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浦登みっひ

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三人目の犠牲者

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 週明けの月曜日。花倉高校は騒然としていた。

 昨日、新人デビューコンテストの帰りに僕と別れて以降消息を絶っていた麻美さんが、今日の早朝、遺体で発見されたからだ。それもただの殺人ではなく、麻美さんの遺体には暴行を受けた形跡があったらしい。
 僕は彼女が亡くなったことを武田の口から聞いたのだが、その時点では麻美さんが暴行を受けていたという情報はなく、ただ殺されたらしいとだけ知らされた。暴行されていたと知ったのは、昼のテレビのニュースで報じられてからのことだった。
 入学して三人目の犠牲者、しかも今回は事故ではなく殺人事件。クラスは蜂の巣をひっくり返したような騒ぎとなっている。現場の詳しい状況などはさすがにわからなかったし、事件の性質を考えると今後も伝わることはないだろう。何より、興味本位で探るべき事柄ではない。

 教室に着いてすぐ、麻美さんが亡くなった、しかもどうやら殺人事件らしいことを武田から聞かされた僕は、膝からその場に崩れ落ちた。
 こうなる予感が全くなかったとは言えない。あの時、駅で彼女と別れた時に僕が感じた悪寒は、やはり気のせいではなかったのだ。更紗や岡部さんのケースと違い、麻美さんを殺したのは生きている人間だから、お紺の呪いと明確な因果関係があるとは言えないかもしれない。世の中で起こる死亡事故や殺人事件の全てがお紺の呪いによるものだとは思わない。だが僕は確信していた。麻美さんは僕と近づきすぎたから、殺されてしまったのだと。
 でもおかしいじゃないか。キスをしたのは舞台の上であり、僕たちは永町明日斗と真桑甜花だった。僕と麻美さんがキスしたわけじゃない。
 いや、しかし。僕は気付いた。アドリブでのキスの瞬間、僕は確かに永町明日斗から今川葉太郎に戻ってしまった。開かないはずの瞼を開けてしまったのだ。それがいけなかったのか? 僕が役に徹しきれなかったばかりに、麻美さんは――。
 だとしたら、麻美さんが殺されたのはやはり僕のせいということになる。彼女と別れた後、帰り道に気を付けて、と伝えればよかった。スマホを持っていない僕には手段が限られている。それでも、あの時急いで麻美さんを追いかければ、彼女に伝えることができたのではないか。あるいは、もう少しだけ何か話をして帰りのタイミングをずらしていたら、麻美さんは殺人犯に遭遇せずに済んだかもしれない。もし通り魔的な犯行であれば、その可能性は大いにある。僕にできることはたくさんあったはずなのだ。

 後悔とやり場のない怒りが頭の中を乱れ飛ぶ。殺人事件であることがはっきりしているから、岡部さんが亡くなったときのように疑いの目を向けられはしなかったけれど、僕に責任があることは僕自身が誰よりもよくわかっていた。

「お、おい……今川、大丈夫か?」

 武田が珍しく心配そうに僕の顔を覗き込んできた。大丈夫、と答えて立ち上がるのとほぼ同時に太原先生が教室に入って来て、ざわめきの中で朝のホームルームが始まった。


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 放課後。武田と一緒に、重い足を引きずるように演劇部へ向かうと、部室はいつもの賑やかさが嘘のような静けさだった。部員は副部長意外ほぼ全員が顔を揃えていたけれど、皆沈痛な面持ちで、あちらこちらからすすり泣く声が聞こえる。副部長は今日は学校に来ていないそうだ。
 麻美さんと、いつも一番元気な福島副部長、二人が欠けた以上の喪失感が部室を覆い尽くしていた。本来ならば皆で昨日の新人デビューコンテストの反省会をするはずだった。麻美さんも一緒に。

「君たち……」

 僕たちの姿を見た天野部長はその後に何か言いかけて、すぐに口を噤んだ。昨日、僕と麻美さんが一緒に帰ったことを部長たちは知っているのかもしれない。部長の表情は何をどう話したらいいのか迷っているように見えた。こんな天野部長を見るのは初めてだ。
 僕は部長に頭を下げた。

「すみません……僕が昨日、麻美さんともっと一緒にいれば、きっとこんなことには……」
「そんな……今川くん、変に自分を責めないでよ。悪いのは犯人なんだから。今川くんが謝る理由はどこにもない」
「でも……」
「それでね、今後のことについて、今みんなと少し話してたんだけど……舞はまだしばらく学校来れないだろうし、皆もとても演劇のことを考えられる気分じゃないから、喪に服す意味でも、演劇部の活動は少し休もうかと思ってるんだけど、どうかな。期間はどれぐらいにするかも含めて、二人の意見を聞きたい」

