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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
アルに会いに行こう
しおりを挟む香紋の公邸を出るとすでに夜中近くになっており、周囲に人の気配は疎らである。
そんなに遅くまでいた実感はないのだが、此処にやって来たのが宵の口だったので報告をしている間にすっかり深夜を回ってしまっていた。
携帯の電源を入れて急用がないか確認すると、親からの電話が何度か掛けられている事に気づいた。
(あっちゃー)
鬼電に近い履歴に瞬は眉間に皺を寄せながら、匠の家にいると適当な嘘をついてメール返信を送ってすぐに電源を切った。悪い娘だなぁと自分で思う。
急いで帰ろうとホープへ向かおうとして、そうだと閃いた。
「そうだ。多忙だからまだアルがいるかも! 顔見て帰ろう!」
急にアルに会いたくなった。彼の事だ、残業で残っているかもしれない。
連絡もせず突然押しかける時間ではないのだが、迷惑を顧みずこっそり勝手に侵入して会いに行くのは普通にやっている。彼はいつも遅くまで働いている。時には家に帰らずに何日も泊り込み、何てこともざらだ。なので、自宅よりもこっちの方が合える可能性が高い。
文字だけでみれば逢引のように思えるが、大抵は調査結果をこっそり報告するためなので、居ればラッキー、居なければまた後日な軽いノリだ。
軽いノリで不法侵入を繰り返しているが、これは立派な犯罪だ。
(さ・て・と~~♪)
瞬はアクアソフィーの北出入り口の近くにある、人が入れるくらいの小さな窓をこっそりと開けた。
茂みの中にあるので外から見えにくい。鍵はちょっとガラス窓を斜めにすればすぐに外れるよう、こっちで勝手に細工をしてある。部屋の中に人が居ない事を外から確認して、荷物をゆっくりと入れる。そしてスルリと体を滑り込ませて物置の中へ入った。
「……」
耳を澄ませて足音を聞いて人が居ないと勘が告げると、音が鳴らないようゆっくりと鍵ツバを動かす。カチャっと小さな音を立てて、瞬はしばらくじっと耳を澄ます。足音がしないと勘が告げると、ゆっくりとドアを開けゆっくりと閉めて、スタタタタと足音を立てないように階段へ向かった。頻繁に不法侵入を行っている動きだ。
それもそのはず。表立って言えない用件の報告、もしくは火急の用がある場合は、こんな風に無断で侵入してアルの所へ行くのだ。そもそもアルが頼む調査は秘密裏な事が殆ど。アルが動くと逆に目立ってしまい尻尾がつかめない事がある。だから瞬が彼の代わりに情報を稼いでいる。
兵士でもない者に機密情報の捜査を頼む事は非常識だ。しかし二人は同じ師匠に遊びと称して特殊技能を授けられたので、どこかの馬の骨よりも有能で、相手を絶対に裏切らないという強い信頼関係が出来ている。誰かに頼むくらいなら……という感じかもしれない。
アルも最初は瞬に頼むことはしなかった。しかし何も言わなくても知らせなくても、厄介な事件の中心に単身で踏み込む彼女の身を案じて、色々思案した結果、今の状態で落ち着いている。
(匠が言ってたなぁ。神経質で臆病かつ大胆だから、私は隠密行動が得意だって)
瞬は防衛機関に所属していない単なる一般人だ。何かあっても後ろ盾がない。なので細心の注意を払って行動している。
慎重に行動するときはいつ匠の言葉が思い浮かぶ。
(気配を誤魔化す敵もいる。空気の流れを読め、耳を済ませて音を聞き取れ、呼吸を聞き取れ。意識を沈めて……)
足音を立てないように歩き、周囲に耳を澄ませ、気配を完全に殺しながら、慎重に慎重を重ね、誰にも会わないように歩いていく。一度でも見つかればアウトだ。この浸入いつものことなので、慣れた足取りで階段を歩く。
(うーん、でもちょっと遠回りになっちゃうなー)
建物内構造は熟知している。防犯カメラの位置や角度も全て把握している。写り込まないように計算をしているが。防犯カメラと見回り移動の都合上、今回は東側地区担当箇所を通って西地区の箇所まで行く事になりそうだ。
「……………か、ご、むし…………」
ピタリ。と、瞬は開発研究のプレートが掛かっているドアの前で足をとめた。
いや、なんてことは無い。廊下に響く低い声の高笑いの中に「カンゴウムシ」という言葉が聞こえたような気がしただけだ。
そこが丁度、開発研究室のドアの前だっただけだ。
少しでもカンゴウムシの情報を得ようと耳と体が勝手に反応する。いつの間にか録音用の小型機器を手に持って録音ボタンを押しており、身を低くかがめてドアの付近で座り込んでいたところで、我に返った。
(私も神経質になってきてるな)
研究室だったらカンゴウムシの検査やら解剖をしていてもおかしくないし、現在異常事態なため、深夜になっても研究員が帰れないだけかもしれない。
(全く、無意識って怖い)
録音を解除し、真っ直ぐアルの仕事部屋へ向かおうとしたがーーーー。
「計画通りカンゴウムシは増殖しつつけ、近いうちに泉都市を飲みこむでしょう」
ただならぬ発言が耳に入った。
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