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Section11:合流
79:迷子の先の迷走 - 2
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西暦二二〇三年一月二十四日
仮想世界〈プルステラ〉インドネシア群島サーバー 第五三四九番地域 第二八六二番集落
翌朝早く、近くの原っぱにこっそりと大鷲を着陸させたらしいエリカとジュリエットが到着した。
エリカはわたしの姿を見つけると直ぐに駆け寄り、わたしの軽い身体を抱き上げてくるくると振り回した。
「マリーだ! 久しぶりのマリーだー!」
まるで子供のようにはしゃぐエリカに、わたしも自然と顔が綻ぶ。ぬいぐるみのようなふかふかした感触も懐かしい。
「エリカ、それにジュリエットも元気だった?」
二人は「ええ」とにこやかに頷いた。
「でも、通信が切れた時は二人とも焦ったわ。何かあったのかと。よくあんな状況で無事にいられたわね」
ジュリエットの言葉に、お兄ちゃんが「そうだな」とぼんやりした相槌を打つ。
「……タイキ、なんだか気が抜けているようですが」
「同じジャングルの中をグルグルと動き回ってたからな。お陰で身体能力だけはずば抜けてしまったが」
「なるほど。いい訓練にはなったみたいね」
人事だと思って一言で片づけるジュリエットに、わたしは苦笑するしかない。
まぁ、ジュリエットは一応軍の出だから、ジャングルにいてもきっと落ち着いて行動出来るのだろう。今度、お兄ちゃんが知らないようなサバイバル術を教わるのもいいかもしれない。
「それより、収穫はあったのかい?」キリルくんが尋ねた。「その様子だと手ぶらには見えないけど」
「ええ。結構地味な作業だったけど、あらゆる生態を観察してきたわ。……落ち着ける場所で話しましょうか?」
迎えたのが屋外だったので家に招こうと思ったのだが、あの硬い床で話し合うのも疲れるだけだ。
ぐるっと見渡すと、直ぐ近くに一軒の店を見つけた。
「そこにカフェがあるよ?」
「あら、洒落てるじゃない」
足音が低く鳴り響くウッドデッキを上がり、店内で飲み物を注文する。
南国らしく、パッションフルーツやらアサイーやらマンゴーといった類の果物をミキサーにかけて作るジュースらしい。
わたしたちはそれぞれ注文し、グラスを持って外のウッドデッキに向かった。
「キリルくん、野外だけど大丈夫なの?」
「チームチャットに切り換えるさ」
チームチャットは部屋と同意義の閉鎖的なチャットだ。監視も行われない。
キリルくんがDIPを操作して窓を開き、各自がそこに入った。
『さて。早速だけど報告するわね』
ジュリエットはインベントリに納めたいくつかの写真データをその場に広げた。
『まず、こっちが一年前からいたとされる生物』
何の変哲もない動物たちだ。サル、クマ、野鳥、オオカミ、普通サイズのコウモリなど。
現世でもよく見かける種であり、こうして改めて確認すると怪物だけじゃなかったんだと再認識させられる。
ジュリエットは更に写真データを追加した。
『そして、こっちが各地で確認された、ここ数カ月で増えたと言われている生物』
その写真の殆どは見覚えがある。
ジャングルで見たような巨大甲殻虫の他に、巨大カマキリ、巨大クモといった虫類。
そして、見るからに凶暴そうな巨大猛禽類、甲殻をまとった熊やトラなんかも。
それらを並べるだけで、わたしの心の中がざわついた。
『何か思い当たりがあるようね。……それじゃあ、とっておきのコレはどうかしら』
一枚……たった一枚の写真だ。
それが置かれた瞬間、全ての辻褄や違和感が一つの解として集結した。
『……二足歩行の……機械人形……!』
『その通りよ』
これまでにも「怪物」と呼ばれる連中と対峙している間に、何かと既視感のようなものは感じていた。特に巨大コウモリなんかは。
しかし、それは以前戦ったから、よく見る奴らだから、という認識で片付けてしまっていた。
……ところが、実際はそうではない。
覚えはないけど、もしかしたら昨年の七夕から現れた、あの赤いドラゴンや毒を持ったワニのような爬虫類なんかにも、今思いついた事実に当てはまるのかもしれない。
『ほとんど見覚えのない連中がいるのは当然だわ。幾らか手を加えているようですし』
『手を加えている?』
『身体をパーツ単位でくっつけているのよ。例えば、この甲殻熊とも言うべき生物。ケイブベアにアーマードバグの甲冑を合成した感じね』
なるほど、合成生物ってことか。そういう観点なら、確かにあらゆる生物の特徴に合点がいく。
