PULLUSTERRIER《プルステリア》

杏仁みかん

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Section6:北方への旅路

43:パウオレアの森 - 2

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 ふいに、対岸の草むらから物音がした。
 わたしとお兄ちゃんははっと顔を上げるや、竿を置いてゆっくりと立ち上がった。

 姿を現したのは洞窟にいたのと同じタイプのリザードマンだった。手には三叉の矛を持ち、長い舌を出し入れしながらキョロキョロと首を動かして川の様子を伺っている。魚を獲りにでも来たんだろうか。

「ヒマリ、後ろに下がってろ」

 お兄ちゃんは小声でわたしに告げながら、ディオルクを相手に使っていた、例の大きな剣を構えた。

「一人でどうにかするつもり!?」
「大丈夫、お前がテントに逃げるまでの時間を稼ぐだけだ」

 お兄ちゃんは足音を出来るだけ立てないようにゆっくりと砂利の上を歩いたが、その僅かな音だけで直ぐに相手に気付かれてしまった。
 リザードマンは一声吼えると、矛を片手から両手に持ち替え、ひとっ跳びで川を飛び越えてきた。
 間髪入れずに鋭く突き出される矛に、お兄ちゃんは慌てて剣を構え、横から払うようにして受け止める。剣よりも動きは単純だが、奥から手前という直線の動きなので受け止めるのが困難だ。
 お兄ちゃんは一瞬の隙を見て、矛を受け止めたまま、肩口から体当たりを仕掛けた。打撃というよりも押し出す感じで後方へ追いやられたリザードマンは、川の中に足を突っ込ませ、尻餅を付いた。

 すると、相手は空を見上げ、笛のような声を発した。

「……しまった! 仲間を呼んだのか!!」

 そうと気付いた時には既に遅かった。
 対岸の坂の上に大勢のリザードマンが横にずらりと並び、いつでも動けるよう、剣や弓を構えている。
 口笛を吹いた一匹を先頭に、後ろから加わった曲刀を持つ二匹が加わって、三匹でジリジリと歩み寄ってくる。わたしとお兄ちゃんは逆に退くしか選択肢は無かった。

 息が漏れるような乾いた咆哮と共に、曲刀を持つ二匹が同時に飛び掛かってきた。お兄ちゃんはそれを頭上に構えた大剣で受け止める。
 直後、先程の矛を持ったリザードマンが突き攻撃を仕掛けてくるが、お兄ちゃんは身体をよじって何とか凌いだ。

「お兄ちゃん!!」

 もはや、気が気ではなかった。
 一人で三人以上を相手に出来るはずがないのだ。

 腰からククリを抜き、身構えた瞬間、背後から赤いシルエットが横切った。
 影は、リザードマン達の背後に回り込み、腕を振り上げてその堅い鱗を剥がすように次々と爪で引き裂いた。

「……ゾーイか!?」

 お兄ちゃんの叫びに、わたしも確信した。
 見た目は確かにエリカのままだが、明らかに様子が違う。耳と尻尾を立て、獣のように四本の脚で素早く動き、鋭い爪や牙で次々と敵を倒していく様は、いつもの彼女とワケが違った。
 敵を見据える目も鋭く、睨まれただけでリザードマン達が後ずさりするほどの力強い気迫だ。

「タイキ、ヒマリと逃げて。数、多い」

 応戦しながらも、エリカの声で彼女は言った。
 お兄ちゃんは頷いてわたしの手首を握ったが、振り返ったところで既に遅かった。
 背後にも武器を持ったリザードマンが大勢回り込んでいたのだ。逃げ場は既に失われてしまっている。

「お兄ちゃん、このままじゃ……!」

 お兄ちゃんは下唇を噛みながら、再び剣を構え、わたしを背中の後ろに隠した。

「突破口は俺が何としても開く。お前はその隙に逃げるんだ!」
「お兄ちゃんを置いて逃げるなんて、出来ないよ!」
「馬鹿野郎! 何のために旅に出たんだよ!? みんなとの約束を果たすためだろう!?」

