探偵たちのラプソディ

浦登みっひ

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地下室

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織田「ふむ……どうやら私はとんでもないことに巻き込まれてしまったようだ」

 ゲームマスターから説明を受けた織田探偵は、顎を擦りながら重々しく呟いた。しかし、『とんでもないこと』という言葉とは裏腹に、その表情は誰よりも落ち着き払っていて、狼狽えた様子は全く見られない。まるで、行きつけのお店が定休日だったからさてどこで空腹を満たそうか、とでもいった雰囲気。別にリアクションを求めているわけではないのだけれど、あまりに反応が薄いとそれはそれで不安になってしまう。
 だが、それもほんの一瞬だった。織田探偵はすぐさま顔を上げ、鋭い眼光で私と門谷先生を見据える。

織田「ここに招かれている、ということは、貴女方も探偵でいらっしゃる?」
門谷「ええ、もちろん。私は作家の門谷鹿角と申します。主に推理小説を執筆する傍ら、時折警察の要請を受けて素人探偵のような真似もしておりますの」

 門谷先生は、私や愚藤に対する態度とは別人のように、終始すました口調で答えた。

織田「門谷先生――ああ、あの有名なミステリ作家の? どうりで、どこかでお見かけしたことがあると思っていました。貴女の著作も、いくつか読んだことがありますよ。『十一角館の殺人』や『迷宮館の殺人』などは、推理小説を読み慣れた私も大変驚かされました」
門谷「まあ、光栄ですわ、織田さんのような素敵な方にお褒め頂くなんて」

 まさかこのままここでミステリ談義が始まるのでは、と嫌な予感が胸を掠めたが、織田探偵は至って冷静だった。

織田「いや、伺いたいお話は山ほどありますが、それは後に致しましょう。そちらのお嬢さんも探偵で?」
西野園「ええ、その……確かに二度ほど警察に協力を求められたことはあるのですが、役に立ったのは私であって私でないというか……」
織田「ふむ? しかし、警察が二度に亘って助力を求めるということは、やはり貴女も確たる洞察力をお持ちであると見た。や、時間が惜しい。ここから先は歩きながら話しましょう」

 と、すらりと長い脚を踏み出す織田探偵だったが、すぐに立ち止まり、足元へと視線を落とす。織田探偵の革靴の爪先が、床に横たわる愚藤の腫れ上がった頬にちょうど当たっているのだった。遠慮せずそのまま蹴り飛ばしてやればいいのにと思ったが、織田探偵はさっとその場に屈み、愚藤の容態を確かめた。

織田「……おや、失礼、今の今まで気付きませんでした。ここで伸びている彼は? 酷い有り様だが……どうやらまだ息はあるようだ」
門谷「まあまあ、お気になさらず。ふらっと迷い込んだ可哀想な子猫ちゃんですの。図太い子ですから、放っといても死にゃしませんよ。さ、行きましょう、織田先生」

 門谷先生はそう言うと、織田探偵の腕をとり、ぐいぐいと引っ張って行ってしまった。
 彼女のあまりの変わり身の早さに、私は舌を巻いた。ついさっきまで愚藤を誘惑していたはずなのに、放っといても死にゃしないなんて言い草である。女って怖い。
 織田探偵も愚藤のことが気掛かりな様子ではあったけれど、門谷先生の強引さに負け、エントランスから廊下へと引きずられるように歩いてゆく。まあ、愚藤のようなタイプは放っといても死なない、という門谷先生の言に私も全面的に同意なので、私は迷わず二人の後を追った。


門谷「……というわけですの。生贄が補充される場所を抑えれば、あとは十五分間守り切るだけ。だから、裏口や非常口を虱潰しに当たって行けば、私たちの勝ちだと考えましたの」

 自慢気に語りながら、門谷先生は艶めかしく体をくねらせて、織田探偵の腕に絡み付いた。いくら自分の好みのタイプだからといって、初対面の男性に対してこんな風にアプローチできる神経が私には到底理解できない。
 しかし、普通の男性なら鼻の下を伸ばして喜びそうなものだが、織田探偵は平静そのものだった。

