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Section3:揺れる魂(アニマ)
25:激戦! はじめての運動会 - 3
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午後の種目はチャンバラ騎馬戦以外にもいくつか参加するべき種目があったのだが、緊張のあまりだろうか、自分が何をしていたのか、あまり覚えていなかった。
得点ボードでは、プログラムの半ばを超えても両チーム共にほぼ同得点をキープしていた。生徒達の緊張も、疲労すらもピークに達しており、もはや横で会話しよう、なんて者は誰一人としていなかった。
『チャンバラ騎馬戦に出場する選手の皆さんは、待機場所に集まって下さい』
アナウンスが流れ、胸が強く叩かれたように高鳴る。
ミカルが、すっくと立ち上がった僕を見上げ、期待の眼差しを送った。
「……頑張ってね、ヒマリちゃん」
僕は頷き、髪を結び直して集合場所に赴いた。
途中、タイキや両親が頑張れと声をかけてきたのを軽く手を振って応えたが、もはや周りの音は聞こえていないのも同然だった。
――なんと静かで、穏やかな空気か。
いつの間にか、僕とその周囲の空間が切り離されたように孤立し、全ての色が褪せたように見えた。走る選手に声援を送る生徒達――その紅白すら判らない程に。
僕は自分でも驚くほどゆっくりと選手達の列に加わり、体育座りで待機する。
「…………!」
誰かが話しかけてきた。ゆっくりと首を動かすと、ムツミとレンが深刻な表情で僕を見ていた。
口の動きがゆっくりで……そういえば、自分やトラックを走る選手達の動きも、一挙一動が判るぐらいのスローモーションに見えていた。
「……さん! ミカゲさん!」
「……あ」
はっと我に返ると、血が通うように全ての感覚が戻ってきた。くすんでいた全ての色も鮮やかさを取り戻す。
「どうしたんだ、一体? 目が虚ろだったぞ」
いつも冷静なムツミが驚いた表情を見せた。それほどまでに僕は異常に映っていたのだろうか。
「ご、ごめん。なんか、緊張でぼうっとしてた」
「気分が悪いなら保健室で休めよ」レンが言った。「連日の練習で気が抜けたのかもしれねーな」
ううん、と僕は首を横に振った。
「大丈夫。もう平気だからよ」
実際、言葉に嘘はない、と思う。緊張も解け、いつもの調子に戻っている。それどころか、ずっと晴れやかな気分になった。
朝日に照らされて起きたばかりのような、心地よい快感。うんと背伸びをし、新鮮な空気を肺一杯に満たす。後は出番を待つだけだ。
しばらくして、一つ前の種目の決着が着いた。校舎裏に待機していたので、合計点数の変動は判らない。
……などと気にしていたら、ミカルと個人チャットで連絡を取っていたレンが言った。
「点数、前の種目から隠されたみたいだぜ。
何点加算されるかも秘密だってよ」
「へぇ。だったら尚更点数を気にする必要はないね!」
勝とうが負けようが、僕らが最善を尽くすということには変わりない。全ては、このチャンバラ騎馬戦で決着が着くのだ。
「選手のみなさーん、入場してくださいー!」
フジノ先生のおっとりとした掛け声で一斉に立ち上がる。こんな殺伐とした種目に審判として選ばれたらしいが……この人選だけは何かが間違っているような気がしてならなかった。
白は向かって右手、赤は向かって左手に移動する。正面には僕らの組の観客席と、奥には家族の姿。
いくつもの声援に混じってミカルの声が聞こえてきた。聞き慣れた声だ。誰よりも頑張って僕らの名を叫んでいる。
――そんなに声を張り上げなくたって、聞こえるよ。
デジタルの音量なんかじゃない。ミカルの気持ちが直に伝わってくるのが手に取るように判る。
歩きながら左手の校舎を見ると、確かに得点ボードの点数が消えていた。得点ごときに気持ちが乱されぬようにという教師の配慮にありがたみを感じる。
選手達が各々の配置に付き、先頭の騎手と騎馬が、一騎ずつ一カ所に固まった。
一戦目に五年生、二戦目に六年生。最後の三戦目で全員での乱戦となる。
赤組の五年生の選手は僕らの期待通りに体格の大きい選手が集まった。参謀役であるムツミの指示通り、機動性よりも奇襲を目的とした役割となる。
三組のうち一組だけは小柄な選手が用意された。彼らは僕と同じく逃げ回る囮役を果たすだろう。僕ら六年生よりは体格的にものすごくバランスのいいチームに思えた。
『第一回戦ー! 双方、騎馬を作れー!』
フジノ先生の気の抜けた合図で騎馬がしゃがんだ陣形を取り、裸足になった騎手が上に乗る。
配られたフルフェイスヘルメットとブレストプレートのベルトをきつく締め、真紅の盾に真紅の剣を握り、騎手達の上半身は赤色に統一される。
観客の声援がぴたりと止み、誰もが勝負開始の合図をじっと待つ。
『用――――意!』
手の鐙に乗った騎手がぐっと持ち上げられる。
全員が立ち上がったのを確認し、フジノ先生が一息後にピストルを鳴らした。
土を蹴飛ばし、駆ける双方の騎馬達。土煙がもうもうと立ち込める中、先頭を切って走る小柄の騎馬がぐるりと旋回しながらちょっかいを出していく。その後を追う騎馬は一組。バランスのいい、中ぐらいの体格とスピードの騎馬で、こちらの囮役の身長を僅かに上回っている。
