終わる前にノクスがその唇をふさぐ。
 リカルドの口内にノクスの舌が差し入れられ、逃がさないというように舌を絡める。
 舌先からノクスの気持ちが伝わってくる。伊達に11年付き合っていない。言葉は不要だと舌を絡め返す。
 するとノクスも満足いったのか、嬉しそうにさらに口づけを深くする。
 しばらく、二人の荒い息遣いとちゅっちゅというリップ音だけが、部屋の中に響く。
 リカルドの分厚く柔らかい唇を、ノクスの滑らかな薄い唇をお互いが十分に堪能し、5分ほど経っただろうか。満足したのかノクスがゆっくりと顔を離す。唾液で濡れた唇が凄く色っぽい。

 「まったく、私を待たせておいてマルセルと話し込むとはいい度胸だな」
 
 キスでさっきまでの不機嫌が多少緩和したようだが、相変わらず不満そうだ。睨みつける目線は鋭く恐ろしい。だがそれは愛情の裏返しだと知っているので、リカルドの顔はつい緩んでしまう。
 
 「だから悪かったって。三か月ぶりに会うんだ。機嫌直せよ」
 
 謝罪を込めて顔中に軽いキスの雨を降らせば、厳しかったノクスの表情もだんだんと緩んでいく。基本的にノクスはリカルドに甘い。
 
「王には帰還報告は済んだのか?」
 
リカルドの髪をもて遊びながらノクスが尋ねる。
 
「ああ、もちろん。今日はゆっくり休めと言われた。一週間は遠征休暇だそうだ。」
 
リカルドの大きな手がノクスの頬のラインを優しくなでる。
 
「そうか。で、イヴサールはどうだったんだ?」
「ああ、残党と言っても100人程度だったんだが、山中に点在して潜伏していてな。捜索になかなか手こずった。だがほぼ捕縛したから安心しろ」
 
 ノクスの白い指がリカルドの髪から首筋、胸元へと降りて行き軍服のボタンを器用に外していく。
 
「味方に被害は?」
「軽傷が数人出てしまったが、まあ、あの規模の戦闘にしては最小限に抑えられたんじゃないかな」
 
リカルドも答えるように、ゴツゴツとした太い指でノクスの軍服のボタンを外していく。
  
「ダルジュに1個大隊を置いてきたからしばらくは交代でイヴサールを監視させるつもりだ」
「なるほど。お前にしては悪くない判断だ」
 
 ノクスの指がリカルドのズボンのベルトにかかり、カチャカチャとバックルを外す。
 
「おいおい、俺だって騎士団の将軍だぞ?見くびってもらっちゃ困るなあ」
 
 業務報告を済ませながら当たり前のように服を脱がしていく手つきは慣れたものだ。仕返しとばかりにリカルドがノクスを応接用のソファに押し倒した。リカルドの大きな体がノクスに覆いかぶさる。
 ノクスもけして小さな方ではないが、こういう体勢になると改めてリカルドの大きさを感じる。腕も自分の1,5倍は太い。
 しかしこの熊のような男が誰よりも優しいことを知っているので恐怖は全く感じない。ノクスを見つめる瞳は優しく、包み込まれるような温かさと安心を感じる。

 ノクスがリカルドの左目につけられた眼帯の紐に手をかけ、するりと外す。
 そこには黒く変色した肌と大きな裂傷の跡がありグロテスクで、見たものは大抵眉を顰める。
 しかし、ノクスはその傷が好きだった。見習士官の時自分を庇って付いた傷であり、自分たちがこういう仲になるきっかけになった傷だ。今でもこの傷を見ると心が痛むが、同時にこの目は自分のものなのだという喜びを感じる。その印をつけるように、ノクスが左目にキスをする。
 長期間会えなかった時にするノクスの癖みたいなものだ。
 満足したのか唇を離すとじっとリカルドを見つめる。

「……浮気はしていないだろうな」
 「してません~!ずっと右手が恋人でしたー。って、まったく、相変わらず心配性だなあ」
 
 仕事モードから恋人モードになったことを感じたリカルドはいつもの口調になる。
 庶民の生まれのリカルドは元々砕けたしゃべり方だが、恋人としてノクスと接するときは他の気の置けない友人たちと話す時よりも、多少子供っぽいしゃべり方になる。
 32歳の大男がみっともないと思いつつも、そんなところも可愛いなとノクスは常々思っていた。
 
