35 / 69
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
一難去らず更に一難
しおりを挟むプリメーラが泣きそうな顔で瞬を見つめていた。フォローが出来ず見守るしかない状況に心苦しさを感じていた。
『ごめん、超ごめん!』と、視線で謝罪する。
瞬は視線に気づき、貴女のせいじゃない。と小さく首を左右振った。
「いいか、今度から気を付けろ」
顎を高く上げ自尊心を前面に出したガリウォント。
「すみませんでした。これから気をつけます」
瞬は静かに丁寧な言葉使いで返事をしながらお辞儀をする。頭を下げたのは顔の端が引きつっているのがバレないためである。
しおらしい態度で機嫌を良くしたのか、ガリウォントは機嫌よさそうに鼻で笑った。
「ふん。分かればいいんだ」
「はい」
口の端が引き吊ってしまうから、まだ顔を上げることができない。
心の中で悪口を羅列してから、瞬はゆっくりと顔を上げた。勿論、こちらが悪かったといわんばかりの低姿勢を忘れない。
「もう、いいですか?」
泣き声の演技を行うと、ガリウォントが頷いた。
「失礼、します……」
肩を落とし、手で口元を抑えながら背を向けようとしたが、
「ちょっと待て」
と、ガリウォントが静かな口調で瞬を呼び止めた。
(まだ文句を言い足りないのか!)
呆れながら振り返ると、ガリウォントの手が伸びて瞬の襟首を掴んだ。グイっと相手側に少し引き寄せられる。
吃驚して瞬は目が点になった。
プリメーラも目を点にするが、
「クソガキ、貴様もしや」
ガリウォントの声にハッと我に返る。彼のいつもの行動を思い出すと、プリメーラは力づくで割り込んで、ガリの手を振り払い、庇うように瞬を抱きしめて後退する。
「いやいやいやダメですって! この子は民間人ですゲマイン部長! 折檻は駄目です!」
「馬鹿か、誰がするか」
ガリウォントは興ざめしたように頭を軽く振る。
嘘をつけ! とプリメーラは声のないツッコミをした。
「確認しただけだ」
そして瞬を指で示した。
「このクソガキはアクアソフィーに入り込み、シフォンの傍をうろうろしている奴だな。一度見たことがある」
瞬の心臓がドキリと鳴った。表情を読まれたかもと焦ったが、瞬の顔はプリメーラの胸にある。ガリウォントに動揺を悟られてはいない。
「いやいやそんなわけないですって! 一般人がそんな場所に行ったら怒られて追い出されますよう! 他人の空似ですってば!」
必死に誤魔化そうとするプリメーラ。彼女にはわかっている。
その通りですなんて言った日には、瞬にとんでもない被害が及ぶと。
ただでさえガリウォントは事有ごとにアルに嫌がらせをする。相手に余裕で対応されてしまい、悔しそうに地団太を踏む姿を目撃したことがある。
もし『親密な友人』だと知られれば、瞬が酷い目に遭うことが確定する。間接的に攻撃できる材料があるなら突っつくはずだと、環境課勤務歴五年の彼女には痛い程分かっていた。ここは違うと言い張るしかない。
「私の友人の事はもう勘弁してください。ゲマイン部長のお説教を聞いて、しっかり反省したんですから!」
プリメーラは目を血走りさせながら訴えると、
「ちっ、まぁいい。不問にしてやる」
ガリウォントは舌打ちのあとに肩をすくめた。そしてプリメーラを指さす。彼女はジャンプするほどビクゥと体を震わせた。
「貴様、確かプリメーラ=ホルダだったな」
「はひ!」
「戦闘着着用義務違反での反省文を百枚、俺の所へ持ってこい。三時間以内にだ!」
「……分かりました」
力なく答えるプリメーラの目は半分死んでいた。百枚の反省文は提出のたびにきっと何度もやり直す。今日の業務が出来ない、徹夜だと嘆いた。
無茶苦茶な、とツッコミしかけて瞬は慌てて口を閉じた。プリメーラに強くしがみつくことで勢い緩和する。
「大丈夫、大丈夫」
落ち着かせようと、プリメーラは瞬のの背中を撫でた。頼られていると感じて、少しだけ心が軽くなる。
「あ。ううん、私よりも……」
瞬は鋭い視線を感じて反射的にガリウォンを見た。兜は便利だなと思う。視線も表情も分からない。
だが、確実にみられていると感じた。
(うーん、これは私を認識したみたい)
アルの傍にいるリクビトと判断したが、この場で深く追及しないようだ。
(でも近いうちにこいつと一戦するから、その時に色々倍にして返す)
ガリウォントがアクアソフィーに入り姿が消えると、プリメーラが瞬を放し、腰が砕けたかのように座り込んだ。
「はひいいいいい。今日は厄日だぁぁぁぁ」
「大丈夫ですか!? あと有難うございました」
「うん、大丈夫。古林さんこそ、変な人が絡んできちゃってごめんね」
「いえ、そんな……」
と、瞬は首を振りながら、怯える演技をする。彼女にも闘争心満々だったことを悟られてはならない。次に何かあったら庇ってもらえなくなるから。という打算だ。
「でも、白金の鎧着てるからまともだと思ったけど、横暴な人なんですね」
と意外そうに呟くと、プリメーラは深く頷いた。そして立ち上がる。
「そうなのよ。もうねー、シフォン部長を目の敵にしすぎて大変」
「だから庇ってくれたんですか?」
プリメーラは頷きながら瞬の耳元で囁いた。
「ここだけの話、あいつは陰険で乱暴で傲慢の塊。気に入らない人がいると、暴力なんて当たり前。噂では罪をでっちあげるとかどうとか」
(知ってる。噂は真なり)
と、思いながらも、瞬はびっくりしたように瞬きを繰り返す。
プリメーラは苦笑しながら、ポンポンと瞬の肩を叩いた。
「これからは気を付けてね。担当課の場所が違うから会う事はないと思うけど。シフォン部長の近くで見つかったら、色々なん癖つけて絶対に手をあげるはずだから。女性にも容赦しないから気を付けて」
「うわぁ……。だから庇ってくれて……すいません、ありがとうございます」
瞬が謝ると、プリメーラに気にしないでと首を左右に振った。
「実はこーいうことって結構頻繁にあるのよ。そう、頻繁に……ね」
がっくりと肩を落としたプリメーラの顔は死相が浮かび、口から魂が抜けていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる