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中居英治の供述
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小粟くんからの事情聴取を終えて法学部棟を後にした私たちは、次に中居くんの所属する経済学部棟にやってきた。
中居くんにも事前にLINEで連絡し、経済学部棟で待つとの返答をもらってある。今回は同じ経済学部の心美ちゃんがいるから、迷う心配は全くない。
「あら、小雨? 珍しいね、経済学部棟に来るなんて」
経済学部棟の前で、私たちは真紀とばったり遭遇した。
西野園真紀。私の親友……である。この三点リーダーの意味を知りたい方は、Sシリーズを全作読まれたし。知りたくなくても読んでくださいお願いします。
真紀のルックスを最も正確に表現するとしたら、『石原さとみとアヴリル・ラヴィーンを足して二で割らない感じ』。四字熟語にすれば『超絶美人』だ。最近の真紀は約一年ぶりに髪を黒染めし、髪型は可愛らしいツインテール。白いブラウスにデニムパンツという、彼女にしてはカジュアルで親近感の湧くスタイルである。
「こんにちは、真紀さん」
心美ちゃんが真紀に丁寧なお辞儀をし、
「どうも、真紀ちゃん」
梨子ちゃんはいつもの調子である。
「こんにちは、心美ちゃん。それと、梨子ちゃんはお久しぶりね」
真紀は二人に、天使のようないつもの微笑を返した。シリーズの読者は多少意外に思われるかもしれないが、真紀と梨子ちゃん、この二人には一応面識がある。私と真紀は大学でよく一緒に昼食をとったりしているし、私と梨子ちゃんもしょっちゅうつるんでいるから、面識がない方がおかしいのだ。作中での絡みがないのに顔見知りなのはおかしいというツッコミが入るといけないので、念のため補足させてもらった。
え、話がメタすぎるって? 時折メタな語りが入るのも小雨視点の醍醐味ということで、そこはお許し願いたい。
「それで、二人は何しにここへ?」
真紀が尋ねる。二人とは、経済学部の心美ちゃんを除いた私と梨子ちゃんのことだ。事情を説明すると、
「ああ、中居くんね。そうそう、たしか入り口のところで待ってたよ。稀覯本を汚しちゃったのかあ。それは痛いなあ」
そう言って、真紀は顔を顰めた。中居くんは真紀と同じ三年だから、講義などで顔を合わせる機会が多いのかもしれない。いや、まだ犯人が中居くんと決まったわけでは、と一応訂正しておいた。
素人探偵としての実績がある真紀に協力してもらったほうが話が早いのではないか、とも思ったが、やはりまずは身内で解決する努力をするべきだろう。またね、と手を振る真紀の背中を見送ってから、私たちは経済学部棟へ足を踏み入れた。
「あっ、中居くん」
学部棟に入ると、すぐに中居くんの姿が目に入った。短く刈り上げた頭に黒縁眼鏡、チェックのシャツとジーンズ。プーマの黒いショルダーバッグを肩にかけた中居くんは、フロアの柱に寄りかかって薄い文庫本を読んでいた。語弊を恐れずに言えば、いかにも文学青年らしい出で立ちである。
実際、彼は我が文芸部の中でも筋金入りの読書家で、梨子ちゃんや心美ちゃんに釣られて入ってきた輩とは一味も二味も違う。経済学部でありながら文学にも造詣が深く、時折諸星くんと今後の文壇のあり方について熱く語り合っていたっけ。
「あ、どうも、三人お揃いで」
こちらに気付いた中居くんが、私たちに軽く会釈をしてみせた。まどろっこしいことが嫌いな梨子ちゃんは、早速本題に入る。
「時間とってもらってすまんね。うちらがここに来た理由は知っちょるよね?」
「ああ、はい。ドグラ・マグラの件だと聞きましたが……」
「そう。部室にあるドグラ・マグラの初版本に、コーヒーの染みがついとったんよ」
すると、中居くんはムッと眉根を寄せた。怒りを露わにしたその表情からは、犯人を許しがたいという気持ちがはっきりと伝わってくる。
「なんと……誰がそんなことを?」
「それがわからんけん、蔵書管理ノート見て、昨日ドグラ・マグラを読んだ人からこうして話を聞いて回ってるっちゃ」
「なるほど……でも、コーヒーを零したのは僕じゃありませんよ」
真面目な中居くんの普段の言動、そして本に対する真摯な姿勢を考えれば、彼のことは信じてやりたいような気もする。
「まあ正直、うちも小粟くんを疑っちょるんやけどね。中居くんは昨日どこまで読み進めた?」
「え~と、どこだったかな……そうそう、最初のページから読み始めて、脳髄論ぐらいまでは読んだと思います」
「フム……汚れてたのは、この正木博士のキチガイ外道祭文のところなんやけど、じゃあ中居くんもここまでは読んだっちゅうことやね」
梨子ちゃんが汚れたページを開いて見せると、中居くんはさも残念そうに顔を顰める。
「ああ、チャカポコのところですか……ひどいなあ、これは」
「そうそう。中居くんが読んだときに、このコーヒーの染みはもうついとった?」
「う~ん……いや、なかったはずです。こんな染みがついていたら、見逃すはずはない。あの、もしかして、僕も疑われているんですか?」
すると、梨子ちゃんは首をぶるぶると横に振って全力で否定した。
「いやあ、そういうわけじゃないっちゃ。一応全員に話聞かなきゃならんけ、確認しただけっちゃよ。中居くんはそげなことするひとやないって、うちは信じとるけ」
彼を犯人だと思えないのは梨子ちゃんも同様らしい。小粟くんとは違って普段から真面目だし、あまり嘘をつくような人間には見えないからだ。