 天野部長に問われて、僕と武田は顔を見合わせる。僕も今は部活動のことを考えられる状態ではないし、それは武田も同じようだった。僕たちは頷き合い、武田が答えた。

「はい。俺達も部長の意向を全面的に受け入れます」


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 麻美さんを殺害した犯人は、それから三週間ほど後に逮捕された。麻美さんを尾行する不審な人物の姿が街中の複数の防犯カメラに捉えられていたこと、そして何より麻美さんの遺体に残されていた犯人の体液が決定的な証拠となったようだ。犯人は都内在住の二十代の無職の男。余罪はなく、犯行当時は著しい心神喪失状態で、責任能力を問えるかどうかが今後の争点になるらしい。
 これらの情報は全て、武田や他のクラスメイトたちから聞いたものだ。僕の家にはテレビがないし、スマートフォンも持っていない。情報を得られるツールがないことがこれほどもどかしく感じられたのは初めてだった。
 もしも万が一犯人が罪に問われずに終わってしまったら――。僕が最も気になったのは、犯人の心神喪失状態について。そこにお紺の呪いが関与しているのかどうかだった。それを知ったところで何かが変わるわけではない。麻美さんがただの異常者の性癖の犠牲になったとわかっても、ただやるせなさが増すばかりだろう。
 でも、犯人の精神状態にお紺の呪いが何らかの影響を及ぼしていたとしたらどうか。いや、むしろ僕にはそうとしか思えなかった。警察や検察の捜査、精神鑑定では呪いの影響などという非科学的な要素は全く考慮されないはずだ。根拠となるものはあの時僕が感じたお紺の気配しかないのだから。
 しかし、姉貴や武田のスマートフォンを借りて僕なりにネットで色々調べようと試みたが、犯人に繋がる情報は全く得られなかった。事件当時、テレビのニュースやワイドショーでもさほど大きく取り上げられたわけではなく、犯人逮捕の際はささやかな話題になったものの、次の日にはアナウンサーもコメンテーターたちも誰もが麻美さんの事件のことなんか忘れているようだった。
 ネットの記事も、毎日次々と起こる新しい事件のニュースの中に埋もれてゆく。事件の性質のためか、被害者や犯人の身元の特定につながるような情報は伏せられていて、その先に踏み込むことはできなかった。


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 事件から一ヵ月も経つと、犯人が逮捕されたという安堵感もあり、クラスの雰囲気はすっかり元の状態に戻っていた。しかし演劇部のほうは、活動を再開するきっかけがなかなか掴めないまま夏休みに入った。新学期に入ってから、文化祭に向けて心機一転頑張ろう、という部長の言葉に反対意見は出なかった。部活が休みでもトレーニングは各自やっておくように、と釘を刺すことも忘れずに。
 忌引きが明けて戻ってきた副部長とは校内で何度か顔を合わせる機会があったけれど、いつもの小動物のような落ち着きの無さも底抜けの明るさも見られず、まるで別人のようだった。副部長がそんな状態のまま通常通りの部活動を続けるのは、仲が良い部だからこそ尚更難しいだろう。二学期までに副部長の心の傷は癒えているだろうか。
 花倉高校の文化祭、通称『花倉祭』は九月末に行われることになっている。夏休みは八月いっぱいなので、準備期間は約一ヵ月しかない。文化祭の演目は麻美さんが言っていた通り、昨年と同じ『ロミオとジュリエット』。先輩たちにとっては去年の経験が活かせるというメリットがある反面、未だ伝説のように語り継がれている姉貴と藍子さんにどれだけ近づけるかが課題となる。しかも、やはりロミオを演じるのは僕になりそうで、今から気が重い。自主トレや役作り、演技に関しては姉貴や藍子さんがアドバイスをくれるそうなので、その点は心強かったけれど。

 そう、あれから一ヵ月経っても、藍子さんの身には何も起こっていない。それ自体はもちろん喜ぶべきことではあるのだが、更紗や麻美さんとの違いはいったい何なのかという疑問が首をもたげる。まだ完全に安心するのは早いかもしれないが、更紗や麻美さんがキスをしたその日に殺されていることを考えると、やはりお紺の呪いには単純な接触の有無だけではない何らかの条件があるように思える。
 条件と言えば、ただテニス部に誘われ、一緒に歩いて話をしただけの岡部さんにまで被害が及んだのもおかしな話ではある。たったそれだけで呪われてしまうなら、藍子さんだけじゃない。他にもその条件に該当する人物はいるはずなのだ。
 例えば隣の席の朝比奈さんとは岡部さんより話す機会が多いし、本を貸してもらったり、何度か帰り道で一緒になったりしている。朝比奈さんが良くて岡部さんが許されない理由とは何だろう。更紗と岡部さんと福島麻美さんの共通点。そして、藍子さんと朝比奈さんの共通点。性格ではない。容姿でもない。趣味や嗜好もおそらくバラバラだろう。そういった目に見える部分の差異ではないように僕には思えた。

 僕と同じ呪いにかけられた洋一さんの手記にも、殺された女性の条件などは記されていなかったはずだ。まずはその条件を探ることが最優先、とは思うが、具体的にどうすればいいのかは全く見当もつかない。

 授業がなく部活も休止となった夏休みの間は、他の生徒と顔を合わせる機会がほとんどなかったせいもあり、何事もなく平穏に過ぎていった。最も多くの時間を共に過ごしたのは藍子さんだ。勉強はもちろんのこと、文化祭の演目が『ロミオとジュリエット』に正式に決まってからは、そこにシェイクスピアの原作の通読とテーマの解釈、役の作り方の話などが加わった。数種類の訳本を読んだし、原文の翻訳までさせられた。古い英語がたくさん使われているのでとても苦労したけれど。
 演劇の話になるとやはり藍子さんは人が変わる。勉強をしている時間より演劇に関する話題の時間のほうが長くなることも珍しくはなかった。必然的に一緒に過ごす時間は長くなり、外が暗くなるまでファミレスで話し込んでいたこともある。話し込むというよりは、僕はもっぱら藍子さんの演説を聞いているだけだったのだが。

 藍子さんも夏休みに入ったので、週末だけでなく平日にも何度も会った。特に予定のない日はほとんど藍子さんと一緒にいたと思う。傍にいられるときはなるべく周囲の状況に注意を払うようにしていた。暴走した車が突っ込んでこないかとか、通り魔的に突然暴れだす奴がいないかとか。それはすべて杞憂に終わった。
 これだけ長い時間を一緒に過ごしていても、藍子さんの身には何の異変も起こっていないようだった。
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