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Section9:空を翔(か)る者たち

63:元旦の変 - 2

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 降り積もった雪を瞬時に蒸発させる火炎の吐息。
 逃げまどう人々。迎撃しようと戦う警官。
 弾数の少ない警官のライフルでも、ディオルクの堅い皮膚には傷一つ付けられない。
 フン、とつまらなさそうに鼻を鳴らすディオルクは、蝋燭を吹き消すかのような軽い吐息で、木造の監視塔を粉々に吹き飛ばした。
 その上に乗っていた何名かの人間がバラバラと落下し、背後の草むらに消えていく。

 槍を持った勇敢な人々が応戦し、唯一地面と接触している脚を狙って突き刺そうとするが、その前に軽々と翼の風圧で押し返され、後方へと転がった。

 ――弄ばれている。

 見れば解る。ディオルクは本気で相手にしていない。命を取ろうともしていない。
 アイツにしてみれば、この行為は暇潰しなのだろうか。
 それとも、散々弄んだ後で全員殺すつもりなのだろうか。

 けど、この大陸の支配者と自ら名乗るアイツが、何故そのような真似をしなくちゃならない?
 ただの思い過ごしか、それとも、他に目的があってこんな破壊行為を繰り返しているのか。

 キリルくんの家の窓から様子を伺っていたわたし達は、インベントリから自分の武器を引っ張りだし、家の外へ出た。
 けど、キリルくんは何も言わずにわたしを後ろに押しやると、みんなの前に出てDIPのコマンドコンソールを開いた。

「……迎撃システムインターセプション作動。開始:0番、条件:49番まで繰り返し実行」

 キリルくんが何やら呟くと、ディオルクの周囲の地面から何かが一斉に飛び出した。その言葉の通りなのか、ざっと見ても全部で五十本はあるだろう。
 黒い柱……杭のようなものだ。それらはディオルクを円形に囲むように突き上げられ、先端に蒼い電光が宿った。

「……何!?」

 ディオルクが驚く間もなく、柱から放たれた電光は水平に網目の円となって広がり、その黒い巨体を拘束した。
 いくら銃弾をも通さない堅い鱗でさえ、身体を貫く電撃の前には太刀打ち出来ない。

 空気を震わし、遥か向こうの山々まで轟く咆哮。
 身を捩ることさえ許されぬ、高電圧の投網。
 それでもアイツは、突き刺すような鋭いまなこをギョロリと動かし、キリルくんを真っ直ぐに捉えた。

「……やるな、小僧。こうでなくては面白くない」

 まだ余裕があるのか、ディオルクは動けずとも会話だけは出来るらしい。口の端を上げ、愉しんでいるようにも見える。
 キリルくんは険しい表情で睨み返し、問いかけた。

「集落を何度も襲って……、一体何が目的なんだ!?」
「今に解ることだ。……なるほど。プルステリアもそれなりに進歩しているということか」

 まるで試すような口調。
 それから、ディオルクはわたしを一瞥し、尚も鼻で笑った。

「また会ったな小娘。ようやく一皮剥けたようで何よりだ。それも、そこにいる小僧の成果か」

 わたしは強気に、キッと睨み返した。

「……だとしたら?」
「己を鍛えるがよい。貴様達には他の者にはない強さと素質がある。いずれまた、近い内に試すとしよう」

 鍛える? 試す……?
 ディオルクの言葉の意味を考えていると、彼は身動きを封じられているにも関わらず、あの火炎の吐息で目の前の杭を三本、炭に変えた。
 ――それだけで充分だった。結束力を失った雷撃の網は瞬時に効力を損ない、アイツの身体を自由にした。
 ディオルクは一度翼を羽ばたかせると、あっと言う間に力強く空へと飛び上がった。

「さて、そろそろ次の視察に向かわなくてはな。今回は悪くないカラクリだ。貴様のような知恵があれば、冥主とも渡り合えるだろう」
「……何?」
「我を愉しませた褒美に聞かせてやろう。貴様らが楽園と呼ぶこの世界を治めているのは、我ら『皇竜』であり、その我らを束ねているのが『冥主』という存在だ。それだけは覚えておくが良い」