「しまった。足止めか!」
ムツミが歯噛みした。囮を追い回す騎馬を攻撃するはずだった大柄の騎馬は、同じく大柄の他の騎馬に動きを止められている。先に小柄の騎手を倒し、三対二で挑むつもりなのだろう。
しかし、通常の騎馬戦とはワケが違う。これはチャンバラの要素を含んでいるのだ。
背の低い赤組の囮は頭上をガードしながら低い姿勢で相手の胸元を狙った。頭上に示された体力ゲージを少しずつ減らされながらも、相手のガードを潜り抜け、僅かだが、ダメージを返している。
しかし、不利であるという状況は変わらない。こちらの囮役は敢えなく撃沈。ヘルメットが赤から白へと変わるのを確認すると、騎馬のままとぼとぼとこちらの陣地に帰って来た。それでも、敵のゲージを半分まで減らしたのは良くやったと言うべきだろう。
「おつかれさん」
「惜しかったねー」
みんなが拍手で迎える。騎馬から生徒に戻った騎手と騎馬達は、苦笑いを浮かべながらもどこか満足した様子だった。
戦いはまだ終わらない。対戦はいずれか三勝するか、時間切れになるまで行われる。
囮が倒されたと知った残りの赤い騎馬達は、相手の攻撃をはね除けて、体力が半分の中型騎馬を叩きに向かったのだが、速度は圧倒的にあちらが上で、いくら追い回しても追いつけない。
――来たら叩いてやる。そんな姿勢で再び大型同士で撃ち合い、何とか一騎を仕留める。これで同点だが、相手を仕留めたこちらの一騎は体力がごく僅かしかない。
残る赤組の一騎が防御に徹しながら攻撃を食い止め、瀕死の騎馬のサポートに回った。この大型は絶対に通さない――でなければ、あっと言う間に決着が着いてしまうのだ。
意図を理解した瀕死の騎馬が白組の中型を追う。移動速度は遅いが、彼のチャンバラはそれなりに強い。
敵の中型騎馬は距離を取りながら、何とか隙をついて倒そうとするようだ。じりじりと横に移動しながら様子を伺っている。
一方、もう一組の大型同士の対戦が白熱。盾と棒でつばぜり合いの状態となり、力で有利な相手が強引に騎手を押し倒そうとしている。
転倒も負けだ。瀕死の騎馬は方向を変え、救助に向かった。
――が、それは罠だった。
ぱっと手を放した白の騎手が、向かってくる瀕死の赤い騎手に鋭い面を喰らわせた。ヘルメットが瞬時に白に変わり、愕然となる。
残りが一騎と知るや、中型も一緒に攻めてきた。上段と下段からの攻撃に成す術も無く、ゲージはあっと言う間に無くなり、負ける。
「あー……」
嘆息を洩らす一同。これで勝数は赤組一勝、白組三勝となった。
「しかし……良くやったなぁ。どっちもいい動きしてたぜ」
そう言いながら、レンは裸足になり、軽い準備運動をする。僕も同様に準備運動を始めた。
「次は絶対勝とう。三戦目のためにリードしなくちゃ」
「そうだな。パーフェクトが狙えればいいが」
「パーフェクトまで行かなくても第三戦がある」危険防止のために眼鏡を取ったムツミが落ち着いた声で言った。「二戦目は軽くならしていこう」
さすがは参謀である。二戦目で力尽きては三戦目に繋がらない。総力戦となる三戦目こそパーフェクトを狙うつもりで行かなければ、一気に得点を取られてしまうだろう。
『第二回戦ー! 双方、騎馬を作れー!』
フジノ先生が二戦目を告げる。騎馬が組み立てられ、僕は手で組まれた鐙の上に乗った。ヘルメットを被り、プレートを装着し、盾と剣代わりの棒をしっかりと握る。
……あの日、リザードマンやディオルクに命を賭した戦いを思い出しながら、奥歯をぐっと噛みしめる。
「ミカゲ。思い切ってやっちゃってくれよ」騎馬を形成する男子生徒の一人が言った。「騎馬の動きはこっちに任せとけ」
「うん。お願いね」
離れたい時に離れ、近づきたい時に近づく。そういった意思疎通も騎馬戦には大事なことだ。一応合図となる指示は用意されているので、きちんと指示を伝えるためにチームチャットを使うことにする。
基本的な移動の指示は全部で四つ。「左」「正面」「右」「停止」。その後ろに「攻め」「退避」「接近」「挟み打ち」といった目的を短く指示することで何をしたいかを伝える。それぞれの具体的な動き方は事前にみっちりと練習していた。
騎馬が完成し、こちらの全三騎が立ち上がる。
緊張、というよりはわくわくとした感情が溢れるようで、僕は自然に顔を綻ばせていた。
『用――――意!』
ピストル音が鳴り響く。
ぐん、と身体が引っ張られる感覚。上半身を倒さないよう前傾姿勢を保ちながら、素早く目標を探す。
やはりバランスがいいのだろう。機動力の高い小柄の騎馬と、奇襲及び迎撃用の大柄の騎馬が二つ。
そのうち、奇襲をかける大柄の騎馬二騎が、いずれも僕を目指して方向転換をかけた。
――なんだ、みんな僕狙いか。
背の低い、しかも女子の騎手ということで簡単に釣れてしまったのだろうか。僕は内心ほくそ笑みながら、校庭のほぼ中央に来た時点で騎馬達に指示を与える。
『左旋回! 全速力で退避ー!』
「おう!」と声がかかり、騎馬は綺麗に弧を描いて背を向けて走る。首を回して確認すると、早速ムツミが背後から背の高い騎手を追いかけ始めている。作戦通りだ。
もう一騎は途中で反転し、やってきたレンを迎えた。意外に早く気付かれたからか、レンは若干戸惑いながら応戦している。
