100回目の螺旋階段

森羅秋

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急がば回れの三森町八の瀬

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 ソラギワと呼ばれる国はとても平和である。
 上流階級は優雅に過ごし、下流階級は普通に暮らし、一般市民は節約に勤しみ、貧困民は生活苦に陥っていたが、それでも日々暮らす上で安全が保障されていた。
 イギョウモノ以外は。

 イギョウモノは生まれつき異能の力を備えた者達であり、人ではない者と認知されていた。彼らは消耗品として搾取され、不必要になればゴミのように捨てられる。ソラギワの教育により『イギョウモノを消費するのは当たり前のことだ』と手を差し伸べる者もいない現状に、異を唱えた者達がいた。

 時は総ヲそうを
 裏社会がソラギワを牛耳りイギョウモノを不当に扱っていた時代に、彼らを守る志を掲げた二人が出会いはじまる物語である。




 三森町八の瀬みしんちょうはちのせの裏は取り壊し目前の古びた家々が立ち並ぶ住宅区だ。
 上から見れば四角い長屋がぎゅうぎゅうに詰められ陽が当たる隙間が少ない。ひしめき合った屋根のせいで昼間でも日光が地面まで届かず、昼間なのに蛍光灯の明かりがついている家もある。

 窓越しにかけられた洗濯物は日陰干しだがしっかり風になびいていた。細い道に程よい風の流れがある。風は滞りなく住宅区を通り抜け、古い空気を外部に排出していた。
 住むために各々増築していったので偶然の産物にしかすぎないが、そのおかげで湿気が少なくカビの匂いはせず、毎日洗濯物が乾き、着る服には困らないようだ。

 無造作に増築された平屋は建築基準法も接道義務を果たしていない。あまりに道が狭いためバイクも車も通ることができない。
 道路を作ろうと提案があったようだが国を信用しない住人たちは却下した。そのため街灯のような高級品は一台も設置されることはなかった。

 道の明かりがなく、夜の移動はさぞかし不便だろうと思えばそうでもなく、夜になれば窓から各々の家庭の明かりが漏れる。細い道ゆえ適度に道が照らされる結果、それに満足し、街頭がないことに不満を言う者は少ない。

 ここは一般給料以下の低賃金で生活する貧困民が住む場所だ。人情は薄いが、厄介ごとに首を突っ込まない性質が大きいため、人との関わりを必要としなければ割と楽に暮らせる。

「えーと」

 その中を、紙の切れ端を片手にもちながら長身の青年が右往左往していた。
 年齢は二十歳。茶髪に琥珀の目をもった優男である。ゆったりしたセーターを着て、ゆとりのあるズボンを穿いていた。ひょろりとした姿はお世辞抜きにしてもひ弱である。
 彼は不似合いな黒のスーツケースを持ち、あいた方の手で小さな紙切れを握って、当てもなく平屋と平屋の間を通り抜けている。

 四方からアパートの壁が伸び、空すら満足に見えないため圧迫感が強い。キョロキョロしていると土壁で背中をジャリジャリこすってうっかり砂を落としてしまい背中が砂まみれだ。
 通り道幅が殆ど一人分。下手すれば子供分ほどしかなくとても狭い。行き違う人がいれば困るような道幅だが、青年は誰にもすれ違わず直進していた。
 いや、この場合、誰にも会えない事が不運なのかもしれない。

 ほとほと困り果てたような表情で、青年―――琴葉岬ことのはさき眞白ましろは周りを見渡した。

「この辺りなんだけどなぁ~」

 ここに住んでいる者ではないため、彼は一時間くらい紙切れを片手に徘徊しており、今どこにいるのか検討もついていない。書いてある住所と曖昧な地図は彼お手製で、お世辞にも詳しく書かれているとは言えなかった。

「住所はここでいいのかな~? それとももう行き過ぎちゃったのかな~?」

 近づいているのか、遠ざかっているのか、それすら判断する基準がない。どこを通っても似たような風景が続く。現在地を地図で確認したくても、玄関と思われる木のドアに表札がでているわけもなく、看板がでているわけでもない。
 目的地にたどり着けない焦りと不安から眞白ましろの表情が曇る。
 しかしここまで来たら最後までと諦めずに探し回った。


