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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
女神様に報告二回目
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〈3〉
明るい昼間に瞬は深淵都市を訪れていた。周りを警戒しながら三回目になる抜け道の小道を通り、香紋の公邸へ向かう。誰にも遭わずに到着することが出来た。ここ警備大丈夫かなと心配になったので女神にこの道の事を尋ねようと思った。
香紋の公邸へ到着すると湖は静けさに満ちていたが、瞬が岸辺に近づくとすぐに水面が盛り上がり、女神ミナが姿を現す。来ると思っていたがタイミングの良さに驚く
(どうやって私が来たことがわかるんだろう)
島全体に女神の目があるということわざがあるが、それは真実かもしれない。
『ご機嫌よう。その後はどうでしたか?』
瞬のすぐ目の前に来た女神ユクが軽く会釈をして挨拶を終えると、すぐに本題に入った。瞬は報告を始める。
「前に頂いたライニーディーネーで全ての改造虫は即座に消滅しました。ですが、水に毒素が残ってしまい一度に大量に行った場合、女神様の体調を崩す恐れがあります」
『そうですか。消滅したのなら問題ありません』
「問題ないんですか……?」
『ええ。私が知りたかったのは改造虫にも効果があるかどうか。その一点だけです』
当然とばかりに言い放たれて瞬は言葉に迷った。でもやはり言うことにした。
「差し出がましいと思いますが、意見述べてよろしいでしょうか?」
『構いません。なんでしょう』
「女神様は体内で毒素を解毒するとお聞きしております。一気に大量に毒素を取りこんでしまうのは、お体は大丈夫でしょうか? その、体調不良というかそれ以上に、ええと、取り返しのつかない事になってしまうのかと思うと心配で」
死んでしまうのではないかという言葉は言えなかった。しかし女神ミナは瞬の言わんとした事が正確に伝わったらしく、うっすら口角をあげる。
『安心してください。死にはしません。ただ、浄化のスピードが落ちるので当面は循環が少し滞るかと。そこはユクの手腕にかかっていますが、彼女がどこまで出来るのか……』
瞬がきょとんとして女神ミナを見上げると、彼女はにこりと微笑む。
『百年近く前にもライニーディーネーを行ったのですが、その時にユクが私の事を心配しすぎて、循環を止めてしまったことがあったの。その結果、泉都市の人々の住処は奪われ、作物が腐り、汚染された水のせいでリクビトの健康被害はもとより、自然もダメージを受けたのです。その後のケアが私の回復よりも長かった記憶があります』
腕を軽くこすりながら、女神ミナはため息をついた。
『それに輪をかけて今回は被れも木もある……前回以上に心配されると思うと……。あ』
そこまで話して女神ミナはまたにこりと笑った。
『今回はご苦労様でした。近いうちに避難指示がでると思いますので、驚かずに避難指示に従ってくださいね』
被れの木については口が滑っただけのようだ。これ以上の話は必要ないと女神ミナは締めくくりに入ったが、瞬には確認したいことがある。
(この様子だと、ダメならはぐらかされる感じだけど、ちょっと気になるから聞いてみよう)
瞬は真剣な眼差しを向けた。
「女神様、確認したい事があります」
『なんでしょうか?』
女神ミナは微笑むのをやめて耳を傾けた。一蹴されずに済み、瞬はホッとして話を続ける。
「女神ユク様は兵士を信頼しすぎているという事を以前おっしゃってましたよね。女神ユク様が信頼している兵士とはどなたか、女神ミナ様はご存知でしょうか? そして改造カンゴウムシについて女神ユク様が兵士とどんな会話をしているかご存知でしょうか?」
女神ミナは薄く笑みを浮かべた。
『ユクは警護隊を、その中でも兵士全員を信頼しています。女神を慕うミズナビト全員を信頼しています。私も同じ気持ちです…………ですが』
女神ミナは伏目がちになり、肩を落とした。
『兵士の報告に事実とは異なる部分が際立ってきました。言葉を鵜のみにすると後々自身の首を絞める結果になりかねないほど。そうですね。まずカンゴウムシの件。新種が現れたという話から今回の違和感は始まりました』
女神ミナの話をまとめるとこうだ。
新種のカンゴウムシが泉都市に出没し、それがホープ周辺で確認された。
時空の歪みから発した新たな虫は浄化されやすく。現存しているカンゴウムシよりも弱く。数も少ないため近いうちに自然淘汰されるであろう。危険性は何もなく、危惧する必要もないと報告を受けた。
それが環境課での意見であり、最初に発見され経緯を観察していた東側地区担当者たちが決定づけたそうだ。
そこに異を唱えたのが西側地区担当者たち。二つの情報の食い違っている事に危機感を覚えた女神ミナは、兵士に再調査を依頼しても虚偽を報告される恐れがあると判断し、たまたまここに訪れた何人かのリクビトに調査をお願いするも、瞬以外はすべて断れたところまで話した。
「だから、この件に絡んでいるのが兵士だと思ったのですね」
『ええ。その通りです』
「ある程度の目星がついていると言えば、知りたいでしょうか?」
ピクリと女神ミナの眉毛が上がる。すぐに手で口元を覆ったのは、冷笑を浮かべたことに気づかれないためである。ああ思った通りこの子は秀逸だ。と女神ミナは瞬を見下ろした。そして何も知らないと少し不安そうな笑顔を浮かべた。
『貴女がご存知ならば、教えて頂けませんか?』
「はい。東側地区開発研究室でカンゴウムシ改造の証拠を発見しました。数人の研究員とそれを指示した者がいます。首謀者はまだ確定出来ませんけど」
『あらまぁ。そんな近くに……』
すぅっと目を細くしてアクアソフィーに視線を向ける女神ミナ。手で隠した口元はいまだ冷笑を浮かべている。
『首謀者は研究員ではないと思っているのですね』
はい、と瞬は頷く。ガリウォント本人の動向をまだ調査していない以上、迂闊な事は言えない。その辺はアル経由で手がかりが得られるはずだ。
『他に疑わしい者はいる、と?』
「はい。私はもう少しこの件に首を突っ込みたいと思います」
女神ミナは深く頷いた。
『分かりました。では、その者について調査できる範囲でお願いします』
そして女神ミナは口元から手を下ろす。少し困ったような表情を浮かべていた。
『危険だと判断したらその時点で終了すること。くれぐれも無理はしないように』
「分かっています」
瞬は身に染みる思いで頷く。自身の力量を過大評価して無理をすれば、そのしっぺ返しで周りが大変な事になると、過去の経験から学んでいる。出来ない事をするつもりは毛頭ない。
用件が済んで立ち去る前に、瞬は小道で来ているがあそこの警備が手薄で危険はないのかと進言した所、女神ミナは可笑しそうに笑って
『貴女が来るためにわざわざ警備を緩くしているのですよ。普段はもっとしっかり警備しています』
そう答えた。ならば、どうして瞬が来るときは手薄なのかと尋ねると、女神ミナは『ふふふ』ともう一度笑って。
『水滴すら、私の目になるのですよ。貴女がここへ来たタイミングで、信頼できる者に警備を緩めてもらっています』
絶句する瞬に向かって、妖艶な笑みを浮かべ得意げに答えた。
上手いこと手のひらで踊らされてる感じだなぁと。瞬は再確認させられたが、相手が相手だけあって不快感はほとんどなかった。
明るい昼間に瞬は深淵都市を訪れていた。周りを警戒しながら三回目になる抜け道の小道を通り、香紋の公邸へ向かう。誰にも遭わずに到着することが出来た。ここ警備大丈夫かなと心配になったので女神にこの道の事を尋ねようと思った。
香紋の公邸へ到着すると湖は静けさに満ちていたが、瞬が岸辺に近づくとすぐに水面が盛り上がり、女神ミナが姿を現す。来ると思っていたがタイミングの良さに驚く
(どうやって私が来たことがわかるんだろう)
島全体に女神の目があるということわざがあるが、それは真実かもしれない。
『ご機嫌よう。その後はどうでしたか?』
瞬のすぐ目の前に来た女神ユクが軽く会釈をして挨拶を終えると、すぐに本題に入った。瞬は報告を始める。
「前に頂いたライニーディーネーで全ての改造虫は即座に消滅しました。ですが、水に毒素が残ってしまい一度に大量に行った場合、女神様の体調を崩す恐れがあります」
『そうですか。消滅したのなら問題ありません』
「問題ないんですか……?」
『ええ。私が知りたかったのは改造虫にも効果があるかどうか。その一点だけです』
当然とばかりに言い放たれて瞬は言葉に迷った。でもやはり言うことにした。
「差し出がましいと思いますが、意見述べてよろしいでしょうか?」
『構いません。なんでしょう』
「女神様は体内で毒素を解毒するとお聞きしております。一気に大量に毒素を取りこんでしまうのは、お体は大丈夫でしょうか? その、体調不良というかそれ以上に、ええと、取り返しのつかない事になってしまうのかと思うと心配で」
死んでしまうのではないかという言葉は言えなかった。しかし女神ミナは瞬の言わんとした事が正確に伝わったらしく、うっすら口角をあげる。
『安心してください。死にはしません。ただ、浄化のスピードが落ちるので当面は循環が少し滞るかと。そこはユクの手腕にかかっていますが、彼女がどこまで出来るのか……』
瞬がきょとんとして女神ミナを見上げると、彼女はにこりと微笑む。
『百年近く前にもライニーディーネーを行ったのですが、その時にユクが私の事を心配しすぎて、循環を止めてしまったことがあったの。その結果、泉都市の人々の住処は奪われ、作物が腐り、汚染された水のせいでリクビトの健康被害はもとより、自然もダメージを受けたのです。その後のケアが私の回復よりも長かった記憶があります』