三騎目の騎馬が僕を追ってきた。機動力だけ見れば僕らよりも速い速度と思われる。
――ちょっと予定が狂ったけど、小柄同士なら楽勝か。
『右旋回! こっちに向かってくる騎手に迎撃!』
正面から顔を捉える。気迫が窺える男子生徒だ。身長は僅かに相手の方が高い。
「たあっ!」
「このぉっ!」
二つの棒が先端で交わり、ぐにゃりとしなる。素早く剣を引き抜き、両者共に盾を前面に構える。
騎馬はぐるぐると側面を取ろうと時計回りに動き続ける。相手も逃げるように旋回し、且つ、僕の背後を同時に狙ってくる。
「ふっ!」
左からふいに居合のように抜き出して放った一撃が相手の胸元……と思いきや、瞬時に構えた盾に直撃。――これは浅かった。
その隙に頭を狙ってくる一撃を盾で防ぐ。空いた胸元を狙われる前に、右後方から剣を斜めに振り上げ、どうにかブレストプレートに直撃。体力ゲージを僅かに削ったが、相手は怯まずに次の中段攻撃を仕掛けてくる。――それも盾で防ぐ。
「一旦退けー!」
不利と思ったか、相手の騎馬は踵を返した。しかし、突然の指示に戸惑った騎馬は、若干もたついている。意思疎通が出来ていない証拠だ。僕はチャンスとばかりに、素早く自分の騎馬に指示を出した。
『正面! 背後へ接近!』
逃げる騎手は盾を頭に構えたが、背中にも存在するプレートに剣を当てていく。見る見るうちに体力ゲージが減り、ついにそのシンボルカラーを赤色に染め上げた。
わっと歓声が沸く。だが、気は抜けない。双方に散らばった二騎の体力ゲージを確認すると、わずかにムツミが劣勢のようだ。……が、ここは敢えてレンの方に駆け付けた。
これも作戦のうちだった。一勝した場合、負けそうなところへ行って加勢するより、決着がつきそうな方を狙う。そうすれば一敗しても高い確率で二勝目が取れるだろう、という算段なのだ。
『左旋回! 全速力でレンの相手に挟み打ち!』
騎馬が「いち! にー!」と掛け声を上げながら、勢いをつけて走り出す。危うく急加速に振り落とされそうになりながらも、何とか留まった。
「後ろ! 後ろ来た!」
レンの相手をしていた騎手が慌てて自らの騎馬に報せる。騎馬はぐるりと旋回しながら真横に退避。挟み打ちにはならないものの、僕とレンは合流するようにそれを追いかけていく。
『危ない! ミカゲさん!』
唐突に浴びせられたムツミの個人チャットにはっと振り返る。
盾を構えるが遅い。僕のヘルメットに強烈な一撃が浴びせられ、軽いヒマリの身体は引っ張られるように背中側にぐらりと揺らいだ。
声を上げる間もない。気付いた時には落馬してしまっていた。
「っしゃー!」
相手チームの雄叫びにちょっとばかり悔しくなる。僕らは騎馬を崩してそそくさと退散した。
「んもー! 悔しいー!」
走りながら剣を振り回す僕に、騎馬達も、うーんと唸っていた。
待機している席には先に帰っていたムツミがそこに突っ立っていた。……つまり負けていたのだ。
「ごめん。先に負けちゃってた」
元気無く頭を下げる彼の肩をポンポンと軽く叩く。
「いいよ。次、頑張ろう」
残ったレンは意外にも活躍した。片方の攻撃を盾で受け止め、もう片方の攻撃も剣の先端で受け止め、ここぞというところで軽い方の騎手を盾で押し倒したのだ。僕が受けた仕打ちへの報復、とでも言うのだろうか。それで一本取ったものの、その後の一対一では惜しくも体力ゲージ分で負けてしまった。
二回戦の勝数はこれで赤二勝、白三勝。第一回戦との合計で赤三勝、白六勝となっている。次は最大六勝のチャンスがあるので、三騎までしか負けることが出来ない。
『総力戦は、とにかく乱戦になると思う』ムツミが最後の作戦をチームチャットで告げた。『聞こえは悪いけど、数の暴力だ。出来るだけ声を掛け合って複数人で固まって叩くようにしよう。孤立したら逃げるか助けを呼ぶこと』
『おう!』
皆は強い眼差しで応え、各々のスタート地点に立った。
『では、第三回戦ですー。双方、騎馬を作れー!』
騎馬に乗ると、右腕が少しばかり痛んだ。転んだ拍子に二の腕を擦り剥いてしまっていたらしい。
だが、その程度、戦場では掠り傷だ。ここで退くわけにはいかない。
『用――――意!』
三度目の破裂音。数を増した騎馬達が一斉に駆けていく。心なしか、先程よりも騎馬の速度が上がっているようだ。
僕は第一回戦の小柄の騎手を狙った。今度は人が多く、あちこちに騎馬が散らばっているため、回り込めるような逃げ場はない。予想通り、逃げるために旋回しようとした相手だが、それが出来ないことに気付くと防御に徹した。そこを何度か、先程の要領で背中を叩いてやり、赤色に染め上げる。
直ぐに振り返ると、背後から大柄の騎手が迫ってきた。五年生の仲間が背後からフォローしにかかるが、別の騎馬が邪魔をし、結局切り離される。
鋭い上段攻撃を盾で受け止めると、直ぐに返した剣で胸元が狙われる。これを反射的に剣で受け止めると、しなった分が軽く胸を叩き、僕の体力ゲージを僅かに削った……ようだ。頭上に固定された体力ゲージは自分では確認できないため、可能な時に仲間に申告してもらうしかない。
――と、誰かがその相手の背中を強打した。体力ゲージがごっそり減る。慌てて振り返り、僅かに見せた背を僕が横から殴りつける。――それで瀕死状態まで削った。
