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第一章 荷台に棲む獣〈こども〉たち
#2:野菜とドレッシング - 1
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世界には、大きく分けて二つの大陸が存在する。陽の大陸エシャルと月の大陸ネレスだ。
十数年前、ネレス大陸は突如現れた白い砂に覆われて瞬く間に砂漠と化し、やがて、被害は隣のエシャル大陸にまで及んだ。
リアン達家族を襲った砂嵐や砂渦も各地で目撃されており、その度に大きな町や村が容赦なく砂の海に沈められていった。
生き残った人々の殆どは行商をしながら車で旅をし続けて砂の被害を逃れようとしたが、稀に定住した方が砂嵐と遭遇しないと言って残る者もいた。
どちらを選べば賢い選択なのかは誰にも分からない。ただ、自分に合った生き方を選択することが生き延びる確率の高い手段であるということだけは間違いないと考えられていた。
燃料資源の枯渇によって人類が空を飛ぶ術を無くしてから約一世紀。
今や移動手段は遺伝子改良を施されたクローン豚、「油豚」から抽出される万能な資源、「豚油」を使った車での移動だけになっている。無論、徒歩で砂漠を渡ろうものなら自殺に等しい。
豚油が飛行機械の燃料として応用出来ないのは、現時点の技術力ではそれだけの質量を動かす爆発力をどうしても生み出せないからだった。
豚油の起源も浅く、石油の代わりの資源としてどうにか活用出来る、ということしか解明されていない。だから、現状での移動手段は、砂を完全に防げる四輪車が主となっていた。
◆
東へ行き、海を渡ってエシャル大陸へ移動しよう――家族一行の当面の目標は、今はアステリオンと名を変えているリアンを救い出す半年前からそう決まっていたのだが、まだ大陸の中央部を進んでいた。
気がかりなのはむしろ食糧の方で、東側の街が全滅していれば、大陸を渡る前に皆、餓死してしまう。それだけは避けなければならない。
そんなわけで、多少時間をかけてでも小さな集落や街に頻繁に訪れては、干し肉の材料と共に日持ちのする食糧を出来るだけ買い込んでいた。代わりに自家製のアクセサリーを売って路銀の足しにする。その繰り返しだ。
アクセサリーはどの街へ行ってもあっと言う間に完売するので、アステリオンは改めてスクァーレルの技術力に舌を巻いたのだった。
だが、アステリオンも感心している場合ではない。一家の食糧調達と乾物の調理役に任命されたのである。
するとアステリオンは、干し肉の他にも乾燥した野菜を作るべきだと提案した。
肉ばかりでは栄養が偏るし、両親からはそういった乾物の作り方も教わっていたからだ。野菜は水分さえ無くしてしまえば、一年は保てる食糧が完成する。デュランとルーシーはこの提案に大いに賛成した。
途中立ち寄った小さな街では、偶然にも近くにプラント施設があったので、ルーシーの思い切った決断で新鮮な野菜を買えるだけ買い込んでおいた。注ぎ込んだ資金は、当初予定していた二倍以上だ。決して安くはないが、家族の栄養事情を考えれば仕方のないことだと割り切った。
アステリオン、クニークルス、コシュカ、ルーシーの四人で箱に詰めた野菜を抱えて持ち帰る途中、コシュカがこんなことを呟いた。
「野菜が次に食べられるのは、一年後かもしれねーな」
冗談のつもりらしいが、可能性としては充分にあり得る、と皆は苦笑した。
毎日、干し肉やコーンフレークばかりを交互に食べ続けることが如何に辛いか。
栄養不足で一日中寝込むことだってあるし、酷い時には突然吐いたり、倒れることもある。そんなことは本来、当たり前と言っていいはずがない。
「提案してくれてありがとう、アスティ。野菜はたまに買うけど、どうしても長く持たなくて困ってたのよ」
ルーシーはアステリオンに礼を言った。誰が言い始めたのか、呼び名は「アスティ」で浸透し始めている。
アステリオンは、礼を言われるほどでもないよ、と言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「でもさ、ルーシー。野菜を乾燥させるには、砂のないところで何日か天日干しにしなきゃならないんだけど?」
「もちろん分かってるわ。分かってて買ったんだけど、……何かいい方法はないのかしら?」
コシュカは目を丸くした。
「え、何か方法があったんじゃないのかよ?」
