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浦登みっひ

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部活を巡るエトセトラ

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 週末を挟んだ月曜日の朝。
 いつものように席についた僕を、不敵な笑みを浮かべる武田が待ち構えていた。

「おい、今川」

 武田は小声でそう言うと、ぐいと顔を寄せてきた。そこはかとない既視感と懐かしさ――彼とこうして話すのも随分久しぶりのような気がする。入学式からまだ一週間しか経っていないし、実際にはまだ数日ぶりのはずなのだけれど。
 更紗を巡って、武田とはこの一週間色々なことがあった。更紗は不幸な結末を迎えてしまったけれど、雨降って地固まるというか、この彼の態度を見るに、武田との間にあった蟠りは解消したと考えていいだろう。
 僕は努めて明るく挨拶を返した。

「おはよう、武田。どうしたの?」 
「俺、見たんだよ、金曜の夜に偶然。お前がめちゃくちゃ綺麗な女の人と一緒に喫茶店にいるところを」
「……ああ……うん、たしかに」

 金曜の夜といえば、藍子さんの個人授業を受けていた時間だ。つまり、めちゃくちゃ綺麗な女の人とは藍子さんのこと。

「もしかして、あれがお前の、美人と噂の姉貴なのか?」

 そういえば、武田は姉貴のことを知りたがっていたな。やっぱり美人という噂が通っているからだろうか、気持ちはわからなくもないけれど。ともかく、その時一緒にいたのは姉貴ではない。

「え、いや、違うよ。あの人は……」
「何、姉貴じゃないのか? だったら……」

 すると、武田は突然僕の首に腕を回してヘッドロックをかけてきた。がっちり武田の腕による締め付けは強烈で、すぐに酸欠状態になってしまいそうだ。

「お前、由比の喪も明けないうちから、他の女に手を出すとは……」
「ち、ちが、ちがうよ、あれは家庭……うっ、ゲホッ」

 きちんと説明したいのに、苦しくてうまく喋れない。僕だって更紗のことを忘れたわけじゃないのに。振りほどこうともがいてはみたが、武田の腕力は思いの外凄まじく、僕の力ではビクともしなかった。しかも、無駄に動いたせいで余計に腕が首に食い込み、あっという間に意識が――。
 と、その時。

「おい武田! お前何やってんだよ!」

 すぐ近くで武田を詰る女子の声がしたかと思うと、首を固めていた武田の腕の力がふっと緩み、僕は意識を失う寸前で武田のヘッドロックから解放された。

「ゲホッ、ゲホッ」
「いででででででで」
「今川くん大丈夫?」

 ああ、危うく更紗の後を追うところだった。息を整えて武田を見ると、彼は女子に耳をつねられて、蛙のような情けない声を上げていた。武田の耳を引っ張っているのは――。

「岡部さん?」
「あ、覚えててくれたんだ、あたしのこと」

 般若のような顔で武田の耳をつねっていた岡部さんは、一転してニカッと満面の笑みを浮かべた。そう、彼女の名前は岡部紗季。初日に握手を交わした女子のことは、一応みんなちゃんと覚えている。ショートカットでボーイッシュ、更紗とは対照的な、活発な雰囲気の女の子だ。

「ああ、うん。もちろんだよ。ありがとう、岡部さん」
「まったく、懲りない奴だな、この野郎は……」

 岡部さんは吊り目がちの目をさらに吊り上げ、武田の耳をさらに強く、ぐにゃりと捻り上げる。三次元に飛び出してきたジャイアンこと武田も、岡部さんの前では全く形無しのようだった。

「いでいで! それ以上やったら耳がちぎれるって! だってよう、由比のことがあってまだ一週間も経ってないのに、こいつが綺麗な女といるところを見ちまったもんだから……」
「あれは、家庭教師の織田藍子さんだよ。姉貴の伝手で、格安で個人的に家庭教師をしてもらえることになったんだ。それだけ」
「……へ? 家庭教師?」
「うん。僕なんか全然子供扱いされてるし、武田が想像しているようなことは何も……うん、何もないよ」

 まあ、もちろん全く下心を抱かなかったと言えば嘘にはなるけど、一緒に食事して勉強しただけだし、そこから先に発展しそうなムードは微塵もなかった。もし僕が藍子さんに異性として意識されていたら、藍子さんはあんなにバクバク食べなかったと思うし。
 と、そこで、ずっとこちらの様子を窺っていた福島さんが、大きく目を見開きながら会話に割り込んできた。