そこへ横から迫る別の敵の剣。これは何とか盾で防ぐ。目の前の敵はあと一撃で倒せるが、他の誰かが倒してくれるだろう。
『右旋回、全速で退避! 距離空けて! プランA実行!』
素早く指示を飛ばす。騎馬はぐるりと旋回するが、そこを狙おうとする相手に対し、僕は直ぐに後ろ向きの体勢に切り換えた。
「何っ!?」
後ろをぴったり付いて来た騎手が驚愕して身構える。
『停止!』
鐙に爪先立ちになり、若干乗り出すようにして渾身の面を叩き込む。幸い、その一撃はいわゆる「致命的」と判断されたようで、体力ゲージの九割が一気に削れた。近付いてきた五年生の騎馬が、背後から呆気に取られた相手にトドメを刺していく。
「ナイスファイー!」
僕らは軽く剣を交差させてハイタッチし、大きく旋回して戦線へ戻った。見れば、先程の瀕死の敵も仕留められている。
白組の騎馬達は焦りを見せていた。ここまでで先に三人が倒されているのだ。騎馬戦は人数が減れば減るほど不利になる。
ところが、残る敵もその後は粘り強く抵抗。いつの間にか大柄の五年生が二人とも強引な手口で転倒負けし、逆転もあり得る状況と化してしまった。
残るは僕ら六年生三人と小柄の五年生一人。相手はいずれも大柄の騎馬だ。互いに指示を飛ばし合い、常に相手と正面に構えるようにする。
『ミカゲさん!』ムツミが叫んだ。『キミは機動力を活かして攻撃に回ってくれ! こちらはキミのサポートに徹する!』
『了解! ……騎馬、右旋回から正面! 右手の騎馬狙うよ!』
『おう!』
僕の騎馬が走り出し、後ろからレンやムツミ、五年生の騎馬が追ってくる。
『接近と同時にプランBに移るね!』
一応警告しておいてから、僕は曲げていた膝を伸ばし、左の膝を「鞍」に乗せた。
右の騎馬は僕を迎え撃とうと接近してきたが、先程の戦闘結果から少し警戒しているようだ。
『停止! プランBで迎撃!』
指示を飛ばしながら、僕は鞍の上に立った。
プランBは立ち上がることで相手よりも高い身長を保てるという戦法だが、停止状態じゃなければ転倒必死という諸刃の剣である。
真上から何度も大上段の攻撃で右の騎馬の頭を狙う。敵は盾を頭上に構えてガードするが、そこへレンとムツミがぴったりと騎馬を横につけた。
はっとなった右の騎馬が剣で攻撃を始める。攻撃は僕の腹や太股に当たったが、そこはダメージ判定される場所ではない。
そこへ左手から救援に来た二騎が、僕に攻撃を仕掛けてきた。猛烈なラッシュにたたらを踏み、バランスを崩してしまう。……が、それを右手のレンが受け止め、何とか体勢を立て直した。
「ありかよ……」
白の騎手がぼやいた。
僕とレンの、上、中段の連続攻撃に受け止められなくなった右手の騎馬がついに撃沈。再び鞍に跨がったところで左手のムツミから順番に一旦距離を取って旋回し、残る二騎と対峙する。
五年生は待機中だ。一人やられた時に補充するようにムツミから指示が飛んでいる。
『残り二分ですー!』
そこへ、フジノ先生のアナウンスが容赦なく告げられる。――しまった。時間制限のことをすっかり忘れていた。
二騎はあくまで僕を狙いたいらしい。一気に距離を詰めて攻め込まれ、旋回も出来ぬまま身体を仰け反らせながら防御に徹する。体力ゲージは半分近く減らされていたに違いない。
左右からムツミとレンの支援攻撃が浴びせられる。それでどうにか攻撃の手が緩むかと思いきや、何と防御を捨てて殴り掛かってくるではないか。何人負けようが三騎落とせば勝ちだ――という作戦なのだろう。僕は危うく転倒しかけ、何とか太股で鞍を押さえて起き上がった。
『ヒマリ! 大丈夫か!』
『まだ行ける! わたしの体力、ある?』
『半分を下回った。無理するなよ!』
致命打を喰らわなければそれでいい。最悪、頭への攻撃を肩に当たるように首を逸らせば、一発ぐらいの大ダメージは免れるだろう。
胸元への攻撃は難しいと思える。今、騎馬同士がぴったりとくっつき合い、横に薙ぐ攻撃は味方に当たる危険性がある。
相手は二騎。こちらは四騎。つまり、ここまでの合計の勝数は赤組七勝、白組八勝となっている。せめて一騎倒せれば、どうにか同点に追いつくのだが。
『もう一回プランB!』
騎馬も、僕も、体力は限界に近付いていた。
ふらふらと立ち上がろうとする僕に、正面の騎馬が容赦ない攻撃を仕掛けてくる。レンが食い止めようとするが、幾分か間に合わない。
『瀕死だ! もう持たないぞ!』
立ち上がると同時に、レンが僕を見上げながら叫んだ。
立ち上がってしまえばこっちのものだ――そう思っていたが、甘かった。
相手は頭上への攻撃を諦め、僕の足を徹底的に攻撃してきた。
「いたっ!」
弁慶の泣きどころを引っぱたかれて崩れそうになる。
ダメージはない。だが、転倒させられればそこで終わりだ。
「このっ!!」
大上段からの攻撃。当然ながら盾で防がれる。
縫うように出されるレンの中段攻撃。……これも攻撃は浅い。
ムツミはもう一騎を止めるので忙しいし、どうしたらいいのか……。
『残り一分ー!』
時間がない。このまま倒せぬまま時間が過ぎたら負けは確定だ。一人倒しても、一人犠牲になればそれは負けになる。
――覚悟を決めろ、ヒマリ!