「方法が無いなら無いで、食べればいいだけのことよ。いずれにしても私たちには栄養が足りてないんだから」
とはいえ、腐る前に食べられる容量をとうに超えている。ルーシーは何故こんな無茶をしでかしたのか──コシュカは疑問に思うばかりだ。
「アスティはご両親から乾物の作り方を教わっていた。それはつまり、砂漠で旅をする時に役に立つ方法として学んだはずよ。
ただ、乾燥に費やせる街の滞在期間が少ない場合はどうしたらいいか、その辺りは学んでなかったみたいね」
アステリオンは力なくうなだれた。
「……ごめんなさい。聴いたのはつい最近のことだったから……」
「あら、責めているわけじゃないのよ。私こそちゃんと確認するべきだったわね」
「だったら、どうするの?」
と、クニークルスが割り込んだ。ルーシーは肩を竦める。
「誰かに訊くか、或いは、腐らないうちに色々試すしかないんじゃない?」
「そんなの、馬鹿げてるわよ」
アステリオンは左手で荷物を抱えたまま、右手を挙げた。
「ぼく、プラントへ行って訊いてみてもいいけど?」
ルーシーは少し考えた後、頷いた。
「なるほど。それがいいわ。野菜を作っているんだから、方法ぐらい分かるはずよ。いい機会じゃない。社会勉強にもなるわね」
「うん。……他に誰か行く?」
コシュカが勢い良く手の代わりに荷物を掲げた。
「はいはい! オレ行きたい! ルーシー、いいだろ?」
「別に構わないけど、プラントでふざけたりしないのよ?」
「分かってるって」
コシュカはアステリオンに向けて、いつものように歯をむき出しにして笑って見せた。
「私は昼食の準備をするから、大人はデュランに同行してもらいましょう。三人で行ってらっしゃい」
「え、アタシは?」
クニークルスが不満そうに自分を指差した。
「同じく昼食の準備があるわ」
「料理担当ってアスティじゃなかったの!?」
「アスティは食糧の調理。いつもの料理は女の子の担当。分かる?」
「…………何それ。ずるいわよ」
クニークルスの痛々しい非難の目が向けられると、アステリオンとコシュカは苦笑するしかなかった。
「でもね」
ルーシーは優しく声をかけた。
「二人には商売に関わる知識を少しでも身に付けて欲しいのよ。男の子だもの」
「どうして男の子なの?」
「女の子の肌はあまり日焼けするものじゃないからよ」
納得したクニークルスは、途端ににやけ始めた。
「それもそうねぇ! じゃあ、男の子たちに任せましょ」
「…………」
コロコロと表情を換えるクニークルスに、アステリオンとコシュカは呆然とした。
二人は示し合わせたように顔を寄せあった。
(あいつ、今まで露店の店番やってたのにな……)
(このままだと、ずっとやらなさそうだよ?)
(だよなー)
だが、料理をしたことのないアステリオンは、料理担当に割り振られなくて良かった、と内心ほっとしていた。以前の家族で料理を作っていたのは常に母親だったからだ。稀に父親が何かしらのスープを作ることはあるが、大抵は塩辛い味付けになり、必要以上に水を強いられることが多かった。──やはり、料理は女の子がやるべきなのだ。
荷物を運んでいたアステリオンたちが車の前に戻ると、デュランは脚立に乗って車のフロントガラスを磨いていた。
スクァーレルは車の中で眠っているらしく、動いている気配が感じられない。
「デュランー、工場見学に同行してくれねーか?」
コシュカの呼びかけに、デュランは「何だ、藪から棒に」と眉を寄せた。
「社会科見学よ」ルーシーが補足した。「折角プラントのある街なんだから、あなたが同行してくれる?」
デュランは泡だらけのスポンジを持ったまま諸手を上げ、肩を竦めた。
「洗車の途中なんだがな」
「そこでバケツの水を一杯かければ済む話だわ」
「やれやれ。人使いが荒いな。分かったよ」
デュランは脚立を下りると、本当に言われた通りにバケツの水をフロントガラスにぶっかけた。
「それで? 一体何の話なんだ?」
「うん。実は……」
アステリオンは手短に乾燥野菜とその必要性について説明した。
「なるほど。確かに干し肉やフレークだけでは身がもたんな。野菜を買うとは言っても、プラントから遠ざかるほど値段は上がるし、長持ちもしない。乾燥野菜という手段は実に効率的だ」
アステリオンは得意気に大きく頷いた。
「よし。じゃあ、ルーシー、ちょっと行ってくる。昼飯の準備を頼むぞ」
ルーシーは手を振る代わりにおたまを振った。
