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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
二手に分かれて逃走
しおりを挟むガリウォントの視界に入っていない今なら、別行動ができる。
「後ろ追ってこないから丁度いい。二人は」
「よし。二手に別れよう。俺が少し時間を稼ぐから、瞬は芙美を頼むな」
瞬の計画をまるっと奪い取るようにトミヤが明言した。
「え?」
と瞬が呆けたような声を上げる。
何を言ったのか即座に理解できず無言になったが、自分と同じ提案だと気づいてすぐに反対した。
「ちょっとまって! トミヤが足止めするって事? 無茶だってば! 私達冗談抜きで生死の境を彷徨っているんだよ!」
「お前がいっちばん緊張感が無い!」
トミヤは走る足を止めてた。額や頬に滴る汗を乱暴にぬぐいながら、荒い呼吸を整えるために深呼吸をしている。
瞬と芙美も同時に立ち止まる。芙美は立ち止まった瞬間、荒い呼吸をしたまましゃがみ込んだ。膝がガクガクと震えている。地面にボタボタと大粒の汗が落ちていた。
「トミヤ……みんなで逃げないと」
と、芙美は息絶え絶えで呟いた。ギュッとトミヤの服を掴んでいる。
瞬は少しだけ乱れた呼吸を整えながら、呆れたように肩をすくめた。
「あのさ、分かっているとおもうけど、ゲマインの狙いは私。でも二人とも聞いてるから無関係じゃない。見逃してくれる確率は低いから超危ないんだけど?」
「分かってる。大丈夫だって。逃げながらあいつ煽るだけだから俺にもできる」
「もしかして。視界から外れる時間を最初から狙ってた?」
トミヤは苦笑した。
「当然。こーいう荒事は男の役目だろ」
孤島の男子は大体このような考え方だ。弱気を守り悪を打ち砕く。平穏を守るためそのような教えを受けている。
とはいえ個人差があり、矢面に立つのを苦と思わない人がいる反面、陰に隠れたいと思う人もいる。トミヤは前者の考え方が強いようだ。
「普段なら頼もしいと思うんだけどなぁ。実力差があるから手放しで任せられない」
瞬は苦笑しながら首を振った。
「でも芙美はもう限界だろ? 誰かがやるだけ。俺が言わなかったら瞬がやるだろ?」
「もともと私が原因だからね。喜んでやりますとも」
「ふたり、とも、わ、たし……なら………………」
芙美は『大丈夫』と言いたかったが、声が出ないほど体力を消耗していると分かっていた。囮の提案は自分の安否を想ってのことだと痛感し、悔しいと涙ぐむ。
瞬は額の汗を拭いながらジト目で見つめる。
「阿保、かっこつけ」
馬鹿にしたようにいうと、トミヤはムッと鼻筋に皺が寄る。
「誰が阿保だ。万が一そっちに行ったら、瞬が囮になればいいだろうが」
「そうするとも」
「だから俺が注意を引き付ける。瞬と芙美は一緒に逃げる。その方が芙美が安全だって思ったんだよ。お前あんまり疲れてないみたいだし。いざとなったら小細工なり馬力が効くだろ?」
瞬は頷く。時間を作って匠と基礎体力をあげているため、この程度なら朝練くらいの疲れだ。
「私はいろいろやってるから慣れてるけど、でもトミヤはこんな状況やったことないでしょ?」
「大丈夫! なんとかする」
自信満々に断言するトミヤ。
瞬は首を傾げて唸る。しかし、そろそろ時間切れだ。ここで口論をおこない時間を消費するわけにはいかない。
「もー、仕方ない、説得する時間がないや。分かった」
瞬は反論を諦めた。
苦渋の想いだったが足止めは考えていたこと。
誰がやるか、が違っただけだ。トミヤが引き受けるなら、彼を信じるしかない。
「よし!」
トミヤがガッツポーズをして気合を入れる。
「じゃぁ。待ち合わせはメガトポリス避難場所出入り口ってことで」
「オッケー」
瞬が芙美の腕を引っ張ると、彼女は顔を左右に振る。それに気づかないフリをした。
「トミヤ、このあたりの道はわかるよね?」
「余裕。この辺よくうろうろするから抜け道知ってる」
「あ……」
泣きだしそうな芙美に応えるように、トミヤは笑顔で手を振った。
「芙美、また後で会おうな!」