例えば、ジャングルにいた「ずんぐりむっくり」の甲殻生物も、わたしが知る「ビッグスタッグ」と「アーマードバグ」をくっつけたようだった。
『ヒマリ、一体どういうことだ? 分かるように説明してくれ』
唯一この事実を知らないのはお兄ちゃんだけだ。彼はアレを体験したことがないのだから。
エリカやジュリエットは始めたばかりだから、後で気付いたのだろう。恐らく最も早く気付けたのは、大鷲を取りにいったジュリエットぐらいだと思う。
キリルくんも、知っていてもおかしくはなかったはずだが、世界有数のプログラマーたちと会話するのに時間を費やし、「屋敷」を所有してしまった今となっては、機械人形やボス、帝国兵士以外のモンスターを見る機会は殆ど無かっただろう。大鷲を取りにいく時も、雑魚には構っていなかったに違いない。
──わたしは、改めてお兄ちゃんに説明した。
『これ全部、VAHに出てくるモンスターなんだよ。わたしを含め、みんながプレイしたVRMMOのモンスターが、こっちに現れてるんだ』
『それってつまり……あの大鷲とか蒸気甲冑車みたいにか?』
さりげなくお兄ちゃんが返した質問は、むしろ、全てに対する答えだった。
その問いかけるような視線を受け、キリルくんはこう断言した。
『そうだね。これはVAHから現実化で呼び出したモンスターだ』
しかし、プレイヤーはモンスターを持ち込むことは出来ないようになっている。
現実化で持ち込めるのは、あくまでゲーム内にあるアイテムだけなのだから。
『一応訊くけど、大鷲みたいにモンスターを呼び出すタイプのアイテムってあったっけ?』
『ない、はずだな。現実化はゲームシステムから独立した機構だし、ゲーム内からいじることも出来ない。だから、これはプルステラを掌握している冥主が、何らかのズルをして呼び出したんだと思う』
つまり、プレイヤーがモンスターを呼び出したわけではないのだ。
これで、一般人による悪用という可能性は断ち切られた。
『あ、そういえば、武器は呼び出せるのよね、現実化で』
いつの間にか氷だけを残してジュースを飲み干したエリカがキリルくんに尋ねた。
『一度、試しにライフルを現実化してみたんだけど、せいぜいモデルガンぐらいの威力でしかなかったな。到底、武器としては役に立たない強さだよ』
『でも、怪物は人の脅威になっているじゃない』
『現実化したアイテムは、あくまでゲームシステム上で作られたアイテムだから、素材や製造法といった情報を含まないんだ。だからプルステラでは薄っぺらいおもちゃになっているのさ。
反面、モンスターについてはAIが組み込まれていて内部が複雑だ。スキニングナイフでも素材を得られるぐらいなんだから、生物として辻褄を合わせるために本物と同じ仕組みになるよう作られているんだと思う』
そもそも、プルステラの人間──つまり、プルステリアがVRゲーム内にダイブするわけだから、アバターとなったプレイヤーはプルステリアとしての情報をも所有している。現世版との差はそこなのだ。
となると、ゲーム内に登場するNPCやモンスターといった生物が同じようなデータを保有していたとしても、何らおかしくはないのではないか。
『しかし……機械人形か。厄介だな』
キリルくんは珍しく余裕のない表情で頭を掻いた。
『銃器がおもちゃになっちまう理論は分かるけど、機械人形の場合は違う。正統なプルステラの機構に則り、現実化によって修正……いや、補正された兵器だ。こいつらが今後も増えていくようなら、その数によっては皇竜以上の脅威を持つかもしれない』
ぞっとする話だ。集落ではせいぜい中世ぐらいまでの武器しか作れないというのに、冥主は次々と近代兵器を送り込める。まさに戦争を起こしかねん勢いだ。
これに対抗する手段は大鷲のようなレジェンド級の乗り物をたくさん呼び出すぐらいしかないが、鋼鉄の怪物に対し、果たして通用するのだろうか。
『あとはオーランドたちの報告待ちかな。兵器が出てきた地点で既にVR・AGES社はクロになるけど、僕らは籠に囚われた鳥でしかない。皇竜とやり合える程の力を持たないし、冥主がその上を行くようなら、尚更何か出来るとも思えない』
悔しいけど、キリルくんの言う通りだ。
そもそも、わたしたちの目的は冥主と全面戦争をしようって話ではない。オーランドやエリカのお兄さんが突き止めようとしている、世界の全貌を識ることだ。
……そして、そのついでに集落をメチャクチャにした皇竜たちに一泡吹かせてやろうっていうのも次なる目的ではある。
(例え冥主が悪人でも、プルステラが無事でいられるのであれば、現状を見守るという選択肢もあるかな……)
機械人形はさておき、その他の怪物については対処出来るレベルだ。だったら、敢えてこちらから争う必要なんてないんじゃないか?