「ふん、ならば証明して見せろ」
 
 挑発するようにノクスが唇にキスをする。そのキスに答えながらリカルドがノクスの白い胸に手を這わせる。
 3か月ぶりに触れる恋人の肌は滑らか触り心地が良い。かさついた指先が小さな膨らみに触れる。

 「んっ…!」
 
 ノクスがわずかに背筋を震わせる。その反応に気を良くしたリカルドは膨らみに口を寄せてぴちゃぴちゃと舐める。反対側の膨らみも指で摘まんだり弾いたりして刺激を与えるのを忘れない。段々と柔らかかった膨らみがツンと固く立ち上がってきて主張し始める。

 「んんっ………はぁ……」
 
 じんわりとした快感にノクスが、甘い吐息を吐き、もじもじと腰を揺らす。
下も可愛がってやろうとリカルドがノクスのベルトを外しズボンを引き抜く。
 制服の白いズボンの下から出てきたのは黒いシルクのショーツだった。繊細な薔薇の刺繍が施されており、サイドでレースのリボンを結んでいる、いわゆる紐パンというもので白い美しい肌にツルツルとした黒い艶やかな生地が良く映えていた。
 期待に立ち上がった性器が布を持ち上げているのがまたいやらしい。
 
「え?これって俺が誕生日にあげたやつじゃん!つけて待っててくれたのか?」
「うるさい、たまたまだ。たまたま」
 
 恥ずかしそうにノクスが目線をそらす。
 この下着は去年の誕生日に冗談半分にリカルドがプレゼントしたもので、ノクスからスケベ、エロオヤジと罵られるつつ何とか受け取ってもらった代物だった。
 それからつけてくれたことは一度もなかったが、まさかこんなうれしいサプライズを用意してくれるとは。
 
「わ~!すっげえうれしい!絶対似合うと思ってたんだよ!は~めちゃくちゃエッロ……!」
 
 リカルドが嬉しそうに触り心地のいい布の上からノクスの性器を撫でまわす。
 前の布がじんわりと湿ってくる。
 
「ん、もういいから早く……」
 
 焦れたノクスがリカルドの首に手を回すとリカルドは残念そうに性器から手を引く。
 
 「はいはい。もう少し眺めていたいけど、俺も我慢できなくなってきた……」
 
 今度ゆっくり下着姿を眺めさせてもらおうと心に決めつつ、サイドの紐をそっと解く。
 黒いシルクの布の中から立ち上がったピンク色の性器が顔を出す。先端は期待でしっとりと濡れていた。
 その上には短い金色の下生えが生えている。
 
「お、だいぶ伸びたな」
 そのフワフワとした柔らかい毛をなでながらリカルドがニヤニヤと笑う。
 ノクスの頬がかあっと赤く染まる。
 
「……うるさい、お前の方はどうなんだ」
「ん?俺の方もだいぶ生えたぞ」

  ほら、とズボンと下着をずり下げると、立派な性器が飛び出す。
 その上に生える黒々とした剛毛も同じほどに短い。
 久々にリカルドの性器を見てノクスの頭がクラクラする。
  興奮を押し隠して、あくまでクールに剛毛に指を伸ばす。
 
「……チクチクして痛そうだな……」
「お前が剃ったんだろ。我慢しろ」
 
  リカルドが長期の遠征に出るときにノクスはいつも、浮気防止で彼の下の毛をすべて剃り上げていた。
 それでノクスが安心するなら毛くらいまあいいかと、許可したリカルドだったが、自分だけは不公平だと、ノクスの毛も剃ることで了解した。
 ツルツルの股間を恥ずかしがるノクスはいやらしくて、何か新しい扉を開いてしまった気がしたが、生えかけもこれはこれで興奮する。
 リカルドはすぐにがっつきたい気分だったが、何せ三か月ぶりだ。無理をしてノクスに痛い思いをさせるのは 本意ではない。腹に力を入れてぐっと我慢する。
 
