星に願いを、私は歌う

椿 咲

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第一部 眠り姫と星の夢

彼女は傍観者

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「‥‥まったく、もう少し食べて欲しいわ」


主人のいなくなった部屋に、リィランの溜息が響く。

先ほどまでテーブルに大人しく座って朝食を食べていた少女は、すでにこの城の図書室へ向かった後だ。



1カ月前、アシュレイ殿下が自ら抱えられてやってきた彼女を、リィランは観察している。

少女の名を、ニカと言った。

初めてこの城に来たとき、アシュレイの腕の中で気を失っていた少女は、クマ柄のパジャマを着て、足にはサンダルと、おかしな格好であらわれた。

身長がさほど小さいわけでもないのに、身体はとにかく薄っぺらく、凹凸のなさから、10歳ぐらいの子どもなのだろうと、侍女のあいだで勝手に年齢を判断し、着るものも全て可愛らしいものをあてがって、お菓子を与えた。

着替え終えた後は、鏡の前で嫌そうにかおを引きつらせて、何がそんなに嫌なのかリィランにはまったくわからなかった。

それほどニカは愛らしかったのだ。

丸いくりっとした黒目に、長い睫毛。
薄桃色の頬は、笑うと花のように可憐になる。

リィランを筆頭に、というのができたのは言うまでもない。

ある日同僚の、エリーナが

「ニカ様って、本当は何者なのかしらね。歳だってあたしたちが、勝手に10歳ぐらいと思ってるだけだし」

最近、城の散策で忙しいらしい彼女が不在に、掃除しながら首を傾げていた。

確かにそうなのだ。

アシュレイは、彼女を連れてきたままその後音沙汰をなくした。
その理由も、病気を患った妹君エステリーゼ姫が、ニカがあらわれたその日1度目覚めたことにも関係しているのだろうと思う。

だから侍女たちは皆、この少女が何者なのかわかりかねているのだ。

とくたびにサラリと零れ落ちる艶のある黒髪、透き通るような素肌は、よく手入れされている。
あかぎれなど一つもない指先は、ニカがそこそこ裕福な暮らしをしているのだろうとわかった。
その割に、入浴など、着替えもそうだが、手伝うのを嫌がった。
貴族の子女しじょならば、それが普通のことなのにだ。

考えたら考えるほど少女の正体がわからなくなってきた頃、ニカの方から動きがあった。

本が読みたいと言ったニカに、リィランは何冊か本を用意して渡した。

彼女はありがとうと受け取ったものも、表紙を見て眉をひそめたまま、考え込んでしまった。

本が気に入らなかったのだろうか、気になったリィランは自分から声をかけた。

「気に入りませんでしたか?でしたらまた明日にでも別のものを用意いたします」

「あ、や!違いますから!気に入らないとか、気にいるとかの問題じゃなくてですね‥‥」

首をブンブン振りながら否定したかと思うと、本を見て、リィランを見てと、5回ほど繰り返しただろうか。
意を決したように、口を開いた。



「私、何歳に見えますか?」



「‥‥‥え、」



「私は15歳なんです。‥‥さすがには読めません‥」



「‥‥‥‥。」



その後、現在に至る。

まさか彼女が15歳の少女だったなんて、と驚きはしたものも、どこかリィランは納得した。

ヒラヒラのレースいっぱいの子ども向けのワンピースを着せて、嫌そうにしたあの時。

お菓子や、ジュースを与えれば喜んだものの、どこか納得していなさそうな顔。

そして極め付けは、考えにふけている時に見せる、大人びた横顔。

よくよく考えれば、15歳の少女なのだ。

落ち着いた態度も、10歳なわけがない。

それにしても15にしては凹凸の少ないニカを心配しない時はない。
だから、いつも朝食を抜く彼女を無理に呼び止めて、食べさせたのだ。

だが結果はリィランの惨敗だ。

とりあえず今日は許してあげようと思う。

なぜって、テーブルの上を片付けながら、リィランは空になった小皿を持ち上げる。

それは、カボチャの入った手のひらサイズのミニグラタンだった。

他のものはさほど手付かずなのに、これだけはきっちり残さず食べられていた。

グラタンを口にした時、彼女は泣きそうに顔を歪めて、リィランは戸惑った。

もう一度口に運んだら、へにゃりと下手な笑顔を向けてきて、

「リィランさん。‥これ、とっても美味しいです」

けれど、心の底からの言葉だったと思う。

美味しい、そうまた呟いたかと思うと、あっという間に食べてしまった。

だから、他のものを食べずに出て行ってしまったニカを、引き止めることなんて、リィランにはできるわけなかったのだ。

「今日だけですよ。ニカ様」

明日からは、きちんと食べてもらいます。

とりあえず、カボチャのグラタンは週2回はメニューに入れるように、シェフに伝えに行くことにする。



【ニカ様を愛でる会】は今日も活動中。



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