その言葉を聞いて瞬は芙美の腰に手を回し、左側の路地へ走りだした。芙美の足を引きずっているが、強引に引っ張って走る。細い道に入り建物の間の細い隙間を通っている途中で、トミヤの声が聞こえた。
「うわぁ来たぞ! こっちへ逃げるぞ瞬! 芙美!」
ドキドキしながら瞬は耳を澄ませる。囮を任せると言ったものの、悲鳴が聞こえたら芙美を置いて駆けつけるつもりだ。そのまま数分経過するがトミヤの悲鳴は聞こえない。そしてガリウォントの足音もこっちへは来ない。
「どうやら大丈夫そうね……」
瞬はホッと胸をなでおろす。あとはトミヤに上手く逃げてもらうしかない。
芙美はその場にしゃがみ込んで泣き始めた。自責の念に囚われて胸が締め付けられる。
「少し休んだら進むよ」
心情を理解できるが、瞬は態度を和らげることはしなかった。非難はいくらでも聞く。今は逃げ切る事を優先しないといけない。
「瞬……」
「歩きながらだったらなんでも聞くから」
芙美は鼻をすするとゆっくりと立ち上がった。疲労困憊だが歩かなければならない。そっと瞬の手を握ると、彼女はびっくりしたように瞬きをして、ゆっくりと微笑んだ。
「歩ける?」
「うん……」
二人は改造カンゴウムシを蹴りながらゆっくりと歩いた。町が静寂に包まれているため、足音が大きく聞こえる。
「私のせいよね……体力がなかったから。ごめんなさい」
囁くようにぽつりとつぶやく芙美。瞬は後ろを振り返った。
「そんなことないってば。すごく走ってて凄いよ」
「でも……」
口ごもる芙美をみて、瞬は悔やんだ目つきになる。
「芙美は……私を責めないの?」
「なんで瞬を責めるの?」
「だって。危険な事に巻き込んじゃったし……。私がもっと配慮していたら、少なくともトミヤと芙美は無事に解放されたと思う。なんだかんだで、私の落ち度だもん」
芙美は目をぱちくりと見開き、ゆっくりと首を左右に振った。
「違うよ。巻き込まれに行ったのは私。こんなに怖いことになるなんて思ってなかったけど。でも。それでも瞬が悪いわけじゃないわ。悪いのはあっちの……追っかけてくる兵士よ。それだけは間違いないわ」
責められる覚悟をしていた瞬は予想外の返答に瞬きを数回繰り返す。
「でもトミヤは関係なかったのに、私のこと気にかけてくれて。私のせいで、トミヤになにかあったら……どうしよう」
目に涙を浮かべながら芙美は俯き、繋いでない方の手で目をこする。
泣かないようにしていたが、口に出してしまうと不安が襲ってきて、ぽたぽたと手のひらに涙が落ちた。
瞬は芙美の頭を優しく撫でる。
「トミヤは短時間しか一緒にいないけど、凄くしっかりしている。きっとうまく逃げてるよ」
人を見る目が養われている瞬だからこそ確信があった。
自信満々で告げると、芙美は顔をあげてた。瞬は凛としている。
「なんで自信満々に言えるの?」
と、芙美が不思議になって訊ねると、
「だって」
と瞬は笑う。
「トミヤを信じたから。だから任せたんだもん」
「信じた……」
芙美はリアクションに困ったように眉を潜めた。
瞬も臭い台詞だなと思ったが、この気持ちを表現できる言葉はこれしかない。
間を置かず、芙美はくすくすと笑い始めた。
「そうだよね。トミヤの事、信じなきゃいけないよね。大丈夫だよね」
芙美は両手で涙を乱暴に拭き取り、瞬に微笑んだ。
「ごめん泣いちゃって。私達も避難場所へ急ぎましょう」
芙美が歩きだすと
――――地面が激しく揺れて、すぐに収まった。
驚いて顔を見合わせる。
「今揺れたよね?」
「うん、揺れた揺れた」
泉都市に地震は滅多に起こらない。すぐに収まったが不安な気持ちが一気に膨れ上がる。
「こんな時に地震って…………あ! もしかして!」
瞬は気づいた。
「どうしたの?」
「時間が来たんだ。すぐに高い場所に上がらないと!」
「あ! そっか!」
芙美もすぐに気づく。
「ライニディーネーだ」
声を揃えて叫ぶと急いで路地から飛び出すと、近くにある六階建てのマンションへ急いで向かった。非常階段を使って屋上へ走る。運がいい事に、屋上に続くドアに鍵は掛かっていなかった。
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