100回目の螺旋階段

森羅秋

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依頼アピールタイム

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『だから、お前は誰だ?』

「……あ」

 眞白ましろはハッと気づいた。
 子供は正体不明の相手を警戒している。

 よく考えればその通りだ。こちらは陸侑りくうの存在を知っているが、あちらは眞白ましろのことを何も知らない。
 これだけ知名度があがり裏組織や同業者に狙われているなら、『依頼があります』と言っても素直に頷いてくれるわけがない。

 しかも陸侑りくうは依頼内容に拘る傾向がある。気に入ればはした金でも請け負うが、気に入らなければ大金を積もうが絶対に引き受けない。
 さらに依頼人についても、口が軽そう・情報を売りそうなど、契約違反を行う可能性があると判断すると一切顔を見せないそうだ。事務所の前でやりとりして終了になることも多いと聞く。
 教えてくれた彼がそのタイプと判断されたようで、玄関でやり取りをおこない一度も顔を見なかったそうだ。
 そんな対応をされて怒っているのかと思いきや、しっかりとした調査結果に大満足しており彼は終始笑顔だった。

 つまり徹底した秘密主義者。眞白ましろも運が良くて玄関でのやり取りになるはずだ。
 そこに一切の不満はない。

 人気ランク上位の何でも屋は慎重で秘密主義だ。上位になればなるほど、下位とは請け負う依頼の内容が変わってくる。
 例えば、下位が家事代行、介護、お迎え、買い物など日常に密着した依頼を多く請け負うのに対して、上位は犯罪組織の壊滅、麻薬の取引、浮気調査、社内の極秘文章入手、潜入捜査など、命に係わる依頼を多く請け負う。

 数ある何でも屋で『陸侑りくうの事務所』を選んだのは、人殺しや強盗を嫌う傾向があり護衛や組織壊滅に精通しているからだ。ここに依頼することが出来れば目的の半分が達成できたと同じ事になる。
 それにはまず、陸侑りくうのお眼鏡に叶わなければならない。

 眞白ましろは姿勢を正して凛とした表情に戻った。

「失礼しました。はじめまして、自分は琴葉岬眞白ことのはさきましろといいます。更川地区で土木工事の日雇いアルバイトをしている者です」

琴葉岬眞白ことのはさきましろ……そう、眞白ましろさん』

 いきなり下の名で呼ばれた。見下しているのではなく、親愛を含めた優しい声色である。
 聞き間違えたかなと眞白ましろは首を傾げた。

『それで、ここに何しに来たの?』

 本題が始まったと、ごくりと生唾を飲んでから、眞白ましろは口を開いた。

「ここは陸侑りくうさんの事務所ですか?」

『ここへ何しに来たのか?』

「あ、その……依頼を」

『ここへ何しに来たのか?』

 子供は同じ質問を繰り返す。
 正しくない返答をしているから先に進まないと感じた眞白ましろは、何が間違っているのか考えるため黙り込んだ。

 そのまま数分経過したが全く分からない。次に続ける言葉が浮かばず、困惑して頭を抱えていた。
 子供は小さくため息をついて、こう続けた。

『何しに来たのかを教えてほしい』

 眞白ましろは目線をインターホンへ向ける。

『この場所に誰もいないから気にすることはない。先ほど自分で確認したと思うがここは無人だ。このマンションは俺だけ住んでいる。マンションの外にも通行人はいない。侵入者もいない。そこには盗聴器や盗撮器は仕込まれていない。眞白ましろさんのプライバシーは保護され、安全も確保されている』

 眞白ましろは頭を抱えるのをやめて「あ!」と声を上げた。
 やはりここは『何でも屋・陸侑りくう』の事務所だ。あの回りくどい言い方は、相手が『普通に知人を探している人』なのか、『依頼者を探している人』なのかを判断する一つの目安であった。

 普通の訪問者であれば帰れ。依頼人であればここで要件を述べろ。ということだ。
 今立っている場所は通路だが接待室と同じ意味である。ここで依頼内容を伝えるのが正解である。
 引き受けるのならば中へ招かれ、承諾できなければこのまま帰れとなるはずだ。

 そこまで推測して眞白ましろは気を引き締めた。

「その、依頼内容が上手く説明できるか分からないけど、最後まで聞いてください」

『回りくどい言い方しなくてもいいから、さっさと話して』

 催促された。
 正解してよかったと眞白ましろは少しだけ肩の力を抜いた。

「この世界に異能力……超能力ともいいますが、イギョウモノについてご存知ですか?」

 数秒待っても返事がこない。
 眞白ましろはすぐに後悔した。ストレートに伝えようと思ったら、ドストレートに言ってしまった。
 頭がおかしいやつ、精神科へ行ってこい。と言われそうと感じて、慌てて言い直す。

「あ、その、今のはですね。前置きを飛ばしてしまって」

『知っている。イギョウモノは第七番目の能力を持つモノたちの総称。人間ではない扱いを受けている人間だ』

 子供から相槌がくる。抵抗がない口調である。

「え!? ご存知で?」

 眞白ましろはびっくりして聞き返すと、子供は『当然だ』と同意したうえで、イギョウモノについてこう話した。


 人間の第七番目の特殊能力と言われる異能力。自然のコントロール、発光、熱、エネルギー発電、重力の法則などを自ら創り出して操る能力だ。人ではない・人に害をなすという意味でイギョウモノと呼ばれている。