 約束……。
 母さんとの約束。カイとの約束。キリルとの約束。ユウリママとの約束。
 ――そして、ミカルちゃんや、友達との約束。

 でも、約束を果たすために家族を失うだなんて……そんなことをしたら、わたしはこの、果てし無く続くプルステリアとしての一生で、永遠に後悔することになる。

「みんなで生きて帰るのも約束だよ! 全員が無事で帰らなかったら、わたしの帰るところなんてないんだから!」

 わたしは戦う姿勢を見せた。
 お兄ちゃんは目を閉じて眉に皺を寄せたが、やがて、わたしの背に自分の背をぴったりとくっつけた。

 なんて大きくて、あったかい背中なんだろう。
 それに比べてわたしは……ちっぽけで、全然頼りない、ただの女の子に過ぎない。

 ……それでも、わたしはお兄ちゃんを守るために戦う。これ以上、お荷物にされるのは御免なのだ。

「やれやれ。頑固な妹を持って苦労するぜ」

 口ではそう言っているが、ようやくわたしに大事な背中を預けてくれたのだ。……わたしは期待に応えねばなるまい。

「伏せろ!!」

 ……ふいに、上方から誰かの声が掛かった。
 リザードマンのものとは違う、甲高くて長い口笛が吹かれると、お兄ちゃんは直ぐにわたしの頭を胸元に抱え、丸くなってしゃがみ込んだ。

 次の瞬間、リザードマン達の悲鳴が連なった。
 頭上で次々と風を切る小さな音。きっと、これは弓矢だ。何者かが、わたし達を救ってくれている。

 音が止むと、僅かに残ったリザードマン達は小さく呻いて逃げていった。
 お兄ちゃんとわたしは恐る恐る顔を上げた。

「危なかったのです」

 背後から女の子の声がしたので振り返ると、肩口で切り揃えた白い髪と褐色肌の少女がそこに立っていた。見たことのない、涼しげな民族服に身を包んでいる。

「ナルー! こっちなのです!」

 少女は背後に呼びかけた。対岸の遠い木の上から小さな影がすとんと下りてきて、裸足だと言うのにゴツゴツした川辺を軽やかに駆けて来た。

「あー、ソトの人かー?」

 呑気な声で尋ねてきたのは、同じく白髪、褐色肌で同じような姿をした少年だ。二人とも、わたしと同い年ぐらいに見える。
 他にも、草むらを見れば、同族と思しき大人達が何名か潜んでいるのが判った。

「えっと……、助けてくれてありがとう。キミたちは?」

 尋ねると、少女は丁寧に頭を下げ、おじぎをした。

「アタシ、モアナ。こっち、幼なじみの、ナル、言います。……後ろの木の上、集落の戦士たちです」

 紹介された大人の戦士達は、少しばかり警戒しながらも、わたし達の前にぬっと姿を現し、軽く頭を下げた。その数、モアナとナルを入れて二十名余り。

「オメエたち、どっから、来た?」

 独特の訛りで話すナルは、明らかに日本人ではなさそうだった。顔立ちはどこかアジア系ではあるが、見た目だけでは国籍は解りそうもない。
 お兄ちゃんは前に出て、わたし達の目的を話した。

「日本サーバーから来たんだ。この、妹の病気を治すために、北に向かって旅してるところさ」
「ニホン……? 知らないトコ。北、行くのか? なら、別の道、ある。けど、コッチも困ってる」

 そこへ、三十代ぐらいの長身の男性がゆっくりとした歩調で歩いて来て、ナルの頭をくしゃっと撫でた。

「私、ナルの父、アドニア。先日の洪水のせい、土砂崩れ、あった。道、塞がれ、川沿いの道しか、この先、行けない。……だが、こっちの道、蜥蜴達の棲家。彼ら、我々の集落、襲って来る。何とかしたい、思って、息子の狩りのついで、見に来た。そうしたら偶然、君たち、遭遇した」
「そうだったんですか……」

 自動翻訳では難しい言語なんだろうか。ナルのお父さんことアドニアさんも変わった口調で話すが、意味は何とか理解出来た。
 アドニアさんは少し顔を上げ、わたし達のキャンプがある方を向いた。ここに来る前にエリカが焚き火をしていたのだろう。僅かだが煙が立ち上っている。

「ここ、危ない。もし、野宿、考えているなら、集落、案内する」

 わたしとお兄ちゃん、そしてゾーイから戻ったエリカは互いに顔を見合せ、同時に頷いた。

「……すみません。お願いします」


 ◆


 キャンプ道具を手っとり早く片付けた後、アドニアさん達に連れられて徒歩で彼らの集落へと向かった。
 対岸を歩いて十分ほどらしい。その間に、わたしは自分たちの自己紹介を済ませ、互いを知るために少しばかり会話をした。

「あんな危ないところに、何でナルやモアナも付いてきたの?」
「ナル、お勉強なのです」モアナは相変わらずのおかしな口調で応えた。「十四歳になると、男の子は狩りの練習、来ます」