「行ってらっしゃい。アスティ、コシュカ。一家の健康に関わるんだから、しっかり教わってくるのよ」
『はーい!』
うきうきと出かけ始めた男性陣に対し、クニークルスはやはりつまらなさそうな顔で鍋をコンロにかけるのだった。
十数年前、ネレス大陸は突如現れた白い砂に覆われて瞬く間に砂漠と化し、やがて、被害は隣のエシャル大陸にまで及んだ。
リアン達家族を襲った砂嵐や砂渦も各地で目撃されており、その度に大きな町や村が容赦なく砂の海に沈められていった。
生き残った人々の殆どは行商をしながら車で旅をし続けて砂の被害を逃れようとしたが、稀に定住した方が砂嵐と遭遇しないと言って残る者もいた。
どちらを選べば賢い選択なのかは誰にも分からない。ただ、自分に合った生き方を選択することが生き延びる確率の高い手段であるということだけは間違いないと考えられていた。
燃料資源の枯渇によって人類が空を飛ぶ術を無くしてから約一世紀。
今や移動手段は遺伝子改良を施されたクローン豚、「油豚」から抽出される万能な資源、「豚油」を使った車での移動だけになっている。無論、徒歩で砂漠を渡ろうものなら自殺に等しい。
豚油が飛行機械の燃料として応用出来ないのは、現時点の技術力ではそれだけの質量を動かす爆発力をどうしても生み出せないからだった。
豚油の起源も浅く、石油の代わりの資源としてどうにか活用出来る、ということしか解明されていない。だから、現状での移動手段は、砂を完全に防げる四輪車が主となっていた。
◆
東へ行き、海を渡ってエシャル大陸へ移動しよう――家族一行の当面の目標は、今はアステリオンと名を変えているリアンを救い出す半年前からそう決まっていたのだが、まだ大陸の中央部を進んでいた。
気がかりなのはむしろ食糧の方で、東側の街が全滅していれば、大陸を渡る前に皆、餓死してしまう。それだけは避けなければならない。
そんなわけで、多少時間をかけてでも小さな集落や街に頻繁に訪れては、干し肉の材料と共に日持ちのする食糧を出来るだけ買い込んでいた。代わりに自家製のアクセサリーを売って路銀の足しにする。その繰り返しだ。
アクセサリーはどの街へ行ってもあっと言う間に完売するので、アステリオンは改めてスクァーレルの技術力に舌を巻いたのだった。
だが、アステリオンも感心している場合ではない。一家の食糧調達と乾物の調理役に任命されたのである。
するとアステリオンは、干し肉の他にも乾燥した野菜を作るべきだと提案した。
肉ばかりでは栄養が偏るし、両親からはそういった乾物の作り方も教わっていたからだ。野菜は水分さえ無くしてしまえば、一年は保てる食糧が完成する。デュランとルーシーはこの提案に大いに賛成した。
途中立ち寄った小さな街では、偶然にも近くにプラント施設があったので、ルーシーの思い切った決断で新鮮な野菜を買えるだけ買い込んでおいた。注ぎ込んだ資金は、当初予定していた二倍以上だ。決して安くはないが、家族の栄養事情を考えれば仕方のないことだと割り切った。
アステリオン、クニークルス、コシュカ、ルーシーの四人で箱に詰めた野菜を抱えて持ち帰る途中、コシュカがこんなことを呟いた。
「野菜が次に食べられるのは、一年後かもしれねーな」
冗談のつもりらしいが、可能性としては充分にあり得る、と皆は苦笑した。
毎日、干し肉やコーンフレークばかりを交互に食べ続けることが如何に辛いか。
栄養不足で一日中寝込むことだってあるし、酷い時には突然吐いたり、倒れることもある。そんなことは本来、当たり前と言っていいはずがない。
「提案してくれてありがとう、アスティ。野菜はたまに買うけど、どうしても長く持たなくて困ってたのよ」
ルーシーはアステリオンに礼を言った。誰が言い始めたのか、呼び名は「アスティ」で浸透し始めている。
アステリオンは、礼を言われるほどでもないよ、と言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「でもさ、ルーシー。野菜を乾燥させるには、砂のないところで何日か天日干しにしなきゃならないんだけど?」
「もちろん分かってるわ。分かってて買ったんだけど、……何かいい方法はないのかしら?」
コシュカは目を丸くした。
「え、何か方法があったんじゃないのかよ?」
「方法が無いなら無いで、食べればいいだけのことよ。いずれにしても私たちには栄養が足りてないんだから」
とはいえ、腐る前に食べられる容量をとうに超えている。ルーシーは何故こんな無茶をしでかしたのか──コシュカは疑問に思うばかりだ。
