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Section12:真相
89:大神悠月と御影陽
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プルステリアが手ぶらで出来ることは限られている。DIPを使うことが必須であることは言うまでもない。
皇竜たちの選定にキリルくんのようなウィザードが必要不可欠じゃない辺り、特別な技術を用いて何かするわけではないということは明白だ。恐らく、それがヒントなんだと思う。
となると、魂を形状化してその場に捧げることは、誰でも可能だってことになる。やり方を知っているかどうかってだけで。
「…………誰でも、出来ること……?」
……思い当たる。
もしかしたら、それこそがわたしを選んだ理由の一つでもあるのだろう。
わたしがこの世界に来て初めて学んだことは、生産と加工についてだった。
争いが出来ない代わりに、誰もが持つ唯一の機能であり技術。それこそが、この世界における「物作り」である。でなければ、一から自分の集落を作るなどという面倒な仕様にはしなかったはずだ。
冥主は初めに、多くの怪物たちをプルステラ中の集落に送り込み、わたし達は、「武器を作らなければ」と第一に考えさせられた。今思えば、これこそが冥主の明らかな誘導だったと言える。
そこで偶然にもわたしが発見したルールとは、「一から作れるものに限界がある」「加工でしか作れないものがある」「制作者は加工者になれない」「改造による改変」の四つだった。
コレに気付かせるのが選定の第一条件だとすれば、わたしたちは今、この瞬間のためだけに物作りを学ばされたというべきだろう。
……ならば、やることは見えている。
まず、DIPで端末を調べると、製造者は記載されていなかった。
……が、代わりにメモ書きのようなものが記されている。
「己が胸に手を当て、成すべきことを思い浮かべよ」
その通りにしてみる。
胸に手を当て、この溝に魂を嵌める、そのために魂を「加工」するということだけを考える。
──するとどうだろう。
手が胸の中にするりと入り、わたしの意識が塊となって手の中に収まった。
不思議な感覚だ。幽体離脱とでも言うのか。
わたしは自分を動かすために、元の自分の腕を動かし、溝の中に自分を置いてもらった。
視界は三百六十度。首を動かす必要はなく、そこにわたしだった脱け殻が突っ立っているだけ。
命じれば、腕は動き、昇降機が作動する。
「ヒマリ!!」
お兄ちゃんが叫ぶのが聞こえた。
直ぐに飛び掛かりそうなお兄ちゃんを、ジュリエットが制している。……うん、それでいい。
昇降機は脱け殻を置いて、わたしだけを高く打ち上げた。昇降機が二つに分裂したかのようだ。
……ああ、そういえば、冥主もこれに乗った時は一瞬で消えたようだった。
スポン、と天井を突き抜けて、わたしは空高く舞い上がった。
本物の空だ。そればかりか、世界の果てを全部見渡せている。
更に高く、高く舞い上がる。高度は一万メートルを優に超えただろうか。段々と空は濃い群青色に変わり、地上がみるみるうちに小さくなっていく。
わたしがその違和感を覚えた頃だ。
あっと言う間に世界全体を見下ろせる場所に辿り着くと、そこはどこか惑星の大気圏外、宇宙空間の中にいた。
「おめでとう、ヒマリ」
声がした。振り返るまでもなく、そこに冥主がいる。
「世界を見下ろした感想は如何かね?」
「……これが、世界? 本当に?」
「勿論」
誰が言ったか、地球は丸いと言った。教科書でそう学んだ。
しかし、今そこにあるのは、「円筒状の何か」である。
「世界は球の上じゃなくて、筒の内側にあったんだね」
「そうだ。これがプルステラの正体なのだよ」
「……え、ちょっと待って! それじゃあ、わたしたちがいるのって……!!」
アニマリーヴ計画とは、VR世界「プルステラ」へ生体データを送ることだ……なんて信じていたけど、それこそがとんでもない思い違いだった。
プルステラとは、巨大衛星コロニーの内部に形成された、実物の世界!
アニマリーヴとは、衛星コロニーへと生体データを送り込むための転送手段だったんだ……!!