「久しぶりだけど、いきなり入れて平気か?」
 
期待に震える中心部は避けつつ足を撫でまわしながら尋ねる。
こうするとノクスの感度が良くなることをこの11年で学んだ。
 
「ん……準備しておいたから、大丈夫だ……」
 
早く、とばかりにリカルドの腰に足を巻き付ける。
リカルドはうれしくてデレデレと表情を崩す。
 
「なんだ、そんなに楽しみにしててくれたのか~。うれしいなあ~」
「うるさい、ごちゃごちゃ言ってないでさっさとしろ」
 
 恥ずかしくなったノクスは脱ぎ捨てた上着から香油の瓶を取り出すと、ぶっきらぼうにリカルドに押し付ける。
 
「はいはい……」
 
 香油を手に取り、そっとノクスの尻に差し入れる。
 思った以上にそこは柔らかく、三か月間、誰にも触れられてないとは思えなかった。
 
「…………お前……浮気とか、してないよな?」
 
 リカルドが少し不安になってきて尋ねると、ノクスは少し考えた後にやりと笑う。

「……そうだな。……まあ、あれを浮気というなら……浮気になるのか……?」
 
聞き捨てならない言葉だ。リカルドはたまらず動きを止めた。
デレデレと下がっていたリカルドの眦は吊り上がり、声も同一人物とは思えないほど低くなる。 
 
「は?誰と?どこで?」
「あそこにいる」
 
ノクスが部屋の隅にあるクローゼットを指さす。
リカルドはソファから勢いよく立ち上がると、鼻息荒くクローゼットを開け放す。 

「はあ?!どこのどいつだ?!ぶんなぐってやる!」
 
だが、そこには誰の姿もなく、クローゼットの奥に小さな箱がポツンと置いてあるだけだった。混乱と怒りに満ちた表情でノクスを睨みつける。
 
「は?どういう意味……?マジで誰かと浮気してんなら許さねえからな?!」
「その箱の中だ」
 
ノクスが寝そべったまま面白そうに笑う。
いわれるがままに箱を空けると、そこには20センチほどの木彫り細工が入っていた。表面はツルツルに磨かれており、その形と大きさにはとても親近感がある。
 
「私の浮気相手のリカルド君2号だ」
 
 それはリカルドの性器を模した張形だった。
サイズ、形もほぼ同じで再現度が高い。
 
「お前……いつの間にこんなものを……」
 
絶句するリカルドをニヤニヤと面白そうにノクスが眺める。 
 
「私だって男だ。三か月も放っておかれては欲求不満にもなる。それで秘密裏に職人に作らせたのだ。もちろん発注者は私と分からないよう、細工は抜かりはない」
「……お前……そんなことに賢い頭を使うなよ……知将の名が泣くぞ」
 
 どことなく満足げなノクスにリカルドは少しあきれるが、すぐに顔をほころばせる。
 
「でも、まあ、それだけ俺が恋しかったってことだよな!つうか、お前エロすぎだろ」
 
 あっという間にリカルドの機嫌が戻る。ノクスのもとに舞い戻ってくる様はまるで主人に甘える犬のようだ。
 
「なあ、今度これで一人エッチしてるところ見たい。」
「いやに決まっているだろう、この変態。どスケベ」
「いやいや、そういうノクスだってどスケベだろ。こんなおもちゃで遊んでるんだからな」
 にやけながら張形でノクスの乳首を突く。
 
 「うるさい、時間があまりないんだ、遊んでないでさっさとしろ」
  「そうだな。また今度ゆっくり遊ぼうな」
 
 少し名残惜しそうに張形をサイドテーブルに置くと、ノクスの両足を持ち上げる。
バラの香りがする香油を尻に垂らすと、まずは指を二本穴に差し入れてみる。
そこは柔らかく、あまり時間をかけなくても挿入できそうだと確信した。
リカルド2号君様様だな。と心の中で拝みながら、指をもう一本増やしてみる。
 
「……ん……」
 
 足の間から覗いたノクスは期待に満ちた表情を赤く染め上げてリカルドを見つめている。応えてやらないとな。並々ならぬ使命感に、また下の硬度が上がったような気がする。

「大丈夫そうだな。ちょっと動かすぞ」
「あ……う、ん……ああ……」
 
 ノクスの顔を見ながら指を動かしていく。ノクスの口から気持ちよさそうな声が漏れ出る。その声に興奮してリカルドの性器もムクムクと立ち上がっていく。
 
「気持ちよさそうだな。ここか?」
「あ…んっ……!」
 
 知り尽くしたノクスのいいところを指で突いてみる。
 ひときわ大きな声を上げるノクスにリカルドは満足げににやりと笑う。
 ノクスはしまったとばかりに口を抑える。
 
「ここだな。」
「あ、あ…ん……あ……リ、リカルド……そこ……は…あっ……」

 急所を見つけたリカルドは少し激し強めにそこを指で責め立てる。 
 手で抑えた口から気持ちよさそうな声が漏れ出る。
 もっと乱れさせたいとさらにリカルドは指の動きを大胆にする。
 
