三十路でDTだった俺が気が付いたらサキュバス♂と同棲してました。

shino

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第一話 サキュバス童貞を食う

第一話 サキュバス童貞を食う(1)

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   11月――――
 
 観測史上最高気温をたたき出した夏がいつの間にか過ぎ去った。
 秋の心地よさを感じる間もなく、街には冷たい風が吹いている。
 陽が落ちるとさらに気温は下がり、そろそろ冬物を出さないとなと思いつつリカルドは薄いジャケットの前を締め家路を歩いていた。
 
 今日の仕事はトラブル続きで、いつも長引き、すでに20時を回っている。
 リカルドは18歳のころから老人介護施設の介護福祉士をしていて、今年で30歳になる。
 今日は夕方に軽い認知症のある利用者が行方不明になり、スタッフ総出で近所を探し回ったのだった。
 日が暮れかけた時、近所の住宅街をさまよっていた彼女を発見し、ホッとして介護施設に戻ったころにはとうに早番の就業時間を過ぎていた。

 でも、怪我とかなくてホントに良かった。
 この寒さだし、長時間外に居たら大変なことになっていたかもしれない。
 
 緊張感から解放され一気に疲れが襲い掛かり、体が重い。
 
 介護士の仕事は人とかかわる仕事で、その上、行動が予測不能だったり、年を取っている分頑固だったりとなかなかマニュアル通りにはいかない。
 だが、人から感謝されたり、いろんな人と関われるこの仕事がリカルドは好きだった。
 
 リカルドは日本生まれの日本育ちで中身はごく普通の日本人なのだが、インド人の母と、会ったこともないおそらくイタリア人の父の遺伝子によって、明るい褐色の肌に緑の瞳、彫りの深い顔立ちをしている。
 また、整えた顎髭と180㎝を超える長身は、学生の頃からの習慣になっているランニングと筋トレのおかげでかなりマッチョな体格をしていて、初めて会う人からは大抵怖がられる。
 しかし、一度話せば、その陽気な性格と目じりの垂れた優しい笑顔に安心する者も多い。
 いつも束ねている少し長めのくせ毛や学生時代から10年以上使っている大き目の黒縁眼鏡も雰囲気を親しみやすくすることに一役買っていた。
 
 こんな疲れた日はさっさと帰って彼女に癒してもらおう。

 彼女の可愛い笑顔を思い浮かべるとウキウキと心が躍り、リカルドの重かった足取りが軽くなる。

 そこの角を曲がれば自宅が見えてくる。
 5歳の時から住んでいる築40年のボロアパートだが、亡くなった母との思い出がたくさん詰まった大事な我が家だ。
 
 物心がついてからもう20年以上通った道。
 角の先には、いつから放置されてるか分からない錆びた自転車、伸びきった生垣、小さな花壇には家の家主が植えたのだろう季節の花が、水やりを忘れたのか元気なく萎れかかっている。
 そんないつもと同じ風景が広がっているはずだった。
 
 しかし、その日はいつもと違っていた。


「…マジか…救急車呼ぶべきか…?」

 角を曲がった先に人が伏せて倒れていた。
 
 170㎝以上はあるだろうか、スラリとした体格に肩や手の感じからするとおそらく男性だろう。
 長いストレートの金髪に、高そうなトレンチコート。
 駅から徒歩20分以上も離れた下町風情の残る住宅街には到底似つかわしくない人物だ。

 「もしかして酔っぱらいか?」

 とリカルドは思ったが、ここの近くには飲み屋どころかコンビニすらない。
 もし急病だったら大変だとリカルドは思い直して男性に駆け寄り声をかける。

「ええと、大丈夫ですか?!」

 返事はない。
 様子を見るために彼の体を表に返してからリカルドは目を見張った。
 
 金髪の鮮やかさから染めたのではなく地毛かなとは思っていたが、思った通り、欧米人のようだ。
 陶器の様な白い肌にすっと筋の通った高い鼻、薄い唇は体調不良のせいか青ざめ、少し荒れてはいるが綺麗な形をしている。
 閉じられている目は金色の長いまつ毛に縁どられ、苦しそうに寄せられた眉もすっと整っている。
 そのすべてのパーツが計算されたように完璧な配置で小さな顔に収まっている。
 
