水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

一難去らず更に一難

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 プリメーラが泣きそうな顔で瞬を見つめていた。フォローが出来ず見守るしかない状況に心苦しさを感じていた。
 『ごめん、超ごめん!』と、視線で謝罪する。
 瞬は視線に気づき、貴女のせいじゃない。と小さく首を左右振った。

「いいか、今度から気を付けろ」

 顎を高く上げ自尊心を前面に出したガリウォント。

「すみませんでした。これから気をつけます」

 瞬は静かに丁寧な言葉使いで返事をしながらお辞儀をする。頭を下げたのは顔の端が引きつっているのがバレないためである。
 しおらしい態度で機嫌を良くしたのか、ガリウォントは機嫌よさそうに鼻で笑った。

「ふん。分かればいいんだ」
「はい」

 口の端が引き吊ってしまうから、まだ顔を上げることができない。
 心の中で悪口を羅列してから、瞬はゆっくりと顔を上げた。勿論、こちらが悪かったといわんばかりの低姿勢を忘れない。
「もう、いいですか?」

 泣き声の演技を行うと、ガリウォントが頷いた。

「失礼、します……」

 肩を落とし、手で口元を抑えながら背を向けようとしたが、

「ちょっと待て」

 と、ガリウォントが静かな口調で瞬を呼び止めた。
 
(まだ文句を言い足りないのか!)

 呆れながら振り返ると、ガリウォントの手が伸びて瞬の襟首を掴んだ。グイっと相手側に少し引き寄せられる。
 吃驚して瞬は目が点になった。
 プリメーラも目を点にするが、

「クソガキ、貴様もしや」

 ガリウォントの声にハッと我に返る。彼のいつもの行動を思い出すと、プリメーラは力づくで割り込んで、ガリの手を振り払い、庇うように瞬を抱きしめて後退する。

「いやいやいやダメですって! この子は民間人ですゲマイン部長! 折檻は駄目です!」
「馬鹿か、誰がするか」

 ガリウォントは興ざめしたように頭を軽く振る。
 嘘をつけ! とプリメーラは声のないツッコミをした。

「確認しただけだ」

 そして瞬を指で示した。

「このクソガキはアクアソフィーに入り込み、シフォンの傍をうろうろしている奴だな。一度見たことがある」

 瞬の心臓がドキリと鳴った。表情を読まれたかもと焦ったが、瞬の顔はプリメーラの胸にある。ガリウォントに動揺を悟られてはいない。

「いやいやそんなわけないですって! 一般人がそんな場所に行ったら怒られて追い出されますよう! 他人の空似ですってば!」

 必死に誤魔化そうとするプリメーラ。彼女にはわかっている。
 その通りですなんて言った日には、瞬にとんでもない被害が及ぶと。
 ただでさえガリウォントは事有ごとにアルに嫌がらせをする。相手に余裕で対応されてしまい、悔しそうに地団太を踏む姿を目撃したことがある。
 もし『親密な友人』だと知られれば、瞬が酷い目に遭うことが確定する。間接的に攻撃できる材料があるなら突っつくはずだと、環境課勤務歴五年の彼女には痛い程分かっていた。ここは違うと言い張るしかない。

「私の友人の事はもう勘弁してください。ゲマイン部長のお説教を聞いて、しっかり反省したんですから!」

 プリメーラは目を血走りさせながら訴えると、

「ちっ、まぁいい。不問にしてやる」
 
 ガリウォントは舌打ちのあとに肩をすくめた。そしてプリメーラを指さす。彼女はジャンプするほどビクゥと体を震わせた。

「貴様、確かプリメーラ=ホルダだったな」
「はひ!」
「戦闘着着用義務違反での反省文を百枚、俺の所へ持ってこい。三時間以内にだ!」
「……分かりました」

 力なく答えるプリメーラの目は半分死んでいた。百枚の反省文は提出のたびにきっと何度もやり直す。今日の業務が出来ない、徹夜だと嘆いた。
 無茶苦茶な、とツッコミしかけて瞬は慌てて口を閉じた。プリメーラに強くしがみつくことで勢い緩和する。

「大丈夫、大丈夫」
 
 落ち着かせようと、プリメーラは瞬のの背中を撫でた。頼られていると感じて、少しだけ心が軽くなる。

「あ。ううん、私よりも……」

 瞬は鋭い視線を感じて反射的にガリウォンを見た。兜は便利だなと思う。視線も表情も分からない。
 だが、確実にみられていると感じた。

(うーん、これは私を認識したみたい)

 アルの傍にいるリクビトと判断したが、この場で深く追及しないようだ。

(でも近いうちにこいつと一戦するから、その時に色々倍にして返す)

 ガリウォントがアクアソフィーに入り姿が消えると、プリメーラが瞬を放し、腰が砕けたかのように座り込んだ。

「はひいいいいい。今日は厄日だぁぁぁぁ」
「大丈夫ですか!? あと有難うございました」
「うん、大丈夫。古林さんこそ、変な人が絡んできちゃってごめんね」
「いえ、そんな……」

 と、瞬は首を振りながら、怯える演技をする。彼女にも闘争心満々だったことを悟られてはならない。次に何かあったら庇ってもらえなくなるから。という打算だ。

「でも、白金の鎧着てるからまともだと思ったけど、横暴な人なんですね」

 と意外そうに呟くと、プリメーラは深く頷いた。そして立ち上がる。

「そうなのよ。もうねー、シフォン部長を目の敵にしすぎて大変」
「だから庇ってくれたんですか?」

 プリメーラは頷きながら瞬の耳元で囁いた。

「ここだけの話、あいつは陰険で乱暴で傲慢の塊。気に入らない人がいると、暴力なんて当たり前。噂では罪をでっちあげるとかどうとか」

(知ってる。噂は真なり)

 と、思いながらも、瞬はびっくりしたように瞬きを繰り返す。
 プリメーラは苦笑しながら、ポンポンと瞬の肩を叩いた。

「これからは気を付けてね。担当課の場所が違うから会う事はないと思うけど。シフォン部長の近くで見つかったら、色々なん癖つけて絶対に手をあげるはずだから。女性にも容赦しないから気を付けて」
「うわぁ……。だから庇ってくれて……すいません、ありがとうございます」

 瞬が謝ると、プリメーラに気にしないでと首を左右に振った。

「実はこーいうことって結構頻繁にあるのよ。そう、頻繁に……ね」

 がっくりと肩を落としたプリメーラの顔は死相が浮かび、口から魂が抜けていた。




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