腕を軽くこすりながら、女神ミナはため息をついた。
『それに輪をかけて今回は被れも木もある……前回以上に心配されると思うと……。あ』
そこまで話して女神ミナはまたにこりと笑った。
『今回はご苦労様でした。近いうちに避難指示がでると思いますので、驚かずに避難指示に従ってくださいね』
被れの木については口が滑っただけのようだ。これ以上の話は必要ないと女神ミナは締めくくりに入ったが、瞬には確認したいことがある。
(この様子だと、ダメならはぐらかされる感じだけど、ちょっと気になるから聞いてみよう)
瞬は真剣な眼差しを向けた。
「女神様、確認したい事があります」
『なんでしょうか?』
女神ミナは微笑むのをやめて耳を傾けた。一蹴されずに済み、瞬はホッとして話を続ける。
「女神ユク様は兵士を信頼しすぎているという事を以前おっしゃってましたよね。女神ユク様が信頼している兵士とはどなたか、女神ミナ様はご存知でしょうか? そして改造カンゴウムシについて女神ユク様が兵士とどんな会話をしているかご存知でしょうか?」
女神ミナは薄く笑みを浮かべた。
『ユクは警護隊を、その中でも兵士全員を信頼しています。女神を慕うミズナビト全員を信頼しています。私も同じ気持ちです…………ですが』
女神ミナは伏目がちになり、肩を落とした。
『兵士の報告に事実とは異なる部分が際立ってきました。言葉を鵜のみにすると後々自身の首を絞める結果になりかねないほど。そうですね。まずカンゴウムシの件。新種が現れたという話から今回の違和感は始まりました』
女神ミナの話をまとめるとこうだ。
新種のカンゴウムシが泉都市に出没し、それがホープ周辺で確認された。
時空の歪みから発した新たな虫は浄化されやすく。現存しているカンゴウムシよりも弱く。数も少ないため近いうちに自然淘汰されるであろう。危険性は何もなく、危惧する必要もないと報告を受けた。
それが環境課での意見であり、最初に発見され経緯を観察していた東側地区担当者たちが決定づけたそうだ。
そこに異を唱えたのが西側地区担当者たち。二つの情報の食い違っている事に危機感を覚えた女神ミナは、兵士に再調査を依頼しても虚偽を報告される恐れがあると判断し、たまたまここに訪れた何人かのリクビトに調査をお願いするも、瞬以外はすべて断れたところまで話した。
「だから、この件に絡んでいるのが兵士だと思ったのですね」
『ええ。その通りです』
「ある程度の目星がついていると言えば、知りたいでしょうか?」
ピクリと女神ミナの眉毛が上がる。すぐに手で口元を覆ったのは、冷笑を浮かべたことに気づかれないためである。ああ思った通りこの子は秀逸だ。と女神ミナは瞬を見下ろした。そして何も知らないと少し不安そうな笑顔を浮かべた。
『貴女がご存知ならば、教えて頂けませんか?』
「はい。東側地区開発研究室でカンゴウムシ改造の証拠を発見しました。数人の研究員とそれを指示した者がいます。首謀者はまだ確定出来ませんけど」
『あらまぁ。そんな近くに……』
すぅっと目を細くしてアクアソフィーに視線を向ける女神ミナ。手で隠した口元はいまだ冷笑を浮かべている。
『首謀者は研究員ではないと思っているのですね』
はい、と瞬は頷く。ガリウォント本人の動向をまだ調査していない以上、迂闊な事は言えない。その辺はアル経由で手がかりが得られるはずだ。
『他に疑わしい者はいる、と?』
「はい。私はもう少しこの件に首を突っ込みたいと思います」
女神ミナは深く頷いた。
『分かりました。では、その者について調査できる範囲でお願いします』
そして女神ミナは口元から手を下ろす。少し困ったような表情を浮かべていた。
『危険だと判断したらその時点で終了すること。くれぐれも無理はしないように』
「分かっています」
瞬は身に染みる思いで頷く。自身の力量を過大評価して無理をすれば、そのしっぺ返しで周りが大変な事になると、過去の経験から学んでいる。出来ない事をするつもりは毛頭ない。
用件が済んで立ち去る前に、瞬は小道で来ているがあそこの警備が手薄で危険はないのかと進言した所、女神ミナは可笑しそうに笑って
『貴女が来るためにわざわざ警備を緩くしているのですよ。普段はもっとしっかり警備しています』
そう答えた。ならば、どうして瞬が来るときは手薄なのかと尋ねると、女神ミナは『ふふふ』ともう一度笑って。
『水滴すら、私の目になるのですよ。貴女がここへ来たタイミングで、信頼できる者に警備を緩めてもらっています』
絶句する瞬に向かって、妖艶な笑みを浮かべ得意げに答えた。
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