「で、でも、魂って……!」
「そう、ここは本物の衛星だが、魂はデータの塊であることに違いはない。つまり、コロニーの内部に一分の一スケールで存在する、立体ホログラム。それこそが、プルステリアを含む、プルステラに住まう生物たちの正体だ」
「それじゃあ、バベルは!? コロニーに移したなら、バベルの存在なんて……!」
「今となっては関係ないな。キミたちの仲間がコソコソやっていることは、ただの気休めだ。バベルは、こちらへデータを転送する際に一時的に使用するサーバでね。その後は宇宙船にあるサーバ群で管理される」
「そんな……! エリカ……!!」
今すぐ、キリルくんに報せたい。
エリカを引き戻してやらなくては。
「安心したまえ。アレは敢えて泳がせておいたのだ。でなければ、いつでも殺すことは可能だった」
何もかもお見通しだった。
わたしには……わたしでは、この人の考えを見透かすことが出来ない……。
「冥主。あなたは悪い人なの? それとも、良い人なの?」
「世の中、善と悪だけでは片づかないだろう、ヒマリ。それより、キミはまだ目が醒めないのか。いつまで微睡んでいるつもりなのかな?」
何の話──と、声を上げる間も無く。
冥主が一度指を鳴らすと、わたしの意識に膨大なユヅキの記憶が流れ込んできた。
「────────!!」
これは恐らく元々ある記憶。
放っておいても時限設定で蘇る予定だった、大神悠月の──記憶の海。
◆
──西暦二一九四年、七月七日。
母さんが亡くなる約二年前のことだ。僕自身の記憶はここからスタートしている。
今思えば、七夕は特別な日だった。
アニマリーヴがこの日だったのも、恐らくは「そういうこと」なんだろう。
まず、父さん──大神湊はVR・AGES社から依頼された、ある実験を行っていた。
現実化機構と呼ばれるそのシステムは、VR世界にある高密度のデータを現実世界に投影し、まるで3Dプリンタのように現実世界で物質ごと再現するものだった。
父さんはこれを人体実験の一環に使うよう命じられた。
本来ならクローン同様に非人道的とされる実験だが、これに賛同して予算を出したのは、とある国の諜報部だったらしい。
この計画がかつてのクローニングと比べて優れていることは、人間を限りなく模した生物を創り出せるということと、記憶を好きなように改竄出来るということ、そして、あらかじめ年齢の設定が出来るということだった。──父さんが加担したのは、その年齢設定の実験である。
実験に用いられた遺伝子は、僕──正確には僕のオリジナルだった大神悠月だった。
複製された悠月は、オリジナルよりも七歳年下の、十歳で生まれてきた。実験は成功していた。
こうして二人になった悠月のうち、オリジナルは改名した後にVR・AGES社で身元を隠され、一般的な教育を施すと共に正社員になるべく猛勉強を行ったという。
一方、複製物である僕は、生まれた以前の記憶を持たないので、生まれた直後に事故と見せかけて病院に搬送された。その際、正式に悠月が十二歳であると国に認めさせるため、VR・AGES社があらゆる書類において大神悠月の年齢を都合よく書き換えたのだ。
こうして、オリジナルはアメリカ留学のためにいなくなり、その代わりに半年後、私立の小学校に新しい悠月が転入した。
VR・AGES社がそれだけの力を持てたのは、僕を創る以前に何人ものリアリゼーション・クローンを創り出すことに成功していたからでもある。
何せ、現実化であらゆる議員の影武者を作り、アニマリーヴ計画に予算を費やし、世界規模で実行に移すよう手配したのだから。
オリジナルがどうなったかは……考えずとも分かることだろう。
僕が生まれた後の大神家には、口裏を合わせる努力があったとかなかったとか。この辺は実際に見たり聞いたりしたわけじゃないが、記憶を取り戻した今なら予測が出来る。
恐らく、納得がいかなかったのは弟の海のほうだったかもしれない。
あいつにしてみれば、以前に比べて話しやすい兄貴に変わったので、一緒に遊ぶ機会も増えて良かったはずだ。
