PULLUSTERRIER《プルステリア》

杏仁みかん

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Section12:真相

84:錯乱 - 4

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 わたしが狙われる原因。それはつまり、ユヅキがヒマリにならなければいけなかった理由と結びつくだろう。
 もちろん、狙われていたのはヒマリではなくユヅキの方だから、カイはユヅキにしか分からない伝言をVAHに残し、その手段で出会うキリルくんにも狙われていることを伝えた。伝言は成立している。
 また、ユヅキのログインを隠蔽するために、何者か──多分、これもアーク内で唯一動けただろうカイが、何らかの方法で──OSのソースコードを改竄して、ヒマリのアニマに変更されるよう仕組んだと考えられる。
 一方、アニマ・バンクではヒマリが転送される時刻を調べて、わたしと同時刻に転送されるように仕向けたか、或いは調整したんだと思う。この一連の作業を一人でやるにはとても無茶苦茶な内容だけど、カイの不可解な行動や言い残したメッセージの類を考えれば、そうなる可能性もアリなんじゃないかと思えてくる。

 それよりも、反乱が起きるって話の方が深刻だ。
 反乱の最終目標がバベルでないとしても、これからセントラル・ペンシルへ乗り込もうって時にそんなことをされたら、間違いなくプルステラ中のセキュリティレベルは上げられる。こちらの作戦が失敗に終わるばかりか、最悪、バベルを破壊されかねない。
 カイがしてきたことと、彼が絡んでいるかもしれない反乱の目的とが噛み合わないってのが一番気にはなるけど、それはそれ、これはこれだ。

「やっぱり、反乱のこと、オーランドさんに伝えよう! でないと、わたしたちの命も危ないよ」

 けど、キリルくんは腕を組んで困った顔をした。

「気持ちは分かるけど、伝書鳩の耐久度は限界なんだぞ? 限られた通信手段をここで使うのは得策じゃない」
「だって、反対派がいつ動くか分からないんだよ!? この後行う作戦の成功にだって掛かってる!」

 現世がどうなろうと構わない。キリルくんはきっとそう考えているに違いない。
 けど、少なからずこの世界に影響があるのなら、黙ってはいられないだろう。

「……まったく、仕方ないな。キミは一度言ったら聞かないからね」

 案の定折れたキリルくんは、インベントリからあの小箱を取り出した。

「不特定要素の多い推察はここまでにしよう。僕とエリカは作戦の準備を始めるよ。本当に時間が無さそうだ」

 エリカは口を尖らせる。

「……ホントにやるのね」
「もちろん」

 はあ、と大きく溜め息をついて立ち上がるエリカに同情しながら、わたしは伝書鳩を起動させた。
 直ぐにあちらの雑音が耳に届く。

『どうしたんだね? 今回の通信は一度終わったはずだが』
「ヒマリです。オーランドさん、現世でアニマリーヴの反対派が動いているかもしれません!」
『なに!? どういうことだ。詳しく聞かせてくれ』

 わたしは先程までの話を手早く説明した。
 ……なんだか、雑音が段々強くなってきている。

『にわかに信じられない話だが……信じるしかなさそうだな。……分かった。こちらで何とか──』

 ──ブツッ。

 唐突に、通信が途絶えた。
 伝書鳩が壊れてしまったのか、わたしが見る限りでは分からない。
 ……でも、伝えるべきことは伝えた。あとはオーランドさんに任せるしかないな。

「ヒマリ。急ぐぞ」

 いつになく、お兄ちゃんの言葉がよそよそしく聞こえるのは、先程までのやり取りがあったせいか。
 わたしは、なるべく平静を保ちながら頷いた。……会話はそれだけだった。


 ◆


「……分かった。こちらで何とかしよう」

 その言葉の後半は、きっと届いていないだろう。通信は途絶えてしまっていた。
 私は諸手を挙げたまま席を立った。後頭部には銃口が押しつけられている。

「さて、説明してもらおうか、エリック」

 私はそのまま振り返る。銃を構えているエリックの顔に殺人者のような殺気は感じられない。恐らく予定になかったのか、或いはバレて仕方なく、といったところか。
 そちら側に立って狼狽しないところを見ると、ブレイデンも一枚噛んでいたわけか。……ああ、そういえば、彼はエリックが連れてきたんだったな。
 いずれにせよ、私が招いたミスであることに変わりはない。もっと早く気付くべきだった。