「えっ、織田藍子さん? 藍子さんって、あの……」

 演劇部の姉を持つ福島さん。姉貴のことを知っているぐらいだから、当然藍子さんのことも知っているのだろう。ロミオの姉貴が伝説になっているように、ジュリエットの藍子さんもまた、演劇部では伝説的存在なのだ。

「そう、その藍子さんだよ」
「えええええ~っ! すごい! うらやましい! 織田さんって、今はT大生なんでしょう?」
「うん、そうらしいね。この間初めて勉強を見てもらったんだけど、教え方もすごく丁寧だったよ」

 他の家庭教師を知らないから比較対象がないのだけれど、少なくとも、小学校の頃通っていた塾の講師に比べたら、藍子さんの話は格段にわかりやすかった。教わる内容そのものはずっと高度で複雑になっているにもかかわらず、である。

「今川さんの弟で、家庭教師が織田さんなんて……今川くん、君は演劇部に入るべき。君はサラブレッドなんだから」

 ええ、家庭教師の話から、いきなり部活の勧誘? しかも、サラブレッドって、それどういう繋がりですか?
 福島さんの真剣な眼差しに、僕は思わず後ずさる。

「え、なんでそうなるの? 関係なくない?」
「あるよ! 大ありよ! 演劇部は特に、男の子がいるといないとでは大違いなの。今川くんのお姉さんは男装がバッチリハマってたけど、今川さんの代わりが務まるような逸材はそうそういないし、男の子がいた方が表現の幅は広がる。しかも、あの今川さんの弟が演劇部に入るとなれば、姉の七光りだとしても話題性はバッチリよ」
「いやあ、でも、部活はもっとゆっくり考えたいし……」
「そうだぞ福島、男手はテニス部だって喉から手が出るほど欲しいんだ。勝手に話を進めるなよな」

 半ば強引に話を進めようとする福島さんに、岡部さんが突っかかった。岡部さんはテニス部志望なのだろうか。でも僕、運動神経悪いし、運動部は全く考えてないんだけど……。

「テニス部って……女子の中に男子が一人ぽつんと混じってどうするの?」
「別に、テニスは個人競技だし、一緒に練習したって問題ないだろ」
「問題大アリじゃない。更衣室とか、設備は整ってるの? それに、部に所属して仮に一緒に練習できたとしても、すぐには試合に出られないんでしょ?」
「そ、そこはほら……なんとかするんだよ。最初はそうかもしれないけどさ、来年も再来年も男子は入ってくるんだし、人数が揃えば男子のテニス部だって……」
「揃えば、の話でしょ? もし揃わなかったら? そもそも、花倉はそんなに運動部に力を入れてないじゃないの。テニス部だって、そんなに目立った成績残してないはずよ。その花倉に来るぐらいだから、あなただってどうせ大した選手じゃ……」
「なんだと……? 黙って聞いてりゃいい気になりやがって……」

 おっと、なにやら剣呑な雰囲気になってきた。しかも原因は僕の部活を巡る言い争い。ここは僕がどうにかしなければ。

「あの、誘ってもらえるのはありがたいんだけど、僕、部活はもう少しゆっくり考えたいなって……」
「だ、だったら、文芸部はどうですか?」

 まるで頃合いを見計らっていたみたいに、鈴虫のようなか細い声が乱入してきた。声の主は隣の席の朝比奈さん。だが、福島さんと岡部さんの錐のように尖った視線に気圧されて、大人しい朝比奈さんはたちまち俯き押し黙ってしまう。まずいな、早くこの場を収めないと、二人の喧嘩が色んなところに飛び火しかねない。

「あのさ、僕のことで喧嘩しないでほしいんだ。部活をどうするかはホントに全然決めてないから……この話はまた今度にしてくれないかな」

 すると、バチバチと火花が散りそうなほど睨み合っていた福島さんと岡部さんは、少し気まずそうに、互いに視線を逸らした。

「おい、んなこたぁどうでもいいけどさ、岡部、いい加減耳を離してくれよ」

 二人が言い争う間ずっと耳を引っ張られたままだった武田の泣きの一言で、この場は締められた。
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