水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

もう一人の女神

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 これは喋っても良さそうだと、瞬は会釈をしてから口を開いた。

 「ええと、カンゴウムシの事で……女神ミナ様に用事を仰せつかっています」

 『カンゴウムシ』

 女神ユクはやや厳しい目つきで女神ミナに視線を向ける。

 『そんな危ないことを少女に頼んでいるの?』

 『ええ、そうよ。少女が不安がるくらいに事態が深刻な方向に進んでいるの。どのくらい増えているのかしら?』

 突然聞かれ、瞬は喉に何かつっかえたような錯覚を覚えるも、落ち着いた様子を崩さず返答する。

 「例年に比べ5倍から7倍増加、その全てが改造されたカンゴウムシです」

 『繁殖スピードは?』

 「じゅ、従来に比べて平均でおよそ3倍。この計算でいくと、あと二月……いえ、最悪一月以内には泉都市の森全土がカンゴウムシで溢れてしまうかと……」

 『兵士たちはそんなことないって、問題ありませんって言っているのに? そもそもどうして少女がこんなに詳しく解ってるの?』

 女神ユクが瞬の言葉を遮って、女神ミナに聞き返す。

 瞬は心臓がぎゅーっと痛くなった。
 (私じゃなくて良かったけど心底心臓に悪い)
 と胸を押さえる。

 『調べてもらったからよ。それに兵士は屈強な戦士だから、大事でも問題ないというに決まっているわ。でも一般人のしかもリクビトからしたら話は別。被害はリクビトの方が甚大になります。彼女の言葉こそが真実に近いと思うのです』

 女神ユクはむぅっと頬を膨らませる。

 『でもミナ。カンゴウムシはなんとかなるって報告受けてるでしょ? それを信じないの?』

 『信じる信じないではなく、多方向から情報を得ようとしてるだけです。カンゴウムシは神経を尖らせないほど注意しないといけない存在だと、貴女も知っているでしょ?』

 『知ってるわよ。でも……』

 そこで女神ミナは手で女神ユクを制した。目下の瞬が真っ青な顔をして見上げているからだ。これ以上、変な圧をかけるのは宜しくないと判断した。女神ユクも瞬の存在を思い出したかのように、瞬きをしつつ口元に手を添える。

 『あら。ごめんなさい。恐がらせてしまったようね』

 「……いえ」

 否定するも本気で怖かった。今は口論程度だったので大丈夫だが、女神達の喧嘩は水竜巻である。巻き込まれれば一巻の終わりだろう。

 『ミナの我儘を聞いてくれてありがとう。危ないと思ったらすぐに辞めていいからね。下手に首を突っ込んで怪我をしたらいけないでしょ? 危ないことは警護隊に任せておけばいいのだから。ね』

 にこっと微笑む女神ユク。綺麗な笑顔だが、怖くて仕方がない。「はい……」と返事をするのに精一杯だった。

 『では引き続き、よろしくお願いします』

 対して、女神ミナはユクが何を言っても続けるようにと無言の圧を加えつつ、うっすら笑顔を浮かべて瞬を見下ろしている。

 (女神怖い)

 そう再確認したところで、女神ユクが『ではまた後で』と女神ミナに挨拶をして湖の中に消えていった。

 女神ユクは小さくため息を吐く。

 『困ったものです。ユクはまだ若いから、先見の目が養われていないのですよねぇ』

 それは愚痴のようだった。

 『ですが、このままでは最悪の事態は免れません。早急に手を打たねばならない』

 「早急に手を打つ、つまり頂いた、……コレの効果があるかどうか。ということですね?」

 まだ近くに女神ユクが居るかもしれないと思い、瞬はライニディーネを口に出せなかった。

 恐る恐る聞き返すと女神ミナはにっこりと微笑む。一瞬、女神のバックでピンクの花が咲いたのを確かに目撃した。

 『頭の回転が速いようで安心しています。先ほどお渡ししたモノの結果を愉しみにしていますよ』

 瞬は鞄に視線を落す。

 (つまり、女神様はもう、この状態は洪水を起こして島を一度沈めるしかないとお考えなのかもしれない)

 「一つ、お聞かせ願えますか?」

 『なんでしょうか?』

 「女神様は最初から、この事態を予測されていたのでしょうか?」

 無礼だなと思いつつも、思い切って聞いてみた。

 準備がスムーズすぎる。予め予想を立てておかないと、ここまで素早く行動できないはずだ。

 『その通りです。予想の一つでした』

 女神ミナはいたずらに困っているような表情をして、女神ユクが消えた場所を振り返りつつ、話し始めた。

 『ユクは兵士を信頼しすぎている。彼らだって私利私欲で動くこともあるのに、その審判を甘くしすぎている。そのツケが今回の件でしょう』

 「ええと、つまり」

 女神ミナは更ににっこりと笑う。もしかしてこれ以上は深堀しないほうが良いかもしれないと思い直し、瞬は首を左右に振った。

 「申し訳ありません。なんでもありません」

 『今の兵士には信用できない人物が複数人いる、ということです』

 (それはもしやアルも、そう思われて……)

 なんとも言えない表情になると、女神ミナは目を細めた。

 『ですが、きっと、貴女の協力者はとても信頼できる人物ばかりだと思います』

 「え?」

 『私は、人を見る目があるのですよ』

 驚く瞬に対して、女神ミナは邪気のない綺麗な笑顔を浮かべた。

 『だから、安心してください』

 瞬は女神を見上げる。

 (女神様は島全体を知っているとは聞いたことあるけど、島の住人の個人情報も手中に収め、記憶しているのだろうか……?)

 謎が解けそうになったら新たな謎が浮かび上がる。

 全てがわかる日なんてきっと一生こないんだろうなぁと痛感したところで、瞬は女神の言葉に小さく頷いた。


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