 現世での習慣だったのだろうか。見たところ特徴的な民族服だし、もしかしたらどこかの少数部族なのかもしれない。

「でも、モアナは女の子だよね? 何でこんな危ないところまで付いてきたの?」
「えーと、それは……」

 答えにくい、というより、どこか恥ずかしそうに頬を押さえている。
 代わりにナルが答えた。

「オイラとモアナ、ケッコンすんだ」
「え……えええっ!?」
「ちょっと、ナルー!?」

 ストレートに話したナルの口を、モアナが慌てて塞ごうとする。
 それでもモアナの手を踊るように躱しながら、自慢げにナルは語った。

「オイラ達、十四でオトナ。狩り覚えて、奥さん、決めるんだ。モアナ、オイラとコンヤク。狩り見届ける。コレ、部族の『アタリマエ』だ」

 ……つまり、こういうことだ。
 十四歳になった部族の男の子はその歳で婚約するため、女の子を連れて初めての狩りに出るらしい。
 誘われた女の子は男の子の狩りを見て、如何に逞しいか強いかをその目で確認し、結婚するかどうかを見極めるのだ。……要するに、プロポーズということになる。わたし達は偶然にも、その現場に居合わせてしまったのだ。

 ちなみにナルの父親であるアドニアさんが同行しているのは万が一のためと、息子がしっかり狩りをこなせるか、大人達という「小隊」を引き連れてちゃんと狩りが出来るか、という見届け役でもあった。

「えっと……なんかお邪魔だったかな」
「そ、そんなことないのです! どんな問題、出会っても、自分、解決するのです。……それが出来たナル、一人前なのです!」

 頬を真っ赤に染めて必死に話すモアナに、ナルもさすがに恥ずかしいようで顔を背けてしまっている。
 モアナの気持ちは既に決まっている。狩りの成功もきっちり見届けた。……この後の二人の行方がどうなるかは、言うまでもない。

「モアナは今年十三だっけ?」
「はいなのです」
「……そっちの集落じゃ、それで大人になっちゃうんだね」

 もっとも、わたしは元々十八歳だったわけだが。
 それでも恋愛を経験したことのない自分には、遠い未来の話のように思えてくる。

「約束された恋愛かぁ」エリカがぼんやりと呟いた。「ロマンチックだわ。結婚を約束して、一緒に大人になっていくんだもの」

 ところが、お兄ちゃんは意見が違うようで。

「そうか? 子供の頃好きだった子が、大人になったら妙な教養が身について逆に接しにくいってケースもある。その頃には冷めてしまう恋愛だってあるだろ?」

 エリカは腕を組んでうーんと唸った。

「ちょっと引っかかる言い方だけど……そうねえ。必ず成功するって限らないものね」
「そんなことないのです!」

 モアナは拳を握り締め、強い口調でエリカに迫った。

「モアナ、もう、決めたのです! ナルと一緒! 絶対、幸せなのです!」
「おぉ……!?」

 モアナの意志は揺るがない。ナルの方に目を向けると、彼は耳まで顔を真っ赤にし、すっかり俯いて口許をへの字に結んでいた。
 そんな彼らを、アドニアさんはニコニコと見守っている。二人のことをずっと応援していたのだろう。

「ナル、幸せにするんだぞ」

 アドニアさんはそう言ってナルの肩をポンと叩いた。ナルは何も言わなかったが、小さくコクリと頷いた。


 ◆


 森の中にある彼らの集落に到着すると、住人達はまず、大げさと言うぐらいに驚き、それから盛大に我々を歓迎した。
 家という家からは、これでもかという数の人間が姿を現し、我々を祝福するかのように謎めいた仕種で丁寧にお辞儀をした。
 わたし達はどうしたらいいか判らぬままモアナに引っ張られて、人と人の間に出来た道を縫うようにして通された。

 ……そう言えば、この集落、わたし達のモノとは少し構造が違うようだ。
 家も近代的ではなく、かなり原始的な茅葺屋根と丸太壁の木造住宅である。
 部族と称される集まりは、元ある文化を崩さないようにと、このような家に住まうのだろうか。

「族長様の家なのです」

 族長の家は集落の中心にあった。それと判る程大きな家で、屋根には巨大な鹿の角のような飾りと、軒には貝殻の風鈴がいくつもぶら下がっていて、間もなく冬だと言うのに涼しげな音を奏でている。
 部屋には……香だろうか。芳醇で落ち着く何らかの香りで満たされ、神聖で厳かな雰囲気を醸し出していた。