 ディオルクは更に翼をはためかせ、高度を上げていく。
 はっと気付いたジュリエットが、直ぐにインベントリから取り出したナイフを投げつけたが、ディオルクには到底届かなかった。

「……遅かったわね」

 ディオルクの黒い影は、白い曇りの空に吸い込まれ、ほんの僅かの間に見えなくなった。
 後に残されたのは、炎に焼き尽くされて倒壊した家々と、地べたに横たわる数々の重傷者、焼け焦げた嫌な臭いだけだった。


 ◆


「冥主、ね……」

 何とか無事だったキリルくんの家で暖を取りながら、黒竜が残した言葉の意味を考える。
 鍛えるだとか試すだとか……皇竜に冥主だってそうだ。いずれもワケの分からない単語ばかりだ。
 
「ディオルクのようなドラゴンを送っているのがその冥主ってヤツだとしたら、ヒマリがこの世界に来た日に空に浮かび上がっていた文字も、恐らくはソイツの仕業だろうな」

 と、お兄ちゃんが突然推論を呟いた。

「ハッカーってこと?」
「いや……、あの時、俺が断言しておいてなんだが、そもそも、ハッカーかどうかってのも定かじゃないだろう。何せ、今までソイツの姿を見たことがないんだからな。パウオレアの森の一件を考えれば、ディオルク達皇竜も含め、冥主とやらも、もしかしたらAIの生物かもしれない」
「じゃあ、AI達の独断かもしれないってこと?」
「まさか。あり得ないわ」

 わたしが考えを述べると、ジュリエットが即、否定した。

「どんなに頭のいいAIだとしても、そのシナリオ――つまり、結果に至る道しるべを与えたのは一体誰? 完全な人工知能と言っても、例えばプルステリアを脅かす、などという結果について可能性を生む要素が含まれていなければ、アイツの言う冥主としての役割は果たせないと思うわ」
「なら、プルステラの開発者が怪しいってこと?」エリカが言った。「……ねえ、もう現世と交信出来るんでしょ? 直ぐにでもオーランドに訊いた方がいいんじゃないかしら」

 エリカの意見に異を唱える者はいなかった。ただ、誰もが固唾を飲む程に言葉を失った。
 現世は今、どうなってしまっているんだろうか。映画や童話にあるように、知らない間に凄い年月が経っていたり、滅びていたりはしないだろうか。
 ……きっと、同じことを皆考えているのだ。
 この世界では、絶対に冒してはならない禁忌。それをこじ開けようとしているのだから。

「…………ねえ、キリルくん。『伝書鳩』を使ったら、突然地面が割れて真っ逆さま……とかないよね?」

 キリルくんは引きつった笑いを浮かべた。

「考えすぎだよ、ヒマリ。少なくとも、コレに搭載されている通信機能は、プルステラで正規に定められている通信手段の一つなんだ」
「……え?」
「そうだな……。ジュリエットとエリカは、もしかしたら見たことがあるんじゃないか? セントラル・ペンシルにあるという、ステップルームの中で」

 エリカやジュリエットには、何のことか解ったのだろう。二人とも強く頷いた。

「……実はさっき、その事についてジュリエットと二人で話をしていたの。前に、ヒマリやタイキにも話したわよね。ステップルームにあったテレビの話」

 わたしは、セントラル・ペンシルでエリカが話していた内容を思い出した。

「あ……うん。テレビが置かれていて、ニュース番組の中継に現世が映っていたことだよね」
「そう。アレが録画なのか、本物なのかで私は疑念を抱いていたわ。……けど、アレはどう考えても、現世の、それもたった今放送されているモノを流していたとしか思えなかった。ジュリエットも同意見だったわ」