……けど、それも長くは持たなかった。
母さんが病気で死んだことで哀しむ僕の姿を見て、カイは偽者の僕に強い不信感を抱いたのだと……そう思う。
だから、あまり口を利かなくなり、お互い、かけ離れてしまった。
それでも、最後まで兄弟でいられたのは奇跡だったかもしれない。
或いは、カイが裏で計画していた反乱のためか。
波風立てずに数年を過ごし、そして、アニマリーヴ計画の実行に至るまで秘密を貫き通したのだ。
◆
「……冥主、あなたは……『僕』のオリジナルだったんだね」
冥主こと、オリジナルの大神悠月は、答える代わりに自らの仮面を取った。
彼は「僕」がアニマリーヴする直前よりも遥かに大人だった。今は二十六歳だろう。
「正直、お前の存在をどうするかで迷った。俺が冥主としていられるのは、お前という不完全な存在、且つ、弱点を無くしてから成り立つからな。誰かに弱みを握られては、冥主として居続けられなくなってしまう。それが怖かったんだよ」
「そうまでして、何故あなたは冥主にこだわったの?」
冥主は、改めてコロニーを見下ろした。
「計画があったのさ。本来の冥主──開発者たちは、キミ達がそう説明されたように、地上のサーバだけでプルステラを形成する予定だったんだ。……けど、それじゃあ何も変わらないだろう。一年後に戻ると言い出せば元の身体を取り戻すだけだし、地球はまた酷い有り様になるばかりだ。それじゃあ、どんなに長くかかったってキミの母さんの望んだ空は拝めない」
それはプルステラとて変わらない。
限りなく本物に近い空を創り出した筒状のコロニーでさえ、それは本物の空と言えるだろうか。
「俺の計画は、他の開発者のように保守的なものではない。地球上の自然を完全に取り戻した後、選ばれた者たちだけで新しい世の中を築くことが目的だ」
「それは、果てし無く遠い未来、という気がするよ」
「ああ、無論だ。だが、それだけの長い時を生きられる身体と世界が、このコロニーにはある。元々宇宙開発用に建造されたものだからね。コロニーは地球から一時的に離れ、宇宙艦として新しいフロンティアを探すことも可能だ。住人は今まで通りこの箱庭の中で暮らし、選定した者たちでまだ見ぬ宇宙へと開拓を続ける……そういう選択肢もある」
冥主はDIPで何かを操作し、僕らの魂を別の所へ移動させた。
「見えるか? アレが今の地球だ」
「……見える。誰も望まない本物の世界だ」
白い雲状のスモッグが、そのほとんどを覆い尽くしている。
青い部分など、ほんの一部分だけに過ぎない。
「今、かつての人間だった者たちが、相応しい姿に成り代わり、掃除を始めている。大食らいの連中だ」
「いったい、何をしたって言うの?」
「現実化を活用した。生産ではなく、加工要員としてね。彼らはコロニーからアニマリーヴしたAIで世界中を動き回り、その都度、都合のいい形に姿を変え、地上のあらゆる不要な物質を動力として取り込み、そうして生み出されたエネルギーで浄化を行うだろう。エサを食べ尽くした頃、彼らは死滅し、地上は無事、元の蒼い姿を取り戻すというわけだ」
なるほど、他の冥主が望まない計画だ。
傍観するだけでは、人間の創造物の痕跡を完全に消すためには一億年ほどかかるというが、この計画であれば、早ければ百年と経たないうちに元通りになるのかもしれない。
何せ、世界中の人間が強制参加させられるクリーンキャンペーンだからだ。
「俺は、ここに至るまでに非人道的な行為と法律違反を幾つも犯した。反対する者も多かったが、地球の未来を逆手に取れば誰だって終いには賛同する計画だった。何せ、実行に移せば、法律なんて関係のない話だからね」
皮肉を籠めて言い放った冥主は、改めてわたしに向き直った。
「長々と話をしたが、ようやくこの時が来た。キミだけは予定通り消えなければならない」
冥主は右手を上げ、掌をわたしに向けた。
思わず身構えようとしたけど、まだ、塊の姿のままだった。足掻いたところで、ここでは何も出来そうにない。
