ランペイジ!~国を跨いだ少女の騎士道物語~

杏仁みかん

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第一章 七歳の決断

#18:城の中の城 - 1

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 背に黄金の朝日を受けたシュテラは、あまりの眩さに目を開けた。
 いつの間にエフィリオの首もとに顔を埋めて眠っていたのだろう。ガチガチに固まった体をほぐすべく伸びをする。

「起きましたか、シュテラ」

 眩しさを堪えて振り返ると、エーラは昨晩に比べて少し疲れた顔をしていた。エフィリオが間違った方角へ飛ばないよう、寝ずの番をしてくれていたのだ。

「ご、ごめんなさい、エーラさん! わたし、ずっと起きていようと思っ……」

 はっとしたシュテラがあわあわと謝ると、エーラはその口を人指し指でそっと塞いだ。

「いいのですよ。あなたが眠らなければ私も安心出来ませんでした。城下町で宿をとる予定はありませんのでね」
「ケイネスさんを連れたら直ぐに戻るの?」
「ええ。そのつもりです」

 シュテラは少しばかりがっかりした。せっかく初めての城下町だというのに、ゆっくりもしていられないのだ。
 そんな分かりやすくて正直な落胆を見たエーラは、シュテラのふわふわした金髪を優しく撫でた。

「城下町……いや、今は城郭都市と言った方がいいでしょう。『アルカストル』へは、いずれ頻繁に来ることになりますよ」
「それ、どういうこと?」
「あそこには様々な技術が結集しています。学ぶにはとても最適な場所なのです」

 城郭都市アルカストルの噂は、いくらかサイラスやオリビアから聞いていた。シュテラが住む街よりもずっと大きな街で、地上からはどんな屋根も伺えないほど大きな城壁に囲まれた都市なのだと。

「エーラさんは最近サイラス騎士団に入ったみたいだけど……それまではずっとアルカストルにいたの?」
「ええ」

 エーラは少しばかり目を細めた。

「不思議ね。それだけ大きな街にいたのに、どうしてお義父様の騎士団に入ったの?」
「その話は、いずれサイラス殿が話してくれます。でも、その前にあなたはきちんとした進路を決めなくてはなりませんよ」

 まるで母親が子供を諭すように話すエーラに、シュテラは素直に「はい」と恥ずかしそうに俯いた。

(進路かあ……)

 シュテラは昨日、マリアーナやエドワードと話していたことを思い出した。
 たった一日前のことだというのに、ずっと昔の話に思える。それだけあの二人と離れた所に来てしまったんだと気付くと、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさと、いつか二人と離れなければならなくなるのではという一抹の不安を感じた。

「わたしがアルカストルに来たら、マリィやエドと離ればなれになるのかしら……」
「その可能性は低いですよ、シュテラ」

 エーラはきっぱりと即答した。

「どうして?」
「どんな道を進むにしろ、あのレディ=オリビアの子供たちです。今は都市学校に通わせていますが、いずれは自分の田舎町を選ぶより、もっと大きな街で学問を学ばせようとするでしょう」

 エーラの遠慮のない物言いに、シュテラは苦笑した。
 基本的に放任主義とはいえ、礼節に関しては人一倍うるさいオリビアなのだ。なるべく王宮に近いところできちんとした礼節を磨いて欲しいと考えるだろう。
 しかし、サイラスとの衝突もあって、マリアーナは騎士学校へ進学することを許されなかった。結果、オリビアがギリギリ認める都市学校で落ち着いたわけだが、騎士への道を一歩遅らせることになったのも事実である。

「エーラさんってお義母様のこと、よく知ってるのね」
「直接の面識はありませんでしたが、サイラス殿とは長い付き合いですから。そういうわけなので、シュテラは何の心配も要りませんよ」
「でも、お義父様やお義母様に会う機会も減るわ」

 サイラス騎士団は地方の騎士団だ。屋敷を持っているし、小さな領土をも束ねている。サイラスがアルカストルに来ることは滅多にないだろう。

「それは仕方のないことです。とはいえ、今生の別れでもないですから、休みの日に戻ればいいだけの話ですよ」
「その度にあの宿に泊まるの? イヤだよう……」
「本当にしょうがないですね」

 エーラは苦笑した。

「思い出して下さい。あなたは一人でグリュプスを倒したんですよ?」
「う……それは……そうだけど」

 シュテラにとって恐怖を感じているのは巨大な怪物などではなかった。恐ろしいのは、自分たちと同じ種であるヒトを騙し、平気で傷つける悪い人間たちである。
 そう感じてしまうのは、本人は気付いてもいないが、半年前のあの日、母を死に追いやった戦が主な原因だった。南北の兵士が何の前触れもなく挟み打ちにするように現れ、村なんてそこになかった、とでも言うように突然戦を始めたのだ。
 シュテラは母と共に家に隠れ、目の前で同じ村人を含めた多くの人が無惨に殺されていく風景を目の当たりにしていた。
 貧しくも平和だった日々は一瞬にして途絶え、気付けば家を潰され、知らぬ間に意識を失い、別れる素振りすらないまま母までも失ってしまった。
 もし、あの時にシュテラが気絶していなかったら、自分の母親の死に様を見て絶望に耐えられなかっただろう。そればかりは皮肉にも幸運と呼ぶ他なかった。

「まぁ、途中に泊まる宿は他にもあるでしょう」

 そんな心情を知ってか知らずか、エーラはこれ以上シュテラを困らせないよう言葉を選んだ。

「朝ごろ飛び立てば、もう少しいい宿場町に泊まれたのですから」
「なあんだ、そっかあ」
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