 キリルくんはしばし腕を組んで何かを考えた後、おもむろに口を開いた。

「アレは、セントラル・ペンシルだから出来る芸当でね。……これは推測なんだけど、あの映像を見せられるような人間って、ある程度限られていると思うんだ」
「限られている?」
「怪物が蔓延はびこっているという今のプルステラで、あの映像を見て平然としていられる人間って、そう多くはないんじゃないかな。何故なら、現世と確実に繋がっているのを見せつけられたら、何らかの通信手段があるかもしれない、と考えるだろう? ほら、現に、エリカやジュリエットだって疑っている。
 もしかしたら、現世へ戻りたいと思うかもしれない。そうなったら、VR・AGES社にとっては大損だ。一年の試用期間が終わったら、そのタイミングで現世に戻る心変わりをするかもしれないんだから」
「じゃあ、その、『映像を見せられるような人間』の条件って?」
「集落の外に怪物がいるという危険を知った上で、わざわざ大陸を渡り、遠出の旅をするような人――つまり、それなりの強さと、目的と、何より精神力を兼ね備えた人間であるということさ。……キミたちのようにね」

 確かに、元々が予定通り、プルステラが「争いのない世界」だとしたら、あんな現世の映像を見せられても平気だったと思う。何年も迷い、考え抜いた末、ここに来るべくして来たのだから。現世と比較すれば、ここは明らかに「楽園」だ。
 プルステラにとっての想定外――つまり、冥主とやらが後からやって来て世界を乗っ取った、と考えるなら、映像が観られたのは、その「名残」になる。そもそも、セントラル・ペンシルまでやって来れる人間なら、ある程度強さを兼ね備えてはいるだろうけど、割合、帰りたいって心変わりする人間の方が多いんじゃないだろうか。

 ……だけど、そうでない場合。
 冥主や怪物、皇竜たちといった危険要素がこの世界に用意されていた――つまり、プルステラの「仕様」として最初から組み込まれていたとしたら?
 その場合、現世の映像を見せるという行為は、如何にもわざとらしいと感じられる。それこそ、キリルくんが挙げた強い人間でなければ、逆効果デメリットでしかないのだから。
 人をプルステラから帰したくないのなら、あんな映像を見せないようにすればいい。なのにわざわざ見られるようにしているということは、少なくとも、意図的にそうしている、としか思えないわけで……。

「……新たに疑念が生まれたところで悪いんだけど、話を戻すよ」

 キリルくんの声に、わたしははっと顔を上げ、深く考えこむのを止めた。

「つまり、『伝書鳩』の通信っていうのは、そのテレビと同じ通信手段を利用したものなんだ。だから、これは比較的安全な方法さ。不法侵入に気付かれる可能性が低い。……さすがに、映像まで送ろうとすると、怪しまれるぐらいにパケットが増えちゃうから無理だけどね」
「じゃあ、音声だけの通話になるんだ?」
「ああ。接続先は現世にいるブレイデンのPCだ」
「でしたら、傍にはエリックやオーランド大佐がいるはずですわ」ジュリエットが言った。「話す内容は予め決めておきましょう。万が一に備えてね」

 さすがジュリエットだ。
 キリルくんだから、と安心せずに、トラブルを想定して行動を考えている。

「それと、ヒマリは実家に連絡した方がいいのではなくて?」
「え?」
「あの黒いドラゴンの言うことが本当なら、日本の方にも飛んで行くはずじゃないの?」

 その言葉の意味を理解するのに、五秒ほど時間がかかった。
 見る見るうちに、わたしの頭からさあっと血の気が引いていく。
 ……ああ、全く想定していなかった!
 アイツは確かに言ってたじゃない。次の視察へ向かうって。

「わっ、わたし、ママに連絡してみる!」

 アイツが去ってから何分経っただろう。アイツの飛ぶスピードってどのくらいだろう。
 そもそも、殺す気はなさそうだって、何故そう言い切れる?
 わたし達は生かしたけど、日本ではそうならないかもしれない。
 大事な故郷を破壊されることで、さっきの迎撃の仕返しにするかもしれない。

「ヒマリ、落ち着け。手が震えてるぞ」

 DIPを操作する手がおぼつかないのを見て、お兄ちゃんがわたしの手を握り、支えてくれた。
 お兄ちゃんはいつもと変わらず、冷静だった。

「八月のことを……思い出したから……」
「二度とあんなことは起こさせやしないさ。俺たちの集落だって、あれから進化したんだから」

 確かに、わたしがのんびりと毎日学校に通っている間に、集落の防衛は徐々に強化されていった。その状況は目に見えて変化するものだったし、あの呑気そうなパパも毎日、せっせと働いていた。
 とはいえ、キリルくんが作った最新鋭の防衛装置でも歯が立たないディオルクに、まだまだ開発途上の集落がどうにかレベルではないじゃないか。