焦り、緊張、興奮……あらゆる感覚で全身を満たすと、再び世界は色褪せて見えた。
耳に入る声援も、叫びも聞こえなくなり、時の流れが途端に遅く感じられる。
行ける、と確信した。
僕は正面の騎馬ではなく、ムツミが叩いている側の騎馬の空いている頭に、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
ヘルメットのど真ん中に当たり、その首がぐらりと傾ぐ。多分、致命打になっただろう。
そして、返す刃で正面の騎馬を狙って攻撃すると。
「え……」
途端に眼中に映る全ての景色が燃えるような赤に変わり。
急に訪れた浮遊感覚と共に、いつの間にか僕の意識は闇に閉ざされていた――。
得点ボードでは、プログラムの半ばを超えても両チーム共にほぼ同得点をキープしていた。生徒達の緊張も、疲労すらもピークに達しており、もはや横で会話しよう、なんて者は誰一人としていなかった。
『チャンバラ騎馬戦に出場する選手の皆さんは、待機場所に集まって下さい』
アナウンスが流れ、胸が強く叩かれたように高鳴る。
ミカルが、すっくと立ち上がった僕を見上げ、期待の眼差しを送った。
「……頑張ってね、ヒマリちゃん」
僕は頷き、髪を結び直して集合場所に赴いた。
途中、タイキや両親が頑張れと声をかけてきたのを軽く手を振って応えたが、もはや周りの音は聞こえていないのも同然だった。
――なんと静かで、穏やかな空気か。
いつの間にか、僕とその周囲の空間が切り離されたように孤立し、全ての色が褪せたように見えた。走る選手に声援を送る生徒達――その紅白すら判らない程に。
僕は自分でも驚くほどゆっくりと選手達の列に加わり、体育座りで待機する。
「…………!」
誰かが話しかけてきた。ゆっくりと首を動かすと、ムツミとレンが深刻な表情で僕を見ていた。
口の動きがゆっくりで……そういえば、自分やトラックを走る選手達の動きも、一挙一動が判るぐらいのスローモーションに見えていた。
「……さん! ミカゲさん!」
「……あ」
はっと我に返ると、血が通うように全ての感覚が戻ってきた。くすんでいた全ての色も鮮やかさを取り戻す。
「どうしたんだ、一体? 目が虚ろだったぞ」
いつも冷静なムツミが驚いた表情を見せた。それほどまでに僕は異常に映っていたのだろうか。
「ご、ごめん。なんか、緊張でぼうっとしてた」
「気分が悪いなら保健室で休めよ」レンが言った。「連日の練習で気が抜けたのかもしれねーな」
ううん、と僕は首を横に振った。
「大丈夫。もう平気だからよ」
実際、言葉に嘘はない、と思う。緊張も解け、いつもの調子に戻っている。それどころか、ずっと晴れやかな気分になった。
朝日に照らされて起きたばかりのような、心地よい快感。うんと背伸びをし、新鮮な空気を肺一杯に満たす。後は出番を待つだけだ。
しばらくして、一つ前の種目の決着が着いた。校舎裏に待機していたので、合計点数の変動は判らない。
……などと気にしていたら、ミカルと個人チャットで連絡を取っていたレンが言った。
「点数、前の種目から隠されたみたいだぜ。
何点加算されるかも秘密だってよ」
「へぇ。だったら尚更点数を気にする必要はないね!」
勝とうが負けようが、僕らが最善を尽くすということには変わりない。全ては、このチャンバラ騎馬戦で決着が着くのだ。
「選手のみなさーん、入場してくださいー!」
フジノ先生のおっとりとした掛け声で一斉に立ち上がる。こんな殺伐とした種目に審判として選ばれたらしいが……この人選だけは何かが間違っているような気がしてならなかった。
白は向かって右手、赤は向かって左手に移動する。正面には僕らの組の観客席と、奥には家族の姿。
いくつもの声援に混じってミカルの声が聞こえてきた。聞き慣れた声だ。誰よりも頑張って僕らの名を叫んでいる。
――そんなに声を張り上げなくたって、聞こえるよ。
デジタルの音量なんかじゃない。ミカルの気持ちが直に伝わってくるのが手に取るように判る。
歩きながら左手の校舎を見ると、確かに得点ボードの点数が消えていた。得点ごときに気持ちが乱されぬようにという教師の配慮にありがたみを感じる。
選手達が各々の配置に付き、先頭の騎手と騎馬が、一騎ずつ一カ所に固まった。
一戦目に五年生、二戦目に六年生。最後の三戦目で全員での乱戦となる。
赤組の五年生の選手は僕らの期待通りに体格の大きい選手が集まった。参謀役であるムツミの指示通り、機動性よりも奇襲を目的とした役割となる。
三組のうち一組だけは小柄な選手が用意された。彼らは僕と同じく逃げ回る囮役を果たすだろう。僕ら六年生よりは体格的にものすごくバランスのいいチームに思えた。
『第一回戦ー! 双方、騎馬を作れー!』
フジノ先生の気の抜けた合図で騎馬がしゃがんだ陣形を取り、裸足になった騎手が上に乗る。
配られたフルフェイスヘルメットとブレストプレートのベルトをきつく締め、真紅の盾に真紅の剣を握り、騎手達の上半身は赤色に統一される。
観客の声援がぴたりと止み、誰もが勝負開始の合図をじっと待つ。
『用――――意!』
手の鐙に乗った騎手がぐっと持ち上げられる。
全員が立ち上がったのを確認し、フジノ先生が一息後にピストルを鳴らした。
土を蹴飛ばし、駆ける双方の騎馬達。土煙がもうもうと立ち込める中、先頭を切って走る小柄の騎馬がぐるりと旋回しながらちょっかいを出していく。その後を追う騎馬は一組。バランスのいい、中ぐらいの体格とスピードの騎馬で、こちらの囮役の身長を僅かに上回っている。