「あっ、そこ……き、きもちい……」
「ん?気持ちいいか?」
「うん…きもち……いい。気持ちいい…から……早く……」
 
 セックスをしているときのノクスはとても素直で可愛い。
 こういうのをギャップ萌え、というんだろうか。
 ノクスの好きなところはたくさんあるが、中でもセックス中のノクスは上位に来る。
 最初はプライドもあってか、我慢したり減らず口をたたいてばかりだが、気持ちよくなってくると何も考えられなくなり、思ったことがそのまま口に出る。
 付き合い始めた頃は、それを本人は恥じていたが、裸で抱き合っている時点でプライドも何もないんだから、セックスの時くらい素直に気持ちよくなれればいいじゃないかと話してからは割と口にしてくれるようになった。
 ありのままの姿を見せてくれるのは信頼の証だ。
 ただ、喘ぎ声はお前を盛り上げるための演出だと言い張るので、それでいいやとリカルドは気づかない振りしている。
 
 十分に後孔がほぐれ、ノクスの顔が快楽でとろけてくる。そろそろいいかな、と指を引き抜き我慢汁でヌルヌルになっている性器を押し当てる。期待で入口がキュッとしまる。キスをするようにちゅっちゅと亀頭で入口を突くとノクスが体をくねらせる。

「もう……焦らすな……」

 潤んだ目でノクスが睨んでくる。
 それに満足したリカルドはにやりと笑って、性器を蕾にあてがう。
 
「入れるぞ」
 
 ノクスが小さくうなずく。
 ゆっくりと亀頭を中に潜らせていく。
 
「う‥‥あ‥‥ああ………っ」
 
 ノクスの口から声が漏れる。
 ノクスの中は柔らかくリカルドを包み込む。
  全て納めるとリカルドもはあ、と息をつく。

「ゆっくり動くからな。痛かったり苦しかったりしたら言えよ」
「あ、あ……んん……あ……うん……」
 
 足りない、とでも言いたげにノクスの腰が揺らめく。まだ恥が捨てきれていないのか、どうにもぎこちない様が愛らしくて、見つめているとまたもリカルドは昂ってしまう。

 「もっと……強くしてもいい……ぞ……」
「ん?そうか?物足りないか?」
「あっん……!!」
 
 勢いよく腰を引き一気に腰を打ち付ける。
 肌がぶつかり大きな音が鳴ると同時にノクスが甲高い声で鳴いた。
 恥ずかしかったのか自分でも驚いた顔で真っ赤になる。
 リカルドはにやりと笑うと、同じ強さで何度も打ち付ける。自然とリカルドの息も上がる。 
 雄々しい表情にノクスの心臓がときめく。
 
「んっ……うんっ…イイ…気持ち……いい………リカルド…リカルドも気持ち…いい……?」
「ああ、俺も…すげえ良い……やっぱりお前は最高だな……ノクス……」
 
 気持ちよくてどんどんピストンのスピードが速くなる。
いつの間にかノクスの腰も大胆に動き、二人で一緒に絶頂を目指すようにシンクロしていく。ソファがギシギシと音を立てて軋む。
 
「あ、ああ……ん、あ、あっ、あっ…リカルド……リカルド……」
「はっはっ…ノクス……」
 
 あまりに気持ち良くてノクスの目尻に涙がにじむ。
 快楽に流されそうになり、リカルドにすがるように手を伸ばす。
 リカルドは答えるようにその手を優しく握り返し、 さらに体を押し付け抽送を激しくしていく。
 
「あ、あっん、いく…いっちゃう……」
「ああ、俺も……いきそう…だ……」
「あ、あ、ああっん…リカルド出して……中……中に……」
 
 三か月ぶりに思いっきり中にリカルドを感じたかった。
 大の男が堂々と甘えることなんてできないから自重していたが……やはり最後まで深く愛し合いたい。言葉にできない分、これだけで分かってほしい。ノクスはうわごとのように繰り返す。
 
 
「ん?でもお前、この後も…仕事あるだろ……」
「やだ……中に……お前を感じたい……」
「また、夜に……な。いい子にしてたら、いっぱいしてやるから……」
 
 駄々っ子をあやすように頬にキスをすると少し不満げに睨みつけてくる。
しかしその目も涙に潤んでいて可愛いとしか言いようがなかった。
絶頂はすぐそこまできていた。 ノクスの中のうねりに応えるように、さらに激しく打ち付ける。
 
