水面下ならば潜ろうか

森羅秋

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瞬とカンゴウムシ事件と夏休み

女神様に報告一回目

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 昼休憩、食事をしながら瞬は芙美にカンゴウムシの調査を少し話した。芙美は嫌がるどころか興味津々で、真剣に話を聞き意見を述べる。
 久々に、放課後まで学校に居座った瞬だったが、夕方は深淵都市へと足を向けることにした。
 ニュースで取り上げられたってことは、カンゴウムシについての詳細な現状はもう女神の耳にも入っているはずだ。それが事実であると報告に向かわねばならない。そしてあわよくば、女神が知っている情報を得ることが出来る。

(さぁて。どうなるかなー)

 周りを警戒しながら小道を歩いて香紋の公邸へ向かう。最初は気づかなかったが、ここは兵士が知らない抜け道のようだ。香紋の公邸は常に厳重な警備をしているのにも関わらず、この小道には兵士が一人もいない。そればかりか、周りの景色から侵入者を隠すように林が入り組んでいる。
 穴場中の穴場だが、これが悪人に知られると容易に女神の元へたどり着き悪事を行われる可能性もある。

(慎重に、慎重にっと)

 でも不可解な事はまだある。小道を通り抜けても警備の目が緩いのだ。勿論、気づかれないようにこっそりと香紋の公邸へ向かうのだが、きょろきょろ見渡しても他の場所は警備が厳しいのにここは警備の目が緩い。不思議である。

(気になるけど、今はいいや)
 
 都合がいいのでそのまま使用させてもらうことにした。




 香紋の公邸へ到着すると、湖は静けさに満ちていた。

「えーと……」

 瞬が小さく声を出すと、湖の色がチカチカと目に入ってくる。すぐに水面が浮き上がり人の形を作りだした。女神ミナである。瞬は調査したカンゴウムシ資料を女神に渡し、口頭でも説明していく。女神ミナに驚きもなく淡々と頷くだけだった。資料内容が無駄になるくらいの情報はもう入っていると思われる。

『貴女の情報は正しい。感謝します』
「いえ、ただ、不躾でお聞きします。私が提出したその情報、すでに女神様はご存知なのでは?」

 女神ミナは黙り、そしてゆっくり頷いた。

『大筋は、ですね』
「大筋……。知らない内容でもありましたか?」
『浄化の内容です。市販されているものを比較して効果内容の記載。これはまだ報告されていません』
「そうですか。多分、リクビトならではなのでしょう」
 
 だって発生するのはこっちだし。駆除できるか試すのは当然だ。

『これは非常に助かります』

 思わぬ言葉に瞬は内心吃驚した。

『殆ど、浄化の効果が効かないのですね』
「はい。しかも浄化しきれず生存する虫もいれば、浄化して消えてしまっても、その水が毒性を帯びてしまい無毒化するのに非常に時間がかかります。実は最初の一匹の浄化はまだ完了していません」

 大きい個体だったためか、まだ入れ物につけっぱなしだ。手足を金具で縛っているので大人しく沈んでいる。今日こそは溶けているといいな。

『なるほど。ではこれを使ってみてください』

 女神ミナは手の平から小瓶を浮かび上がらせた。幅8センチ、高さ13センチほどの瓶の中に透明の液体が入っている。

(……どうやって、出したんですか?)

 瞬は瞬きを繰り返して凝視していると、女神ミナは瞬の手に瓶を握らせた。ガラスの瓶の中にたっぷりと入った、薄く輝く水がチャプチャプと音を立てる。

「これは?」
『不浄を浄化する水です』
「え?」

 激レアアイテムの名を聞いてすぐに理解できないでいると、女神が言い直した。

『ライニーディーネーです』
「それって……!?」

(本家本元の浄化水いいいいい!?)


 浄化水の正式名、ライニディーネ―。
 女神の体液で作られた特別中の特別、島全体の毒素を正常化させる水。女神の体力を著しく消耗するので非常時しか使われない上に、空気や水中や陸に放たれると即座に効力を発動し短時間で消滅してしまう、超貴重なアイテムである。

 瞬の手が震える。こんなのを持っていると知られたら何が起こるか分からない。冷や汗がつぅっと背中を伝ってい
く。
『これで改造されたカンゴウムシが浄化出来るか検査してください』
「は、い……」
『発見された全種類お願いします。足りなければまたいつでも取りに来てください』

 そう言われても、無くなったのでまたください、と言いにくい品物である。

「あの……、質問よろしいでしょうか」
『なんでしょう』
「これ、兵士に任せるべき業務なのでは?」

 今更な事を聞いて確認してみる。
 瞬の言葉に女神ミナはため息をつく。

『それが出来れば貴女に頼みません。よろしくお願いします』
「……はい」

 何故出来ないのかは知らされなかったが、これだけは確定した。
 女神は改造カンゴウムシが増えた原因に兵士を疑っていると。
 瞬はそれ以上言葉を続けずに、そそくさと瓶を鞄に納める。


『貴女、ここは立ち入り禁止よ』


 凛とした幼さが残る女性の声に、瞬はびくぅと全身が硬直する。瓶を納めていなければ落して割っていただろう。そのくらい不意打ちの声。誰かとは聞かなくても分かる。

『あら……?』

 女神ミナは後ろを振り返った。ゆるりと対岸側から水面を歩いてくるもう一人の女神、波及の女神ユク。ミナと瓜二つの風貌。違いは濃い黄緑色の瞳くらいである。柔らかそうな白色に近いローブで、スリットが右側に入っている。年齢はミナの方が上に見えた。

『ユク。彼女は私の使いでここへ招いたの。皆には秘密にしてちょうだい』
『もう、貴女っていっつもそう。一人で何でも決めて……それで、彼女はどんな使いなの?』

 女神ミナは頻繁に極秘の使いを頼んでいるのだろう。またかという表情で女神ミナを見つめた女神ユクは瞬に視線を落す。瞬は心拍数が一気に上がる。女神ミナは友好的でも、女神ユクが同じとは限らない。

(どうしよう……)

 チラっと女神ミナに視線を向けると、彼女は瞬を見て小さく頷く。

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