 眞白ましろが探しているのは万能屋で、別名は『何でも屋』と呼ばれている。
 依頼を受ければなんでも代行してくれる職業の事を示している。依頼できる内容は、家事、育児、探偵業や企業派遣、輸送や護衛、暗殺や窃盗など多岐にわたる。
 
 経営規模も様々だ。個人経営から会社経営と幅が広い。多くの何でも屋がソラギワに対して有益な情報や莫大な利益をだしているためか、書類をだせば誰でもなれるほど規制が緩い。どの依頼をメインにするかによって初期費用も抑えられ、依頼が成功すれば報酬を得られるので安定職として人気である。

 しかし『誰でも成れる』ということは、『依頼成功率に大きな差がある』という事でもある。
 下手な店に依頼すると失敗する。そして依頼を頼むときには店の特質も考えなければならない。

 派遣に特化したもの・暗殺に特化したもの・輸送に特化したものなど店によって力を入れている部分が違っている。依頼成功率を高めるためには『特色』と『成功依頼内容』をよく確かめなければいけない。
 更に志郎が頼みたい依頼は特殊であり、遂行できる何でも屋が限られていた。

 そこで目を付けたのが『何でも屋・陸侑りくう』。
 三年前に彗星の如く現れた新参者だ。短期間で達成困難な様々な依頼を遂行していき、依頼解決率は九割以上。あっという間に人気上位ランクに昇りつめた。その敏腕を求め、貴族や官僚、富豪などの上流階級の者たちがこぞって依頼しているという噂が流れている。
 眞白ましろはここに依頼するべく事務所に行こうと必死になっていた。

「でも、どんな人なんだろう」

 怖い人だったらどうしよう。と眉間にしわを寄せる。
 陸侑りくうについての情報は殆ど出ていない。依頼した者の話によれば、『その人物像は雲をつかむように詳細を得ない』とのことだ。
 年齢は不詳、性別は多分男性。声は少年・青年・中年・しわがれた声であり、痩せている・太っている・筋肉隆々・老人など容姿も共通しない。
 所属している人数、依頼形式、調査内容も全て極秘だ。依頼者には口頭もしくは書類で結果だけを伝えるスタイルらしい。

 他の何でも屋たちも興味本位や嫉妬復讐心に駆られて陸侑の素性を調べてみたが、姿や実態を把握できないようだ。同業者にも尻尾も掴ませない凄い人物だと一目置かれている要因でもある。


「うっわ。ここを通るんだ」
 
 眞白ましろは家と家との間に案内表示板があることに気づいた。『大通りまで近道』と書かれているが、間にある道は子供が通れるくらいである。スーツケースを縦に抱きしめて肩をすぼめて通る。両肩が土壁の砂を落としていく。引っかからないように祈りながら、色々考える。

 眞白ましろが所在地を手に入れるキッカケは、下流階級で発生した誘拐事件であった。誘拐された二人の娘を生きたまま救出したのが陸侑りくうだと噂が流れたため、依頼した人物を探し出して訪ねた。
 何度も土下座しながら説得して、土産という賄賂をいくつも渡した。そうしてやっと聞き出したのが今から行く三森町八の瀬みしんちょうはちのせである。

 正しい情報と言い切れないが、嘘とも断定できない。教えてくれた相手の良心を信じるしかなかった。
 彼は『事務所までは誰でも行けるが、依頼を受理してもらえるかどうか、それが困難だ』と言った。
 ほかの依頼を遂行中であれば依頼は断られる。一つの依頼を請け負うと解決するまで他の依頼を一切受けないらしい。

 想像するだけで眞白ましろの胃がずぅぅんと重くなる。
 色々なお引き取りパターンが浮かんでメンタルが削れていくが、まずは陸侑の事務所にたどり着かなければ何も始まらないと奮起する。
 地図と道を見比べて、格闘すること一時間。眞白ましろは一軒の古びたマンションにたどり着いた。


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