水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

コテージ

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 ホープを使いメガトポリスに戻った瞬は、匠からのメールでワポルワゴンの駐車場へ向かう。水蒸気で走る車をワポルワゴンと呼ぶが、リクビトは従来から車という呼び方に親しみがあるので、正式名をいう人は少ない。
 匠の乗る車を発見して駆け寄ると助手席のロックが解除された。運転席に手を振りつつ、助手席のドアを開けて乗り込む。

「よぉ。ご苦労様。首尾は上々みたいだな」
「おはよ匠。なんとかねー」

 言いつつ、データを匠に渡す。

「カンゴウムシ実験の証拠はノートだけだったけど、そこに実験場らしき場所の記載があったから、今から行ってみたいと思ってメールしたんだ」

 おおまかな場所を言うと、匠は「お手柄」と瞬の頭を撫でる。「へへへ」と笑う瞬を見ながら、匠は運転をしてそこへ移動した。

 町を過ぎ、畑を過ぎて、街灯のない林道をひたすら進む事、約二時間。朝焼けの空で光が強くなってきた所で、最北端にあるホープへ到着し、小さな駐車場……といっても地面を均しただけで草がボウボウに生えているところに車を停める。とても遠かったと瞬は声を漏らす。周りを見渡すが、山の自然以外に何もない。

 車から降りた匠は手袋をはめ、鞄を背負うとぐるりと景色を見渡しつつ、寄ってきた野球ボールくらいのマルムシ型カンゴウムシを蹴った。

「ここからは徒歩だな。瞬、行くぞ」
「分かった。っていうか、カンゴウムシが寄ってきてるんだけど、普通は逃げるよねぇ?」
「攻撃しに来てるんだよ」
「まじか」

 と言いつつ、瞬も足元にいたカンゴウムシを蹴って飛ばす。草むらに飛んでいったカンゴウムシにとって代わるように、その草むらから同じタイプのカンゴウムシがにょきにょきと顔を出して近づいてくる。

「うっわ。マルムシ型とムカデ型とハチ型もいるよ。これ全部人を襲うタイプなのかな?」
「かもなぁ」
 
 呑気にカンゴウムシを見渡しながら、数が多いほうへ進み始める匠。瞬も慌てて後を追う。緩やかな傾斜を登っていく。足元にうじゃうじゃいるが、果敢に襲ってくるタイプはまだいないようで、進んだら踏まれない様に避けてくれるのが幸いだ。完徹の瞬は明かりで目をこすりながら、匠に呼びかける。

「方向に当てはあるの?」
「この近くにさ、昔、この銀色の調査をしていたコテージがあるらしいんだ。太陽光エネルギー使用しているから独立して電力あるし、稼働している話は聞かないけど、勝手に実験に使えそうなとこはそこかなと」
「ほむ……」
「まぁ、コテージって形じゃなくて、四角いコンクリートって形だけど」
 
 ケラケラ笑う匠の背中を眺めつつ、瞬は汗だくになりながらついて行った。




 歩く事約20分。灰色の四角いコンクリートが森の中にぽつんとそびえていた。高さは三階建ての住宅で、横幅も家が三軒ほど入りそうなほど大きい。苔や蔓に浸食されながらも、確かにそこに建っている。

「こ、ここ?」

 傾斜に疲れた瞬が体を少し折り曲げて息を整えていると、匠は軽い足取りでコンクリートに近づき、右側へ回る。

「ほら瞬、来てみろよ」
「わかったー」

 ちょっとぐらい休憩させてもしいなと思ったりもするが、瞬は頷いて近づく。匠が見ているコンクリート面に、同じ色のドアがあった。引くドアのようで凹んだ取っ手が付いている。その周りもコケや蔓がびっしり緑で覆っていたが、中に入りやすいようにドアの部分だけ切られて手入れされていた。

「ほわー。今も使われてる感じがする。中に誰かいるかなぁ?」
「居るなら重要参考人だ。捕まえれば一石二鳥」

 にやにや笑って匠がドアを開ける。少し重いのかギギっと抵抗が加わっているが、スムーズにスライドさせて中に入った。ひやりと冷たい風が瞬の頬を撫でる。つい先ほどまで使われているような、そんな雰囲気がした。スライドドアを閉めて、中にあるもう一枚のドアを開けると廊下に繋がった。そこに三つのドアがあり、二つのドアの取っ手に埃がある。真ん中のドアだけ埃がない。

「明らかにここ誰か使ってるなぁ」

 匠がドアノブを捻ると鍵がかかっている。「瞬」と呼ばれて、瞬はピッキングを始め数秒で開ける。

「お前ピッキングほんと上手いよなぁ」
「嬉しいような、嬉しくないような……」
「ちょっと下がってろ」
「はぁい」

 これだけ音を立てているのだ、もし中に誰かいたら既に侵入しているのバレている。乱闘になった場合を想定して匠は彼女を下がらせた。

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