……本当にそれでいいのだろうか。
真実から目を逸らし、偽りの世界で永遠に暮らすことが、果たしていいことなのだろうか。
──わたしはまた、迷っている。
何が正しくて、何が間違っているのか。それが知りたくてここまでやって来たのに、何も分からなくなっている。
冥主は何がしたいのだろう。何故わたしは冥主に狙われ、どうしてここにいるのだろうか。
そもそもわたしは、オオガミ ユヅキなのか、ミカゲ ヒマリなのか──それすらもハッキリしない。
「……ヒマリ、大丈夫か?」お兄ちゃんが気遣った。
「ん。ちょっと考え事をしてただけ」
カイ。あの子は今どうしているだろう。
ユヅキの知らないところで一体何を掴み、何と戦っているのか。
「さて、これからどうする?」
お兄ちゃんがみんなに訊いた。
「時間がないと言っていたわりには月末まで少し余裕があるだろ? ここだって、たまたま好意で貸してくれた倉庫だから、長居するわけにはいかない」
「そうね……何処かへ行くにしても、家に入るには滞在許可が必要だし」
実際に我が家のペットとして登録されてしまったエリカが言った。
「家じゃなくても倉庫ならいいんじゃない? 一つぐらいなかったっけ、お兄ちゃん?」
「そんな都合よくあるか? それに、あの混乱状態だろ? 気まずいぞ」
誤解はきっと解けただろうけど、あの後に戻るのは難しい。
ましてや、集落のみんなにとっては得体の知れない人物が増えているのだ。
「あ、そういえば、滞在許可すら要らないところが一つだけあったわね」
エリカが何かを思い出したようだ。
「……それって、キリルくんの家?」
「いやいや、僕はヒマリにVAHで住所を渡した後で、直ぐに滞在許可申請を出したよ」
「そうだったの?」
何か凄いことをしてぱぱっと済ませたのかと思った。
実際はマメなことをしていたんだな、と意外なところで感心する。
「私が言いたいのは、アカネちゃんの集落よ」
「あ、そうか! 旅館を経営しているから入れたんだっけ」
宿として認められている家は、滞在許可が無くても中に入ることが出来るらしい。
その代わり、家の持ち主がその気になれば、滞在客を直ぐにでも追い払うことが出来る仕組みだ。
「うーん、いいのかな。結構大事な話をするのに」
「そうね。アカネちゃんにも迷惑かもしれないわ」
世界をどうこうしようなんて話をうっかり聴いたりでもしたら、アカネちゃんが不安がるだろう。
彼女は来たくてここに来たのだ。ディオルクとも仲良くなったわけだし、敢えてその関係を崩すようなことはしたくない。
……などと考えていたら、お兄ちゃんが「いや、」と呟いた。
「……そいつは名案かもしれないぞ」
「どういうこと?」
「あの集落は有形文化財再現集落……って言ったよな。皇竜には攻撃が出来ない集落なんだ」
「そう、だけど……?」
いまいち、お兄ちゃんの言いたいことが伝わってこない。
「奴らが手を出せないのなら、恐らく冥主だって手を出さないに違いない。……であれば、拠点としては完璧ってことだ」
「お兄ちゃん? アカネちゃん家で話し合いをするのが問題なんだけど……?」
「だからさ、ヒマリ。造っちゃえばいいんだよ、家を」
「…………はあっ!?」
突拍子もない話にキリルくんでさえも驚いている。
「まあ! いいじゃない。私の家も手作りでしたわよ?」
……と、何故かジュリエットが賛同。多分、造りたいだけなのかもしれない。
お兄ちゃんはコホン、と咳をしてから説明を始めた。
「調べたらさ、有形文化財再現集落って言ったって、その周辺地域を含め、家を追加しちゃいけないって決まりはないんだ。外観を損なわない家──つまり、茅葺き屋根の家と見なされれば、造っても構わないってことになる」
家を建てるためのルールは何かを造る時と一緒で、「茅葺き屋根の家」と見なされるように建てることが生産時の条件に加わっているだけの話だ。
しかし、それを今から……造る? 何でまた?