 市民の認識では『害をなす悪人の総称』となっており嫌悪されている。
そのため少しでも変なことがあると密告するのが普通だ。情報が正しければ報酬が得られるゆえ、一種のお小遣い稼ぎになっている。

 しかしイギョウモノは社会に与える影響力が強く利益を生むため、ソラギワに管理されて生かされているが、尊厳や必要最低限の保証はない。利用されるときはモノとして扱われ死ぬまで働かされてしまう。
 脱走者は犯罪者の汚名を着せられ公然に処刑される。ニュースで流れている凶悪犯を射殺したという内容の一割はイギョウモノの処分である。
 そのためイギョウモノは人の目から隠れて暮らしている。


『そんなこんなでイギョウモノと知られれば殺される。強いくせに哀れで悲しい人間達だ』

「詳しい」

 眞白ましろは狐に摘まれたように瞬きをする。イギョウモノの話は嫌悪されるためこんなに長く会話できたのは初めてであった。
 間が抜けている様子を感じ取ったのか、子供が苦笑したような吐息をだす。

『それもそんはず、何でも屋を行うヤツラの二〇パーセントは能力者。つまり、イギョウモノさ』

 さらりと重要発言を聞いた眞白ましろは「え?」と呆けた声を出す。
 これ知ったら殺される内容ではと思ったが、『さ。話を続けて』と子供に促されたので、深く考えないことにした。こほんと咳払いをして気持ちを切り替える。

「あ、あの、そのイギョウモノ……僕は異能者と呼んでいるんですけど。彼らが公的に殺されている事を知ってしまって、僕は信じられなかったんです。だって同じ人間なんですよ。ただすごい力があるだけで、それだけで殺されてしまう……」

 眞白ましろはまた咳払いをした。ここからが本題である。

「何故、異能者が殺されてしまうのか分からなくて色々調べました。すると。とんでもない情報をつかんでしまったんです。ソラギワの防衛機関特殊部隊CDEコディが異能者を集めて人体実験を行っています。遺伝子配列実験を繰り返して異能力を発生させる遺伝子を発見したのが二年前で。志願者を募り、異能遺伝子に組み替える実験を行っています。将来的に兵隊は異能力を手に入れるはずです。志願者の結果次第では、次は人間の思考を完全に潰すための脳改造計画を立てているようです」

 眞白ましろはここで一度言葉を切る。
 スピーカーの向こうからは何も動きがない。拒否されていないと感じて続ける。

「僕が更に問題だと思ったのが、舘上狗たてがみいぬCDEコディと同じ方法を用いて人間兵器を研究しています。ソラギワを制圧しようと企む裏組織が同じ手法を行っているということは、おそらくCDEコディの中にスパイがいるのではないかと。でも流したという情報は掴んでいないので、たぶん、という感想ですが」

舘上狗たてがみいぬね』

 ソラギワに巣食う裏組織。渦根来うずねごろ寶積蛇ほうせきへび舘上狗たてがみいぬ。この三つの勢力が裏社会を牛耳っている。

 表向きは工場経営、商い、宝石業、鉄資源、派遣業、医薬品製造など暮らしを豊かにする事業をしているが、裏では犯罪業務を行っている。更に何でも屋の三分の一が傘下に当たるため、正攻法を行っている何でも屋は必ずといっていいほど衝突する組織である。

『その情報が正しいという証拠は?』

 子供が若干疑いの声を向けてくる。
 眞白ましろはどんと胸を叩いた。

「自分で無線機を作って盗聴しました! さらに臨時の清掃業者として雇われて侵入したときに情報を掴みました! 陸侑さんに見てもらおうと思って持ってきました! スーツケースに入っています!」

 眞白ましろはスーツケースを胸まで持ち上げ、パンと叩いた。

「さらにですね。舘上狗たてがみいぬの傘下にある氷坂グループが、近々、筒ヶ牟町つつかぼまちで大規模な戦闘訓練を行うようです。人体実験で会得した兵器のテストみたいです。テロが発生したという理由をつけて市民を狙った無差別攻撃の計画をたてています。おそらく異能者を狩る目的もかねています。あの辺りで変な力が目撃されていますから」

『……まさかと思うが、それを阻止することが今回の依頼内容かな?』

 挑発的に尋ねられたが、眞白ましろはすぐに否定する。

「いいえ! こんな大規模な無差別計画を阻止できるはずありません。筒ヶ牟町つつかぼまちに行くことがあったら気を付けてくださいと言いたかっただけです」

『今の情報はここ以外に漏らしたかい?』

「いいえ」

 子供が無言になった。疑われていると感じて付け加える。

「正直なことを言えば、CDEコディになんとかしてもらおうと思って、情報を流そうかなと考えたことはありました。でも裏でつながっている可能性がある以上、情報を流せば必ず調査されます。痕跡をつけないよう気を付けていますが、それでもどこからか漏れると思います。危険を冒すのなら絶対に成果がほしい。なので、やめました」

『それが正解だ。流していたなら、今ここに立っていないだろう』

 子供から安堵の息が聞こえたことにより、自分の勘は正しかったと眞白ましろはホッと胸を撫で下ろした。
 きっと情報を流していれば門前払いを受けていたはずだ。今までの行動がモノをいうと感じて背中に冷や汗が浮かんだ。
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