「あ、あっ、ああっん!あぁっ!いく……いっちゃう……」
「ああ、俺も…ノクス……ノクス…!」
「あ、ああっ!!」
 出る寸前でノクスの中から性器を勢いよく抜くと、その刺激でノクスの性器から白濁の液が飛び散る。
 体を大きく折り曲げていたせいで盛大にノクスの顔にかかってしまった。

「うっ……!!」
 
 ほぼ同時にリカルドも射精しノクスの尻を汚す。
  
 脱力したリカルドがノクスの上に倒れこむ。
 しばらく二人の荒い息が部屋に響く。
 傍にあったテーブルクロスでノクスの顔と尻を丁寧に拭く。
 目と目が合うと自然にお互いの顔が吸い寄せられ、ちゅっちゅっと軽いキスを繰り返す。
 
「ノクス、好きだ……愛してる……」
「ああ、私も好き……大好き………」
 
 キスに満足すると、体を入れ替えてノクスを腹の上にのせる。
 リカルドは、 行為自体はもちろん気持ちよくて大好きなのだが、終わった後のこのイチャイチャしている時間を一等大切に思っている。
 ノクスも快感の余韻でぽやっとしていて可愛いし、興奮が冷めない肌のぬくもりが心地よく、幸福感で胸がいっぱいだった。
 ノクスの背中や尻を撫でまわす。
 
「もう一回するか?」
「馬鹿、仕事中だぞ。もう休憩は終わりだ」
 
 そういいつつもノクスも名残惜しそうだ。
 リカルドの唇に軽いキスをすると、首筋、鎖骨、胸へとキスを落としていく。少しくすぐったいが可愛くてたまらない。
 
 ふと、脇腹のあたりでノクスの動きが止まる。
 
「この傷はなんだ?」
 
 ノクスの声から甘さが消える。
 三か月前にはなかった傷だ。
 
「ああ、ちょっと油断してな。かすり傷だ」
 
 見たところもう傷口はふさがっているが裂傷は長くおおよそかすり傷と形容するには深すぎるものだ。
 
「痛むか?」
「いや、もう痛くねえよ」
「……間抜けめ……私の知らないところで傷を作るな」
 
 口では悪態をつきつつもその表情は苦しげだ。労わるように、傷跡にやさしく唇を落とした。
 遠征から帰ってきたときはこうやっていつも傷がないかチェックするのがノクスの癖だ。
 
「悪かったよ。心配かけて」
「別に心配なんてしていない」

 不機嫌にそういうとノクスは体を起こす。
 どうやらイチャイチャタイムは終了なようだ。
  名残惜しそうにリカルドも体を起こし、乱れてしまったノクスの髪を整えてやるために赤い髪ひもを解く。はらりと広がった金髪が美しく色っぽい。改めてみても本当に美しい男だ。
 ノクスはリカルドからの丁重な扱いを、当然だとばかりに背中を見せて髪を結うように促す。リカルドが丁寧に髪を指で梳かす。
 
「騎士だからな。戦闘で傷つくのは仕方ないだろ」
「お前は前線に出過ぎるんだ。指揮官は後方でどんと構えて指示を出せばいい」
「いや、それだと状況把握に時間がかかって無駄な被害を出しかねないだろ」
「指揮官が負傷する方が大きな損害だ。いい加減自覚を持て」
 
 さっきまでの甘い空気はすっかり消えてしまっていたが、いつもの事なので慣れっこだ。
 髪紐できれいに結い上げるとノクスは満足したようにソファから降りて床に落ちた下着を身に着けていく。
 再びごろりとソファに横になったリカルドは、やはりノクスの白い肌には黒いパンティが似合うな、とほぼ紐のTバックの尻をニヤニヤと眺めていた。
 