「でも、何処に造るの?」
尋ねてから、お兄ちゃんの性格を思い出した。
「……ま、まさか、外だとか言わないよね?」
心配性のお兄ちゃんが珍しくとんでもないことを考えているのが目に見えている。
何せ、顔がにやけているのだ。これは悪いことに違いない。
「うってつけの場所があるじゃないか。そこに建てれば、きっと謎も一つ解決するぜ」
わたしかエリカじゃなければ何を言っているのか分からないだろう。
キリルくんはしびれを切らし、とうとうわたしに尋ねた。
「……ヒマリ、お前のお兄さんは一体何を言っているんだ? 分かるように説明してくれ」
わたしは呆れた顔で説明した。
「えっとね……。ディオルクの水飲み場に建てろってさ」
『はあ!?』
これにはキリルくんも、ジュリエットも……エリカですら、あんぐりと口を開けてしまった。
仮想世界〈プルステラ〉インドネシア群島サーバー 第五三四九番地域 第二八六二番集落
翌朝早く、近くの原っぱにこっそりと大鷲を着陸させたらしいエリカとジュリエットが到着した。
エリカはわたしの姿を見つけると直ぐに駆け寄り、わたしの軽い身体を抱き上げてくるくると振り回した。
「マリーだ! 久しぶりのマリーだー!」
まるで子供のようにはしゃぐエリカに、わたしも自然と顔が綻ぶ。ぬいぐるみのようなふかふかした感触も懐かしい。
「エリカ、それにジュリエットも元気だった?」
二人は「ええ」とにこやかに頷いた。
「でも、通信が切れた時は二人とも焦ったわ。何かあったのかと。よくあんな状況で無事にいられたわね」
ジュリエットの言葉に、お兄ちゃんが「そうだな」とぼんやりした相槌を打つ。
「……タイキ、なんだか気が抜けているようですが」
「同じジャングルの中をグルグルと動き回ってたからな。お陰で身体能力だけはずば抜けてしまったが」
「なるほど。いい訓練にはなったみたいね」
人事だと思って一言で片づけるジュリエットに、わたしは苦笑するしかない。
まぁ、ジュリエットは一応軍の出だから、ジャングルにいてもきっと落ち着いて行動出来るのだろう。今度、お兄ちゃんが知らないようなサバイバル術を教わるのもいいかもしれない。
「それより、収穫はあったのかい?」キリルくんが尋ねた。「その様子だと手ぶらには見えないけど」
「ええ。結構地味な作業だったけど、あらゆる生態を観察してきたわ。……落ち着ける場所で話しましょうか?」
迎えたのが屋外だったので家に招こうと思ったのだが、あの硬い床で話し合うのも疲れるだけだ。
ぐるっと見渡すと、直ぐ近くに一軒の店を見つけた。
「そこにカフェがあるよ?」
「あら、洒落てるじゃない」
足音が低く鳴り響くウッドデッキを上がり、店内で飲み物を注文する。
南国らしく、パッションフルーツやらアサイーやらマンゴーといった類の果物をミキサーにかけて作るジュースらしい。
わたしたちはそれぞれ注文し、グラスを持って外のウッドデッキに向かった。
「キリルくん、野外だけど大丈夫なの?」
「チームチャットに切り換えるさ」
チームチャットは部屋と同意義の閉鎖的なチャットだ。監視も行われない。
キリルくんがDIPを操作して窓を開き、各自がそこに入った。
『さて。早速だけど報告するわね』
ジュリエットはインベントリに納めたいくつかの写真データをその場に広げた。
『まず、こっちが一年前からいたとされる生物』
何の変哲もない動物たちだ。サル、クマ、野鳥、オオカミ、普通サイズのコウモリなど。
現世でもよく見かける種であり、こうして改めて確認すると怪物だけじゃなかったんだと再認識させられる。
ジュリエットは更に写真データを追加した。
『そして、こっちが各地で確認された、ここ数カ月で増えたと言われている生物』
その写真の殆どは見覚えがある。
ジャングルで見たような巨大甲殻虫の他に、巨大カマキリ、巨大クモといった虫類。
そして、見るからに凶暴そうな巨大猛禽類、甲殻をまとった熊やトラなんかも。
それらを並べるだけで、わたしの心の中がざわついた。
『何か思い当たりがあるようね。……それじゃあ、とっておきのコレはどうかしら』