「おお。良く来た。まだ見ぬ、ソトの兄弟達よ。我ら、『マウ・ラ』。そなたら、大きく、歓迎する」

 身体中に深い皺を刻み込んだ、細身で長身の老人が部屋の奥に座っていた。胡座のように片膝を曲げ、片膝は立てて座り、立てた膝を抱える腕には木で出来た立派な杖を携えている。地面を這うようにして伸びる白い髭が実に見事で、確かに族長らしい貫祿のようなものを漂わせていた。

「ヒマリと申します。こっちは兄のタイキ、こっちは友達で家族のエリカです」

 わたしの紹介に、二人は深々とお辞儀をした。
 族長はその言葉を噛みしめるように大きく頷き、一言、「訊こう」と力強い声を発した。

「最近、ソトの兄弟、増えている。ここ、来て、どれくらい経つ?」
「えっと……もうじき、四カ月です」

 族長はそれを聞いて、心に秘めた考えと何かが一致したのか、今度は小さく何度か頷いた。

「我々、ずっと、ここ、いる。ソトの者より、ずっと長い」
「ずっと……?」
「百年……或いは千年。何世代も、続く。我ら、動くこと、ない。だから、突然現れたソトの兄弟、不思議」
「まさか……」

 ――そんなの、有り得ない。
 わたしはその言葉を言いかけて、危うく飲み込んだ。だって、プルステラはほんの数年前に開発を始めたばかりなのだ。それ以前にここにいた、なんて話、信じられるものか。
 ……そんな考えを見透かすように、族長はわたしの目を見て言った。

「信じる、難しい、判る。アナタ、来たばかり。我々、この地の民。蜥蜴達も、ソレ、同じ。……女神様に誓う。けして、嘘違う」

 族長は隣の部屋を指し示すように、掌を向けた。
 部屋、というよりはまるで家の中に造られた神社かお寺のような空間がそこにあった。
 壁には大きな掛け軸が飾られ、その下には木彫りの女神像と、あの香りの元となる線香を焚いた香炉、そして、お供え物と思しき果物が五種類、祀られている。

 掛け軸に描かれたのは、白い衣を纏った神々しい女性だ。これが族長の言う女神様なのだろう。どこかで見たような顔をしているが、それが誰なのかは思い出せない。

 しかし、これを見た限り、族長の話も満更、嘘ではない気がしてくる。
 掛け軸は何百年と経過したお宝物のように色褪せており、例え十年経ったとしても、このような色褪せ方はするものではないのだ。

「……信じます」

 わたしはひとまずそう答えて族長を安心させることにした。
 ややこしいことをして話を拗らせては、この先にも行けなくなるだろうからだ。

「ありがとう。素直、いいこと。……だが、ここ、来た、どうやって?」

 どう答えていいものか、と考えあぐねていると、モアナがそっと救いの手を差し伸べた。

「族長様。それより、この者達、道塞がれた、困っているです。どうしても北、行きたい、事情あるです。何とか、できませんか?」

 族長は、もう一度わたしの目を見た。
 どうも、この目に見つめられると、心の内を見られているような気がしてならない。

「この子は、ある種の病気を抱えています」今度はお兄ちゃんが助け船を出した。「激しい運動をすると、記憶を失ってしまうんです。我々はこの病気を治すため、一刻も早く北へ急がねばなりません」