「アニマリーヴ計画で狂わされた家族と人生。……全ては報復のためです。そのために、貴方を利用する必要があった」
「ジュリエットに見せた涙は……嘘だったのか?」
「いいえ。嘘じゃありません。途中までは、貴方のやることに賛同していた。そういう意味では、目的通りだったんです」
「では、何故裏切ったのだ?」
「裏切った? 勘違いしないで下さい。この計画には、貴方の協力が必要だった。共同戦線を張っていたんです。VR・AGES社が敵であることは我々にとっても同じ。その動向を知ることは必要だった。……でも、反乱を止めると仰るのなら別だ」

 カチリ、と撃鉄が引かれる。
 力の籠もった指先が、改めて引き金に沿えられる。

「いつからだ……?」
「一年前です。貴方が私に同情して頼ってくれたお陰で、偶然にも、彼らと接触できました。まさか、あの娘がこれほど早く反乱に気付くとは……少しヒントが過ぎましたか」

 ブレイデンは気味の悪い笑い声で身体を揺らした。

「お、お、俺は単純な理由だ。せ、世界に刺激がなきゃ面白くないからねえ」

 ……まあ、コイツは元々信用していなかったがな。

「それで? お次はどうするつもりなのかね」
「少し予定よりも早まりましたが、計画を実行に移すだけです。海底シェルターの柩を全て開け放ち、眠っていた彼らにブレイデンが解析したデータを見せ、アニマリーヴ計画が無意味であることを証明します」
「馬鹿な! そんなことをして何になる! 死者への冒涜か!?」
「そもそもの計画が死者への冒涜でしょう!?」

 エリックはムキになって叫び返してきた。

「あの世界にいる全ての人間は、限りなく本物に近いAIにしか過ぎない! 死とは…………、無惨に死んでいった、あのジュリエットのようなものです……!」

 エリックは血走った眼とむき出しの怒りを私に向けた。それは、紛れもなく彼の本心に違いない。

「……良かったよ。キミがそのように言ってくれて」
「なっ……!?」

 明らかに見える、焦り。
 ……僅かに、銃口の角度が揺らぐのを感じた。

「生と死。それが何たるかに対して、判断を間違えていないことだけは誇りに思う。やり方はまあ、少々強引だが……ね!」
「……っ!?」

 一瞬の隙に、銃は反転して私の手元に収まった。
 まったく。出来もしないことをやろうとするから、こうも隙だらけになるのだ。
 それか、本当に動揺したのかもしれんな、は。
 ブレイデンは一瞬目を丸くした後、つまらなさそうに口を尖らせた。

「まあ、さっきの様子だと、プルステラとの通信はもう出来そうにない。つまり、ここにいる必要は無くなったというわけだ」
「い、いったい、どうするつもりだ……!?」
「首謀者を吐け、エリック! そいつに直談判してやる」

 エリックの額に脂汗が浮かぶ。
 そうだ。私がちょっと本気になれば、誰だろうと吐く。それを知らぬエリックではあるまい。


 ◆


 ここ、ハワイ沖に浮かぶ無人島は、確か三十年ぐらい昔に新しく出来た小さな島で、一時期、どこの国の所有かで揉めたことがあった。国そのものがほとんど機能していない今、誰が乗り込もうと関係のないことではあるが、大いなる地球のご意志の前に国なんてものが如何に無意味でちっぽけな存在かと感じさせられる。

 振り返ると、地平線に沈む夕陽の光を浴びて二人の手首が眩い光を放っていた。エリックはともかく、ブレイデンまで同行させたのは、ヤツでなければ開かないような扉に備えてのことである。

「こんな状況だというのに、随分と落ち着いていられるな、エリック」
「あなたもでしょう、大佐」

 エリックはすかさず言い返してきた。鋭利な刃物で突つかれるような鋭さだ。

「馬鹿言え。お前には分かるまい。私の心は涙で溢れている。……溺れるほど息苦しいんだ」

 エリックは、捕縛されても取り乱すようなことはしなかった。表情からも何を考えているのか、まるで窺い知ることは出来ず、むしろ、堂々たる態度で無言を貫いている。自分のしてきたことは間違ってない、とでも言いたいのだろうか。
 彼らの活動において、確たる証拠はない。しかし、私に銃を突き付けたことだけは事実だ。少々強引な理由だが、手錠を付けてでも連れ出さなければ、アジトへの案内はしないだろう。
 正直言って辛い。何せ、拾ったあの日から息子のように面倒を見てきたエリックだからだ。本来なら軍人として情を表に出さずに接するはずだったのだが、いつの間にか、彼の前ではつい感情をさらけ出してしまっていた。