「アスティはご両親から乾物の作り方を教わっていた。それはつまり、砂漠で旅をする時に役に立つ方法として学んだはずよ。
ただ、乾燥に費やせる街の滞在期間が少ない場合はどうしたらいいか、その辺りは学んでなかったみたいね」
アステリオンは力なくうなだれた。
「……ごめんなさい。聴いたのはつい最近のことだったから……」
「あら、責めているわけじゃないのよ。私こそちゃんと確認するべきだったわね」
「だったら、どうするの?」
と、クニークルスが割り込んだ。ルーシーは肩を竦める。
「誰かに訊くか、或いは、腐らないうちに色々試すしかないんじゃない?」
「そんなの、馬鹿げてるわよ」
アステリオンは左手で荷物を抱えたまま、右手を挙げた。
「ぼく、プラントへ行って訊いてみてもいいけど?」
ルーシーは少し考えた後、頷いた。
「なるほど。それがいいわ。野菜を作っているんだから、方法ぐらい分かるはずよ。いい機会じゃない。社会勉強にもなるわね」
「うん。……他に誰か行く?」
コシュカが勢い良く手の代わりに荷物を掲げた。
「はいはい! オレ行きたい! ルーシー、いいだろ?」
「別に構わないけど、プラントでふざけたりしないのよ?」
「分かってるって」
コシュカはアステリオンに向けて、いつものように歯をむき出しにして笑って見せた。
「私は昼食の準備をするから、大人はデュランに同行してもらいましょう。三人で行ってらっしゃい」
「え、アタシは?」
クニークルスが不満そうに自分を指差した。
「同じく昼食の準備があるわ」
「料理担当ってアスティじゃなかったの!?」
「アスティは食糧の調理。いつもの料理は女の子の担当。分かる?」
「…………何それ。ずるいわよ」
クニークルスの痛々しい非難の目が向けられると、アステリオンとコシュカは苦笑するしかなかった。
「でもね」
ルーシーは優しく声をかけた。
「二人には商売に関わる知識を少しでも身に付けて欲しいのよ。男の子だもの」
「どうして男の子なの?」
「女の子の肌はあまり日焼けするものじゃないからよ」
納得したクニークルスは、途端ににやけ始めた。
「それもそうねぇ! じゃあ、男の子たちに任せましょ」
「…………」
コロコロと表情を換えるクニークルスに、アステリオンとコシュカは呆然とした。
二人は示し合わせたように顔を寄せあった。
(あいつ、今まで露店の店番やってたのにな……)
(このままだと、ずっとやらなさそうだよ?)
(だよなー)
だが、料理をしたことのないアステリオンは、料理担当に割り振られなくて良かった、と内心ほっとしていた。以前の家族で料理を作っていたのは常に母親だったからだ。稀に父親が何かしらのスープを作ることはあるが、大抵は塩辛い味付けになり、必要以上に水を強いられることが多かった。──やはり、料理は女の子がやるべきなのだ。
荷物を運んでいたアステリオンたちが車の前に戻ると、デュランは脚立に乗って車のフロントガラスを磨いていた。
スクァーレルは車の中で眠っているらしく、動いている気配が感じられない。
「デュランー、工場見学に同行してくれねーか?」
コシュカの呼びかけに、デュランは「何だ、藪から棒に」と眉を寄せた。
「社会科見学よ」ルーシーが補足した。「折角プラントのある街なんだから、あなたが同行してくれる?」
デュランは泡だらけのスポンジを持ったまま諸手を上げ、肩を竦めた。
「洗車の途中なんだがな」
「そこでバケツの水を一杯かければ済む話だわ」
「やれやれ。人使いが荒いな。分かったよ」
デュランは脚立を下りると、本当に言われた通りにバケツの水をフロントガラスにぶっかけた。
「それで? 一体何の話なんだ?」
「うん。実は……」
アステリオンは手短に乾燥野菜とその必要性について説明した。
「なるほど。確かに干し肉やフレークだけでは身がもたんな。野菜を買うとは言っても、プラントから遠ざかるほど値段は上がるし、長持ちもしない。乾燥野菜という手段は実に効率的だ」
アステリオンは得意気に大きく頷いた。
「よし。じゃあ、ルーシー、ちょっと行ってくる。昼飯の準備を頼むぞ」
ルーシーは手を振る代わりにおたまを振った。
「行ってらっしゃい。アスティ、コシュカ。一家の健康に関わるんだから、しっかり教わってくるのよ」
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