100回目の螺旋階段

森羅秋

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疑われる

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 こうやって聞くと随分と難しい依頼を出したものだと眞白ましろは苦笑いしたものの、「はい」と力強く返事をする。
 すると子供から返答がなくなった。断られるかもしれないと眞白は冷や汗をかく。

「あ、あの。やっぱり駄目、ですか?」

 子供から返事がない。
 ですよね。と呟きながら、眞白ましろは落胆して肩を落とした。

「ダメでもいいです。話聞いてもらえただけでもすっきりしました。あとは持ってきた情報をお渡しだけするので、今後の参考にしていただけると、調べた甲斐があります」

 眞白ましろが残念そうにスーツケースを見つめる。折角調べた情報だがハッキリ言って危険物だ。ずっと手元に置くわけにはいかない。もし断れたら広場で焚火の燃料にして芋突っ込んで焼くことにする。
 脳内で焼き芋を考えていたときに、スピーカーの向こうから声が出た。

『一つ聞くけど』

 驚いた眞白ましろは「はい!」と返事をしながら、反射的にピシっと背筋を伸ばした。

『そこまで調べといて、なんでドラックの精製を潰すって内容にしたわけ? てっきり舘上狗たてがみいぬ殲滅依頼かと思ったけど?』

「殲滅……?」

 素っ頓狂な声で復唱する眞白ましろに、子供は心底呆れて呻くような声を出した。

『フールティバを含む危険ドラック、舘上狗たてがみいぬの財源の二分の一がそこにある。潰してしまえば大規模な活動は制限されるだろうね』

 それは無理だろう。と眞白ましろは心の中でツッコミした。
 材料や調合を記したものは全てレーベンブレインレコード(生きた人間の脳を使った記録装置)に収められており、舘上狗たてがみいぬの重役が管理しているモノだ。
 
 薬物ドラックは一つの情報につき五台のレーベンブレインレコードが使われていると聞く。一台の情報を全て消去するだけでも危険を伴う。仮に破壊や略奪計画を実行すれば死ぬまで舘上狗たてがみいぬに追われることになる。

「まさかそんな事言いません! 気分を害するかもしれないけど、流石に舘上狗が所有するレシピ全般の消去は無理です。そんな超危険な依頼は絶対断りますよね? だけどフールティバはまだ流通して間もないから、原材料の処分とかなら引き受けてくれるんじゃないかと思って……」

『フールティバに狙いをつけた理由は?』

「四か月ほど前、僕の恩人が薬で死にました。とても良い人だったのに、あんな最後を迎えるなんて……」

 眞白ましろは悔しくなって手を握り締めた。
 脳裏に恩人の笑顔が浮かぶ。

 年回り二十も離れた男性は、当時親を亡くして無一文だった眞白ましろの生活を支えてくれた。
 風邪もひかない健康体だと自慢していたが、高熱により職場から病院に連れていかれた。ハイデマヒ病と診断されてすぐにフールティバを投与して二日後、強い副作用が出た。彼は病院内で死亡した仲間を何人も知っていたため、途中で行くのをやめる。

 眞白ましろは恩返しもかねて彼を養った。彼は激痛に耐え兼ねて鎮痛剤の代わりに危険ドラッグを購入して使った。金がなくなり買えなくなると狂ったように壁を叩いていた。血まみれの姿と嘆く声が耳に残る。
 最後は自らの胸を包丁で掻き切って亡くなった。眞白ましろが働きに出ていた間だったため、自害を止めることも、最後を看取ることもできなかった。

 思い出していると怒りが灯ってくる。落ち着くために無言になっていると、子供がため息をついた。

『そうか、それは残念だ』

「彼が死んでから色々調べたんです。彼の身に何が起こったのか、真相を知りたくて」

 眞白ましろは両手で顔を覆った。

舘上狗たてがみいぬの人体実験の一つとわかって。芋づる式に能力者のことにも行き着いちゃって。CDEコディも繋がっていると分かっちゃって。僕にはどうにもできないって絶望しました」

 眞白ましろはから笑いを浮かべて。

「本当は分かっています。見なかったこと、知らなかったことにして生活すればいいって。でもどうしても許せない。仇をとりたい」

 ギリと歯を食いしばった。

「だけど、僕一人あがいたところで、仇も取れない。だから……」

『だから確実に引き受けてくれそうな内容を依頼しにきたわけか』

 眞白ましろは玄関に向かって深く腰を折り曲げて頭を下げた。

「僕は何もできない。何も出来ないんです! お願いします! どうか依頼を受けてください!」

 子供は『そうだね』と曖昧な返事をしてから

『もう一つ聞くけど、正直に言ってくれるよね?』

 声のトーンを少しだけ低くした。
 眞白ましろは頭を下げたまま「はい! 何でも言います!」と即答する。ここが正念場だと気合を入れた。

『普通ならここまで詳しく知っていたらもう死んでる。だけど眞白ましろさんは無事だね。一体何故? 実は舘上狗たてがみいぬに所属してたりする?』

 眞白ましろはカッと頭に血が上って「はあ!?」と怒鳴りながら頭を上げた。

「一番嫌いな組織の末端に誰がなるか!」

『ならどうやって調べた? ほかにも仲間がいるのか? 知人たちと共に調べたのか?』

「友達はもう一人も残っていない! 全員病で死んでしまった! 全部僕が調べた! 地道に足で探して、金や賄賂を使って、日雇いの仕事の名目で狙った施設に侵入してゴミを漁った! 簡単じゃなかった、何度も死にそうな目に遭った! あと薬の成分分析を頼んだのは何でも屋って言いましたけど、本当は『ラハシア』っていうサイトに送ったんです。あそこは匿名でも受け付けてくれるし、どんなモノでもやってくれるって書いてあったんで!」

 『ふぅん』と子供は不信そうな声をあげた。

「この言葉に嘘はありません!」

 眞白ましろはキッパリと告げた。まさか舘上狗たてがみいぬと思われるとは想像していなかったと、苛立ちを露わにする。それと同時に駄目だったと諦める。関係者と疑われたのであれば、どう言い繕っても依頼を請け負ってくれない。

「折角、ここまできたのに」

 眞白ましろは片手で顔を覆いながら大きなため息をついた。スーツケースを置いて帰ろうと思ったその時、

『ドアノブはあいている』

 子供がそう呼びかけた。
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