一枚……たった一枚の写真だ。
それが置かれた瞬間、全ての辻褄や違和感が一つの解として集結した。
『……二足歩行の……機械人形……!』
『その通りよ』
これまでにも「怪物」と呼ばれる連中と対峙している間に、何かと既視感のようなものは感じていた。特に巨大コウモリなんかは。
しかし、それは以前戦ったから、よく見る奴らだから、という認識で片付けてしまっていた。
……ところが、実際はそうではない。
覚えはないけど、もしかしたら昨年の七夕から現れた、あの赤いドラゴンや毒を持ったワニのような爬虫類なんかにも、今思いついた事実に当てはまるのかもしれない。
『ほとんど見覚えのない連中がいるのは当然だわ。幾らか手を加えているようですし』
『手を加えている?』
『身体をパーツ単位でくっつけているのよ。例えば、この甲殻熊とも言うべき生物。ケイブベアにアーマードバグの甲冑を合成した感じね』
なるほど、合成生物ってことか。そういう観点なら、確かにあらゆる生物の特徴に合点がいく。
例えば、ジャングルにいた「ずんぐりむっくり」の甲殻生物も、わたしが知る「ビッグスタッグ」と「アーマードバグ」をくっつけたようだった。
『ヒマリ、一体どういうことだ? 分かるように説明してくれ』
唯一この事実を知らないのはお兄ちゃんだけだ。彼はアレを体験したことがないのだから。
エリカやジュリエットは始めたばかりだから、後で気付いたのだろう。恐らく最も早く気付けたのは、大鷲を取りにいったジュリエットぐらいだと思う。
キリルくんも、知っていてもおかしくはなかったはずだが、世界有数のプログラマーたちと会話するのに時間を費やし、「屋敷」を所有してしまった今となっては、機械人形やボス、帝国兵士以外のモンスターを見る機会は殆ど無かっただろう。大鷲を取りにいく時も、雑魚には構っていなかったに違いない。
──わたしは、改めてお兄ちゃんに説明した。
『これ全部、VAHに出てくるモンスターなんだよ。わたしを含め、みんながプレイしたVRMMOのモンスターが、こっちに現れてるんだ』
『それってつまり……あの大鷲とか蒸気甲冑車みたいにか?』
さりげなくお兄ちゃんが返した質問は、むしろ、全てに対する答えだった。
その問いかけるような視線を受け、キリルくんはこう断言した。
『そうだね。これはVAHから現実化で呼び出したモンスターだ』
しかし、プレイヤーはモンスターを持ち込むことは出来ないようになっている。
現実化で持ち込めるのは、あくまでゲーム内にあるアイテムだけなのだから。
『一応訊くけど、大鷲みたいにモンスターを呼び出すタイプのアイテムってあったっけ?』
『ない、はずだな。現実化はゲームシステムから独立した機構だし、ゲーム内からいじることも出来ない。だから、これはプルステラを掌握している冥主が、何らかのズルをして呼び出したんだと思う』
つまり、プレイヤーがモンスターを呼び出したわけではないのだ。
これで、一般人による悪用という可能性は断ち切られた。
『あ、そういえば、武器は呼び出せるのよね、現実化で』
いつの間にか氷だけを残してジュースを飲み干したエリカがキリルくんに尋ねた。
『一度、試しにライフルを現実化してみたんだけど、せいぜいモデルガンぐらいの威力でしかなかったな。到底、武器としては役に立たない強さだよ』
『でも、怪物は人の脅威になっているじゃない』
『現実化したアイテムは、あくまでゲームシステム上で作られたアイテムだから、素材や製造法といった情報を含まないんだ。だからプルステラでは薄っぺらいおもちゃになっているのさ。
反面、モンスターについてはAIが組み込まれていて内部が複雑だ。スキニングナイフでも素材を得られるぐらいなんだから、生物として辻褄を合わせるために本物と同じ仕組みになるよう作られているんだと思う』
そもそも、プルステラの人間──つまり、プルステリアがVRゲーム内にダイブするわけだから、アバターとなったプレイヤーはプルステリアとしての情報をも所有している。現世版との差はそこなのだ。