「しまった。足止めか!」
ムツミが歯噛みした。囮を追い回す騎馬を攻撃するはずだった大柄の騎馬は、同じく大柄の他の騎馬に動きを止められている。先に小柄の騎手を倒し、三対二で挑むつもりなのだろう。
しかし、通常の騎馬戦とはワケが違う。これはチャンバラの要素を含んでいるのだ。
背の低い赤組の囮は頭上をガードしながら低い姿勢で相手の胸元を狙った。頭上に示された体力ゲージを少しずつ減らされながらも、相手のガードを潜り抜け、僅かだが、ダメージを返している。
しかし、不利であるという状況は変わらない。こちらの囮役は敢えなく撃沈。ヘルメットが赤から白へと変わるのを確認すると、騎馬のままとぼとぼとこちらの陣地に帰って来た。それでも、敵のゲージを半分まで減らしたのは良くやったと言うべきだろう。
「おつかれさん」
「惜しかったねー」
みんなが拍手で迎える。騎馬から生徒に戻った騎手と騎馬達は、苦笑いを浮かべながらもどこか満足した様子だった。
戦いはまだ終わらない。対戦はいずれか三勝するか、時間切れになるまで行われる。
囮が倒されたと知った残りの赤い騎馬達は、相手の攻撃をはね除けて、体力が半分の中型騎馬を叩きに向かったのだが、速度は圧倒的にあちらが上で、いくら追い回しても追いつけない。
――来たら叩いてやる。そんな姿勢で再び大型同士で撃ち合い、何とか一騎を仕留める。これで同点だが、相手を仕留めたこちらの一騎は体力がごく僅かしかない。
残る赤組の一騎が防御に徹しながら攻撃を食い止め、瀕死の騎馬のサポートに回った。この大型は絶対に通さない――でなければ、あっと言う間に決着が着いてしまうのだ。
意図を理解した瀕死の騎馬が白組の中型を追う。移動速度は遅いが、彼のチャンバラはそれなりに強い。
敵の中型騎馬は距離を取りながら、何とか隙をついて倒そうとするようだ。じりじりと横に移動しながら様子を伺っている。
一方、もう一組の大型同士の対戦が白熱。盾と棒でつばぜり合いの状態となり、力で有利な相手が強引に騎手を押し倒そうとしている。
転倒も負けだ。瀕死の騎馬は方向を変え、救助に向かった。
――が、それは罠だった。
ぱっと手を放した白の騎手が、向かってくる瀕死の赤い騎手に鋭い面を喰らわせた。ヘルメットが瞬時に白に変わり、愕然となる。
残りが一騎と知るや、中型も一緒に攻めてきた。上段と下段からの攻撃に成す術も無く、ゲージはあっと言う間に無くなり、負ける。
「あー……」
嘆息を洩らす一同。これで勝数は赤組一勝、白組三勝となった。
「しかし……良くやったなぁ。どっちもいい動きしてたぜ」
そう言いながら、レンは裸足になり、軽い準備運動をする。僕も同様に準備運動を始めた。
「次は絶対勝とう。三戦目のためにリードしなくちゃ」
「そうだな。パーフェクトが狙えればいいが」
「パーフェクトまで行かなくても第三戦がある」危険防止のために眼鏡を取ったムツミが落ち着いた声で言った。「二戦目は軽くならしていこう」
さすがは参謀である。二戦目で力尽きては三戦目に繋がらない。総力戦となる三戦目こそパーフェクトを狙うつもりで行かなければ、一気に得点を取られてしまうだろう。
『第二回戦ー! 双方、騎馬を作れー!』
フジノ先生が二戦目を告げる。騎馬が組み立てられ、僕は手で組まれた鐙の上に乗った。ヘルメットを被り、プレートを装着し、盾と剣代わりの棒をしっかりと握る。
……あの日、リザードマンやディオルクに命を賭した戦いを思い出しながら、奥歯をぐっと噛みしめる。
「ミカゲ。思い切ってやっちゃってくれよ」騎馬を形成する男子生徒の一人が言った。「騎馬の動きはこっちに任せとけ」
「うん。お願いね」
離れたい時に離れ、近づきたい時に近づく。そういった意思疎通も騎馬戦には大事なことだ。一応合図となる指示は用意されているので、きちんと指示を伝えるためにチームチャットを使うことにする。
基本的な移動の指示は全部で四つ。「左」「正面」「右」「停止」。その後ろに「攻め」「退避」「接近」「挟み打ち」といった目的を短く指示することで何をしたいかを伝える。それぞれの具体的な動き方は事前にみっちりと練習していた。
騎馬が完成し、こちらの全三騎が立ち上がる。
緊張、というよりはわくわくとした感情が溢れるようで、僕は自然に顔を綻ばせていた。
『用――――意!』
ピストル音が鳴り響く。
ぐん、と身体が引っ張られる感覚。上半身を倒さないよう前傾姿勢を保ちながら、素早く目標を探す。
やはりバランスがいいのだろう。機動力の高い小柄の騎馬と、奇襲及び迎撃用の大柄の騎馬が二つ。
そのうち、奇襲をかける大柄の騎馬二騎が、いずれも僕を目指して方向転換をかけた。
――なんだ、みんな僕狙いか。
背の低い、しかも女子の騎手ということで簡単に釣れてしまったのだろうか。僕は内心ほくそ笑みながら、校庭のほぼ中央に来た時点で騎馬達に指示を与える。
『左旋回! 全速力で退避ー!』
「おう!」と声がかかり、騎馬は綺麗に弧を描いて背を向けて走る。首を回して確認すると、早速ムツミが背後から背の高い騎手を追いかけ始めている。作戦通りだ。
もう一騎は途中で反転し、やってきたレンを迎えた。意外に早く気付かれたからか、レンは若干戸惑いながら応戦している。
三騎目の騎馬が僕を追ってきた。機動力だけ見れば僕らよりも速い速度と思われる。
――ちょっと予定が狂ったけど、小柄同士なら楽勝か。
『右旋回! こっちに向かってくる騎手に迎撃!』
正面から顔を捉える。気迫が窺える男子生徒だ。身長は僅かに相手の方が高い。