「どうして? 今となってはあなたの計画の成功で終わるはずでしょ!? それに、わたしはわたしで、既にあなたではないんだから!」
「いいや。キミはまだ、勘違いをしているようだ」
冥主はきっぱりと断った。
「キミは元々、ミカゲ ヒマリだったんだよ」
皇竜たちの選定にキリルくんのようなウィザードが必要不可欠じゃない辺り、特別な技術を用いて何かするわけではないということは明白だ。恐らく、それがヒントなんだと思う。
となると、魂を形状化してその場に捧げることは、誰でも可能だってことになる。やり方を知っているかどうかってだけで。
「…………誰でも、出来ること……?」
……思い当たる。
もしかしたら、それこそがわたしを選んだ理由の一つでもあるのだろう。
わたしがこの世界に来て初めて学んだことは、生産と加工についてだった。
争いが出来ない代わりに、誰もが持つ唯一の機能であり技術。それこそが、この世界における「物作り」である。でなければ、一から自分の集落を作るなどという面倒な仕様にはしなかったはずだ。
冥主は初めに、多くの怪物たちをプルステラ中の集落に送り込み、わたし達は、「武器を作らなければ」と第一に考えさせられた。今思えば、これこそが冥主の明らかな誘導だったと言える。
そこで偶然にもわたしが発見したルールとは、「一から作れるものに限界がある」「加工でしか作れないものがある」「制作者は加工者になれない」「改造による改変」の四つだった。
コレに気付かせるのが選定の第一条件だとすれば、わたしたちは今、この瞬間のためだけに物作りを学ばされたというべきだろう。
……ならば、やることは見えている。
まず、DIPで端末を調べると、製造者は記載されていなかった。
……が、代わりにメモ書きのようなものが記されている。
「己が胸に手を当て、成すべきことを思い浮かべよ」
その通りにしてみる。
胸に手を当て、この溝に魂を嵌める、そのために魂を「加工」するということだけを考える。
──するとどうだろう。
手が胸の中にするりと入り、わたしの意識が塊となって手の中に収まった。
不思議な感覚だ。幽体離脱とでも言うのか。
わたしは自分を動かすために、元の自分の腕を動かし、溝の中に自分を置いてもらった。
視界は三百六十度。首を動かす必要はなく、そこにわたしだった脱け殻が突っ立っているだけ。
命じれば、腕は動き、昇降機が作動する。
「ヒマリ!!」
お兄ちゃんが叫ぶのが聞こえた。
直ぐに飛び掛かりそうなお兄ちゃんを、ジュリエットが制している。……うん、それでいい。
昇降機は脱け殻を置いて、わたしだけを高く打ち上げた。昇降機が二つに分裂したかのようだ。
……ああ、そういえば、冥主もこれに乗った時は一瞬で消えたようだった。
スポン、と天井を突き抜けて、わたしは空高く舞い上がった。
本物の空だ。そればかりか、世界の果てを全部見渡せている。
更に高く、高く舞い上がる。高度は一万メートルを優に超えただろうか。段々と空は濃い群青色に変わり、地上がみるみるうちに小さくなっていく。
わたしがその違和感を覚えた頃だ。
あっと言う間に世界全体を見下ろせる場所に辿り着くと、そこはどこか惑星の大気圏外、宇宙空間の中にいた。
「おめでとう、ヒマリ」
声がした。振り返るまでもなく、そこに冥主がいる。
「世界を見下ろした感想は如何かね?」
「……これが、世界? 本当に?」
「勿論」
誰が言ったか、地球は丸いと言った。教科書でそう学んだ。
しかし、今そこにあるのは、「円筒状の何か」である。
「世界は球の上じゃなくて、筒の内側にあったんだね」
「そうだ。これがプルステラの正体なのだよ」
「……え、ちょっと待って! それじゃあ、わたしたちがいるのって……!!」
アニマリーヴ計画とは、VR世界「プルステラ」へ生体データを送ることだ……なんて信じていたけど、それこそがとんでもない思い違いだった。
プルステラとは、巨大衛星コロニーの内部に形成された、実物の世界!
アニマリーヴとは、衛星コロニーへと生体データを送り込むための転送手段だったんだ……!!