となると、ゲーム内に登場するNPCやモンスターといった生物が同じようなデータを保有していたとしても、何らおかしくはないのではないか。
『しかし……機械人形か。厄介だな』
キリルくんは珍しく余裕のない表情で頭を掻いた。
『銃器がおもちゃになっちまう理論は分かるけど、機械人形の場合は違う。正統なプルステラの機構に則り、現実化によって修正……いや、補正された兵器だ。こいつらが今後も増えていくようなら、その数によっては皇竜以上の脅威を持つかもしれない』
ぞっとする話だ。集落ではせいぜい中世ぐらいまでの武器しか作れないというのに、冥主は次々と近代兵器を送り込める。まさに戦争を起こしかねん勢いだ。
これに対抗する手段は大鷲のようなレジェンド級の乗り物をたくさん呼び出すぐらいしかないが、鋼鉄の怪物に対し、果たして通用するのだろうか。
『あとはオーランドたちの報告待ちかな。兵器が出てきた地点で既にVR・AGES社はクロになるけど、僕らは籠に囚われた鳥でしかない。皇竜とやり合える程の力を持たないし、冥主がその上を行くようなら、尚更何か出来るとも思えない』
悔しいけど、キリルくんの言う通りだ。
そもそも、わたしたちの目的は冥主と全面戦争をしようって話ではない。オーランドやエリカのお兄さんが突き止めようとしている、世界の全貌を識ることだ。
……そして、そのついでに集落をメチャクチャにした皇竜たちに一泡吹かせてやろうっていうのも次なる目的ではある。
(例え冥主が悪人でも、プルステラが無事でいられるのであれば、現状を見守るという選択肢もあるかな……)
機械人形はさておき、その他の怪物については対処出来るレベルだ。だったら、敢えてこちらから争う必要なんてないんじゃないか?
……本当にそれでいいのだろうか。
真実から目を逸らし、偽りの世界で永遠に暮らすことが、果たしていいことなのだろうか。
──わたしはまた、迷っている。
何が正しくて、何が間違っているのか。それが知りたくてここまでやって来たのに、何も分からなくなっている。
冥主は何がしたいのだろう。何故わたしは冥主に狙われ、どうしてここにいるのだろうか。
そもそもわたしは、オオガミ ユヅキなのか、ミカゲ ヒマリなのか──それすらもハッキリしない。
「……ヒマリ、大丈夫か?」お兄ちゃんが気遣った。
「ん。ちょっと考え事をしてただけ」
カイ。あの子は今どうしているだろう。
ユヅキの知らないところで一体何を掴み、何と戦っているのか。
「さて、これからどうする?」
お兄ちゃんがみんなに訊いた。
「時間がないと言っていたわりには月末まで少し余裕があるだろ? ここだって、たまたま好意で貸してくれた倉庫だから、長居するわけにはいかない」
「そうね……何処かへ行くにしても、家に入るには滞在許可が必要だし」
実際に我が家のペットとして登録されてしまったエリカが言った。
「家じゃなくても倉庫ならいいんじゃない? 一つぐらいなかったっけ、お兄ちゃん?」
「そんな都合よくあるか? それに、あの混乱状態だろ? 気まずいぞ」
誤解はきっと解けただろうけど、あの後に戻るのは難しい。
ましてや、集落のみんなにとっては得体の知れない人物が増えているのだ。
「あ、そういえば、滞在許可すら要らないところが一つだけあったわね」
エリカが何かを思い出したようだ。
「……それって、キリルくんの家?」
「いやいや、僕はヒマリにVAHで住所を渡した後で、直ぐに滞在許可申請を出したよ」
「そうだったの?」
何か凄いことをしてぱぱっと済ませたのかと思った。
実際はマメなことをしていたんだな、と意外なところで感心する。
「私が言いたいのは、アカネちゃんの集落よ」
「あ、そうか! 旅館を経営しているから入れたんだっけ」
宿として認められている家は、滞在許可が無くても中に入ることが出来るらしい。
その代わり、家の持ち主がその気になれば、滞在客を直ぐにでも追い払うことが出来る仕組みだ。
「うーん、いいのかな。結構大事な話をするのに」
「そうね。アカネちゃんにも迷惑かもしれないわ」
世界をどうこうしようなんて話をうっかり聴いたりでもしたら、アカネちゃんが不安がるだろう。