「たあっ!」
「このぉっ!」
二つの棒が先端で交わり、ぐにゃりとしなる。素早く剣を引き抜き、両者共に盾を前面に構える。
騎馬はぐるぐると側面を取ろうと時計回りに動き続ける。相手も逃げるように旋回し、且つ、僕の背後を同時に狙ってくる。
「ふっ!」
左からふいに居合のように抜き出して放った一撃が相手の胸元……と思いきや、瞬時に構えた盾に直撃。――これは浅かった。
その隙に頭を狙ってくる一撃を盾で防ぐ。空いた胸元を狙われる前に、右後方から剣を斜めに振り上げ、どうにかブレストプレートに直撃。体力ゲージを僅かに削ったが、相手は怯まずに次の中段攻撃を仕掛けてくる。――それも盾で防ぐ。
「一旦退けー!」
不利と思ったか、相手の騎馬は踵を返した。しかし、突然の指示に戸惑った騎馬は、若干もたついている。意思疎通が出来ていない証拠だ。僕はチャンスとばかりに、素早く自分の騎馬に指示を出した。
『正面! 背後へ接近!』
逃げる騎手は盾を頭に構えたが、背中にも存在するプレートに剣を当てていく。見る見るうちに体力ゲージが減り、ついにそのシンボルカラーを赤色に染め上げた。
わっと歓声が沸く。だが、気は抜けない。双方に散らばった二騎の体力ゲージを確認すると、わずかにムツミが劣勢のようだ。……が、ここは敢えてレンの方に駆け付けた。
これも作戦のうちだった。一勝した場合、負けそうなところへ行って加勢するより、決着がつきそうな方を狙う。そうすれば一敗しても高い確率で二勝目が取れるだろう、という算段なのだ。
『左旋回! 全速力でレンの相手に挟み打ち!』
騎馬が「いち! にー!」と掛け声を上げながら、勢いをつけて走り出す。危うく急加速に振り落とされそうになりながらも、何とか留まった。
「後ろ! 後ろ来た!」
レンの相手をしていた騎手が慌てて自らの騎馬に報せる。騎馬はぐるりと旋回しながら真横に退避。挟み打ちにはならないものの、僕とレンは合流するようにそれを追いかけていく。
『危ない! ミカゲさん!』
唐突に浴びせられたムツミの個人チャットにはっと振り返る。
盾を構えるが遅い。僕のヘルメットに強烈な一撃が浴びせられ、軽いヒマリの身体は引っ張られるように背中側にぐらりと揺らいだ。
声を上げる間もない。気付いた時には落馬してしまっていた。
「っしゃー!」
相手チームの雄叫びにちょっとばかり悔しくなる。僕らは騎馬を崩してそそくさと退散した。
「んもー! 悔しいー!」
走りながら剣を振り回す僕に、騎馬達も、うーんと唸っていた。
待機している席には先に帰っていたムツミがそこに突っ立っていた。……つまり負けていたのだ。
「ごめん。先に負けちゃってた」
元気無く頭を下げる彼の肩をポンポンと軽く叩く。
「いいよ。次、頑張ろう」
残ったレンは意外にも活躍した。片方の攻撃を盾で受け止め、もう片方の攻撃も剣の先端で受け止め、ここぞというところで軽い方の騎手を盾で押し倒したのだ。僕が受けた仕打ちへの報復、とでも言うのだろうか。それで一本取ったものの、その後の一対一では惜しくも体力ゲージ分で負けてしまった。
二回戦の勝数はこれで赤二勝、白三勝。第一回戦との合計で赤三勝、白六勝となっている。次は最大六勝のチャンスがあるので、三騎までしか負けることが出来ない。
『総力戦は、とにかく乱戦になると思う』ムツミが最後の作戦をチームチャットで告げた。『聞こえは悪いけど、数の暴力だ。出来るだけ声を掛け合って複数人で固まって叩くようにしよう。孤立したら逃げるか助けを呼ぶこと』
『おう!』
皆は強い眼差しで応え、各々のスタート地点に立った。
『では、第三回戦ですー。双方、騎馬を作れー!』
騎馬に乗ると、右腕が少しばかり痛んだ。転んだ拍子に二の腕を擦り剥いてしまっていたらしい。
だが、その程度、戦場では掠り傷だ。ここで退くわけにはいかない。
『用――――意!』
三度目の破裂音。数を増した騎馬達が一斉に駆けていく。心なしか、先程よりも騎馬の速度が上がっているようだ。
僕は第一回戦の小柄の騎手を狙った。今度は人が多く、あちこちに騎馬が散らばっているため、回り込めるような逃げ場はない。予想通り、逃げるために旋回しようとした相手だが、それが出来ないことに気付くと防御に徹した。そこを何度か、先程の要領で背中を叩いてやり、赤色に染め上げる。
直ぐに振り返ると、背後から大柄の騎手が迫ってきた。五年生の仲間が背後からフォローしにかかるが、別の騎馬が邪魔をし、結局切り離される。
鋭い上段攻撃を盾で受け止めると、直ぐに返した剣で胸元が狙われる。これを反射的に剣で受け止めると、しなった分が軽く胸を叩き、僕の体力ゲージを僅かに削った……ようだ。頭上に固定された体力ゲージは自分では確認できないため、可能な時に仲間に申告してもらうしかない。
――と、誰かがその相手の背中を強打した。体力ゲージがごっそり減る。慌てて振り返り、僅かに見せた背を僕が横から殴りつける。――それで瀕死状態まで削った。
そこへ横から迫る別の敵の剣。これは何とか盾で防ぐ。目の前の敵はあと一撃で倒せるが、他の誰かが倒してくれるだろう。
『右旋回、全速で退避! 距離空けて! プランA実行!』
素早く指示を飛ばす。騎馬はぐるりと旋回するが、そこを狙おうとする相手に対し、僕は直ぐに後ろ向きの体勢に切り換えた。
「何っ!?」
後ろをぴったり付いて来た騎手が驚愕して身構える。
『停止!』
