PULLUSTERRIER《プルステリア》

杏仁みかん

文字の大きさ
上 下
92 / 92
Section12:真相

90:あの空の向こう側で

しおりを挟む
 わたしは……ずっとオオガミ ユヅキのアニマを宿したミカゲ ヒマリになっていたんだ、と思っていた。
 けど、それは間違いだって言うのだ。

「お前は俺の分身だったユヅキに、記憶を上書きされただけに過ぎん。父さんと、カイの考えた浅はかな計画のせいでな」
「嘘だ、と言いたいけど、もしそれが本当なら……ユヅキの記憶を失くせば、ヒマリは帰ってくる?」
「無論だ。サーバから正常な記憶を抽出し、その肉体へと再転送する。今までの記憶については保証致しかねるが、ヒマリとしての記憶は正常に蘇る。それに、選定を完全に終えた後は、本来のプルステラに戻る。お前が探し当てたように、裏技を使って武器を造ることもなくなるだろう」
「……そっか」

 この一年間、偽者のヒマリと過ごしてきた「僕」は、その全てがずっと心の奥底で引っかかっていた。
 もし、自分を犠牲にしてでもヒマリが元通りになり、平和に暮らせるのなら、僕はもう、ここに残り続ける必要はないだろうなって。

「ディオルクが選んだのはお前ユヅキだったが、その役目は私が引き継ごう。お前の意志は元々私のものだったのだからな」

 ……でも、やっぱり悔しい。
 この一年間、出会った人みんなと別れてしまうだなんて。

 これからのヒマリはきっと幸せに暮らすだろう。
 わたしユヅキなんかよりずっと自然な姿で、出会ったみんなとまた、新しく友達になれるだろう。

「僕も……ヒマリと話がしたかったな……」

 冥主は軽く頭を下げると、「すまない」と一言謝り、

「可能な限り、その想いは伝えよう」

 その言葉を最後に、僕は何も話せなくなった。
 この身体から、僕だったものが抜き取られていく。

 あらゆる思い出が、走馬灯として一度ずつ脳裏に蘇っては、失われていく。

 肉体があれば、きっと涙を流していただろう。

 心の中であらゆる人々に別れを告げ──

 ──そして、僕は消えた。


 §


 朝の木漏れ日を受けて、ほんのり薄い紅のかかった白い花弁がひらひらと舞っている。
 目の前を歩く親友は嬉しそうにはしゃぎ回り、わたしは感動のあまりにポカンと口を開けてしまっていた。

「これ、サクラって言うんでしょ!? すっごくキレイ!」

 ──うん、とてもキレイだね!

「もうあれから一年経つんだね。新学期、楽しみだなぁ」

 一年……か。
 わたしにとっては、空白の二年が経つんだ。

 あれは、ほんの二カ月ほど前のことだった。
 わたしがふと目覚めると、目の前にお兄ちゃんがいて、その周りには、何故か見知らぬ人や、ドラゴンがいっぱいいた。

 よく分からないまま帰って来た新しいお家にはママとパパがいて、わたしの無事をとても喜んだ。ハグもしてくれた。
 何があったか全然分からなくて……何度か泣きだして。

 それでも、お兄ちゃんがゆっくり、いっぱい、説明してくれた。

 ……気付いたら、いつの間にかわたしは飛び級して中学生。
 今日から新しい学年で勉強することになってる。

 行きたくなければ、別に真面目に学校に行かなくてもいいらしい。
 何せここは、天国なんだし。

 でも、わたしはいろんなことを経験したかった。それが二年前からの願いだったんだ。
 せっかく、真っ白くて狭い部屋から、こんなにも色鮮やかな世界にやって来れたんだもの。隅々まで、世界を楽しみたいでしょ。

 例え、ここが天国だとしても。
 わたしが既に、死んでしまったとしても。

 それでも構わないじゃないか。

 ここには永遠の時間がある。
 全てが新しくて、全てが生まれたての世界。
 わたしも生まれ変わり、新しい人生を楽しんでいる。

 永遠の時を過ごし、変わらぬ平和の中で新しいことを学び、経験し、ただただ、楽しむ。──それが、生まれたての人類プルステリアという種族なんだから。

「あ、そうそう! 今日ね、新作の春物、作ったんだ!」

 新しく出来た親友は、相変わらず服を作るので忙しい。
 わたしは裁縫がとても苦手で、どちらかというと料理に興味を持っていた。
 だから今は、革を切るより、生地を切っている。……なんてね。

「学校が終わったら、コーデしてみよ!」

 ──うん、いいよ。

 わたしは二つ返事で頷く。多分、明日も明後日も、同じように答えると思う。

「そうそう、実はね、エリカさんとキリル先輩の服も──」

 他愛のない会話。尽きない話題。
 あの人達が守ってきた世界は今、本物の楽園になっている。
 そのことに、わたしは──わたし達は、感謝しなくちゃいけない。

(いつか、必ず会えるよね)

 わたしの留守を務めたあの人は、今もあの遠い空の向こうで生きている、だろうか。

 もし、願いがひとつ叶うなら、わたしはその人に会って、一言言いたい。



 友達をいっぱい作ってくれて、ありがとう──って。



「ヒーマーリーちゃーーーん!」
「ほら、ヒマリちゃん、走るよ!」

 ──わ、待ってよう!

 元気なあの子と、先日出会ったばかりのあの子。


 ……わたしはまだ、長い微睡みの中を彷徨っているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...