5 / 69
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
長引く待ち合わせ
しおりを挟む瞬の姿を眺めたアルは薄く笑って、手をフリフリさせる。
「大丈夫。俺も、今来たとこだけど……うん」
アルは目の前でパン! と胸の前で両手を合わせ拝みながら、瞬にペコッと頭を下げて謝った。
「せっかく時間通りに来てくれたのにごめん!」
まったく予期せぬ動きに瞬はビクッと反応し
「は?」
と声をもらした。
アルは謝りポーズのまま、恐る恐る声を出す。
「まだ仕事が終わってないんだ」
「えええ珍しい! アルから呼び出したのに!? ……で、どのくらいかかるの?」
あんまり時間がかかるようなら帰るよ? と付け加えると、アルは苦笑いを浮かべ
「そんなにはかからないよ」
と否定した。
「残業じゃないんだ。報告書類290枚を最終チェックして、それを持って行くついでに上司に近況報告。最近、ほら、泉都市にカンゴウムシが大量発生しているだろ? 枯渇した水脈を通ってこっちにも出てくるかもしれない危険性があるっていう、その書類が、その、もう少しで完成するんだ」
「それだったら、私が来る前に知らせてくれれば。もっとゆとりを持って来れたのに!」
遅刻しそうだと慌てた分、なんだか損をしたような気になる。
両腰に手を添えて当然のように言い放つと、アルは肩を震わせて笑いながら立ち上がる。鞘に入れた長剣がベンチに当たってガチャンと鳴った。
「一応言っておこうと思って。でないと俺を呼びに来るだろう?」
「………そーだね」
待ち合わせ時間に来ていなければ、間違いなくアルを呼びに行くだろう。部外者が勝手に職場に顔を出すのも問題ありだが、アルは西区を管理している部長なので秘密事項も多い。
当初は勝手に入って怒られることも多かったが、瞬が内部の秘密をしっかり守っているのと、アルが周囲に許可を貰いに回ったのと。あとは色々積み重なった功績のおかげで、瞬が環境警備課西区部を歩いていたとしても、咎める者は少なくなった。
しかし、それでもやはり瞬は部外者。勝手にうろうろしていたら、後々文句を言われるのはアルだった。
その辺の事情もよく知っているので、瞬は誤魔化すようにあさって方向を眺めて頷いた。彼女を眺めながらアルは笑う。
「だからまぁ、確実に待たせるけど、ちゃんと知らせたほうが良いかな~って」
「あはは、ごめんね~~」
言葉を軽くかけて
「それじゃぁ、その辺適当にプラプラしてるよ。どの位かかりそう?」
瞬からの問いかけに、アルは首を捻りながら腕を組む。
「んんん……三十分? もしくは一時間?」
「かなり掛かるじゃん」
「一時間以内には済ますから。そうだなぁ、一時間後に部長室で待っていて欲しい。はいこれ」
ポケットから許可書を渡すアル。カードを受け取りながら
「はいはい、オーケー、オーケー」
と瞬はポケットに入れる。
「それじゃ、あとで」
アルは苦笑を浮かべて、駆け足で去っていった。
「あとでねー」
アルの姿が見えなくなると、瞬はつまらなそうな表情になり、髪の毛をカリカリと掻く。
「さて、どこで暇つぶししようかな」
予定外の空白時間、しかも一時間。面白いモノがどこかに転がってないかなと思いながら、アクアソフィー正面玄関に向かって歩く。バタバタと足音を響かせて、兵士が忙しそうに仕事をしている姿が目に止まった。
リクビトでは警護隊。ミズナビトでは兵士。
名前は違えど島の安全を守る職業だ。特に兵士は人々を守り導く者と示しており、知恵を持ち戦える者が下を導くという価値観の元、政をも担っていた。リクビトでいえば軍事政権と表現できる。
アクアソフィーは一階の公共広場以外、全て兵士の職場だ。組織内を簡単に説明すると、女神に意見を伝える代表。その下に環境長、警備長、生活保護長の3つがあり。更にその下には環境警備課・環境保護課・警備課・開発課・医学課・文学課。課は東西南北の四つの地域部門にざっくりと分けられている。
兵士の特徴といえば制服が鎧。ミズナビトの歴史にまつわるもので、不人気ながら着用されている。
階級及び〇〇所属の〇〇です。というネームプレート代わりのアイデェンティファイカラーが、兜の飾りと両肩についている。
カラーや飾りが取れていたらすぐにつける事も義務付けられおり、カラーがない場合は着用不可の規則がある。違反すれば処罰されるので、鎧は暗証番号式の鍵付きロッカーへ置き各々管理している。
そして武器は剣。個人が好きな物を使って良いそうで、一番人気なのはロングソードだ。
さて、着るにも保管するにも面倒な鎧が、若い世代のミズナビトに強い抵抗を受けてしまっている。もう十数年したらリクビトの服装で統一されそうだ。
リクビトの服装は耐久防御に加え軽さ重視。階級の紋章をつけた厚手のブレザーとベレー帽、長ズボンの黒い軍服姿。腰に両刃の剣がある。古代の戦争時に使われたモデルをそのまま使っているそうだ。生地は刃物と銃弾と炎に強い素材でできている。
警備隊は別の島から侵略行為に対応することを念頭に置かれて結成されている。
過去の歴史で銃を扱う侵略者が頻繁に侵略を試みたという記録が残っている。
現在でも防衛力を保つため警護隊の需要は衰えない。
(でも、毎回アルを見ると、鎧ってめんどくさそう)
瞬は正面玄関ではなく兵士専用出口を通る。兵士と隊員がワラワラ出入りしているのを見ていたら、足が勝手にそっちへと進んでしまった。引き返そうか迷ったが、変な動きをして職務質問されても困るし……と堂々と足を進めることにした。一般人も通行しているので大丈夫だろう。
「っと」
兵士と目が合った。やましいことはないが、睨まれない内に視線をそらして、とりあえず暇つぶしに歩く事にした。
(どこで時間を潰そうかなぁ?)
アルは本当に多忙だ。遊んでいる時にも急に仕事が入ってそこで終了とか、仕事が長引いて待たされることなんて日常茶飯事。その都度、暇つぶしに歩いていたので、アクアソフィー周辺の地理は覚えている。
だけど、何度も何度も散歩で通った道を、くるくる何周も歩くのは味気ない。
(つまらないなぁ)
足取り重くのんびり歩きながら、早く時間よ過ぎれ……と願っていると、木々の隙間に小さな道が隠れるようにあるのに気づいた。ここは何度も通っていたのに、今まで全く気づかなかった。
(あれ? こんな場所に小道なんてあったっけ?)
獣道のようにも見える小道は人が通っていない雰囲気だ。木々の枝を押しのけて覗いてみると、整頓されている石畳の道が先へ続いている。あの道を辿ると何があるんだろう。
(へへへ、面白そう)
好奇心に駆られた瞬は、木々の枝を掻き分けて小道に入り、奥へ進歩き始めた。
生い茂った枝の葉の隙間から、関係者以外立ち入り禁止と書かれた小さな看板文字が根元から抜かれていて、木に寄りかかるように立てかけられていたが。
不運な事にそれが瞬の目に止まる事はなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる