水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

避難する前に

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 夕方のニュースの緊急放送で、カンゴウムシの被害が多発し、ライニ―ディーネーを女神に申請中、全市民がメガトポリスへ避難するよう指示がでた。

 島全体に洪水が発生し、過去に死傷者も出ているとあって、人々の動きは迅速だった。
 家族と一緒にテレビを見ていた瞬は、両親と一緒にメガトポリスに貴重品を持って避難した。まだ市民全員が避難しているわけではないし、避難できない人もいるが大勢の人が待機していた。
 避難場所に使われるフロアで一家庭ごとに衝立で区切られているが、密集感は半端ない。

(うーん。こうやってても落ち着かない。外に出よう)

「ちょっとそこまで出てくるね
「危ない事しそうだから駄目!」

 両親は瞬を止めようとしたが、
「忘れ物を取りに行くだけ」
 といって譲らない瞬の言葉を信じて許した。

(ごめん。ほんとにちょっとだけ、町の様子みたいだけ)

 こうして瞬はメガトポリスから出てバスに乗り、佐鹿香駅に到着した。周囲の駅はここだけ調べていないので、少し気になったのだ。





 日が暮れて街灯が道を照らしている。流石に避難勧告が出ているだけあり、人の姿は全く見当たらない。
 しーんと静まり返る中、カサゴソという微かな音が四方八方から響くのみ。足音、人の声、住宅の灯りはなく、外灯しか街を照らしていなかった。

(静かだなぁ~)

 なんとなく適当に歩く。
 瞬はTシャツとズボンを着て黒いポーチを肩にかけている。ポーチの中身はビニールとピンセット、ライター、携帯用の体臭スプレー、財布、ハンカチとティッシュ、携帯電話。ズボンのポケットには懐中電灯と、おやつの林檎と蜜柑の果汁カプセル十個セットを偲ばせている。

「それにしても、ほんと増えたなぁ」

 闇に溶け込んでいるカンゴウムシの蠢く姿はホラー映画のようで気味が悪い。
 不気味だと思っているが、道路に溢れている蟲を遠慮なく踏みつける。
 靴底が少し厚い靴を履いているので平気。歩くところにカンゴウムシがいるから悪いのだ。
 ふと、時計に視線を落とす。

(今頃、匠とアルは話してるのかなぁ?)

 今からでもその話に混ざりたかったのだが、避難があるなら家族の元へ戻らなければならない。
 一時間くらい目的もなく歩いていて気分転換を終え、そろそろ帰ろうかなと思ったところで、小さな公園に人影を発見して立ち止まる。

(何をしているんだろう?)

 興味を惹かれ、公園内に入ると、丁度こちらを振り返った人物も瞬の存在に気づき、ぺこりと頭を下げてお辞儀をした。

「こんばんは!」
「こんばんは? あれ? この声……?」

 もしかして、と瞬は相手に駆け寄る。それは芙美だった。髪は二つ括りで、縞模様のTシャツと半ズボンでスリッパ。手には懐中ライトを持っている。

「やっぱり、芙美!」
「あ、瞬だ!」

 少し遅れて芙美も気がついた。

「どうしてここに?」

 瞬が聞くと芙美も聞き返してきた。

「え? だってここ、自宅の近くだもん。瞬もこの近くなの?」
「ううん。メガトポリスに避難したけど、町の様子気になって抜け出しちゃったんだ。この駅の周囲まだ調べてなかったから、なんとなく気になっちゃって」
「それで、ここまで来たの?」
「う、うん」