「おい、いつまでも素っ裸でいないでお前もさっさと服を着ろ」
「はいはい、さっきまであんなに可愛かったのに……」

 ノクスがその辺に散らばった服を適当にまとめて投げてよこすと、リカルドはそれを受け取り、ぼやきつつ下着を履く。
 すっかり服を着こんだノクスは、どう見てもさっきまであんなに乱れたセックスしてたとは思えないほど涼しい顔をしていた。
 リカルドはだらしなくシャツだけを羽織る。まだ性交後のけだるさもあって、肌が汗ばみ、チラリとのぞく胸筋がオスのフェロモンを放っていてとてもセクシーだ。
 こういう仲になって10年以上たつが今でもこういう姿にノクスはときめきを感じる。
 厚い胸板にきれいに割れた腹筋、太い腕はまるで古代の神を象った彫刻のように美しい。
 顔は今はすねた子供のような締まりのない顔をしているが、剣を持った時などは男でも惚れそうになるくらい雄々しくかっこいい。
 実際に惚れているわけだが。
しかし、ノクスは今の子供のような顔もセックス中のニヤついたスケベな顔も、自分に向けられた愛情深く微笑む顔もすべて好きだった。
 いろんな感情を素直に見せてくれるこの男はとても魅力的で、城内の者にも市民たちにも人気が高く、特に女性には異様にモテる。
 ノクスも城下を歩けばそこそこ騒がれるが、庶民出身で親しみやすい分、リカルドとは若干反応が違う。彼と何とかお近づきになりたい、この男の種が欲しいと思っている女性がわんさかいる。
 毛を剃ったくらいでは安心できない。
 だからこそ、何とかして自分につなぎとめていたい。
 そのためなら多少の恥は捨てて破廉恥な下着だってつける。
 自分には女性のような柔らかい胸も尻もない。だから肌の手入れも、髪の手入れもスタイルの維持も、できる努力は惜しまなかった。
 少しでも喜んで欲しい。自分を好きでいて欲しい。
 そのためなら何でもやれる。そのくらいリカルドが好きだった。
 
 こんなに好きな人間はもう一生出会えないと思っている。
 無事に戻ってきてくれて本当に良かった。
 
 騎士の命は主人のためのものだ。いつ命を落としてもおかしくない。実際、何度か危ない目にもあっている。
 だからこそ一緒にいられる1分1秒を大切にしたかった。
 
「う~ん、名残惜しいなあ……」
 
 そう言って眼帯を付け終えたリカルドがノクスを抱きしめる。
 リカルドに包まれ、ふわんと彼の匂いが鼻をかすめると、こちらまで決心が揺らぎそうになっていけない。いやしかし、仕事中なのだ。休憩時間はこれで終わり。
 ノクスがすっと体を離す。
 
「ほら、さっさと自室に戻れ。遠征帰りで疲れもあるだろう。しっかり休養を取るのも仕事の内だ」
「ちぇっ、つれねえなあ」
 
 リカルドはぼやきながら扉に向かう。
 冷たい恋人に後ろ髪を引かれながら廊下に出たところで突然腕を引かれた。その勢いのままノクスに口づけされる。
 どうやら気持ちは同じようだ。応えるようにキスを返す。口内を舐め回し、最後にペロリと分厚い舌で唇を撫ぜてやった。
唇を離すとノクスが少し頬を赤らめながらささやく。
 
「また、夜にな」
 
 その顔が最高に可愛くて、リカルドはすぐに上機嫌になる。
 
「ん、じゃあ、また」
 もう一度軽くキスをして、廊下に出た。
 
 部屋を出たすぐのところに、顔を真っ赤にしたマルセルが立っている。
 少し照れ臭そうにリカルドが頭を掻きながら笑う。 

「あ、見ちゃった?」
「あ、いえ……み、見てません!何も見てません!」
 
 マルセルが必死にごまかすが、その反応から見られていたのは明らかだった。
 
「ノクスには内緒な。バレたら俺がめちゃくちゃ怒られるから」
「は、はい……。それにしてもお二人は本当に仲がよろしいですね。僕にはまだそういう相手がいないのでとてもうらやましいです」
「ふふ、お前にもそのうちできるさ。いいぞ、好きな相手がいるってのは。人生が何倍も楽しくなる。……まあ、心配事も増えるけどな」
「そうなんですね。僕も早く見つけたいです」
 嬉しそうなリカルドを見ているとマルセルも嬉しくなってくる。
 もちろん、敬愛するノクスも幸せそうだとさらに嬉しい。
 
「あ、そういえば」
 
 とマルセルが声を出す。
 
「ミュラー少佐が後でリカルド様の自室を訪ねる、とおっしゃっていました」
「へえ、アレクが。なんだろ?伝言ありがとな」
「いえ。これが僕の仕事ですから」
「あ、あといつもノクスのそばにいてくれてありがとな。これからもあいつをよろしく頼む」
「もったいないお言葉、痛み入ります……!」
「じゃあ、邪魔したな」

  そういって頭をくしゃりとなでると、リカルドは自室のある方へ歩いていく。
 マルセルは感動とあこがれに満ちた目でその背中を見送った。
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