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第一章 七歳の決断
#22:街を荒らす三銃士 - 3
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「鍛冶屋! オレ様のためにカッコいい剣を作るのだ!」
偉そうな声で直ぐに居場所は確定した。
鍛冶屋の前に三人の子供が偉そうに立ちふさがり、店主の老人に向かって指を差し、偉そうに指図している。
店主はやれやれと呆れた顔を向け、手をひらひらと振った。
「帰れ、腕白小僧めが。貴様らのような子供が剣を持つだと? 笑わせるな」
「何っ! 貴様、我ら三銃士をグロウする気かっ!」
「誰だろうと子供と遊んでる暇はないんじゃ。帰らないと衛兵を呼ぶぞ?」
「何たるブジョク! これははんぎゃくざいだ! やっちまえー!」
何かのごっこ遊びかと思いきや、三人の悪童たちは手に持った木の棒で老人を殴り始めたではないか。本気で殴っていないとはいえ、やることが乱暴だ。
シュテラは慌てて近くまで駆け寄ると、胸いっぱいに息を吸った。
「やめろーーーーー!」
渾身の叫びは大気を震わせ、三人の子供たちは悪いことをしている自覚とあまりにも突然の出来事に木の棒を落とした。
「う、うっせえっ! な、何なんだオマエっ!」
「あんたこそ何!? 子供が三人も揃っておじいさんを殴るなんて!」
「ただの遊びだろ!? 大体オマエこそそんなマントをつけて、騎士の真似事か?」
三人の悪童は腹を抱えて笑う。
シュテラは肩を震わせ、顔を真っ赤にした。自分をバカにされるぐらいならともかく、オリビアからもらったマントにケチを付けるのだけは我慢ならないのだ。その結果──
「真似事じゃない……! わたしは騎士そのものよ!!」
しまった、と思った時にはもう遅い。勢いでとんでもない大嘘をついてしまった。
そのせいで、何事かと周りの大人たちが集まり、シュテラ達の周りにギャラリーが出来てしまった。
「ふん。そこまで言うなら決闘だ。……おい、アイツに棒をくれてやれ」
小さい方の子供がシュテラに棒を投げつけた。それも、放り投げるのではなく、真っ直ぐ勢いを付けて。
シュテラは噛みつく蛇の鎌首を捕まえるがごとく、横から棒を掴みとった。
「やるじゃん。……けどな!」
リーダー格の少年はニヤリと笑い、棒を構えた。
「投げた棒を掴んだら、そいつは決闘を受けたってことだ。オマエはもう逃げられねーぜ」
「……フン! 別にいいわよ。わたしは今、すっごく怒ってるんだから!」
シュテラが構えたその時、目の前の少年はいきなり攻撃をしかけてきた。合図などお構いなしだ。
「卑怯者!」
だが、シュテラもその攻撃をきちんと受け止める。
剣の稽古は付けてもらったことがないが、彼女には並外れた運動能力と動体視力があった。
「ちっ! なんだこいつ!」
相手も易々と殴らせてくれないことが分かると、一旦距離を置いた。まるで大きな岩を相手にするかのようだ。
「どうしたの? もう終わり?」
シュテラは棒を相手に向けて挑発する。
気の強い少年は目つきが変わった。
「……後悔するぜ!」
今度は大きく跳び上がって両手で棒を降り下ろす。渾身の一撃だ。
しかし、シュテラはそれを棒を持った片手で軽く受け止め、後方へと押し返した。
「な、なんだあっ!?」
少年はたじろいだ。相手は自分よりも幼い子供──しかも女だというのに、何故攻撃が通用しないのか。
──しかし。
「すげーなあの穣ちゃん! 本当に騎士の候補になれるんじゃないか!?」
「あれだけの攻撃を片手で防ぎやがった! 相当な腕力だ!」
端から分析する大人たちに気付いたシュテラは、しまった、と我に返る。
ここはもう、サイラスの領土ではない。シュテラの怪力が噂になってしまったら、サイラスとの約束を破ることになる。
「このやろー! よそ見してんじゃねーっ!」
今度は完全に油断した。
シュテラが気付いた時には既に少年の棒が目の前にあった。
§
「……をするー! はーなーせー!」
シュテラが目を開けると、まず目に飛び込んだのは襟元を掴まれて宙づりにされている少年の姿だった。
額がズキズキと痛む。割れそうなぐらいに痛い。
「まったく! 何をしているんですか、あなたは!」
少し顔を傾けると、今までにない険しい顔をしたエーラがそこにいた。心なしか、少し涙ぐんでいるように見える。
「……エーラ……さん」
「話は聞きました。本当に莫迦な真似をしましたね!」
「……ごめんなさい……」
もう一度少年の方に目を向けると、偶然にも視線が合ってしまった。
「おい、ちょっと下ろせ!」
少年は衛兵に向かって偉そうな口を利いた。
「そう言って逃げるつもりでしょう!?」
「にげねーから!」
「逃げても無駄ですけどね」
ぱっと手を離されると、少年は直ぐにシュテラに駆け寄った。
何をするんだろう、と思いながらも、シュテラはじっと少年を見据える。
エーラはその様子を見守りつつ、不測の事態に備えていつでも動けるようにした。
ところが──
「オマエ、名前は何て言うんだ?」
少年はただ、名前を訊いた。
シュテラは一度、エーラに視線を送る。エーラは困ったような表情をしたが、軽く頷いた。
「……シュテラ。シュテラ=エスツァリカ」
「オレはノエルだ。オマエの名前、覚えといてやるから……その、覚えとけよ!」
それだけ言うと、シュテラを跨ぐように飛び越え、そのまま逃げ去った。
「あ! 待て!!」
慌てて衛兵が追いかけるが、少年は人垣を素早くかき分けて川の方へ逃げていく。人垣がさっと開かれても、その頃には少年の姿は見当たらなかった。
そういえば、とシュテラが見渡すと、あとの二人もいつの間にか逃げてしまったらしい。
「……なんか、とてもすばしっこいヤツだね」
そう言って苦笑する。
血がボタボタと流れていることにまったく気付かないシュテラの額に、エーラは井戸水に冷やしたハンカチを当てた。
シュテラは痛みに顔をしかめ、酷い怪我をしたのだということを改めて認識させられた。
「……はぁ。この一連の事件が凶と出なければいいのですが……」
「え?」
「何でもありません」
エーラはシュテラを抱えて立ち上がる。
「ところで、何でエーラさんがここに?」
「もう材料を揃えましたから」
日はだいぶ昇っていた。あれから結構な時間が経っていたのだ。
「……ごめんなさい」
シュテラはもう一度弱々しく謝った。
部屋で留守にしろと言われたこと、目立つなと言われたこと──約束したはずのあれこれを全て破ってしまったことに深く反省した。
だが、シュテラは隠し通路のことだけは打ち明けなかった。言ったらノエルが大変なことになる──そんな気がしたからだ。
(乱暴なヤツだけど、どこか憎めない感じがするんだよなぁ)
本気でやり合えばノエルには簡単に勝てただろう。
しかし、シュテラは一瞬だけ目撃していた。最後に殴られる瞬間、ノエルがしまった、という顔をしていたのを。
どうやら、本気で当てるつもりはなかったらしい。
「エーラさんは、あの子を見たことある?」
「ええ。いつも騒ぎばかり起こしている子です」
「そう。有名なんだ……」
その後、エーラは城の客室でシュテラの頭に軽く包帯を巻いて応急処置をし、驚く宮廷医師と共に雷獣エフィリオの背に乗った。
最初、エフィリオは嫌がったが、サイラスのためであることを説得すると渋々その背に乗せた。三人──それも騎士でもない者が二人など、エフィリオにとっては異例、且つ、雷獣としての威厳を傷つけられるような気がしていた。
「いやあ、子供はこうでなくちゃならんな。はっはっはっ!」
……などと笑うケイネスの前で、エーラはシュテラ以上の頭痛を感じていた。
(笑い事で済むならいいんですけどね)
サイラスにどう説明すればいいのやら。
帰路の途中、エーラの口からは溜め息しか出なかった。
偉そうな声で直ぐに居場所は確定した。
鍛冶屋の前に三人の子供が偉そうに立ちふさがり、店主の老人に向かって指を差し、偉そうに指図している。
店主はやれやれと呆れた顔を向け、手をひらひらと振った。
「帰れ、腕白小僧めが。貴様らのような子供が剣を持つだと? 笑わせるな」
「何っ! 貴様、我ら三銃士をグロウする気かっ!」
「誰だろうと子供と遊んでる暇はないんじゃ。帰らないと衛兵を呼ぶぞ?」
「何たるブジョク! これははんぎゃくざいだ! やっちまえー!」
何かのごっこ遊びかと思いきや、三人の悪童たちは手に持った木の棒で老人を殴り始めたではないか。本気で殴っていないとはいえ、やることが乱暴だ。
シュテラは慌てて近くまで駆け寄ると、胸いっぱいに息を吸った。
「やめろーーーーー!」
渾身の叫びは大気を震わせ、三人の子供たちは悪いことをしている自覚とあまりにも突然の出来事に木の棒を落とした。
「う、うっせえっ! な、何なんだオマエっ!」
「あんたこそ何!? 子供が三人も揃っておじいさんを殴るなんて!」
「ただの遊びだろ!? 大体オマエこそそんなマントをつけて、騎士の真似事か?」
三人の悪童は腹を抱えて笑う。
シュテラは肩を震わせ、顔を真っ赤にした。自分をバカにされるぐらいならともかく、オリビアからもらったマントにケチを付けるのだけは我慢ならないのだ。その結果──
「真似事じゃない……! わたしは騎士そのものよ!!」
しまった、と思った時にはもう遅い。勢いでとんでもない大嘘をついてしまった。
そのせいで、何事かと周りの大人たちが集まり、シュテラ達の周りにギャラリーが出来てしまった。
「ふん。そこまで言うなら決闘だ。……おい、アイツに棒をくれてやれ」
小さい方の子供がシュテラに棒を投げつけた。それも、放り投げるのではなく、真っ直ぐ勢いを付けて。
シュテラは噛みつく蛇の鎌首を捕まえるがごとく、横から棒を掴みとった。
「やるじゃん。……けどな!」
リーダー格の少年はニヤリと笑い、棒を構えた。
「投げた棒を掴んだら、そいつは決闘を受けたってことだ。オマエはもう逃げられねーぜ」
「……フン! 別にいいわよ。わたしは今、すっごく怒ってるんだから!」
シュテラが構えたその時、目の前の少年はいきなり攻撃をしかけてきた。合図などお構いなしだ。
「卑怯者!」
だが、シュテラもその攻撃をきちんと受け止める。
剣の稽古は付けてもらったことがないが、彼女には並外れた運動能力と動体視力があった。
「ちっ! なんだこいつ!」
相手も易々と殴らせてくれないことが分かると、一旦距離を置いた。まるで大きな岩を相手にするかのようだ。
「どうしたの? もう終わり?」
シュテラは棒を相手に向けて挑発する。
気の強い少年は目つきが変わった。
「……後悔するぜ!」
今度は大きく跳び上がって両手で棒を降り下ろす。渾身の一撃だ。
しかし、シュテラはそれを棒を持った片手で軽く受け止め、後方へと押し返した。
「な、なんだあっ!?」
少年はたじろいだ。相手は自分よりも幼い子供──しかも女だというのに、何故攻撃が通用しないのか。
──しかし。
「すげーなあの穣ちゃん! 本当に騎士の候補になれるんじゃないか!?」
「あれだけの攻撃を片手で防ぎやがった! 相当な腕力だ!」
端から分析する大人たちに気付いたシュテラは、しまった、と我に返る。
ここはもう、サイラスの領土ではない。シュテラの怪力が噂になってしまったら、サイラスとの約束を破ることになる。
「このやろー! よそ見してんじゃねーっ!」
今度は完全に油断した。
シュテラが気付いた時には既に少年の棒が目の前にあった。
§
「……をするー! はーなーせー!」