「で、でも、魂って……!」
「そう、ここは本物の衛星だが、魂はデータの塊であることに違いはない。つまり、コロニーの内部に一分の一スケールで存在する、立体ホログラム。それこそが、プルステリアを含む、プルステラに住まう生物たちの正体だ」
「それじゃあ、バベルは!? コロニーに移したなら、バベルの存在なんて……!」
「今となっては関係ないな。キミたちの仲間がコソコソやっていることは、ただの気休めだ。バベルは、こちらへデータを転送する際に一時的に使用するサーバでね。その後は宇宙船にあるサーバ群で管理される」
「そんな……! エリカ……!!」
今すぐ、キリルくんに報せたい。
エリカを引き戻してやらなくては。
「安心したまえ。アレは敢えて泳がせておいたのだ。でなければ、いつでも殺すことは可能だった」
何もかもお見通しだった。
わたしには……わたしでは、この人の考えを見透かすことが出来ない……。
「冥主。あなたは悪い人なの? それとも、良い人なの?」
「世の中、善と悪だけでは片づかないだろう、ヒマリ。それより、キミはまだ目が醒めないのか。いつまで微睡んでいるつもりなのかな?」
何の話──と、声を上げる間も無く。
冥主が一度指を鳴らすと、わたしの意識に膨大なユヅキの記憶が流れ込んできた。
「────────!!」
これは恐らく元々ある記憶。
放っておいても時限設定で蘇る予定だった、大神悠月の──記憶の海。
◆
──西暦二一九四年、七月七日。
母さんが亡くなる約二年前のことだ。僕自身の記憶はここからスタートしている。
今思えば、七夕は特別な日だった。
アニマリーヴがこの日だったのも、恐らくは「そういうこと」なんだろう。
まず、父さん──大神湊はVR・AGES社から依頼された、ある実験を行っていた。
現実化機構と呼ばれるそのシステムは、VR世界にある高密度のデータを現実世界に投影し、まるで3Dプリンタのように現実世界で物質ごと再現するものだった。
父さんはこれを人体実験の一環に使うよう命じられた。
本来ならクローン同様に非人道的とされる実験だが、これに賛同して予算を出したのは、とある国の諜報部だったらしい。
この計画がかつてのクローニングと比べて優れていることは、人間を限りなく模した生物を創り出せるということと、記憶を好きなように改竄出来るということ、そして、あらかじめ年齢の設定が出来るということだった。──父さんが加担したのは、その年齢設定の実験である。
実験に用いられた遺伝子は、僕──正確には僕のオリジナルだった大神悠月だった。
複製された悠月は、オリジナルよりも七歳年下の、十歳で生まれてきた。実験は成功していた。
こうして二人になった悠月のうち、オリジナルは改名した後にVR・AGES社で身元を隠され、一般的な教育を施すと共に正社員になるべく猛勉強を行ったという。
一方、複製物である僕は、生まれた以前の記憶を持たないので、生まれた直後に事故と見せかけて病院に搬送された。その際、正式に悠月が十二歳であると国に認めさせるため、VR・AGES社があらゆる書類において大神悠月の年齢を都合よく書き換えたのだ。
こうして、オリジナルはアメリカ留学のためにいなくなり、その代わりに半年後、私立の小学校に新しい悠月が転入した。
VR・AGES社がそれだけの力を持てたのは、僕を創る以前に何人ものリアリゼーション・クローンを創り出すことに成功していたからでもある。
何せ、現実化であらゆる議員の影武者を作り、アニマリーヴ計画に予算を費やし、世界規模で実行に移すよう手配したのだから。
オリジナルがどうなったかは……考えずとも分かることだろう。
僕が生まれた後の大神家には、口裏を合わせる努力があったとかなかったとか。この辺は実際に見たり聞いたりしたわけじゃないが、記憶を取り戻した今なら予測が出来る。
恐らく、納得がいかなかったのは弟の海のほうだったかもしれない。
あいつにしてみれば、以前に比べて話しやすい兄貴に変わったので、一緒に遊ぶ機会も増えて良かったはずだ。
……けど、それも長くは持たなかった。
母さんが病気で死んだことで哀しむ僕の姿を見て、カイは偽者の僕に強い不信感を抱いたのだと……そう思う。