『ヒマリ? どうしたの?』

 通信が繋がって早速返ってきた声は、わたしを安心させるいつもの声だった。
 へなへなと力が抜けそうになるのをぐっと堪える。

「ママ、聞いて! もうすぐしたら、ディオルク……黒いドラゴンがそっちへ行くかもしれないの!」
『え……なんですって!? ヒマリは!? あなたは大丈夫なの!?』
「うん。こっちは何とか。とにかく、下手に抵抗しないで、森とかに隠れて!」
『ええ。みんなに伝えるわ。……ヒマリも気をつけてね』

 たったそれだけの通話だったけど、これで一安心だ。
 後は運を天に任せるしかない。

「接続の準備が整った」

 と、わたしが会話している間にキリルくんは「伝書鳩」の準備を済ませていた。

「会話は私がしますわ」

 ジュリエットは食卓に置かれた立方体の正面に座り、わたしやお兄ちゃんも空いたテーブル席に着いた。

「では……、接続開始」

 キリルくんがコンソールから命令を飛ばすと、箱はぼんやりとした光を放った。
 ややあって、プツリと音がしたかと思うと、部屋中にどこかの音が紛れ込んできた。

 何名かの話し声。質は悪く、聞き取るので精一杯の雑音。
 ガサガサと何かを探る音の後、まだるっこい男性の声が聞こえてきた。

『や、やっと、つ、つつ、繋がったねぇ』

 これがブレイデンという人物か。
 キリルくんとジュリエットに視線を移すと、どこかほっとしたような表情を浮かべている。

「ブレイデンね。私。ジュリエットよ。これでお遣いは完了ね」
『お、お、お疲れさん、ジュリエット。う、う、上手くいって良かったよぉ。い、い、今、た、た、大佐と替わるよ』

 席を交代しているのだろう。ガサガサとまた雑音が鳴り、今度は低い男性の声が聞こえてきた。

『……やあ、ジュリエット。お疲れ様。無事に接続出来て何よりだ』
「大佐。折角ですけど、手短にお願いしますわ。まずはそちらの状況を教えて頂けるかしら」
『よかろう。……この一ヶ月、我々はバベルの周辺を中心に調べていたのだが、こちらは進展が無かった。そろそろ……と思っていたが、自動操縦の警備システムが厳重でね。バベルから攻めるのはやはり得策ではない、という結論に至ったよ』
「……随分かかりましたのね。それで? 他にいい手がありますの?」
『VR・AGES社本社だ。私も殺されかけたのでなかなか動けなかったが、ようやく抜け出せる目処が立った。近日、アメリカへ飛ぼうと思う』
「大佐自ら? 大丈夫ですの?」
『エリックも一緒だ。なあに、身代わりは立ててあるし、こちらはそれほど問題ではないよ』

 エリックと聞いて、エリカがジュリエットの横から割り込んだ。

「オーランドさん!」
『む。その声は……エリカ・ハミルトン君かね!? ……そうか。ジュリエットと会えたのだな』

 オーランド大佐は、それだけで事情を把握したようだった。

「それより兄は……エリックはそこにいるんですか!?」
『……すまない。彼はちょうど今、アメリカ行きの準備で席を離していてね。……本当に、色々とすまなかった。キミを騙すようなことをしてしまって』
「そんなことはいいんです」

 エリカが怒鳴るかと思っていただけに、驚かされてしまった。
 エリカは意外にも冷静で、それよりも無駄なく会話することを優先している。

「兄の伝言は聞きました。どうか、無茶だけはしないようにと……それだけお伝え出来ますか?」
『……分かった。伝えておこう』

 それで満足したのか、エリカは一言礼を言い、顔を引っ込めた。
 彼女は振り返ってわたしを見るなり、満足そうに微笑んだ。
 エリカの長年の悩みは、こんな形で解決されたのだ。
 ジュリエットと話し合っていたお陰なのか、前にお兄さんのことを話していた時よりかは、吹っ切れたようにも見える。
 オーランド大佐は話を続けた。