シュテラが目を開けると、まず目に飛び込んだのは襟元を掴まれて宙づりにされている少年の姿だった。
額がズキズキと痛む。割れそうなぐらいに痛い。
「まったく! 何をしているんですか、あなたは!」
少し顔を傾けると、今までにない険しい顔をしたエーラがそこにいた。心なしか、少し涙ぐんでいるように見える。
「……エーラ……さん」
「話は聞きました。本当に莫迦な真似をしましたね!」
「……ごめんなさい……」
もう一度少年の方に目を向けると、偶然にも視線が合ってしまった。
「おい、ちょっと下ろせ!」
少年は衛兵に向かって偉そうな口を利いた。
「そう言って逃げるつもりでしょう!?」
「にげねーから!」
「逃げても無駄ですけどね」
ぱっと手を離されると、少年は直ぐにシュテラに駆け寄った。
何をするんだろう、と思いながらも、シュテラはじっと少年を見据える。
エーラはその様子を見守りつつ、不測の事態に備えていつでも動けるようにした。
ところが──
「オマエ、名前は何て言うんだ?」
少年はただ、名前を訊いた。
シュテラは一度、エーラに視線を送る。エーラは困ったような表情をしたが、軽く頷いた。
「……シュテラ。シュテラ=エスツァリカ」
「オレはノエルだ。オマエの名前、覚えといてやるから……その、覚えとけよ!」
それだけ言うと、シュテラを跨ぐように飛び越え、そのまま逃げ去った。
「あ! 待て!!」
慌てて衛兵が追いかけるが、少年は人垣を素早くかき分けて川の方へ逃げていく。人垣がさっと開かれても、その頃には少年の姿は見当たらなかった。
そういえば、とシュテラが見渡すと、あとの二人もいつの間にか逃げてしまったらしい。
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そう言って苦笑する。
血がボタボタと流れていることにまったく気付かないシュテラの額に、エーラは井戸水に冷やしたハンカチを当てた。
シュテラは痛みに顔をしかめ、酷い怪我をしたのだということを改めて認識させられた。
「……はぁ。この一連の事件が凶と出なければいいのですが……」
「え?」
「何でもありません」
エーラはシュテラを抱えて立ち上がる。
「ところで、何でエーラさんがここに?」
「もう材料を揃えましたから」
日はだいぶ昇っていた。あれから結構な時間が経っていたのだ。
「……ごめんなさい」
シュテラはもう一度弱々しく謝った。
部屋で留守にしろと言われたこと、目立つなと言われたこと──約束したはずのあれこれを全て破ってしまったことに深く反省した。
だが、シュテラは隠し通路のことだけは打ち明けなかった。言ったらノエルが大変なことになる──そんな気がしたからだ。
(乱暴なヤツだけど、どこか憎めない感じがするんだよなぁ)
本気でやり合えばノエルには簡単に勝てただろう。
しかし、シュテラは一瞬だけ目撃していた。最後に殴られる瞬間、ノエルがしまった、という顔をしていたのを。
どうやら、本気で当てるつもりはなかったらしい。
「エーラさんは、あの子を見たことある?」
「ええ。いつも騒ぎばかり起こしている子です」
「そう。有名なんだ……」
その後、エーラは城の客室でシュテラの頭に軽く包帯を巻いて応急処置をし、驚く宮廷医師と共に雷獣エフィリオの背に乗った。
最初、エフィリオは嫌がったが、サイラスのためであることを説得すると渋々その背に乗せた。三人──それも騎士でもない者が二人など、エフィリオにとっては異例、且つ、雷獣としての威厳を傷つけられるような気がしていた。
「いやあ、子供はこうでなくちゃならんな。はっはっはっ!」
……などと笑うケイネスの前で、エーラはシュテラ以上の頭痛を感じていた。
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