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第一章 七歳の決断

#15:勇気をこの手に - 1

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 夜の酒場は子供が出入りするところではないので、シュテラは借りたボロ部屋で待ち、エーラが食事を盆に乗せて運んできた。
 食事、と言っても一般家庭で食べるような夕飯ではない。酒場から持ってくるモノだけに、中身は塩辛いおつまみばかりだ。
 とはいえ、パンにソーセージにチーズ、ぶどうといったディナーは、昼をおやつの干し肉だけで過ごし、ろくに夕飯を食べていなかったシュテラにとって、とても魅力的な食事に違いなかった。
 シュテラはごくりと一つ喉を鳴らすと、騎士の娘としての食事のマナーすらも忘れ、貪るように食べ始めた。

「少しばかり辛いのではないですか?」

 呆れたような驚いたような顔をするエーラに、シュテラは頬をいっぱいに膨らませたまま笑顔で首を振る。

「故郷で食べた料理は、こんな風に味付けの濃い料理が多かったの。何だか懐かしい味」
「なるほど。そうなんですね」

 エーラは確信し、納得した。先程聞いてきたのだが、この宿の主人はあの北の霊峰近くの出身だという。サイラスから聞き及んでいたシュテラの故郷も、やはりその付近の国境地帯にあった。
 ああいった山の痩せた畑には、芋やライ麦といった耐寒性の強い作物を育てるしかない。それでも冬場の足りない食糧を補うためには、保存の利く食べ物が必要だ。例えば、塩漬けし、香辛料で風味付けした燻製肉──すなわち、ソーセージやベーコンなどが挙げられる。

 シュテラは黙々と食事をしながら、遠い目をどこかに向けていた。そうしているうちに、いつの間にかボロボロと涙を零し始めた。驚いたのは他でもない、シュテラ自身である。

「あ、あれ? どうしちゃったんだろう、わたし」

 お腹は満たされていくというのに、代わりに胸が空っぽになっていくような気分。それが懐郷の念によるものだと自覚すると、堰を切ったようにわっと大声で泣き始めた。

「ごめんなさい、シュテラ。私が余計なことを訊いてしまったばかりに」

 責任を感じたエーラがシュテラを自分の胸元に抱き寄せると、シュテラは小さく頭を横に振った。

「もう、失くしたくない! お母さんのように、お義父様までいなくなっちゃうのはイヤよ!」
「分かっています。……さあ、食事を済ませたらもう寝ましょう。明日は早いのですから」

 ほどほどに腹を満たしたところで、シュテラはミルクで喉を潤し、軋むベッドで横になった。
 エーラは薄い毛布をシュテラにかけてやると、壁にかかった小さな燭台の小さな炎を、軽い一息で吹き消した。
 それで暗くなるはずだが、ひび割れた窓辺の外を見れば月が出ていた。青白い光が部屋中を満たし、蝋燭の明かりなど無意味な程に今宵は明るい。
 それなのに、余程疲れたのだろうか、シュテラは直ぐに静かな寝息を立て始めた。

 エーラは椅子から立ち上がると、いつの間にか開いてしまった部屋の戸を静かに閉めた。

(一軒しかないとはいえ、不用心な宿だ。私が見張りをしなければならないな)

 部屋には二つの出入り口がある。一つは一階へと続く階段、もう一つはバルコニーへ続き、隣の酒場へと続く通路──つまり来る時に潜ったアーチの上がある。
 一階はただの入り口に過ぎない。奥に客室がいくつかと、あの厩舎の世話係が休むための小部屋があるだけだ。つまり、深夜中に見張りをする者は誰もいないということになるが、部屋から動かなければどちらから危険が迫っても対処できる。
 エーラは再び椅子に腰掛けて腕を組み、横になっているシュテラを見守り続けた。
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