水面下ならば潜ろうか

瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

手持ちで実験

　到着して起こされて、ライニーディーネーを取りに行って今度は匠の自宅へ移動する。
　あき子にサンドイッチを作ってもらい、それを食べつつカンゴウムシの浄化速度の実験を行う。匠は小瓶に入ったライニーディーネーを光に当ててじっくり眺めた後、カンゴウムシを瓶に入れて数滴垂らす。一気にカンゴウムシが崩れ落ち、霧のように消滅した。瞬は思わずたじろぐ。

（ひぇ！？　超ビビった！！）

　カンゴウムシは死骸を残さず消滅するのは常識だが、こんなに一瞬ではない。市販されている浄化水だともっとじわじわ溶けていくものだ。例えば、強酸を被った虫のように。例えば、食虫植物の中におちた虫のように。

「おー。本物は凄いな」

　ピンセットでワキワキ逃げようとするカンゴウムシを、薄く張ったライニーディーネーに容赦なくつけながら、匠は呆れつつ感心していた。

「こんなに早く消滅するもんなんだねぇ」
「そうだなー。問題はこのライニーディーネーにどれほど毒素が蓄積されたってことだけど」

　改造カンゴウムシ全てを溶かしたライニーディーネーを別の容器に入れ、検査機にかけて分析する。しばし時間が経ち、匠はデータを確認して少し渋い表情になった。

「ああ、やっぱり。通常よりもかなりの量の有害物質が溶け込んでいる。これを一度に浄化して無害化にするとなると、女神の能力でもギリギリになるか……」
「そうなの？」
「そうだな。今、被れの木の有毒物質も水に溶けていてそれを浄化している最中だ。追加でやるとなると、かなり体に負担がかかるだろう」
「そうなの！？」
「市販の浄化水でも有害物質の浄化は最終的に女神が行うことだからな。じわじわ攻撃されるのがいいか、覚悟を決めて一気に行うかの違いになるだろうなぁ」
「ええええ！？」
「この島の水循環は女神が行ってる。まぁ、女神ミナはそうするつもりだろうけど、女神ユクがそれを許すかどうか、かな」

　データから視線を外して背伸びする匠。瞬はカンゴウムシ研究の詳細を眺めながら唸る。

「育成記録から無毒化出来る情報ないかなぁ？」
「あるとしても、今現在生きている改造虫はどうしようもないな」
「そっかー……」

　ため息をつきながら、瞬もだらーと体を伸ばす。

「どう報告しよう……」
「ありのまま伝えるしかないな。嘘をつくとそれこそ大変だ。行けそうなら今日行ってこいよ」

　さらっと淡々に喋る匠を、だらーとした体勢から頬杖を突いてジト眼で見つめる瞬。

（事の重大さ……分かっているからこその態度なのかなぁ？）

　女神の危機は世界の危機である。排他的にとれる匠の仕草にぐぅっと唸るような声を上げた瞬だが、自分も匠と似たようなものだと思い直す。危機であっても瞬には何も出来ない。女神達の恩恵に甘えるしか生きていけないのである。

「そーだね。ありのまま伝えることしか出来ない。んじゃ、手に入れた証拠を整理しておかないと」

　大あくびをしながら、瞬は手に入れた資料に目を落とした。