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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
こっちに用があるでしょ
しおりを挟む「トミヤ、トミヤ」
二人の交戦をみていたトミヤは、瞬に呼びかけられて我に返った。いつの間にかすぐ傍に立っている。
「もう泳げるよね」
「あ? ああ……」
反射的に返事をすると、瞬は笑ったままトミヤの肩を押した。
「……え?」
気がついたときにはトミヤは水の中に落ちていた。水流にもまれながら急いで水面に顔を出す。怒り心頭で瞬を見ると、ごめんねと謝る動作が見えた。落とされた意図が分かる。今のうちに逃げろということだ。
トミヤはすぅっと大きく息を吸うと
「一声かけろ! 殺す気かぁぁぁぁ!」
大声で怒鳴った。
瞬は爽やかに笑いながら大きく手を振って見送る。
「ごめーん! 芙美に大丈夫って伝えといてねー!」
「この状況じゃ大丈夫じゃないだろぉぉぉぉぉぉ」
水の流れに乗り、あっという間にトミヤが見えなくなった。後に残響が残る。
これで一人生存確定。と瞬は満足げに頷く。
「さてと、こっちは」
痛む足を引きずりながら水際から移動して、激しい攻防戦をしているギオとガリウォントを見据えた。
ギオが逃げるように走り、ガリウォントがそれを追っている。
ガリウォントが瞬の方向へ動こうとすると、それを阻止するように動いていた。
瞬は両腕を組んで、うーん、と唸る。
(これはマズイなぁー。弟くん劣勢だ。でも怪我してないから及第点だね)
必死に剣を振っているが、ギオの動きが先程よりも鈍い。集中力が切れてきたようだ。対してガリウォントは的確に急所を狙っている。そして瞬が水の中に逃走するかもしれないと、しきりにこちらの様子を伺っていた。
安心してほしい。頼まれても絶対に水中に逃げることはしない。
(さて。そろそろ私の方におびき寄せるかな)
瞬は動きやすいよう屋根の中央に向かうと、こちらとの距離が近づいたとガリウォントが気づいた。すぐにギオの頭部めがけて剣を振り下ろす。
「どけ! 小僧!」
「ぅわ!?」
ギオは振り降ろされた剣を受け止める。一撃が重くて手がしびれた。威力を受けきる前に、握力が弱った手から剣が滑り落ちる。
その隙をガリウォントが見逃すはずがない。
「やば! ぐっ!」
ガリウォントはギオの胴体を蹴った。バランスを崩してギオが倒れると、ガリウォントが胴に足を乗せ、体重をかけてギオを固定する。
「しね!」
そのまま鎧の隙間、脇下を狙って剣を差し込もうとした。
「こらーーーー!」
瞬は慌ててギオの鞘を豪速球で投げた。
グルグル回転しながら迫る鞘が腹部に当たると気づき、ガリウォントは鞘を剣で弾く。弾かれた鞘は明後日の方向へ転がっていった。ガリウォントが無言のまま瞬に顔を向ける。
こちらに注目させることに成功したが、まだギオが危険な位置にいる。
もう少し挑発するしかない。
瞬は高飛車な表情と仕草をする。左手の人差し指を頬にあて、握った右手の上に肘を置いた。
「あっれー? 殺すのは私じゃなかったの? もうじき応援がくるのに? あらら、超余裕だこと」
ガリウォントは意識からギオを外す。足が離れ解放されたところで、ギオはすぐさま腕を伸ばして剣を拾った。そのまま立ち上がろうとしたが。
「邪魔だ!」
「!?」
上半身を起こした際にガリウォントに肩を掴まれた。そのまま片手で全身を持ち上げられると、ぶんっ、と投げられる。
「ぐはっ!」
ギオは隣の建物の外壁に背中を叩きつけられて落下し、水に落ちた。
「ごーかいだなー」
瞬は左手を目の上に掲げて、高々と舞う水しぶきを眺めた。
ギオは背中を打ったようだが、切られなくて済んだとホッとする。
鎧の隙間を剣が滑り込むと、致命傷を負ってしまう。まだ打撃の方がマシだ。
「くくくく」
ガリウォントは、やっと邪魔者がいなくなった、と鼻で笑う。
「覚悟するんだな。一撃では殺さない。たっぷり切り刻んでやる。泣いて喚いても無駄だ」
狂人のように舌なめずりをしながら近づくガリウォントに対して、
「そんなんだから悪事がまるっとバレるのよ。詰めが甘すぎで笑えてくるわ」
瞬は強気の態度を崩さなかった。
煽るだけ煽って冷静さを失わせる。怒りに支配されると隙ができる。危機だからこそこの姿勢は崩さない。
これは瞬のポリシーでもある。
「なん、だと?」
ガリウォントは困惑した。今まで痛めつけたヒトとは明らかに違う。何故そこまで強気になるのか理解不能だ。無意識に歩みが鈍くなる。
「貴様は状況が分かっているのか? 今から死ぬというのに。儂が生かすとでも思っているのか?」
「何いってんの? あんたは絶対に私を殺したいはずだよ」
瞬は馬鹿にするように目を細めて笑う。
「わかりやすい位置に情報隠すから~、改造カンゴウムシの実験場もすぐ特定できたし~、鍵もかかってなかったし~、入りたい放題だったねお馬鹿さん」
ガリウォントは驚いて目を見開く。
「なぜ、それを……、まさか貴様が……?」
「その通り! 芋づる式に出てきたから洩れなく探らせてもらいましたとも! この手のことは得意なのでね!」
ドヤァ! と勝ち誇った笑みを浮かべる。
ガリウォントは一瞬呆けたが、先ほどよりも濃い殺気が放たれる。
「貴様が儂の計画を邪魔したのか!」
「はぁい、そうでーす! 邪魔をして差し上げました~。偉いでしょ~!」
ドヤァ! と勝ち誇った笑みを浮かべ宣言すると、ガリウォントが速足で向かってきた。
「そうか、そうか、貴様が、貴様が元凶か。このクソガキが許さん。絶対に許さんっっ!」
ヒュンヒュン、と8の字の動きで剣を振り回しながらやってくる。瞬は深呼吸をして少し体の力を抜いた。
剣技を見たので数回ほど攻撃は避けられる。とはいえ、サクッとやられる可能性の方が高い。
(さーてと。一撃かわして懐に入ったらこれを口の中に突っ込む)
瞬とガリウォント、お互い相手に集中して初手を見極める。
ガリウォントの間合いまであと数歩の段階で、彼は吠えながら剣を大きく振り上げた。
「しねええええええええええええええ!」
狙いは瞬の頭頂部。痛めつけるという選択肢を放棄して、頭をカチ割ることにしたようだ。
剣を上げ切ったところで、背後からの不穏な気配に気づき、ガリウォントは動きを止める。耳を澄ませると、後ろから走ってくる足音があった。嫌な予感がして、剣を振り上げたまま後ろを振り返った。それを目にした途端、驚愕で口が大きくひらく。
「な!?」
後方から近づいた白金鎧は一気にガリウォントの背後を取ると、頭部に向かって横に凪いだ。
「くっ!」
ガリウォントは頭に放たれた一閃を即座に避けた。
鞘に納められた剣が空を凪ぐ。
「……外したか」
ガリウォントは踵を返してその場から逃げ出し、距離を広げた。
「なぜここに貴様が!?」
狼狽しながら指し示すと、アルはひやりとした冷たい眼差しをガリウォントへ向け、瞬を背に庇って立った。
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