 エリックの目的は、今も昔も変わってはいないのだろう。
 六年前に拾った時、あいつは真っ直ぐな瞳で私に訴えた。──家族のために何でもする、働かせてくれ──と。その気持ちが本当なら、反乱だろうが、労働だろうが、結果的に家族を救えればいいのだと、そう考えているはず。
 だとすれば、このように落ち着いていられるのにも納得する。反乱こそが世界だけでなく家族をも救うのだと信じているのなら、エリック一人を捕らえたところで何も変わりはしないのだ。

 ……やれやれ、似た者兄妹だったってことか。
 兄も妹も、結局は最後までアニマリーヴ計画に抗っていたってわけだ。その行動力にはまったく驚かされるな。


 我々は、先に到着していた潜水艦に乗り換えた。下手すればコイツを動かす者もいなくなっていたところだったが……どうやら、運はまだ、私に向いているらしい。

 深く、深く、海の水底に向けて潜っていく。
 やがて、水面の光がまったく届かなくなり、夜なのか闇なのか、それすら分からないぐらいに暗くなる。
 闇を束ねた群青の世界。この辺りに海溝はないはずだが、明らかに人の手で開発したであろう谷がそこにある。
 谷の途中には、大きく丸い横穴がぽっかりと空いていた。ここが、アークを収納する際に使われた、海底施設の入り口らしい。
 だが、潜水艦はそこへ入らずに、更に谷の奥深くへと沈んでいく。

「あと一キロも下に向かえば、施設の最下層に到達します」

 エリックが自ら私に告げた。

「その言葉を信じよう」
「嘘は言いませんよ。どの道、私はそこへ向かうつもりでしたから」
「お前をそこで自由にするとでも?」

 エリックは鼻で小さく笑った。

「いいえ。そんなことはしなくて構いません。ただ、これから起きることを見届けるだけでいい。それだけで充分なのです」
「ふん。随分と消極的な考えじゃないか」
「私の意志は皆と同じですからね。私一人が欠けたところで、作戦は予定通り実行に移されるでしょう」
「言ってろ。それでも私が食い止めてみせる」

 不気味だ。エリックは妙に落ち着いていて、今までに見せたことのないくらい不気味な笑みを見せている。
 さては、罠なのか。だとすれば、潜入時は一層気を引き締めなければ。

「罠、とでも考えているのでしょう?」

 エリックは私の考えを見破った。

「大丈夫。あの人は貴方を歓迎しますよ」
「まったく、意味がわからんな」
「言ったでしょう。貴方が何もしなければ、目的はほぼほぼ同じなんですよ」
「そう信じたいね。……さあ、扉はどうする?」
「い、今から言うコードを、コ、コンソールで打ち込んで、う、う、映し出せばいい」

 縛られたままでブレイデンが口を開いた。
 これは、プロジェクションマッピングでARコードを映し出す、ということだ。
 稀に海底施設のセキュリティ解除に用いられる技術で、コンソールで叩いた内容をARコードに変換して海底の平らな砂の上に映し出すと、扉の上に仕掛けてあるカメラがそれをスキャンして認証を行い、扉を開閉する──というものだ。
 早速、言われた通りにコードを打ち込み、海底にコードを映し出してもらった。すると、監視カメラがひとりでに動き出し、やがて、ガチャン、と音を立てて巨大な扉が左右に開いた。
 潜水艦は慎重に前進を始める。何もないのが不気味なくらいに静かだ。

「気を付けろ。何をしてくるか分からんぞ」

 操舵手を焦らせるつもりはないが、念を押すしかない。
 何せ、潜水艦は密室同様なのだ。この中で急襲されたら、ひとたまりもなく潰される。

 ……そう思った時、しまった、と思った。
 エリックやブレイデンを人質に取ったつもりでいたが、これだと、丸ごと人質に取られてしまったようなものではないか。

(畜生。私としたことが……!)

 いや、まだ焦る時ではない。
 いざとなれば内部に突貫することだって出来る。何億という人の躯が台無しになるが、その時は致し方ない。

「大佐。これより施設内に入港します」

 別に声が洩れるわけでもないのだが、操舵手がそっと囁くように言った。

「警戒は怠るなよ」
「分かってます」

 扉を潜った後、バラストタンクから海水が放水されて潜水艦は施設内で浮上する。
 潜望鏡で確認すると、やはり反対派と思われる連中が銃を持って待ち構えていた。

「やはり罠に違いはなかったな。やれやれ」

 私はそう愚痴りながらも、数名の部下と共にエリックとブレイデンを引き連れて潜水艦を出た。
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