だから、あまり口を利かなくなり、お互い、かけ離れてしまった。
それでも、最後まで兄弟でいられたのは奇跡だったかもしれない。
或いは、カイが裏で計画していた反乱のためか。
波風立てずに数年を過ごし、そして、アニマリーヴ計画の実行に至るまで秘密を貫き通したのだ。
◆
「……冥主、あなたは……『僕』のオリジナルだったんだね」
冥主こと、オリジナルの大神悠月は、答える代わりに自らの仮面を取った。
彼は「僕」がアニマリーヴする直前よりも遥かに大人だった。今は二十六歳だろう。
「正直、お前の存在をどうするかで迷った。俺が冥主としていられるのは、お前という不完全な存在、且つ、弱点を無くしてから成り立つからな。誰かに弱みを握られては、冥主として居続けられなくなってしまう。それが怖かったんだよ」
「そうまでして、何故あなたは冥主にこだわったの?」
冥主は、改めてコロニーを見下ろした。
「計画があったのさ。本来の冥主──開発者たちは、キミ達がそう説明されたように、地上のサーバだけでプルステラを形成する予定だったんだ。……けど、それじゃあ何も変わらないだろう。一年後に戻ると言い出せば元の身体を取り戻すだけだし、地球はまた酷い有り様になるばかりだ。それじゃあ、どんなに長くかかったってキミの母さんの望んだ空は拝めない」
それはプルステラとて変わらない。
限りなく本物に近い空を創り出した筒状のコロニーでさえ、それは本物の空と言えるだろうか。
「俺の計画は、他の開発者のように保守的なものではない。地球上の自然を完全に取り戻した後、選ばれた者たちだけで新しい世の中を築くことが目的だ」
「それは、果てし無く遠い未来、という気がするよ」
「ああ、無論だ。だが、それだけの長い時を生きられる身体と世界が、このコロニーにはある。元々宇宙開発用に建造されたものだからね。コロニーは地球から一時的に離れ、宇宙艦として新しいフロンティアを探すことも可能だ。住人は今まで通りこの箱庭の中で暮らし、選定した者たちでまだ見ぬ宇宙へと開拓を続ける……そういう選択肢もある」
冥主はDIPで何かを操作し、僕らの魂を別の所へ移動させた。
「見えるか? アレが今の地球だ」
「……見える。誰も望まない本物の世界だ」
白い雲状のスモッグが、そのほとんどを覆い尽くしている。
青い部分など、ほんの一部分だけに過ぎない。
「今、かつての人間だった者たちが、相応しい姿に成り代わり、掃除を始めている。大食らいの連中だ」
「いったい、何をしたって言うの?」
「現実化を活用した。生産ではなく、加工要員としてね。彼らはコロニーからアニマリーヴしたAIで世界中を動き回り、その都度、都合のいい形に姿を変え、地上のあらゆる不要な物質を動力として取り込み、そうして生み出されたエネルギーで浄化を行うだろう。エサを食べ尽くした頃、彼らは死滅し、地上は無事、元の蒼い姿を取り戻すというわけだ」
なるほど、他の冥主が望まない計画だ。
傍観するだけでは、人間の創造物の痕跡を完全に消すためには一億年ほどかかるというが、この計画であれば、早ければ百年と経たないうちに元通りになるのかもしれない。
何せ、世界中の人間が強制参加させられるクリーンキャンペーンだからだ。
「俺は、ここに至るまでに非人道的な行為と法律違反を幾つも犯した。反対する者も多かったが、地球の未来を逆手に取れば誰だって終いには賛同する計画だった。何せ、実行に移せば、法律なんて関係のない話だからね」
皮肉を籠めて言い放った冥主は、改めてわたしに向き直った。
「長々と話をしたが、ようやくこの時が来た。キミだけは予定通り消えなければならない」
冥主は右手を上げ、掌をわたしに向けた。
思わず身構えようとしたけど、まだ、塊の姿のままだった。足掻いたところで、ここでは何も出来そうにない。
「どうして? 今となってはあなたの計画の成功で終わるはずでしょ!? それに、わたしはわたしで、既にあなたではないんだから!」
「いいや。キミはまだ、勘違いをしているようだ」
冥主はきっぱりと断った。
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