彼女は来たくてここに来たのだ。ディオルクとも仲良くなったわけだし、敢えてその関係を崩すようなことはしたくない。
……などと考えていたら、お兄ちゃんが「いや、」と呟いた。
「……そいつは名案かもしれないぞ」
「どういうこと?」
「あの集落は有形文化財再現集落……って言ったよな。皇竜には攻撃が出来ない集落なんだ」
「そう、だけど……?」
いまいち、お兄ちゃんの言いたいことが伝わってこない。
「奴らが手を出せないのなら、恐らく冥主だって手を出さないに違いない。……であれば、拠点としては完璧ってことだ」
「お兄ちゃん? アカネちゃん家で話し合いをするのが問題なんだけど……?」
「だからさ、ヒマリ。造っちゃえばいいんだよ、家を」
「…………はあっ!?」
突拍子もない話にキリルくんでさえも驚いている。
「まあ! いいじゃない。私の家も手作りでしたわよ?」
……と、何故かジュリエットが賛同。多分、造りたいだけなのかもしれない。
お兄ちゃんはコホン、と咳をしてから説明を始めた。
「調べたらさ、有形文化財再現集落って言ったって、その周辺地域を含め、家を追加しちゃいけないって決まりはないんだ。外観を損なわない家──つまり、茅葺き屋根の家と見なされれば、造っても構わないってことになる」
家を建てるためのルールは何かを造る時と一緒で、「茅葺き屋根の家」と見なされるように建てることが生産時の条件に加わっているだけの話だ。
しかし、それを今から……造る? 何でまた?
「でも、何処に造るの?」
尋ねてから、お兄ちゃんの性格を思い出した。
「……ま、まさか、外だとか言わないよね?」
心配性のお兄ちゃんが珍しくとんでもないことを考えているのが目に見えている。
何せ、顔がにやけているのだ。これは悪いことに違いない。
「うってつけの場所があるじゃないか。そこに建てれば、きっと謎も一つ解決するぜ」
わたしかエリカじゃなければ何を言っているのか分からないだろう。
キリルくんはしびれを切らし、とうとうわたしに尋ねた。
「……ヒマリ、お前のお兄さんは一体何を言っているんだ? 分かるように説明してくれ」
わたしは呆れた顔で説明した。
「えっとね……。ディオルクの水飲み場に建てろってさ」
『はあ!?』
これにはキリルくんも、ジュリエットも……エリカですら、あんぐりと口を開けてしまった。
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大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
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生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
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デスゲームを終えてから500年後の未来に転生した
アストレイ
ファンタジー
主人公はデスゲームで単騎ラスボスに挑み、倒し人々をデスゲームから解放することができた。自分もログアウトしようとしたところで、突如、猛烈な眠気に襲われ意識を失う。
次に目を覚ましたらリフレイン侯爵家の赤ん坊、テレサに生まれ変わっていた。
最初は貴族として楽に生きていけると思っていた。しかし、現実はそうはいかなかった。
母が早期に死期してすぐに父は後妻と数か月しか変わらない妹を連れてきた。
テレサはこいつも前世の親のようにくず野郎と見切りをつけ一人で生きていくことにした。
後に分かったことでデスゲームの時に手に入れた能力やアイテム、使っていた装備がそのまま使えた。
そして、知った。この世界はデスゲームを終えてから500年後の未来であることを。
テレサは生き残っていた仲間たちと出会いこの世界を旅をする。
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