『それで、プルステラはどういう状況なのかね?』
「ええ、簡単にお伝えしますわ」

 ジュリエットは、怪物が各地の集落を襲っているという件を先に話し、考えられるあらゆる疑問点や懸念点を次々と挙げていった。
 驚く程簡潔で、具体的だった。余計な事を口にせず、本当に必要な部分だけを取り出して報告している。
 実に効率のいい報告だ。わたしならこうはいかないだろう。

『……なるほど。大体分かった。どうやらそちらの方が大変な目に遭っているようだな』
「良ければ、大佐のご意見が伺いたいですわね。現世おもてプルステラうら、両方を見通せるようになった今なら、何かが見えて来たのでは?」
『そうだなあ……今の話でも信じがたいことばかりだが、少なくともVR・AGES社が疑わしいのは更に濃厚になった、というところだろう。現世ではなく、プルステラ――内側から事件を起こし、我々に何も知らされないよう動いている。目的は何も見えてこないがね。
 そして、怪物の襲撃の件だが、その怪物やドラゴンとやらの素性を調べる事が最優先になるだろう。この事態を引き起こした張本人の目的は、全てそこに集中している。……良ければまた、調査のために手伝ってはくれないか? ジュリエット』

 ジュリエットは苦笑した。

「まあ、そう仰ると思ってましたわ。どの道、乗り掛かった船ですし、自分も無関係と言えませんから、私は構いませんけれど……」

 と、そこでジュリエットは、後ろを振り返り、全員に顔を向けた。

「……皆様はどうしますの?」

 真っ先に頷いたのはエリカだった。

「兄の手伝いになるのなら、私もその調査とやらに参加するわ」
「……他には?」

 ――わたしは首を横に振った。
 エリカは意外そうに目を丸くした。

「わたしは……先にやるべきことがあるの。集落のみんなの事が気がかりだから」

 ジュリエットは目をつぶり、一つ頷いた。
 エリカは少し残念そうな顔をしたが、仕方がないわね、と小さく呟いた。

「……そうね。すると、その保護者たるタイキも……」

 当然、とばかりにお兄ちゃんは頷いた。

「もちろん、ヒマリの行くところには付いていくさ。俺がいないと無茶をするからな、こいつは」
「むー」

 まったく。一言余計なんだから……。
 だけど、わたしを想ってくれているその気持ちはありがたいし、心強いものに違いは無かった。

 ……あと、残るはキリルくんだけど。

「僕はヒマリに付いていこうかな。ヒマリの集落に防衛装置を作ってやる必要がある。ジュリエット達の方は少人数のがいいだろうし、恐らくは僕がいなくても出来る内容だ」
「ええ。なら、これで分担は決まり、ですわね。……大佐? それで、定期連絡はどうしますの?」
『調査には時間がかかるだろう。こちらも少なくとも半月以上はかかるはずだ。そっちで指定してくれて構わないよ』
「でしたら、まずは二月の末頃に致しましょう。遅れたとしても、四月の半ば――最初の移民グループの試用期間が終わる前には必ず連絡を取りたいところですわ」
『そうだな。特に、現世へ帰ろうとしている連中がいたら、その名前と国籍は出来るだけピックアップしてくれ』
「承知致しましたわ」

 四月の移民グループ。
 身近なところだと、お兄ちゃんやパパ、ママを初め、わたしの集落にいる大半の人間が当てはまる。
 その中から現世に帰ろうとしている人が出てきたら……もう、二度とこっちには戻れないのだ。

「お兄ちゃんは、現世に帰ろうと考えてる?」

 わたしはお兄ちゃんの手を握って、そう尋ねた。
 お兄ちゃんは驚いた顔をして、それから静かに、首を横に振った。

「戻らないさ。戻る必要がどこにある? どんなに危険でも、俺たちにはそれを乗り切る力がある。……そうだろ?」

 どんな時でも、お兄ちゃんは前向きだった。
 わたしが落ち込んでいても、いつも元気付けてくれる。
 ピンチの時だって何かと助けてくれて……本当に、妹想いのいい兄だ。