 記憶のことはまだモアナとナルには伝えていなかったので、二人は目を丸くして驚いた。

「……ここ、『パウオレアの森』、広い。とても、とても」

 族長は謳うような抑揚で話した。

「外れの道、険しい、もっと。……しかし、蜥蜴、邪魔する。彼らの棲家、ある。退治、必要」

 つまるところ、リザードマン達の棲家はこの先にあると言うのだ。フラグ・ピラーへ向かうためには何がなんでもリザードマン達を倒し、通るしかない。

「ヒマリ、エリカ。ここは彼らに協力してリザードマン達の討伐を手伝うのが一番だと思うんだが。……勿論、ヒマリは後方支援でな」

 お兄ちゃんの提案に、わたしは迷わず頷いた。

「賛成。助けてくれたし、恩返しはしなくちゃね。……後方支援ってのが引っかかるけど。……エリカは?」
「マリーがそう言うなら、私も賛成よ」

 お兄ちゃんは頷くと、族長に向き直った。

「……族長。良ければ、俺達もリザードマンの退治を手伝わせて下さい。先程は遅れを取りましたが、以前、彼らを倒した経験があるんです」

 族長は小さな目を大きく見開き、杖を持って、大げさに天を仰ぐ仕種をした。

「おお……。女神様、戦士、遣わした。感謝する。……だが、今日、もう遅い。村、泊まる。明日、皆で戦う。それ、良いか?」

 お兄ちゃんはわたし達に確認の合図を取り、わたしもエリカも、賛成というように頷いてみせた。

「はい。ご厚意に感謝致します」

 族長は満足そうに微笑むと、手を二度叩いた。

「モアナ」
「はい」
「この者達、寝床、与える。頼めるか?」
「了解なのです。……皆様、こちらへ」

 わたし達は族長にお礼を言ってから、入り口で待つモアナに付いていった。

「族長様、ソトの人、不思議、思ってるのです」

 全員が外に出たところで、モアナが小さい声で話し出した。

「同時に怖い、思ってる、かもです。アタシ達、この付近、誰もいなかった、知ってるのです。ヒト、突然現れる、ないのです」
「……そうだね」

 わたしはその理由を説明しようとしたが、反って怖がらせるだけだと思い、すんでのところで留めた。
 まさか、プルステラがほんの数年前に出来た世界だ、なんて言って信じて貰えるだろうか。
 もし、それを知ったら、ここの民は皆、自分の存在に疑問を抱くだろう。

 ……この件に関して、考えられることが二つある。

 一つは、この集落の民がプルステラのNPCとして生み出された存在だということだ。
 長い部族の歴史を続けてきたと「裏付け」された、架空の民。モアナとナルも、二人が結ばれるようシナリオの上で仕向けられていたのか、或いは独自のAIでそうなる可能性があったってだけなのか……。
 どっちにしても、役割を与えられ、演技ロールするだけという存在ならば、こうしてわたし達を出迎えるのも数知れないパターンの一つ、ということになる。

 もう一つは、彼らが、何らかの特別な形でアニマリーヴしてきた、生きたアニマであるということだ。
 記憶や姿を改竄され、あたかもずっとここにいるかのように定められたのかもしれない。

 可能性として考えられるのは前者だ。しかし、後者が本当だとしたら、改竄されたのは彼らだけとは限らない。わたし達もアニマリーヴの際に、何らかのデータ改竄を行われている――そんな可能性も考えられるからだ。

 アニマリーヴした、と「思わされた」のかもしれない。
 七月七日にこの世界に来た、と「思わされた」のかもしれない。

 そんな途方もないことを考え出した瞬間、わたしは恐怖の余り身震いをした。

「……どうした、ヒマリ?」
「な、何でも……」

 お兄ちゃんにも、エリカにも、この事はしばらく黙っていよう。
 ちゃんとした証拠を掴むまでは、ヘタに何か言うべきではないのだ。

「ここ、なのです」

 族長の家から三百メートルぐらい離れた位置にある、高床式の家屋。
 他の一般の家よりも若干小さめではあるが、あまり使われていないせいか、一番綺麗に造られているように見える。
 中には何も置かれておらず、強いて言えば、茣蓙のようなマットが敷かれているだけである。

「お客さん、いつでも泊まる、出来るように、用意してるです。でも、ヒマリたち、最初。アタシ、大きく、感動なのです」

 外部から来た人間をもてなす習慣は元々あったらしい。しかし、彼らの言う長い歴史の中で、プルステリアこと「ソトの兄弟」がいなかったから、このように使われず、形だけが残るようになってしまったのだ。

「ねえ、お兄ちゃん。もしかしてわたし達、物凄いお客さんとして呼ばれたのかな?」
「かもな。実際に『ソトの兄弟』がプルステラにやって来たのは、一年も満たないからな」

 プルステリアの集落はこの辺には存在せず、マウ・ラの集落も道から外れた森の真っ只中だ。誰も立ち寄ることが無かったのだろう。

「ヒマリ、お腹空く、ありますか?」

 モアナは自分のお腹を摩る仕種で尋ねた。

「あ、うん。少しだけ」
「なら、もう少し、待つのです。ソトの兄弟、祝う、大きいご馳走、用意するです」

 ご馳走と聞いてエリカが耳と尻尾を動かした。
 本能的に動かしてしまったのだろう、自分で気付いたエリカは頬に手を当てて顔を染めた。

「……あ、わ、私ったら……! んもう。ゾーイが食い意地を張るからよ!?」

 わたしはニヤニヤと笑いながらそのお腹を人指し指で小突いた。
 エリカは「ひゃん!」と可愛い声を上げて背筋を延ばした。

「エリカも、でしょ?」
「や、やだなあ、信じてよ、マリー。私、そんなに食いしん坊じゃないのよ!?」

 しかし、トドメとばかりにお腹が情けない音を鳴らしたので、エリカはうずくまって顔を伏せてしまい、わたしやお兄ちゃん、モアナまでもが、大声で笑い転げてしまったのだった。
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