水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

匠の家

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「やぁ。久しぶり匠」

 振り返る男性が、瞬を見て悪戯っぽく笑った。

「来たか。案外、遅かったな」

 伊東匠、リクビト男性で26歳。黒髪に赤茶の目、色白肌。キリっとした顔つきだが童顔でたれ目の子供っぽい顔だ。肩まで掛かる黒い髪が一つに括られているので、それも『子供っぽい』に印象に加点されてしまうかもしれない。性格は、長年一緒にいる瞬でも実はよくわかっていない。霞を掴むような性格だと時々思う。身長は成人男性の平均で、引き締まった屈強な肉体をしている。体中に小さな傷が無数にあるが、何故か肌色に溶け込んでしまって目立っていない。

 彼は探偵業を営んでいる。勤めているのではなく匠が社長だ。社長と言っても個人営業で社員は一人もいない。自宅兼事務所なので、依頼がないときは基本家でのんびりしているらしい。
 瞬はここに頻繁に出入りしているが、依頼人が自宅兼事務所に訪れるところを見た事がない。
 匠曰く、依頼は全て電話かメールで受け付けており、指定場所に出向いて依頼を受けるそうだ。世の中物騒だから知らない人を家にあげたくないらしい。

「今日はのんびりしてるのね」
「嵐の前の静けさってやつさ」

 瞬が匠の横に座ると、匠は背もたれに背中を預けてリラックスした。

「お前もアルから頼まれてるんだろ? カンゴウムシのこと」
「匠も?」
「瞬とは別件だけど、そうだよ」

 匠が頷くと同時に、あき子が麦茶を持ってきた。

「運がいいわね瞬。この人昨日帰ってきたところよ。はいどうぞ」
「わぁ! ありがとう! のど乾いてたんだー!」

 お礼を言って受け取り喉を潤す。

「ここ最近、ずっと外出が多くて。何やってんだか」

 呆れてため息を吐くあき子の姿を笑う匠。

「こそこそ何かやってるぞ~!」
「全く……連絡の一本ぐらいよこしなさいよ」

 もう一度ため息を吐いたあき子は、匠を睨んでからまたキッチンへ戻った。
 同棲していても、あき子は匠の仕事に一切関与していない。匠の仕事に関与しているのは瞬の方だろう。
 たまに、というか頻繁に匠の仕事を手伝わされる。手伝わされるついでにその方面を鍛えられる。
 もしかしたらアルバイトという位置かもしれないが金銭は発生していない。瞬への報酬は今後役立つアイテムの贈与と様々な技術や知識と体術、そして招かれる食事くらいだ。

「あ。匠、親から伝言」
「ん?」
「今度ごはん食べにおいでって」

 匠がなんとも言えない表情を浮かべたる。彼には彼女の両親の意図することが読み取れたようだ。っていうか、毎回そうだ。危険なことをしないように、しそうなら止めてほしいとお願いされるのだろう。その危険な事に足を突っ込ませている張本人の一人だと、自分で理解しているので毎回少し心が痛む。まぁ、危険だと判断したら止めに入るのは間違いないので、約束を違えたことはない。

 匠はにこっと笑みを浮かべた。

「そっか、分かった。また時間の都合が出た時に寄らせてもらいますって伝えておいてくれ」
「りょーかい。私に連絡ちょうだいね」
「ああ。それじゃ、移動するか」

 瞬が麦茶を飲み終わったタイミングで匠が立ち上がった。廊下を歩いて自分の部屋へ向かう。瞬も後に続くとあき子が声をかけた。

「後で珈琲持っていくからね」
「やった! ミルクと砂糖たっぷりの甘いやつ待ってまーす」

 期待している~という視線を送ると、ふっと笑って塩の子瓶を取り出すあき子。

「塩やめてーーーー!! 絶対塩はやめてえええええ!」

 瞬は慌てて叫びながら芝居がかったように膝から崩れ落ちる。数秒後、素早く立ち上がりニコッ笑って廊下に出ていったのをみて、あき子は笑いをかみ殺した。

「反応が面白いわね。ふふふ」

 今でこそ、瞬を妹のように可愛がっているが、出会った当初は嫉妬の方が強かった。自分よりも彼女が一番良く『最愛の人』を解っているために嫌っていた時期がある。匠は瞬を妹のように大事にし、瞬も匠を兄のように信頼していた。血が繋がっていないが兄妹のような強い絆があると感じ取ったところで、恋愛感情でなければ嫉妬する意味がないと一週間で悟った。

 正直、瞬よりも厄介なのが彼女の姉だ。あき子の同級生でもある睦月が厄介なのは今も昔も変わっていない。瞬絡みにおいても、匠絡みの…………恋愛感情においても。睦月はまだ彼が好きなのだろう。今回も睦月と一波乱起こるかもしれない。
 そう一人心地になって数秒後、珈琲に小瓶の中身を入れかけてハッと気づく。

「こっちを入れなきゃね」

 あき子は塩を戻して砂糖の子瓶に手を伸ばした。

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