 整いすぎていて人間じゃないみたいだ。
 
 しばらく驚いていたリカルドだが、すぐに彼の状態のことを思い出して、慌てて呼吸と脈を確認する。
 介護福祉士の仕事をしているリカルドにとって脈をとるのはお手の物だ。
  
 息はあるし、脈は少し弱いけれどすぐに応急処置が必要な状態ではなさそうだ。
 意識の確認をしようとリカルドは声をかけながら彼の頬を軽く叩く。

「おーい、大丈夫ですか?」
 
 ぺちぺちと何度か叩くと金色のまつ毛が震えゆっくりと眼が開く。 ブルーサファイアのような美しい瞳がぼんやりとリカルドを見返してきた。
 目を開くと完璧に作られた人形のように美しい。

「あ、良かった気が付いた。大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」

 青年は相変わらずぼんやりとしていて反応が薄い。
 
「あ、もしかして、日本語分かんない?俺、あんまり英語得意じゃねえんだけど‥‥ええと、キャンナイスピークイングリッシュ?」

 その問いかけにも青年はリカルドを見つめ返すだけで返事はなかった。
 
「やっぱ、救急車呼んだほうがよさそうだな…」
 
 電話を掛けようとリカルドが腰のポケットからスマホを取り出そうとすると、青年の白い手がそれを掴む。

「必要……ない……」

 彼の顔にぴったりの美しいテノールが弱弱しく口から漏れる。
 たった一言だが訛りのない美しい日本語だった。
 日本語は通じているようだ。
 
「でも、倒れてただろ。ちゃんと病院で見てもらった方がいいって」

 彼の口調につられてため口になってしまったが、見たところ自分より少し若いか同じくらいだから問題ないだろうと、リカルドはスマホを取り出す。

「…病院は…行っても意味はない…それよりも何か食わせてくれ……」
「え?!もしかして腹が減って動けなかったのか?!」

 まさかこの現代日本で、しかもこんな身なりの良さそうな若者が倒れるほど食べれないことがあるのだろうか?
 
 もしかして新手の詐欺か何かか?とリカルドの頭に疑念が浮かぶ。
 しかし、彼の顔色は相変わらず真っ青で、声も弱弱しく、演技にしては真に迫り過ぎている。
 
「それだったら、それこそ病院で点滴でも打ってもらった方が良くないか?」
「いや…点滴では私の体は回復しない……食事をすればすぐ良くなる……」

 首を振る青年の顔があまりに蒼白で必死だったので、もしかしたら何か病院に行けない何か事情があるのかもしれないとリカルドは思った。
 
 保険がないとかビザがないとか?
 
 リカルドは生来の楽天的思考で、詐欺だったらまたその時に考えればいいかと、救急車を呼ぶのはやめてスマホをポケットにしまう。

 「分かった、じゃあなんかコンビニで買ってきてやるから、ここで待ってろ」

 そう言って立ち上がろうとするリカルドの腕を再び青年が掴む。

「いや…出来ればお前の家で…温かいものが食べたい…」

 
 必死の様子で訴える青年に再びリカルドが警戒する。

 家に来たがるの、ちょっと変じゃないか?
 もしかして押し入り強盗とか…?

 とはいえ、リカルドのオンボロアパートには大して価値があるものはない。
 それに相手は身長はあるが細身で、最悪体格差で何とかなるかとリカルドは思い直す。

「わかった。つっても、俺んち大した物ねえぞ。それでもいいか?」
「ああ、構わない……。恩に着る」

 見た目に似合わず変わった喋り方をするな、もしかしたら日本語の先生の教え方がおかしかったのかもしれないとリカルドは思い、彼を脇から抱え上げ、肩を担ぐ。
 身長がある分、いつもサポートしている老人たちとは重さが違った。

「歩けるか?無理ならおんぶするけど?」
「いや…少しなら歩ける……」
「分かった。俺んちすぐそこだから」

 ゆっくりとした彼の足取りに合わせて、リカルドはいつもの放置されたボロ自転車を横目に我が家へと向かった。
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