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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
助っ人がまた一人
しおりを挟む瞬達のいる場所から左側、四メートルほどの距離を置いてガリウォントが立っていた。
瞬とトミヤは立ち上がりながら無意識に
「うわぁ……」
と同情するような声を出す。その見た目についての感想だった。
白金の鎧は打撃でボコボコになっている。兜も所々へこみ歪に変形している。形の良い鎧が台無しだ。あと少し威力を与えれば割れそうで、防御機能が格段にダウンしている。
なのに、剣だけは無傷だ。切れ味抜群のまま光に反射して輝いている。
剣が折れていればいいのに、と残念な生き物を見るような視線を向けた。
ガリウォントは侮辱や非難の視線に敏感に反応すると、 壊れた兜の中から
「貴様……」
と、地獄の使者のような声をあげながら、真っ直ぐ瞬に向かって歩いてくる。
「うわぁ」
と瞬は呟いた。今度は恐怖の方だ。
亡霊の鎧に変化したガリウォントの威圧に鳥肌が立つ。もはや対話は望めない。無力な子供を逃がそうとも考えていない、非常に危険な存在だ。
瞬はトミヤをチラッとみる。呼吸は整っているから体力は回復したはずだ。次に足を引きずりながら、トミヤと距離を広げて反応を確認する。ガリウォントは瞬だけを標的にしていた。
トミヤがターゲットから外れていると確信した瞬は、一発勝負に打って出る。ポケットに手を入れて、片手で器用に封を外しておやつを握り絞める。これこそが、いざという時のために用意したガリウォント対策だ。
「に、逃げるぞ瞬!」
トミヤが近づくので鋭く制す。
「こっちに来ないで! 水際まで下がる!」
声の迫力に圧倒されてトミヤはピタッと動きを止めた。少し躊躇う仕草をみせたが瞬の言う通りにして、水際ギリギリまで下がった。
「なんとかするから」
「なんとかって……」
瞬の気迫を感じて、トミヤは狼狽する。勝てないのに逃げず、立ち向かうのか分からない。
「私が失敗したらトミヤは全力逃げて」
「でも」
「生き残ることが大切。トミヤは逃げることで生き残る。私は戦うことで生き残る」
瞬は不敵に笑う。それを見てトミヤの鼓動が大きく跳ね上がり、緊張感が体中を駆け抜ける。本気で言ってる、と不可解そうな生物をみるような目になる。
「ドン引きしてるね。でもほんと、ここで戦わないと絶対に勝てない」
水中に逃げては勝ち目なし、と先ほどの防戦で身に染みた。ガリウォントを撃退させるには陸で戦うしかない。
都合がいい事にこの屋根は平たく、範囲が広いので逃げ回ることができる。
「運がいいのもここまでだ」
ガリウォントはゆっくりと歩く。水中に逃げても追えるので余裕綽々だ。
「うっさいなー。運も実力の内ってよく言うでしょ?」
軽口を叩きながら瞬は鋭く見返した。
「ほざけ! 死ね!」
ガリウォントは駆け足になり攻撃の間合いに入ると、剣を頭上に振り上げた。
瞬は兜をみる。やはり口の部分が壊れていて中が見える。雄叫びをあげているので大きく口が開いていた。好都合と、口に向かっておやつを投げつけようとしたが。
ザバァ!
水中から茶色い鎧が飛びだしてた。水中ジャンプから屋根に両足で着地すると、ガリウォントの剣の鍔に向かって鞘を投げつけた。
なので、瞬は腕を振りかぶったところで動きを止め、おやつを投げるのをやめた。
ギィン!
「なっ!?」
鞘は勢いよく鍔に当たり剣が弾かれた。手から右側に吹っ飛んでいく。また、衝撃によりガリウォントもぐらつく。誰が邪魔を、と視線を向けた瞬間、茶色い鎧は素早く二人の間に割り込むとガリウォントの胴体を蹴った。体勢が崩れていたので踏ん張り切れずに二メートル後方に吹っ飛び尻餅をつく。
ガキーン!
剣が屋根に落ちると、バウンドをしながら遠くに転がっていった。
ガリウォントはスタっと起き上がる。今一歩のところで失敗してしまい、忌々しげに舌打ちをする。茶色い鎧は瞬を庇いながら剣を構えたので、もう一度舌打ちをして剣を拾いに行った。
瞬は助けてくれた兵士のカラープレートを確認する。肩の赤みがかかった黄色だと分かり、驚いて瞬きを繰り返す。いろんな角度から眺めたがギオで間違いないようだ。
「うわぁ驚いた。シフォン君じゃん」
「あっぶねえええええ! 俺よく間に合った! 偉い!」
声をかけたが、ギオはそれどころではない。心臓はバクバク鳴り、少し手が震えたが、最悪の状況は回避できたので自分を褒める。
瞬はすぐ近くに転がっていたギオの鞘を拾って、武器ゲットと力強く頷いた。
落ち着きを取り戻したギオが振り向いたので、瞬は首を傾げながら声をかける。
「どうしたのシフォン君。お仕事は?」
「絶賛仕事中! アルから瞬を探して保護するように言われたんだ」
「ありゃりゃ」
「ありゃりゃじゃない。どうしてこいつと遭遇してんだよ」
剣のところに到着したガリウォントを指で指し示すギオ。瞬は嫌そうに肩をすくめた。
「あっちのストーカー力が凄くって振り切れなかった。いやぁ本気で助かったよシフォン君。結構危なかったんだよねぇ。でも意外、シフォン君が泉都市に来るなんて青天の霹靂だよ」
「だ・か・ら! 仕事だから! アルに言われたから来たんだよ。じゃなかったら……」
「言われなかったら、知ってても助けてくれなかった?」
悲しそうに瞬から聞き返されると、ギオはうっ。と言葉に詰まった。
泉都市は好きではないが、知り合いが危険な状況になっていると分かればしっかり助けにいく。
いつもの軽口で終わるはずだったが、予想外な返答を聞いてギオは少し慌てた。
「い、いや……そんなことはない……ないよ」
肩越しに訂正を入れる。
「ふふふふふ」
そんな反応が面白くて、瞬は意地悪く笑った。
笑い声を聞いてギオは揶揄われた事に気づく。
「ありがと~ね~。ふふふふふ」
瞬が笑いをかみ殺すと、いつもの軽口だった、とギオはイラっとした。。
「やっぱ、シフォン君は可愛いくて素直だよねぇ」
「う・る・さ・い! サッサとどこかに行ってしまえ!」
不機嫌全開でギオが怒鳴った。
それを眺めながら、可哀想にとトミヤは同情を込めて呟く。
二人のやりとりから察するに、現れた兵士は瞬の知り合いで味方のようだ。兵士が来て安心したが、それと同時に、新米兵士で大丈夫かなと不安になる。
瞬はトミヤをチラッと見て、力強く頷いた。大丈夫、と言っていると思ったトミヤは苦笑した。
「でもシフォン君、一人だとキツイよ。あいつ強いし」
瞬はガリウォントを指差しする。彼は剣を拾いあげ刃こぼれを確認しているようだ。
「知ってる。もうじき仲間が来るからそれまで持ちこたえればいいだけ」
「ああ、じゃあ」
「そうそう。全部オッケー」
視線をガリウォントに固定したまま、瞬とギオはヒソヒソ話をする。
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