 喋って気づく。自分めっちゃ変人じゃないかと。芙美のリアクションにドキドキした。
 そんな心配とは裏腹に、芙美は眩しい人を見るようにキラキラした目を瞬に向ける。

「凄い!」

 飛び跳ねるような大声と、興奮して腕を動かす芙美のリアクションに、瞬はビックリして後ずさった。

「やっぱ隅から隅まで調べるタイプなんだわ瞬って。研究者向きの性格なのね」
「まぁ。気になったらとことん突き詰めたいけど……」
「行動力あるから籠もって研究っていうよりも、警護隊の方が似合うかしら」
「芙美、何の話?」
「未知なる島を歩渡り歩く冒険家もいいわね。瞬はなんでも似合いそう。カッコいいから」
「流石に島からでたくないけど、そもそも何の話? 職業適性性格みたいな感じ?」
「ううん。服装。瞬はボーイッシュだから男性の服も似合うだろうなって」
「服かぁ……」

 だから微妙に話が噛み合っていないんだ。と瞬は苦笑いをした。いつの間にか芙美は脳内で妄想をしながら話していたようである。
 友達になってから分かったが、芙美は頻繁に自分の世界に入る。何の音沙汰もなく突然に。
 大分慣れてきたとはいえ、まだまだ把握しきれてない瞬であった。

「芙美はまだ避難しないの?」
「あとはそう。案外白衣も…………。そうそうごめん、話の途中だったね。もうじき家族と一緒に避難するよ」

 芙美は現実に戻ってきた。

「お父さんの仕事の関係でちょっと遅くなるから、避難する前にちょっとカンゴウムシ観察しようと思って。折角だから夏休みの自由研究の題材にしたの」
「自由研究? 同じだね」

 親近感を覚えた瞬が瞬きを繰り返すと、芙美は視線をカサコソ動く草むらに向ける。

「自由研究にカンゴウムシを選ぶ人。今回はすごく多いとおもう。捕まえて観察すれば出来上がるからお手軽だし。……私は十五種類捕獲して一時的に飼ってるわ」

 予想以上に多く捕まえてる。と瞬は感心した。

「そうだね。調べると楽しいよね!」

 瞬は大きく頷いてから
「でも」
 と付け加える。

「研究は良いけど、今回は毒性強くて危険だから気をつけてね。一人じゃ何かあった時に困るから大人と一緒に。単独行動はオススメできないよ」

 芙美は視線を瞬に戻した。少しだけしょんぼりしている。

「やっぱ危なかったかなぁ」
「うん、ちょっとだけ」
「そっかー。休み前に瞬が調べてるって真面目な顔で言ってたから気になってて。自由研究の傍らで少しでもお手伝えたらなって思ってたんだけど」
「え?」

 意外な返答に瞬は驚いて絶句した。芙美の照れるような表情からは嘘は感じられない。

「よく考えたら、どんなふうに調べたらいいか聞けば良かったわ。……あ。勘違いしないで、合同研究じゃなくて、視点の多さで全体を知るって意味だよ。注目するポイントはそれぞれ違うから、私の視点が役に立てばいいなってくらいだから」

 瞬は胸がジーーンと暖かくなった。思わず抱きしめたくなるとはまさにこの衝動だろう。

「ありがと芙美」
「いえいえ。それにしても多いわ。立ち話でまた増えたかしら」

 足元を素通りするカンゴウムシを素手で掴もうと身をかがめた芙美。瞬は彼女の肩にそっと手を置き、冷や汗を浮かべながらニコッと笑った。

「危険だから止めとこ?」

 見上げながら数秒考えた芙美は、ゆっくりと立ち上がった。

「そーだね。カンゴウムシばっかりで気持ち悪いもの」

 闇の形がガサガサと蠢いている。足元で数匹蠢いている。
 芙美は残念そうに、でも納得したようにふぅとため息を吐いた。

「よし、帰りましょう」
「そーだね。一緒に帰ろっか。夜道危ないし自宅まで送るよ」

 瞬の提案に芙美はぱぁっと笑顔になった。

「ありがとー! じゃぁそのまま一緒に避難しよ!」
「じゃぁそうしよっか」
 
 二人で笑って、その場を動きかけた次の瞬間。

「そこで何をやっている!」

 突然の大声に瞬と芙美の心臓が大きく飛び上がった。

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