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第一章 七歳の決断
#12:初飛行 - 1
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「あ、あなた……!!?」
地に足の付かない状態で帰宅したサイラスを見るなり、オリビアは血相を変えた。
オリビアが頬に手を触れても、サイラスは真っ直ぐ天井を見上げたまま硬直しており、瞳を動かすことも唇を動かすことも出来ないようだ。
「ライアット、一体何があったのです!?」
「直ぐに手当てが必要だ! グリュプスの麻痺爪にやられた! ……カサンドラ!」
「は、はい! 只今!!」
カサンドラは直ぐに包帯を取りに向かった。
そこへ、騒ぎを聞いた子供たちが部屋を抜け出し、二階から駆け下りてきた。脱出を許してしまったらしいテリーが慌てて子供たちを引きずり戻そうと駆け寄るものの、事態の深刻さにようやく気付き、立ち止まる。
シュテラは動かぬ養父を見て、エドワードの話を思い出した。
「お義父様は、グリュプスの爪にやられたの!?」
ライアットは何も言わなかったが、それが肯定を意味することは幼い子供たちにも理解出来た。
子供たちは直ぐに駆け寄り、特にシュテラは真っ先にサイラスの胸元にしがみつき、わんわんと泣き喚いた。釣られて、エドワードまでが泣きそうになったものの、マリアーナが強い眼差しで「長男のお前は泣くな」と睨み付けた。
「先程、解毒剤は与えましたが、効果がないようです。早急に宮廷医師のケイネス殿を連れてくる必要があります!」
同行してきたマシューが言うと、シュテラは恐る恐る顔を上げ、震えながら唇を動かした。
「その人に会えば、助けてくれるの……?」
「分かりませぬが、こうしているよりは確実でしょう。ただし、一刻を争います。通常であれば毒を受けてからちょうど一日後……明日の夕暮れまでに解毒しないと、心の臓をも止めることになりましょう」
その言葉の意味は、子供たちを除いた誰もが理解出来た。
答えを求める子供たちの視線に、ライアットが答える。
「馬の速さだと城に辿り着くまでにまる二日はかかっちまうんだ。これでは間に合うはずがねえ……!」
「そんな……!」
「いや、ちょっと待てよ……!」
うろたえるシュテラの声をマリアーナが遮った。
「確か、エフィリオなら半日で着けるって父様が言ってたぞ!」
「そうか、その手があったか!」
「でも、乗れるのって……」
雷獣は本当に心を許した相手でなければ背に乗せることはない。雷獣に乗れるのは、厩舎で生まれた時からその面倒を見る役割を持つ騎士団長だけだ。逆に言えば、それが騎士団長の証でもある。つまり、エフィリオを乗せて行けるのは、ここの騎士団ではサイラスしかいないことになる。張りつくような落胆の沈黙が屋敷中に広がった。
シュテラがサイラスから顔を上げ、マシューに言った。
「エフィリオに……雷獣に乗れたら、間に合うんですよね?」
「え? え、ええ……。しかし、騎士団長以外では乗ることが出来ないと伺っておりますが」
シュテラは首を振り、胸に手を当てた。
「いいえ。わたし、きっと乗れるわ! エフィリオは友達だもの!」
「ダメだ!」
ライアットが横から強い口調で否定した。
「許しもなく乗ろうモンなら、ヤツが呼ぶ雷に撃たれちまうぞ!」
「でも、このままじゃお義父様が死んじゃうじゃない!!」
「その前にお前が死んじゃあ意味がねえだろ!!」
大砲のような怒号にシュテラは体を震わせ、じわりと涙を浮かべた。
ライアットは、いつもそうしているようにシュテラの顔の高さに合わせてしゃがみこむと、シュテラの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
「シュー、気持ちは分かるが、俺に任せろ。この非常時なんだ。エフィリオに説明すりゃあ、副団長の俺だって乗せてくれるだろ」
「……エフィリオは分かってくれる?」
「頭の良い奴だ。これまでも何度かサイラスを救ってくれた。主人が倒れたことはアイツも良く分かっているはずだ」
シュテラはふう、と軽く重苦しい息を吐き出し、それから小さく頷いた。
「お願い。お義父様を助けて、ライアットさん」
「フ……当然だ。絶対に救ってみせる」
ライアットは最後にシュテラの頭を押し込むようにして立ち上がり、マントを翻した。
「他の者はサイラスを寝室へ連れて行け。本来なら王宮まで連れて行くべきだろうが、毒が早めに回っては困る」
マシューは大きく二度頷いた。
「ええ、ええ。賢明な判断です。何もしなければ、それだけ負担も減るでしょう」
「なら、そっちは頼んだぞ、爺さん。……シュー、マリィ、エド! お前たちも看病をしてやれ!」
「はい!」
子供たちは一斉に強い眼差しで頷く。