織田「なるほど、慧眼ですな。仰る通り、何もないところから突然人間が湧いてくるわけではない。生贄がこの建物内に放たれた瞬間を確保できれば、勝利は目前でしょう。さすが、高名な門谷先生でいらっしゃる」
門谷「おほほほ。織田先生のように素敵な方にお褒めに与り光栄ですわ」
織田「それにしても……そのゲームマスターなる人物は、いったいどうやってそれだけの生贄となる人物を集めたのでしょうな。いや、それだけではない。このゲームを成立させるためには、並ならぬ情報網と組織力、そして何より人員が必要だ。エントランスにいた二人や、生贄を殺し回っている奴だけではない。生贄をこの建物内に連れてくるにも人手は要るでしょう。それに加えて、約十五分毎に新たな探偵がここに送られているということは、その送迎にもかなりの人員が割かれているはず。相手は小さな組織ではないですな」
門谷「まあ……たしかに、織田さんや愚藤くんを乗せてきた車も、その運転手も、私の時とは違いましたわ。西野園さんは?」
西野園「ええ、私はパトカーに乗せられてここまで来ましたし、運転手も違ったように思います」
織田「我々の他にも、まだ二人の探偵がいるのでしょう。彼らの場合はどうでしたか?」

 私は必死で記憶を辿った。樺川先生を乗せてきた運転手は車を降りなかったので横顔しか見えなかったけれど、少なくとも私の時の運転手とは別人だったような気がする。桃貫元警部の場合は、私たちがエントランスに戻るより早く廃墟に入っていたし、車の姿も見えなかった。おそらく、彼を降ろした車はもう走り去ってしまっていたのだろう。

西野園「……ええと、桃貫警部が来たところは見ていませんけれど、樺川先生のときは……ええ、たしかに、車もドライバーも別の人だったように見えました」
織田「つまり、送迎だけでも、少なくとも五台の車と運転手が使われていることになりますな。この広大な土地と巨大な建物を手に入れ、尚且つ大掛かりな改修を行って舞台を整えたのだから、相手が只者ではないことは確かです。何が起こるかわからない。気を引き締めて参りましょう。まずは門谷先生の言う通り、生贄の出所を探り当てなければなりません……が、お二人共、その履物では動きづらいでしょう」

 織田探偵は微かに苦笑を浮かべながら私たちの足元を見た。彼に言われるまでもなく、私も門谷先生もヒールの高い靴を履いており、探索には明らかに不向きだ。
 しかし、

門谷「え? ああ、靴ですか? こんなもの、別にどうでもいいですわ」

 彼女はそう言うと、ブラッシュピンクの高級そうなヒールのパンプスを手早く靴を脱ぎ捨て、なんとそのまま放り投げてしまったのだ。その靴底に『JIMMY CHOO』と書いてあったのを、私は見逃さなかった。
 そして、あまりにもスピーディな彼女の変わり身の早さを目にした私は思わず、

西野園「……は?」

 と、まるでフランス語の『R』の発音練習のような声を発してしまった。
 梃子でも動かなかったあの門谷先生が? え? 彼女も二重人格?

織田「……よろしいんですか? さすがに裸足では、足元が危なかろうと思うのですが。ガラス片など落ちていたら大変ですし」
門谷「背に腹は代えられません。今は一刻も早くこのゲームを終わらせ、新たな犠牲者を出さないことが何より大事ですもの。西野園さん、探索はどれぐらい進んでいるのかしら?」

 いったいどの口で言うのやら……。
 しかし、何はともあれ、門谷先生がやる気を出してくれたのはありがたい。私は歩きながら樺川先生や桃貫警部と共に行動していた際のことを手短に二人に話した。

織田「ふむ。今一度確認しますが、西野園さん達三人が探索した範囲には、非常口や勝手口などはなかったわけですな?」
西野園「はい。窓には全て鉄格子が嵌められていますし、出入りできるような場所はどこにも……」
織田「なるほど、わかりました。西野園さんが共に行動していた時点で二階の探索を始めていたのならば、おそらく樺川氏と桃貫氏は二階の探索は既に済ませていると考えるべきでしょう。二度手間を避けるためにも、我々は上には行かず、地下の探索をしておいた方が良さそうだ。外部と繋がった秘密の地下道から――とは考えにくいことではあるが、可能性を潰しておいて損はないでしょう」
門谷「全く同感ですわ。他の二人は今どの辺りにいるのかしら……」
織田「ゲームマスターの言葉を額面通りに受け取るならば、ここに集められた者は皆名探偵であるはずだ。彼らの洞察力を信じましょう。それに、探索を続けていれば、いずれ樺川氏や桃貫氏とも合流できるはずです」

