水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

浮かび上がる人物

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 匠の部屋はリビングよりも少し広い。殆ど使われてないベットと背の低いテーブルと、備え付けのクローゼットが一つ。窓以外に壁面収納があり、ドア付き鍵付きの棚を含め部屋の壁を覆っていた。鍵付きの中には機密書類がギッシリ詰まっている。本棚には専門的な本がギッシリあり、それに飽き足らず押入れにも棚があって資料関係がぎっしりだ。
 他に置いてある物は、研究室に置かれているような妙な機械が何種類か棚に設置されて、配線コードが一つにまとめられて、コンセントをすべて占領していた。

 部屋だけ見ると探偵というよりは、研究者という方がしっくりくる気がする。が、それ以前に一般人がここまで精密な機械を揃え、どんな場合も対応出来るデータを自宅に置けるのだろうかと疑問がおこる。長年一緒に居る瞬も、一度くらいは『こいつ一体何者?』と疑問があった。
 12年一緒に居たら、どうでも良くなっていった。寧ろ今ではこれが当たり前だったりする。
 胡散臭い男、匠と。

「うわぁ、きったな」

 ドアを開けた瞬間の瞬の感想に、匠は苦笑いを浮かべたが否定はしなかった。資料やサンプルが床一面に散乱し、足の踏み場はなんとかあるものの、踏みつけてぐしゃぐしゃにしてしまいそうだ。慣れた足取りでひょいひょいと中へ進む匠に、呆れた視線を投げつける。

「これでよく紛失しないね」
「適度に散らかっているほうが好きなんでな。さぁ、適当に座れ」

 一枚も紙を踏まずにテーブルにたどり着くと、一人分の開いているスペースに座った。どこに座ればいいというのだろうと瞬は半眼で見る。

「はぁ、踏んでも怒らないでね」

 数枚ほど端っこ踏んだ気がするが、仕方ないやと思い直す。テーブル横の邪魔な物を適当に整頓してスペースを確保しそこへ座る。

「それで、前に渡してくれた音声なんだが……」
「うんうん」
「勤務状況と近況などを踏まえ、データバンクから照合した結果、こいつの可能性が高いってことで、はい」

 渡された資料に人物が記載されている。目を通す前に匠が名前だけ告げた。

「ガリウォント=ゲマイン。環境警備部長東地域担当って、アルと同じ役職の人だ」

『ガリウォント=ゲマイン。ミズナビト男性。三十八歳、独身。十四歳で兵士学校に入学、警備隊に就職したのが十八歳。カンゴウムシ及び被れの木対策にて評価され、三十二歳で環境警備部長に就任。東地域全般の環境維持に努めている』経緯は至って普通だがその後に続く裏の評価に瞬は苦笑を浮かべるしかなかった。被害者及び匿名希望者の裏付け項目があり、そこには、性格は醜悪。苦痛にまみれている人の顔を見るのが好きなひねくれている、パワハラやセクハラで死にたいと思った、逆恨みしやすくしつこい、証拠を待たず強行突破して失敗したら部下に責任を取らせる、部下の功績を自分の元として提出する、など、かなり人格に難ありといった文章が綴られていた。

(誰が調べたんだろう……?)

 瞬はチラッと匠を盗み見すると、近くにアイスミルクコーヒーが置かれていた。
 資料に集中している間にあき子が飲物を置いていったようだ。

(あ、いつの間にか珈琲がある。あき子さん来たんだ)

 のほほんと珈琲を飲んでいる匠の姿を見ると、まぁ、いいかと思い直して続きに目を通す。終わりになるにつれて身体的な面も詳しく記されてあった。

(へぇ、果物アレルギーなんだ)

 その中でも特にオレンジやリンゴ、サクランボなどに重度のアレルギーがあると書かれている。ガリウォントの場合は症状が重く、摂取直後じんましんからの呼吸困難を起こすと書いてあった。
 リクビトでも発症する果物アレルギーだが、ミズナビトはその三倍くらい多く発症しやすい。花粉との関連もあり、陸地に上がってまだ年月が短いので、多くの人が発病しやすいのではといわれている。彼も例外ではなかったようだ。

(ありゃりゃ、可哀想に。私の好物がアレルギーとは)

 瞬はアレルギーはないが、アレルギー持ちの知り合いが何人かいる。皆軽度だがそれでもアレルギーを摂取しないよう気を付けている姿を思い出した。

(そーいえばシフォン君も軽度果物アレルギーだっけー)

 シフォン君とはアルの弟のギオのことだ。瞬を毛嫌いしているので、用事がなければすぐ逃げてしまうシャイボーイ。
 そこまで色々考えて、瞬は思考をもとに戻す

(万が一にはこの弱点使えそう。しっかり常備しとこうっと)

 瞬は頭の隅に情報を置いて「読んだよ」と匠に資料を返す。

「じゃぁこのガリウォントって人が、何か企てている可能性が高いって事だね。一緒に喋ってた人は特定できず?」
「もう一人は警護隊所属の研究員の方、女神ミナの浄化水を人工的に作りだす研究をしているチームの一人だ。怪しと目星つけてるのがパトリック=ビリオート。ステン=ホルムかな」
「ンンンンンッッッ!」

 思わず変な声が出た。

「どうした?」

 不思議そうに見返す匠に、「なんもない」と咳払いしながらと誤魔化して、瞬は用意されていたアイスミルクコーヒーを取り一気に半分を飲みこんで、気持ちを無理やり落ち着かせる。

(やっぱり、やっぱり、女神様は全体像を把握してるよね!? 兵士を疑うって、そっち!? 自分の力を解析しているチームを疑っていたってことだよね!?)

 けれど、女神の警戒している部分が一つ判明しただけでもラッキーだったと瞬は思う。アル以外の兵士は全く信用していないが、それでもどこに要注意人物がいるか分かるだけで、行動する際の参考になる。

(まぁ、私の任務はカンゴウムシの種類と数の把握だけど、それ調べていると芋づる式に犯人に近づいちゃったってだけだから。うん、気になるからこいつの身辺調査をしようかな)

 叩けば埃が出てくるなら、盛大に叩いておきたい。

(とりあえず今はこっち集中だ)

 匠とカンゴウムシの生息範囲を地図に記載して情報をまとめ、ホープから発生もしくはそこから放たれて周囲に広がっていると推測が一致した所で、時間が来て瞬は席を立った。

「お? もう行くのか?」
「うん。怪しい人物が分かったから、そいつを調べてみようと思ってる」
「そっか。まぁ、今の段階なら瞬はノーマークだし、危険は少ないだろう」

匠はのんびりと答えた。彼の言う通り、今はまだ危険が少ないだろうと瞬も踏んでいる。

「アルには知らせておけよ。あいつの方が内部をよく把握している」
「ん、分かってる。結果と一緒に告げ口しとくよ」
「あいつも大変だなぁ。身内に敵がいるってさぁ」

 ケラケラと笑う匠に、瞬はため息をつく。

「あ。そうだ匠、はぐらかされると思うけど、一応聞いとくね。音声だけでどうして人物特定できたの? しかもこの短期間に。どんな手を使ったの?」

 瞬の質問に匠はニィと意地悪く笑い、一言。

「ヒ・ミ・ツ」
「…………」

 企業秘密のようだ。初めから教えてもらえると全く思ってなかったが、瞬は半眼で睨み
「けち」
 と言い残して部屋を出た。
 ダイニングキッチンに顔を出して、あき子にコーヒーのお礼を言った後、深淵都市に移動した。

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