ライアットは両扉の玄関を勢い良く開き、堂々たる足どりで厩舎へと足を運んだ。
地に足の付かない状態で帰宅したサイラスを見るなり、オリビアは血相を変えた。
オリビアが頬に手を触れても、サイラスは真っ直ぐ天井を見上げたまま硬直しており、瞳を動かすことも唇を動かすことも出来ないようだ。
「ライアット、一体何があったのです!?」
「直ぐに手当てが必要だ! グリュプスの麻痺爪にやられた! ……カサンドラ!」
「は、はい! 只今!!」
カサンドラは直ぐに包帯を取りに向かった。
そこへ、騒ぎを聞いた子供たちが部屋を抜け出し、二階から駆け下りてきた。脱出を許してしまったらしいテリーが慌てて子供たちを引きずり戻そうと駆け寄るものの、事態の深刻さにようやく気付き、立ち止まる。
シュテラは動かぬ養父を見て、エドワードの話を思い出した。
「お義父様は、グリュプスの爪にやられたの!?」
ライアットは何も言わなかったが、それが肯定を意味することは幼い子供たちにも理解出来た。
子供たちは直ぐに駆け寄り、特にシュテラは真っ先にサイラスの胸元にしがみつき、わんわんと泣き喚いた。釣られて、エドワードまでが泣きそうになったものの、マリアーナが強い眼差しで「長男のお前は泣くな」と睨み付けた。
「先程、解毒剤は与えましたが、効果がないようです。早急に宮廷医師のケイネス殿を連れてくる必要があります!」
同行してきたマシューが言うと、シュテラは恐る恐る顔を上げ、震えながら唇を動かした。
「その人に会えば、助けてくれるの……?」
「分かりませぬが、こうしているよりは確実でしょう。ただし、一刻を争います。通常であれば毒を受けてからちょうど一日後……明日の夕暮れまでに解毒しないと、心の臓をも止めることになりましょう」
その言葉の意味は、子供たちを除いた誰もが理解出来た。
答えを求める子供たちの視線に、ライアットが答える。
「馬の速さだと城に辿り着くまでにまる二日はかかっちまうんだ。これでは間に合うはずがねえ……!」
「そんな……!」
「いや、ちょっと待てよ……!」
うろたえるシュテラの声をマリアーナが遮った。
「確か、エフィリオなら半日で着けるって父様が言ってたぞ!」
「そうか、その手があったか!」
「でも、乗れるのって……」
雷獣は本当に心を許した相手でなければ背に乗せることはない。雷獣に乗れるのは、厩舎で生まれた時からその面倒を見る役割を持つ騎士団長だけだ。逆に言えば、それが騎士団長の証でもある。つまり、エフィリオを乗せて行けるのは、ここの騎士団ではサイラスしかいないことになる。張りつくような落胆の沈黙が屋敷中に広がった。
シュテラがサイラスから顔を上げ、マシューに言った。
「エフィリオに……雷獣に乗れたら、間に合うんですよね?」
「え? え、ええ……。しかし、騎士団長以外では乗ることが出来ないと伺っておりますが」
シュテラは首を振り、胸に手を当てた。
「いいえ。わたし、きっと乗れるわ! エフィリオは友達だもの!」
「ダメだ!」
ライアットが横から強い口調で否定した。
「許しもなく乗ろうモンなら、ヤツが呼ぶ雷に撃たれちまうぞ!」
「でも、このままじゃお義父様が死んじゃうじゃない!!」
「その前にお前が死んじゃあ意味がねえだろ!!」
大砲のような怒号にシュテラは体を震わせ、じわりと涙を浮かべた。
ライアットは、いつもそうしているようにシュテラの顔の高さに合わせてしゃがみこむと、シュテラの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
「シュー、気持ちは分かるが、俺に任せろ。この非常時なんだ。エフィリオに説明すりゃあ、副団長の俺だって乗せてくれるだろ」
「……エフィリオは分かってくれる?」
「頭の良い奴だ。これまでも何度かサイラスを救ってくれた。主人が倒れたことはアイツも良く分かっているはずだ」
シュテラはふう、と軽く重苦しい息を吐き出し、それから小さく頷いた。
「お願い。お義父様を助けて、ライアットさん」
「フ……当然だ。絶対に救ってみせる」
ライアットは最後にシュテラの頭を押し込むようにして立ち上がり、マントを翻した。
「他の者はサイラスを寝室へ連れて行け。本来なら王宮まで連れて行くべきだろうが、毒が早めに回っては困る」
マシューは大きく二度頷いた。
「ええ、ええ。賢明な判断です。何もしなければ、それだけ負担も減るでしょう」
「なら、そっちは頼んだぞ、爺さん。……シュー、マリィ、エド! お前たちも看病をしてやれ!」
「はい!」
子供たちは一斉に強い眼差しで頷く。
ライアットは両扉の玄関を勢い良く開き、堂々たる足どりで厩舎へと足を運んだ。
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