水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

互いに予想外だった

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 勢いよく謝罪する瞬を見下ろして、アルが苦笑した。

「こっちこそ、吃驚して声かけるの忘れてごめんな」
「暗くて確認不足だった! ほんとごめん! 顎痛くなかった?」
「痛かったけど、ギリギリ大丈夫」
「よ、よかった!」
「はは、相変わらず良いパンチだね」

 和やかな空気が流れたので、パイプ椅子を掲げていた芙美とトミヤは椅子を下ろす。芙美はパイプ椅子を元の位置に戻したが、トミヤはまだ警戒を解いておらず、パイプ椅子を脇に抱えていた。

 芙美はアルを手で指し示す。

「えーと、瞬の知り合い?」
「うん。彼がアル=シフォン。ええと。さっきの話聞いたよね?」
「あれねー」
「あの話か……」
 
 ガリウォントが憎たらしそうに話していた人物だとわかったため、芙美とトミヤは同時に頷く。

「アル、一瞬だけ兜とれる?」
「うん? いいけど」

 瞬に言われた通り、アルは兜を取り素顔を晒す。

「わーー! そっかー!」
 と芙美が弾んだ声を上げ

「なるほどー! そーいうことかー!」
 とトミヤが盛大に納得した。

 事情の飲みこみがとても早い二人に、瞬は大満足である。
 アルは首を傾げながら兜をつける。気になるが、後でいいかと気を取り直し、初めて会う少女と少年に簡単な挨拶をした。

「アル=シフォンだ。よろしく。二人も瞬の友達?」

「はい! 加田芙美と言います! 学校の級友です!」
 と元気よく答えて会釈する芙美。

「さっき友達になりました。里川トミヤです」
 と丁寧に会釈するトミヤ。

「加田さんと、里川くん。瞬と一緒にいてくれてありがとう」

 アルは頷き、視線を瞬に戻す。

「で? 三人はどうしてここに連れてこられたんだい?」
「それは私の方が聞きたい。あと、アルこそどうしてここにいるの?」

 質問を質問で返されアルは、ふむ。と頷く。

「ゲマイン部長が『カンゴウムシを放しているのはリクビトだ』と宣言して、リクビトを留置場へ連行するように防衛班に命令したって聞いたんだ。その特徴が瞬に似ているような気がして。それにギオから、瞬らしきリクビトが兵士と一緒に来てたって教えてくれたから、急いで確認しに来たんだけど……」

 そして笑いながら肩をすくめた。

「さすがに、もう抜け出しているとは思わなかった。びっくりしたんだぞ」
「仕方ないじゃん。危機的状況だったのよ」
「でもなぁ……。あの手を使ったんだろう?」
「そだよ」

 瞬の返事を聞いて、アルは頭痛を覚えた。
 脱走の手段は想像ができる。彼もまた匠から非常時の脱出方法の手解きをうけているから。問題は、それを無関係の人の前で披露したということだ。
 アルの言いたいことを感じ取った瞬は、反省の色ゼロのまま肩をすくめた。

「無関係二人も巻き込んじゃったから、急いでいたの。アルがくるなんて思わないしさー」
「いやまぁ。そうだけど。うん。仕方ない……かぁ」

 言葉を濁したアルを眺めていた芙美は、閃いたと目を輝かせた。

「瞬! この人だったら、さっきの兵士を何とかしてくれるんじゃない!?」
「うん、してくれるよ」
「よかったー! これで安心ね!」
「おー。それならよかった」

 大喜びする芙美と安堵するトミヤに気づかれないように、瞬はつま先立ちになりアルの顔に近づいた。アルは一瞬、ビクッと体を揺らす。
 
「アル、調査結果見た?」
「…………見た」

 アルから歯切れの悪い声が返ってくる。

「あれ真実だし、さっきまでその件を本人が話てた。アルに罪を全部背負わせるってさ」
「やっぱりか……はー……」

 アルはどんよりと重たいため息を吐いて、兜の額に手を添え、軽く左右に振る。
 瞬はアルにペンを渡した。

「さっき白状した音声もあげる」

 受けとったアルは再生ボタンを押す。ガリウォントの声が流れた。最初の数秒で再生停止を押し、ため息をつく。

「どうもありがとう。とりあえず追加の証拠は頂いていくよ」
「なんとかなりそう?」
「現地での物証は全て抑えたから何とかなる」
「そっか。良かった」

 心底安堵した瞬の頭を、アルがよしよしと撫でた。

「それでこの後はどうするんだ? ここに居ても安全保障できるけど?」
「折角だから脱走する。この後寄りたい場所もあるし」
「そっか」

 アルはため息を吐きながら頷く。

「止めない?」
「止めても無駄だから、止める気が起きない」

 兜で表情が見えなくても、諦めているという事が声色で分かる。
 芙美とトミヤは初対面にも関わらず、アルの心情がよくわかり、同時に強く同情した。

「お友達はどうする? 環境課の休憩室で休めるよう取り計らうけど」

 アルの提案にトミヤは少し悩んだが、
「瞬と一緒に行く!」
 と芙美が即答した為、
「じゃぁ俺もついていく」
 と同伴を買って出た。
 
「よーし! じゃぁ二人とも行こう!」
「瞬、待ってー!」

 瞬は元気に走りだすと、芙美が後を追いかけ、その後ろをトミヤが走った。



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