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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
屋根伝いで移動する
しおりを挟む滅多に味わえない状況を楽しみながら幾つかの屋根を渡った。住宅区なのが幸いして1メートル以内の間隔が多く、助走をつけて走ればなんとかなった。
屋根だったり、ベランダだったり、非常階段だったりと、同じくらいの高さを選びながら進んでいく。
「癖になりそう」
無事に屋根に飛び移った芙美が、笑いながら言った。
そして立ち止まる。次の屋根の幅を見るためと、トミヤを探すためだ。
「トミヤも屋根を渡ってるよね? どこかなぁ」
水から逃げているなら屋根の上にいるはずである。しかし未だ再会できていない。
一抹の不安が瞬の脳裏に過るが、ふるふると頭を振って考えないことにした。
「屋根の上で待機してるのかも。見渡してもヒトがいないから、私達の位置よりも遠くにいるのかもしれない」
でも。と瞬は周囲を凝視する。
逃げ遅れたヒトの姿が全くない。警護隊くらいはいると思っているが、今のところ、目に見える範囲でリクビトの姿がなかった。上手に避難したのか、逃げられなくなったのかのどっちかだ。
(メガトポリスが近いから、この辺の人はみんな避難したんだろうね)
と考えることにした。
目撃してないだけで、水で流されたヒトがいるかもしれない。と想像するのをやめた。
瞬は屋根に飛び移ったが、次に移る屋根を見て渋い表情になる。
屋根の高さは同じくらいだが、3メートルほど距離がある。下を覗くと1車線の道があった。
瞬はギリギリ飛べる距離だが、芙美は無理だったはずだ。体力測定の時の記憶では、幅跳びでは1メートル20センチ程しか飛べなかったはず。このままでは芙美は水の中に落ちてしまうだろう。
「あっちゃー。これは」
と呟いて、芙美に振り返る。
「芙美、ここ幅が広いから、私が向こうに行ってから手を伸ばす。上手く掴んで」
芙美はキョトンとして見返した。
「芙美は落ちちゃうとおもうから、飛んだ瞬間にこの手に捕まって。そしたら引っ張るから」
「うーん……」
突拍子もない発言を聞いて、芙美は腕を組んで唸った。自分の運動センスを考えて苦渋を浮かべる。
「飛ぶ瞬間に掴むって、難易度高いんだけど。できないよ絶対」
「え? そうかな?」
意外そうに瞬が聞き返すので、芙美は顔を左右に振った。
「うん、ドボンする」
「そっか」
「むしろ、瞬はそんな事できるの? ジャンプして相手の手を掴むって」
「よくやってるよ」
芙美はわぁ。と感嘆の声を上げた。どういう場面で行うのか興味を惹かれたが、あとにしようと好奇心を抑える。
「私は無理ね。泳ぐ方がいいわ」
「泳ぐ……かぁ」
「泳ぐなら近いと思うわ。丁度階段が見えるし、あそこまで行けば屋上までいけるし」
「泳ぐ……ねぇ」
瞬が渋ったように唸る。ちょっと嫌そうに口がへの字になっていた。
煮え切らない態度を見て、芙美はピンとひらめく。
「もしかして泳ぐの苦手?」
「うっっっ!」
図星を突かれた。瞬はチラッと芙美をみてから恥かしそうに視線を泳がせ、観念したように苦笑する。
「そーなの、私あまり泳ぎが上手くなくって……あはは、はは……」
「うっそ! 本当に!?」
スポーツ万能なイメージがあったので、芙美は目を真ん丸くした。
「本当に泳ぐの苦手なの?」
「うん。苦手。一応泳げるけど、見苦しい泳ぎになっちゃう」
「嘘だぁ~」
と笑う芙美に、瞬は苦笑いを浮かべながら
「ほんとなの!」
と叫ぶ。
「誰にだって不得意はあるの!」
必死に伝えようとしている瞬をみて、芙美は吹き出した。
「あははは! ゴメンゴメン。あまりにも意外だったから」
「もー。泳ぐの下手って言うの恥ずかしいんだから」
瞬は頬を膨らませる。
「そう怒らないでよ~。分かったわ。まずは瞬の案で一回飛んでみる。ダメなら水に落ちちゃうから泳ぐわ」
「むー。じゃあ、私がまず飛ぶね」
助走をつけて瞬がジャンプする。隣の屋根の端っこに着地したが、水で滑って前に転げた。
「瞬。大丈夫?」
「平気平気」
手をついてすぐに起き上がった瞬をみて、芙美はほっとした。
今度は自分の番だと、助走をするために屋根の端っこに移動する。
瞬は屋根の端っこに立ち、水で滑らない様に足元に気を配りながら重心を前に傾ける。
芙美が飛んできたら手を伸ばして掴むつもりだ。
「じゃぁ! 行くよぉぉ!」
芙美は走りだして――――――――すぐにブレーキをかけた。
目線の先、瞬の背後から水しぶきと共に誰かが屋根に上がった。光と水で反射しているが、その色は白。
誰が上がったのか芙美はすぐにわかった。恐怖で顔が強張る。
「後ろ! 瞬逃げて!」
「!?」
芙美からの警告が来る前に、水しぶきが上がった音に気づいた瞬はすぐに振り返ろうとして。
嫌な予感がして、反射的に背中を仰け反らせた。
長くて光る物が目の前を横切る。遅れて、ヒュン! と風を切る音が耳に触れる。
動体視力が刃物を捉えた。剣だ。胴体を狙った攻撃だ。
視界の端に白金鎧が見える。
(まっずーーーい)
水中に落ちるのはダメだ。と思っていたが、上体を反らして回避した勢いで完全にバランスを崩してしまった。
足がツルリと滑り、屋根の外へ体が投げだされる。その瞬間を狙って攻撃がもう一回来た。ヒュンと音を立てて剣が伸びてくる。
態勢が崩れているうえ、空中なので成す術がない。左足に激痛が走った。
(いっ)
バシャンと、耳元で水音が響くと、瞬の呼吸が奪われた。
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