鐙に爪先立ちになり、若干乗り出すようにして渾身の面を叩き込む。幸い、その一撃はいわゆる「致命的」と判断されたようで、体力ゲージの九割が一気に削れた。近付いてきた五年生の騎馬が、背後から呆気に取られた相手にトドメを刺していく。
「ナイスファイー!」
僕らは軽く剣を交差させてハイタッチし、大きく旋回して戦線へ戻った。見れば、先程の瀕死の敵も仕留められている。
白組の騎馬達は焦りを見せていた。ここまでで先に三人が倒されているのだ。騎馬戦は人数が減れば減るほど不利になる。
ところが、残る敵もその後は粘り強く抵抗。いつの間にか大柄の五年生が二人とも強引な手口で転倒負けし、逆転もあり得る状況と化してしまった。
残るは僕ら六年生三人と小柄の五年生一人。相手はいずれも大柄の騎馬だ。互いに指示を飛ばし合い、常に相手と正面に構えるようにする。
『ミカゲさん!』ムツミが叫んだ。『キミは機動力を活かして攻撃に回ってくれ! こちらはキミのサポートに徹する!』
『了解! ……騎馬、右旋回から正面! 右手の騎馬狙うよ!』
『おう!』
僕の騎馬が走り出し、後ろからレンやムツミ、五年生の騎馬が追ってくる。
『接近と同時にプランBに移るね!』
一応警告しておいてから、僕は曲げていた膝を伸ばし、左の膝を「鞍」に乗せた。
右の騎馬は僕を迎え撃とうと接近してきたが、先程の戦闘結果から少し警戒しているようだ。
『停止! プランBで迎撃!』
指示を飛ばしながら、僕は鞍の上に立った。
プランBは立ち上がることで相手よりも高い身長を保てるという戦法だが、停止状態じゃなければ転倒必死という諸刃の剣である。
真上から何度も大上段の攻撃で右の騎馬の頭を狙う。敵は盾を頭上に構えてガードするが、そこへレンとムツミがぴったりと騎馬を横につけた。
はっとなった右の騎馬が剣で攻撃を始める。攻撃は僕の腹や太股に当たったが、そこはダメージ判定される場所ではない。
そこへ左手から救援に来た二騎が、僕に攻撃を仕掛けてきた。猛烈なラッシュにたたらを踏み、バランスを崩してしまう。……が、それを右手のレンが受け止め、何とか体勢を立て直した。
「ありかよ……」
白の騎手がぼやいた。
僕とレンの、上、中段の連続攻撃に受け止められなくなった右手の騎馬がついに撃沈。再び鞍に跨がったところで左手のムツミから順番に一旦距離を取って旋回し、残る二騎と対峙する。
五年生は待機中だ。一人やられた時に補充するようにムツミから指示が飛んでいる。
『残り二分ですー!』
そこへ、フジノ先生のアナウンスが容赦なく告げられる。――しまった。時間制限のことをすっかり忘れていた。
二騎はあくまで僕を狙いたいらしい。一気に距離を詰めて攻め込まれ、旋回も出来ぬまま身体を仰け反らせながら防御に徹する。体力ゲージは半分近く減らされていたに違いない。
左右からムツミとレンの支援攻撃が浴びせられる。それでどうにか攻撃の手が緩むかと思いきや、何と防御を捨てて殴り掛かってくるではないか。何人負けようが三騎落とせば勝ちだ――という作戦なのだろう。僕は危うく転倒しかけ、何とか太股で鞍を押さえて起き上がった。
『ヒマリ! 大丈夫か!』
『まだ行ける! わたしの体力、ある?』
『半分を下回った。無理するなよ!』
致命打を喰らわなければそれでいい。最悪、頭への攻撃を肩に当たるように首を逸らせば、一発ぐらいの大ダメージは免れるだろう。
胸元への攻撃は難しいと思える。今、騎馬同士がぴったりとくっつき合い、横に薙ぐ攻撃は味方に当たる危険性がある。
相手は二騎。こちらは四騎。つまり、ここまでの合計の勝数は赤組七勝、白組八勝となっている。せめて一騎倒せれば、どうにか同点に追いつくのだが。
『もう一回プランB!』
騎馬も、僕も、体力は限界に近付いていた。
ふらふらと立ち上がろうとする僕に、正面の騎馬が容赦ない攻撃を仕掛けてくる。レンが食い止めようとするが、幾分か間に合わない。
『瀕死だ! もう持たないぞ!』
立ち上がると同時に、レンが僕を見上げながら叫んだ。
立ち上がってしまえばこっちのものだ――そう思っていたが、甘かった。
相手は頭上への攻撃を諦め、僕の足を徹底的に攻撃してきた。
「いたっ!」
弁慶の泣きどころを引っぱたかれて崩れそうになる。
ダメージはない。だが、転倒させられればそこで終わりだ。
「このっ!!」
大上段からの攻撃。当然ながら盾で防がれる。
縫うように出されるレンの中段攻撃。……これも攻撃は浅い。
ムツミはもう一騎を止めるので忙しいし、どうしたらいいのか……。
『残り一分ー!』
時間がない。このまま倒せぬまま時間が過ぎたら負けは確定だ。一人倒しても、一人犠牲になればそれは負けになる。
――覚悟を決めろ、ヒマリ!
焦り、緊張、興奮……あらゆる感覚で全身を満たすと、再び世界は色褪せて見えた。
耳に入る声援も、叫びも聞こえなくなり、時の流れが途端に遅く感じられる。
行ける、と確信した。
僕は正面の騎馬ではなく、ムツミが叩いている側の騎馬の空いている頭に、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
ヘルメットのど真ん中に当たり、その首がぐらりと傾ぐ。多分、致命打になっただろう。
そして、返す刃で正面の騎馬を狙って攻撃すると。
「え……」
途端に眼中に映る全ての景色が燃えるような赤に変わり。
急に訪れた浮遊感覚と共に、いつの間にか僕の意識は闇に閉ざされていた――。
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