私たちは中居くんに礼を述べて、経済学部棟を後にした。
中居くんにも事前にLINEで連絡し、経済学部棟で待つとの返答をもらってある。今回は同じ経済学部の心美ちゃんがいるから、迷う心配は全くない。
「あら、小雨? 珍しいね、経済学部棟に来るなんて」
経済学部棟の前で、私たちは真紀とばったり遭遇した。
西野園真紀。私の親友……である。この三点リーダーの意味を知りたい方は、Sシリーズを全作読まれたし。知りたくなくても読んでくださいお願いします。
真紀のルックスを最も正確に表現するとしたら、『石原さとみとアヴリル・ラヴィーンを足して二で割らない感じ』。四字熟語にすれば『超絶美人』だ。最近の真紀は約一年ぶりに髪を黒染めし、髪型は可愛らしいツインテール。白いブラウスにデニムパンツという、彼女にしてはカジュアルで親近感の湧くスタイルである。
「こんにちは、真紀さん」
心美ちゃんが真紀に丁寧なお辞儀をし、
「どうも、真紀ちゃん」
梨子ちゃんはいつもの調子である。
「こんにちは、心美ちゃん。それと、梨子ちゃんはお久しぶりね」
真紀は二人に、天使のようないつもの微笑を返した。シリーズの読者は多少意外に思われるかもしれないが、真紀と梨子ちゃん、この二人には一応面識がある。私と真紀は大学でよく一緒に昼食をとったりしているし、私と梨子ちゃんもしょっちゅうつるんでいるから、面識がない方がおかしいのだ。作中での絡みがないのに顔見知りなのはおかしいというツッコミが入るといけないので、念のため補足させてもらった。
え、話がメタすぎるって? 時折メタな語りが入るのも小雨視点の醍醐味ということで、そこはお許し願いたい。
「それで、二人は何しにここへ?」
真紀が尋ねる。二人とは、経済学部の心美ちゃんを除いた私と梨子ちゃんのことだ。事情を説明すると、
「ああ、中居くんね。そうそう、たしか入り口のところで待ってたよ。稀覯本を汚しちゃったのかあ。それは痛いなあ」
そう言って、真紀は顔を顰めた。中居くんは真紀と同じ三年だから、講義などで顔を合わせる機会が多いのかもしれない。いや、まだ犯人が中居くんと決まったわけでは、と一応訂正しておいた。
素人探偵としての実績がある真紀に協力してもらったほうが話が早いのではないか、とも思ったが、やはりまずは身内で解決する努力をするべきだろう。またね、と手を振る真紀の背中を見送ってから、私たちは経済学部棟へ足を踏み入れた。
「あっ、中居くん」
学部棟に入ると、すぐに中居くんの姿が目に入った。短く刈り上げた頭に黒縁眼鏡、チェックのシャツとジーンズ。プーマの黒いショルダーバッグを肩にかけた中居くんは、フロアの柱に寄りかかって薄い文庫本を読んでいた。語弊を恐れずに言えば、いかにも文学青年らしい出で立ちである。
実際、彼は我が文芸部の中でも筋金入りの読書家で、梨子ちゃんや心美ちゃんに釣られて入ってきた輩とは一味も二味も違う。経済学部でありながら文学にも造詣が深く、時折諸星くんと今後の文壇のあり方について熱く語り合っていたっけ。
「あ、どうも、三人お揃いで」
こちらに気付いた中居くんが、私たちに軽く会釈をしてみせた。まどろっこしいことが嫌いな梨子ちゃんは、早速本題に入る。
「時間とってもらってすまんね。うちらがここに来た理由は知っちょるよね?」
「ああ、はい。ドグラ・マグラの件だと聞きましたが……」
「そう。部室にあるドグラ・マグラの初版本に、コーヒーの染みがついとったんよ」
すると、中居くんはムッと眉根を寄せた。怒りを露わにしたその表情からは、犯人を許しがたいという気持ちがはっきりと伝わってくる。
「なんと……誰がそんなことを?」
「それがわからんけん、蔵書管理ノート見て、昨日ドグラ・マグラを読んだ人からこうして話を聞いて回ってるっちゃ」
「なるほど……でも、コーヒーを零したのは僕じゃありませんよ」
真面目な中居くんの普段の言動、そして本に対する真摯な姿勢を考えれば、彼のことは信じてやりたいような気もする。
「まあ正直、うちも小粟くんを疑っちょるんやけどね。中居くんは昨日どこまで読み進めた?」
「え~と、どこだったかな……そうそう、最初のページから読み始めて、脳髄論ぐらいまでは読んだと思います」
「フム……汚れてたのは、この正木博士のキチガイ外道祭文のところなんやけど、じゃあ中居くんもここまでは読んだっちゅうことやね」
梨子ちゃんが汚れたページを開いて見せると、中居くんはさも残念そうに顔を顰める。
「ああ、チャカポコのところですか……ひどいなあ、これは」
「そうそう。中居くんが読んだときに、このコーヒーの染みはもうついとった?」
「う~ん……いや、なかったはずです。こんな染みがついていたら、見逃すはずはない。あの、もしかして、僕も疑われているんですか?」
すると、梨子ちゃんは首をぶるぶると横に振って全力で否定した。
「いやあ、そういうわけじゃないっちゃ。一応全員に話聞かなきゃならんけ、確認しただけっちゃよ。中居くんはそげなことするひとやないって、うちは信じとるけ」
彼を犯人だと思えないのは梨子ちゃんも同様らしい。小粟くんとは違って普段から真面目だし、あまり嘘をつくような人間には見えないからだ。
私たちは中居くんに礼を述べて、経済学部棟を後にした。
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