「……そうだね。一緒に乗り切ろうね、お兄ちゃん」

 だから、わたしも負けてなんていられない。
 辛いことはたくさんあるけど、お兄ちゃんが……みんながいてくれるから、頑張れるんだ。

「……では、来月末に、大佐」
『ああ。気をつけたまえ』

 プツン、と通信が切れ、『伝書鳩』は輝きを失った。
 キリルくんはそのキューブを手に取り、あらゆる面を確かめるように手の中で転がしてから、インベントリに仕舞った。

「……やはり、長時間の通信には耐えられそうにないな。複雑な解析プログラムが組み込まれているせいで、アイテムそのものの耐久度を著しく低下させているんだ」

 どうやら、初交信の感想は、芳しくない結果のようだった。

「通信をすると、耐久度が減るの?」
「プルステラのアイテムには、全て耐久度が設定されているだろう? コイツだって変わらない。モノを使うということは、部位のどこかを消費させることなんだ。単純に持ち上げるだけでも、素材によっては極微量でもいくつかの耐久度が減っていくんだ」

 わたしはそれで、ミカルちゃんと一緒に作った折り紙のことを思い出した。
 たった一回折り曲げただけで加工者の名前が刻まれる。アイテム一つに対し、データの書き換えは頻繁に行われているのだ。

「プルステラのアイテムには、現実に限りなく近い物理演算が組み込まれているんだけど、モノが作られ、増えていけばそれだけデータアクセスの回数、頻度が増えていく。だから、パーツや材料ごとに耐久度という使用制限が課せられ、無限に使用出来ないようになっているんだ。……もちろん、『伝書鳩』のようなプログラムや電気を使う道具にもね。
 例えば、一度通電すれば耐久度が減る、火花が散れば耐久度が減る、プログラムのコマンドを一つ実行すれば耐久度が減る……といった具合で、データアクセスの量が大きければ大きいほど、耐久度の消費量も増えていくんだ。
 だから、『伝書鳩』で長々と通話は出来ないのさ。それに、現世で作られた特別なプログラムだから、こっちで複製も出来ないんだ」
「つまり……」

 わたしはごくり、と生唾を飲み込んだ。

「『伝書鳩』が壊れたら……二度と現世と会話が出来ないのね?」
「そうなるね」

 カイとずっと会話をしていたい――そう思っていたわたしの考えは、儚く砕けちった。
 そもそも不正に会話をするツールなのだから、それだけの制限があって当然なのだろう。

「……それで、どうしますの? 行動は早い方がいいと思うけれど」

 残念がっている暇もなく、ジュリエットは皆に尋ねた。

「直ぐにでも動こうか。日本サーバーまではだいぶ遠いからな」

 と、提案するお兄ちゃんの意見には、わたしも賛成だった。

 ――ところが、わたしは、そこでいいことを思いついたのだ。

「ねえ、キリルくん。わたしがここへ来る前に、VAHで蒸気甲冑車を渡してくれたけど、アレって他のアイテムでも出来るのかな」
「ああ、現実化リアリゼーションのことか。もちろん、出来るよ。この機能はプルステラ版で正式に実装された機能だからね。……ただ、プルステラが元々、武器の持ち込み禁止だから、武器そのものを持ち込むことは出来ないんだ」
「む……そうだったんだ……。いい案だと思ったんだけどなぁ」
「……けど、ヒマリのその提案は、使えないわけじゃないよ? 武器がダメなら防具とか消費アイテムとか、使えそうなものをいくつか持ってくればいいだろう。蒸気甲冑車よりも速い乗り物を持ってくるという手もある」
「アレより速い乗り物って……」

 プレイヤーが持ち運び出来る乗り物系のアイテムで、他に実用的なもの……。
 いくつか思い当たるが、現実的、というには程遠い気もする。

「…………蒸気大鷲スチーム・イーグル……かなぁ」

 ぼそりと現実的でない呟きを洩らすと、キリルくんはニコリと笑い、

「ご名答」

 と応えた。
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