 織田探偵は自信を持ってそう言ったけれど、ここに集められた者の中に実際には探偵ですらなかった者が少なくとも一人はいることを、私と門谷先生は知っている。特に門谷先生は、織田探偵の意見に一応は頷いて見せつつも、樺川、桃貫の二名の能力に懐疑的のようだ。

 ともあれ、私たちは地下に降りる階段へと急いだ。


!i!i!i!i!i!i!i!i


 地下へと続く階段、その先に蟠る深い暗闇に、私は思わず身震いした。踊り場の窓から差し込む光は弱く、視認できるのはせいぜい十段ほど。スピーカーが使えるのだから電気は通っているはずだが、照明はどうだろう。もしもこのまま夜まで殺人ゲームが続いてしまった場合、明かりがなければ絶望的な状況になるけれど――。
 幸い、織田探偵が小型の懐中電灯を持っており、足元を照らす織田探偵の後に続いて、私たちも注意深く階段を降りた。

織田「階段の埃を見ると、どうやらこの階段から地上へ上がった者はいないようですな」

 織田探偵が懐中電灯の細い光に照らされた足元を眺めながら言う。彼の言う通り、階段を隅から隅まで照らしてみても、薄く積もった埃は新雪のように全く乱れていなかった。

門谷「他に階段や梯子がなければ、地下はもう除外しても良さそうですわね」

 階段を降り切ったところで、壁に照明のスイッチを見つけた私たちは、あまり期待せずにスイッチを入れてみた。すると、予想に反して天井の蛍光灯には電気が通っており、たちまち目の前の廊下が明るく照らし出される。

西野園「わっ……照明が普通に使えるなんて、ちょっとびっくりですね」
織田「明かりがなければ改修工事にも不便でしょうからね。おそらく、照明は全て利用できると考えていいでしょう」

 地下の廊下は地上に比べてかなり幅が狭く、そして短かった。部屋数も廊下に沿って扉が四つ見えるだけで、廊下の天井にある二つの蛍光灯だけで全体が見渡せる程度の広さである。

門谷「地下のフロアは思ったより狭いようですね」
織田「ふむ。用途が限られているのかもしれませんな。まずは全て虱潰しに調べてみましょう」

 私たちは四つの部屋を調べてみたが、それぞれ物置、ボイラー室、貯水槽、変電室で、人の気配は皆無。私たちが降りて来た階段以外に地上へ上る手段もなかった。
 しかし、変電室には興味深いものが設置されていた。

織田「おや? これは……何やら、真新しい機械がありますな」

 織田探偵に呼ばれて見てみると、それは小型のハイビジョンレコーダーほどの大きさの黒い機械で、高さ1メートル前後のスチール製の棚の上に横置きにされている。また、その機械からスチール棚の中にある大型の機械へコードが繋がれていて、そこからさらに壁際へと複数のコードが伸びている。

門谷「何でしょう? これ……」
織田「これは……おそらく、放送設備ではないでしょうか。上の小さな機械が受信機で、スチール棚に収められているのがアンプかな。どこかにあるとは思っていましたが、ここだったか」
西野園「受信機……ということは、遠隔操作されているのですか?」
織田「そうなりますね。この建物の外、少し離れたところから発信しているのでしょう。そしてここから、廃墟内のスピーカーに音声が出力されている。埃に足跡がついていないことを考えると、受信機とアンプは数日前にはセッティングしてあったのかもしれません。入念なことですな」
門谷「ゲームマスター自身がここにいたら、人質にとるなり色々考えられましたのに、残念ですわ」

 門谷先生が物騒なことを口走ったその瞬間、まるでそれを聴いていたかのように、最早耳慣れた音楽の前奏が流れ始める。

『残念ながら六人目の犠牲者が出た。現在、七人目の探偵がこちらへ向かっている。諸君は建物内の探索を続けるもよし、エントランスで新たな探偵を出迎えるもよし、七人目の探偵がここに到着するまで、ひとまず自由に過ごしていてくれたまえ』
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